新年二日目の朝、ボーッと箱根駅伝を見ながら急に夢アドのライブに行くことを思い立つ。


 正月といってもたいしてやることはないし、それだったらアイドルのライブにでも行ってるほうがよっぽど生産的だ。さらに本日のギグは夢アドにとっても新年最初のライブである。こうなると行かない理由はないだろう。


 寿莉亜の生誕祭以来なので、結構久しぶりの夢アド現場ということになる。体調不良で2人欠席しているので6人によるパフォーマンスだって? 個人的には寿莉亜ネキがステージにいてくれればさほど大きな問題はない。


 オーバーチュアが流れる中、メンバーがステージに登場する。


 2023年の夢アドのオープニングナンバーは「ファンタスティックパレード」。新年一発目からなかなか盛り上げてくれる。条件反射のように寿莉亜姉さんの動きを目で追う。声の調子があまり良くないことをSNSで発していたが、歌声を聴いている分にはそれほど違和感は感じない。


 この日は他にも「舞いジェネ!」「恋のエフェクトMAGIC」など、先代夢アドの代表曲が披露された。歴史の連鎖の中で、これらの楽曲が2023年の今もこうして生で聴けるというのはとても喜ばしいことだと思う。またこれらの楽曲を堂々と継承出来る立場にいる彼女達は、それだけでも大きなアドバンテージを持っているともいえる。


 一方で今の彼女達にとって数少ないオリジナル曲である「アクセラレーター」が、先代夢アドの楽曲と比較して明らかに負けてしまっているのは、それはそれで大きな問題なのではないだろうか。


 「アクセラレーター」が決して悪い曲だとは思わないが、この日のセットリストは「アクセラレーター」という楽曲の持つ脆弱さが、過去の夢アドの名曲の波に包み込まれてしまっているように感じた。


 過去のものほど過大に評価され、同時代に起きていることは過小に評価されるというのが世の常だとしても、こうしたパラドックスからいかに抜け出すかということが、これからの夢アド(運営含)に課せられた最大の命題だと思う。


 それにしても年末に観たFES☆TIVEやAppare!のワンマンライブでも感じたが、やはり声出しOKのライブというのは良いものだ。


アイドルシーンはこの3年間、コロナによって有形無形の様々なダメージを被ってきたが、自分が考えるにコロナ禍の最大の被害は、客席から歓声を奪ったことではないかと思う。自分自身がライブ中に大声を張り上げることは滅多にないが、若いオタクがライブ中に高まって大声でコールをしているのを横で聞いているのは決して嫌いではない。何故ならアイドルのライブの醍醐味というのは、アイドル本人の歌声とオタクのコールが絡む混然とした一体感にあるからだと私は思う。


 この日のラストに歌われた「メロンソーダ」のメンバーの歌声をかき消すような観客からのコールを聞いていて、軽い目眩を覚えながらもどこか恍惚とした気持ちになった。


 そう、これがアイドルのライブである。















































 21世紀に入り、60年代、70年代に成功したロックミュージシャンの多くは「老い」という現実と向き合わざるを得ない状況に置かれてきた。


 単なる初期衝動だけでロックする年齢はとうに過ぎ、かと言って若い頃のような創造性やギラギラするようなパワーをいまだに持ち続けているのかといえば、残念ながら多くのミュージシャンはそうではない。


 そうしたことと関係しているのか、ベテランミュージシャンが一定の年齢に到達すると、自らの音楽的なバックボーンや出自を確認するかのような、カバーアルバムを創作する傾向がある。


 ブルース・スプリングスティーンの最新作にあたる「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」は、ある意味でオリジナルアルバム以上にファンが待ち望んでいた待望のカバー曲集といえる。

  

 スプリングスティーンのカバーアルバムといえば過去にも、2006年にリリースされた「ウィ・シャル・オーヴァーカム ザ・シーガー・セッションズ」があったが、あの作品はスプリングスティーンのルーツを示すというよりも、戦前のフォークソングを21世紀に掘り起こして光を当てるといったテーマが色濃かった。従って原点回帰的なカバーアルバムとは微妙に意味合いが違っていたように思う。


 今回の「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」で取りあげられた楽曲の多くは、スプリングスティーン本人が若い頃に愛聴していたであろう60年代のソウルミュージックである。有名な曲もあるがまったく知らないような曲もある。


 この当時のソウルやR&Bの楽曲というのは、ヒットした歌手がオリジナルとは言えないパターンが結構あり、よほどのマニアでない限りオリジナルを誰が歌っていたのかわからないものが多い。全15曲中半分くらいの曲は知っていたが、国内盤のライナーノーツを読むと各曲の詳細な解説が書いてあり、なかなか勉強になる。


 例えばアルバムのタイトル・トラックである一曲目の「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」は元インプレッションズのジェリー・バトラーという人が過去に歌ってヒットさせたらしいが、自分はこの人が誰なのかよく知らない。


 自分がこの曲を知っていたのは、エルヴィス・プレスリーのバージョンで過去にさんざん聴いていたからであり、事実この曲はエルヴィスのために書かれたナンバーだと思っていた(「エルヴィス・イン・メンフィス」収録)。なので今回、スプリングスティーン版の「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」を聴いたとき、まるでスプリングスティーンがエルヴィスのカバーをしているかのように響いた。  


    

 自分が知っているものに限っていえば、どの曲もほぼ原曲に忠実なアレンジで、ブルース本人はひたすらここでは「歌うこと」のみに専念している。それが素晴らしい。


 テンプテーションズやフォートップス、スプリームスといったモータウンのカバーが何曲か収録されているが、意外といえば意外な選曲といえる。ライブでは過去に結構な数のソウルのカバーを歌ってきたスプリングスティーンだが、自分が知りうる限りモータウン系のカバーはほとんど取り上げたことはないように思う。


