21世紀に入り、60年代、70年代に成功したロックミュージシャンの多くは「老い」という現実と向き合わざるを得ない状況に置かれてきた。
単なる初期衝動だけでロックする年齢はとうに過ぎ、かと言って若い頃のような創造性やギラギラするようなパワーをいまだに持ち続けているのかといえば、残念ながら多くのミュージシャンはそうではない。
そうしたことと関係しているのか、ベテランミュージシャンが一定の年齢に到達すると、自らの音楽的なバックボーンや出自を確認するかのような、カバーアルバムを創作する傾向がある。
ブルース・スプリングスティーンの最新作にあたる「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」は、ある意味でオリジナルアルバム以上にファンが待ち望んでいた待望のカバー曲集といえる。
スプリングスティーンのカバーアルバムといえば過去にも、2006年にリリースされた「ウィ・シャル・オーヴァーカム ザ・シーガー・セッションズ」があったが、あの作品はスプリングスティーンのルーツを示すというよりも、戦前のフォークソングを21世紀に掘り起こして光を当てるといったテーマが色濃かった。従って原点回帰的なカバーアルバムとは微妙に意味合いが違っていたように思う。
今回の「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」で取りあげられた楽曲の多くは、スプリングスティーン本人が若い頃に愛聴していたであろう60年代のソウルミュージックである。有名な曲もあるがまったく知らないような曲もある。
この当時のソウルやR&Bの楽曲というのは、ヒットした歌手がオリジナルとは言えないパターンが結構あり、よほどのマニアでない限りオリジナルを誰が歌っていたのかわからないものが多い。全15曲中半分くらいの曲は知っていたが、国内盤のライナーノーツを読むと各曲の詳細な解説が書いてあり、なかなか勉強になる。
例えばアルバムのタイトル・トラックである一曲目の「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」は元インプレッションズのジェリー・バトラーという人が過去に歌ってヒットさせたらしいが、自分はこの人が誰なのかよく知らない。
自分がこの曲を知っていたのは、エルヴィス・プレスリーのバージョンで過去にさんざん聴いていたからであり、事実この曲はエルヴィスのために書かれたナンバーだと思っていた(「エルヴィス・イン・メンフィス」収録)。なので今回、スプリングスティーン版の「オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ」を聴いたとき、まるでスプリングスティーンがエルヴィスのカバーをしているかのように響いた。
自分が知っているものに限っていえば、どの曲もほぼ原曲に忠実なアレンジで、ブルース本人はひたすらここでは「歌うこと」のみに専念している。それが素晴らしい。
テンプテーションズやフォートップス、スプリームスといったモータウンのカバーが何曲か収録されているが、意外といえば意外な選曲といえる。ライブでは過去に結構な数のソウルのカバーを歌ってきたスプリングスティーンだが、自分が知りうる限りモータウン系のカバーはほとんど取り上げたことはないように思う。
それにしてもこういう内容の作品を聴いていると盛り上がる。ソウルミュージックやR&Bにそれほど詳しいわけではないが、それでも一時期結構ハマったことがあり、中でも60年代のモータウンサウンドやアトランティックの音は大好きだった。
スプリングスティーンの作品の多くは、その性質上どこか聞き手に緊張感を強いるような側面があり、それをシンドいなと感じる人の気持ちも分からなくはない。実際、自分もニューアルバムがリリースされて、それを初めて聴くときはそれなりのエネルギーを要するが、今回のアルバムに関していえばそういった緊張はまったくなく、最初から最後までとても気楽に聴くことができた。こういうスプリングスティーンも悪くはない。