貧しくても、心は自由だから、自分を素晴 らしいと思いながら生きていく。
○○だから、ダメ。
それは、誰の声?
自分自身は、どう思うの?
世界や世間がどうあろうと、心は自由。
いつも自分を素晴らしいと思って生きていける。
精神科病院に入院していたとき、月曜日は、院内の売店で千円以内で、好きなものを買えた。
閉鎖病棟では当然、買い物はできないので、それはそれは楽しいイベントだった。
月曜日の何日も前から、紙に商品名と金額を書いて、ずっと計算していた人もいた。
アルコール依存性の人は、コーラ一択で、千円をすべてコーラに替えていた。
私は、お菓子やパンを買っていた。
今なら、何を選ぶだろうか?
お茶とナッツかな。
そんな健康的なものを食べていたら、メンタルイルネスにはならないような気がした。
「からだの教養」を読むと、医学の歴史は、トライ&エラーの繰り返しで、多くの患者の犠牲を経て、今の医学がある。
有名なところでは、ロボトミー手術で、ノーベル賞を授賞したが、今では失敗だったとわかっている。
現在のコロナ禍で切り札とされているワクチン。
mRNAを利用するワクチンで、未知な上に十分な治験がされていない。
ワクチン接種後、感染率や重症患者が減少したとデータが出ているが、世界一位のイスラエルでは、再度のロックダウンをしている。
ADE(抗体依存性感染増強)と呼ばれるものは、コロナの抗体が出来た後の再感染で重症化するものだ。
ワクチンで生成されるスパイクタンパク質は、脳の関門を突破し 、脳にダメージを与えると言われる。
恩恵とリスクを考えたとき、日本においては、様子をみたほうが無難であり、賢明だと思う。
インフルエンザのように変異しやすく効果が明らかでないものをリスクをとりながら何度も接種していいものかと思う。
ワクチンが救世主になるか、医学のトライ&エラーになるか、今のところ明らかではない。
有名なところでは、ロボトミー手術で、ノーベル賞を授賞したが、今では失敗だったとわかっている。
現在のコロナ禍で切り札とされているワクチン。
mRNAを利用するワクチンで、未知な上に十分な治験がされていない。
ワクチン接種後、感染率や重症患者が減少したとデータが出ているが、世界一位のイスラエルでは、再度のロックダウンをしている。
ADE(抗体依存性感染増強)と呼ばれるものは、コロナの抗体が出来た後の再感染で重症化するものだ。
ワクチンで生成されるスパイクタンパク質は、脳の関門を突破し 、脳にダメージを与えると言われる。
恩恵とリスクを考えたとき、日本においては、様子をみたほうが無難であり、賢明だと思う。
インフルエンザのように変異しやすく効果が明らかでないものをリスクをとりながら何度も接種していいものかと思う。
ワクチンが救世主になるか、医学のトライ&エラーになるか、今のところ明らかではない。
アンジェラアキ "LIFE"
「正しい」と「間違い」の間に真実はあるから
……正しいことだけが、真実だろうか?
人間は、誰でも間違う。
間違うことが、人間の本質なら、それも真実ではないだろうか?
真実とは、なんだろう?
コナンは、真実はひとつ、と言うけれど、たぶん、真実は、人の数だけあるんだ。
心が折れそうなとき、自分がこれまで積み上げてきたことで救われる瞬間がある。だから、今、頑張っていることは、未来の自分を救うことになる。挫けそうなとき、ここで頑張れば、未来へ希望をつなげるのだと、精一杯、今を生きたい。
平日休みのときや、夜勤前など、時間があるとき、お風呂に入る。
38℃くらいのぬるめにお湯をはって、ゆっくり身体を沈ませる。
風呂に入りながら、ぼーっとする時間、心の充電をしている。
近くに温泉もあるけど、お金を払うのがイヤで、自宅の風呂で満足している。
自分のためだけの贅沢なお風呂だ(家族は入らないので)
世界は自分の中に広がっている。
世界と自分との関係は、結局は、自分自身との関係なのだと言われる。
イヤな人がいる。
その「イヤ」は、自分の中のイヤ。
好きな人がいる。
その「好き」は、自分の中の好き。
目で見える世界は、自分の内側に広がり、自分自身との反応を経て、世界へアウトプットする。
インプットとアウトプットを繰り返しながら、世界とコミュニケーションする。
中心にあるのは、自分。
ブッダが天上天下唯我独尊と言ったのは、世界の中心は、自分だから。
ゲド戦記で、ゲドが影と戦ったように、自分自身との関係の歴史が人生。
個人から世界まで伸び縮みする「自分」というものをどうするか、悩むのが人生。
弱音を吐く、という。
吐くのは、悪いことだ。
強くなりたいなら、弱音など吐かないほうがいいと思うかもしれ ない。
しかし、どうせ吐くなら、「吐ききる」のがいいのではないか。
中途半端に吐くのではなく、文字通り「吐ききる」のである。
深呼吸も極めると、腹の中の息を吐ききる。
そうすることで、弱い息の根を断つ。
例えば、川で溺れるとき、足がつかないから、溺れる。
ならば、底まで沈んで、川底に足が着けば、そこを蹴って、水から脱出できるはず。
弱音を吐くなら、底まで吐く。
弱さを吐ききれば、根性も座る。
吐ききってから、また、チャレンジしましょう
