土曜日は夜勤明け。

スマホで音楽を聴きながらウトウト。娘の相手をちょくちょくしている。

午後、息子の友達が来た。

「休日だから断って」

妻がそう言ったが、雨が降っているから外で遊べない、という理由でうちに来た。

テレビが1台しかない我が家。

リビングは子供たちに占拠される。

奥にある寝室に引っ込む私達。

妻は娘と買い物へ行った。

私は寝ようとしたが、なかなか寝れない。

2時間くらい遊んでいた。

マインクラフト、マリオカート、スマッシュブラザーズ

そのうちうるささも限界になったので、もうやめろ、と命令。

子供たちは、2階で騒いでいたが、なんと「コックリさんやろう〜」と言い出した。

まだ、そんなのあるのか!

10円、10円!

紙とえんぴつ貸して〜

え〜と、どうやって書くんだっけ。

パソコンで調べて〜

「コックリさん、コックリさん、どうぞお越しください。来られたときは、はいに動いてください」

動かない。

ちょっと力入れすぎ。

あ! 動いた!

自分で動かすと、呪われるよ!

息子…

「あんなの演技だ」

冷静だな〜

息子は、もうすぐ中学生。

今日は、家に帰って来ると、すぐ出かけた。

「友達の家に行ってくる」

ポテチを一袋、抱えて。

うちは、おやつをあまり買わないようにしている。

ポテチは、最後の最後の一袋。

息子にとって貴重なお菓子のはずだ。

友達のために持っていく。

自分の息子ながら、いい奴だな〜と思った。

17時が過ぎ、息子が帰ってきた。

外は真っ暗。

ズボンを見ると、膝小僧に穴が空き、血が出ている。

「どうしたの!」

吃驚すると、自転車で転んだらしい。

転んじゃってさ〜と笑う息子。

泣かないんだ、偉いね。

4月から中学生。

小学生男子満載の息子も、声が変わり、大人らしくなってきた。

優しい息子に育っただけで、子育ては成功と思う。

もうすぐ4歳になる娘。

ひとりでお着替えできる。

保育園へ行くから、服を着替えて。スカートだけだと寒いからズボンもはいて。

声掛けはする。

声掛けだけでいい。

ひとりでできるだけで、親は助かる。

手のかからない子。

でも、手がかかったって、いいんだよ。

それが愛だから。

弱さへの思いやり。

それが優しさ。

現代は使えない人間は、ポンコツと言われる。

弱さは排除すべきものであり、強さが正義。

そこに優しさは、無い。

子育てでも、優しさを失っていないだろうか。

子供を大事にすれば、幸せな大人に育つ。

親にできる最大のことは、幸せな人に育てること。


ブログの新コンセプト!!



一生のうち一度しかない今日。一期一会の出来事を記録していきます。



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夕食を作った。


最近、失敗ばかりで、妻から「めしまず」と言われる始末。


今日は、味の素パークのレシピを見て、美味しく作りたい。


ほうれん草と大根の炒めものを作った。


余ったほうれん草でバター炒めをしよう。


あれ、コンソメがない。


醤油でいいか〜と思ったのが失敗!!


微妙な味に。


また、めしまずか! 


しかし、今日はめげない。


コンソメの代用を調べたら、焼肉のタレでも可らしい。


やってみたら、ほうれん草が復活した!


美味しい料理を作りたい。




太陽を目を閉じて見るとポカポカあたたかさを感じる。


まぶたにうつる光が美しくて、それから鏡で自分の姿を見ると、肉をまとった姿が醜く感じる。


そう、人間は肉の塊。その奥にはきっと太陽のような光の玉がある。


魂は光なんだ。


心を輝かせて、つらい世の中を生きましょう。


整形したり、ダイエットしたり。


外見をきれいにする。


外見には価値があるように見える。


でも、それは飾りなんだ。


どんな美人でもモデルでも、太陽の美しさには敵わない。


純粋な光の美しさ。


肉の塊の奥にもそれがある。


魂が光輝くとき、太陽のような美しさがある。


内面の美しさは、心をあたたかくする。



学ぶことなんてやめたらいいんだ。悩むだけだから。

「はい」と「ああ」と答えるのは、そんなに違うかな?

美しいとか醜いとか、それもどちらでもいいことだ。

みんながこらえてることは、こらえなければならないが、このぼんやりした空白は、こらえきれないほど、果てしなく広い。

みんな楽しそうにウキウキして、リア充。

春の日に展望台から見晴らしてるみたいだ。

私だけボッチで、無口で、じっとしているばかりで、笑うことのできない赤ん坊みたいだ。

下を向いてうずくまっているだけみたいだ。

私だけひとり、何も持っていないみたいだ。

バカすぎて、ぼんやりしていて、はっきり話せない。

みんなキラキラ光ってるが、私だけぼんやり暗い。

みんな賢くてキレがあるけど、私だけひとりモヤモヤしている。

海のような波にゆられながら、ヒュウヒュウと止まない風のようにそよいでいる。

みんな役に立つ人ばかりなのに、私だけポンコツで役立たない。

私だけひとり、他人と違う。

そして、母なる根本の「道」に養われてる。

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老子の一節を自己流に訳して見ました。

みんなと違う私。

愚かで、ぼんやりしていて、ふらふらしているけれど、「道」に養われている。

その一点で、救われる。

そういうものがあれば、ポンコツでも大丈夫。

自分のためなら、自分の分しか行けない。人のためなら、人の分まで歩いて行ける。人は、ひとりで生きられるほど強くないから、誰かと力を合わせて一緒に生きていく。







神様が本当にいるのなら、蜘蛛の糸を伸ばしてくれているだろう。

カンダタはそれを不意にしたが、カンダタにならなければ救いはあるはず。

カンダタは、なぜ、失敗したか? 

自分のことしか考えなかったこと。



生きるとは死んでゆくこと目覚めては眠りにつく夢をまとう今


生まれた日から、死へ向かう。

成長し、成熟し、老いてゆく。

目覚めては、眠りにつく日を3万回繰り返して死ぬ一生は

138億年の宇宙に比べたら、雨の水滴が生まれて消えるような一瞬。

今、夢をまとっている。




何度も何度も直観することは、間違いない。一度や二度なら間違いもあるかもしれないが、何度もあるなら、その奥にある真実に気づいてるんだ、無意識が。