 それにしてもこういう内容の作品を聴いていると盛り上がる。ソウルミュージックやR&Bにそれほど詳しいわけではないが、それでも一時期結構ハマったことがあり、中でも60年代のモータウンサウンドやアトランティックの音は大好きだった。


スプリングスティーンの作品の多くは、その性質上どこか聞き手に緊張感を強いるような側面があり、それをシンドいなと感じる人の気持ちも分からなくはない。実際、自分もニューアルバムがリリースされて、それを初めて聴くときはそれなりのエネルギーを要するが、今回のアルバムに関していえばそういった緊張はまったくなく、最初から最後までとても気楽に聴くことができた。こういうスプリングスティーンも悪くはない。






 























今回、5年ぶりの開催となったアップアップガールズ(仮)の日比谷野外音楽堂でのライブは、何から何まで異例ずくしのことだった。

まず夏も終わりかけている9月になってから突然、開催が発表されたこと。公式発表から本番までの期間がわずか25日しかないというのは、野音のキャパを考えたらちょっとあり得ないことだ。

おそらく早い時期から会場を抑えていたが、コロナ渦の中で、ライブが開催出来るかどうか状況が危ぶまれていた。そこでギリギリのタイミングで決行に踏み切ったということではないだろうか。

そしてこの野音のライブをもって「現体制での活動を終了し新体制に移行する」のだという。明らかにこれは現在の5人のメンバーでの活動が終了することを示唆している。それがメンバーの卒業なのか、あるいはアプガ(2)を含めたグループ内での再編成を意味するものなのか、ヲタク内でもいろんな憶測が飛び交ったが、おそらく野音のステージ上でメンバーの口から重大な言葉が発せられることは間違いないだろう。

霞ヶ関駅の地下道から地上に出ると、この時期にしては外は肌寒く小雨が降っていた。

日比谷野音の前に到着すると、フェイスシールドを装着した係員が間隔を空けて並んで下さいと声を枯らしている。入場時には身分証明書の提示と質問票の提出、さらには手指の消毒と何やら物々しく、客席は新型コロナウィルス感染防止のため、前後左右の座席が空いている。

極めつけはライブ中はマスクの着用が義務づけられ、声を発することは禁止だという。異例というより異常といったほうがいいような事態だが、今後もしばらくはこういう状況が続いていくのだろう。何だか暗澹とした気分になってくる。

オープニグアクトの一番手に登場したのはアップアップガールズ(プロレス)の3人。自分が知らない曲を歌っていたので、おそらく最近の曲なのだろう。会場内のユルい雰囲気がいかにも前座を観ているという感じがする。

ステージ上には続いてアップアップガールズ(2)が登場する。

(2)を観るのも結構久しぶりで、記憶が正しければ今年の初めに観たクマニキのリリイベ以来ということになる。

1曲目のイントロが鳴り、思わず立ち上がる…が、前述したように、このような状況では盛り上がりようがなく、なかなかフラストレーションがたまるライブだ。

アプガ(2)のライブが終わり、しばらくすると「BORN SLIPPY NUXX」の音が聴こえてきて、それがやがて「OVERTURE」に変わる。

空はすっかり暗くなり、煌々と照らされたステージ上に現れたアプガ(仮)のメンバーを観たとき、今までに感じたことのないような懐かしさを感じた。

今年になってアプガ(仮)を観たのは2月に吉祥寺で行われたAKNFESだけで、それ以降は一度も観ていない。つまり7ヶ月ぶりに彼女達のライブを観たわけだが、こんなにインターバルが空いたのは今回が初めてのことだった。

たったの7ヶ月と思うかもしれないが、ヲタクにとっての7ヶ月の空白というのはほとんど永遠ともいえるような長さであり、懐かしさを感じるには十分すぎる時間だったと思う。

エンドレスサマーと銘打たれた今回のライブは、その名のとおり「終わらない夏」をテーマにしたもので、魚やヤシの木のオブジェが置かれたステージで、メンバーがお馴染みの夏曲を中心にパフォーマンスを繰り広げるというとてもわかりやすいものだった。

しかし、ステージ上で繰り広げられるパフォーマンスと、客席の間には信じられないくらいの温度差が生じていたこともまた事実だった。

繰り返すが、客席から声援を送ることは禁止されており、会場内はとても盛り上がっているとはいえない状態。加えて場内は入場規制でスカスカの入り。さらにいえば雨は上がったとはいえ、夜になって気温はいっそう冷え込み、おおよそ真夏の夜の夢という気分ではない。

このような状況で、アプガのメンバーだけがステージ上で「夏」を謳歌している姿はどこか滑稽であり、「エンドレスサマー」という空間を無理矢理作り上げているような不自然さだけが最後までつきまとった。

たらればを言っても仕方ないが、これが以前までのような規制のないライブ環境だったら…あるいはせめて1ヶ月前の暑い時期に行われていたなら…という気分が渦巻く。ライブの内容そのものは悪くなかっただけにとても残念な気分だ。

アンコールで、この日の最大の関心事であった今後の新体制についての説明が行われた。

それはアップアップガールズ(仮)にとって初の新メンバー募集のオーディションという、ある意味とても意表をつくものだった。

応募資格は小学校6年生から28歳までということだが、ハロプロエッグ時代を含めて、ほとんど人生の半分くらい一緒にいるようなメンバーの中に、例えばアイドル1年生みたいな新メンバーが加入することなど現実問題として可能なのだろうか。

アプガ(仮)と同世代の元アイドル加入というのがいちばん現実的な線だと思うが、どちらに転んでも興味深い展開になりそうだ。

結成10周年を前にまだまだ彼女達の物語は続いていく。