この日の山下公園は、天候にも恵まれ、たくさんの家族連れや、若いカップルなどで、たいへんな賑わいを見せていた。

まさにGWもたけなわといった感じだったが、そんな中、明らかにそういった世俗的なリア充とは縁遠いような、異質な空気を振りまいている集団がいた。

言うまでもなく、それはヨコハマカワイイパークに集まったヲタのことだが、どう考えても、昼下がりの山下公園に彼らの存在は似つかわしくない… って、まあオレもそうなんだろうけどww

それにしても、驚くべきは、その観衆の数である。ざっと見て千人以上のギャラリーがいたと思うが、その大半がディアステージ系というか、でんぱ組.incのヲタである。

いくら無銭とはいえ、接触のないフリーライブに、横浜でこれだけの人数の観客を集めるというのは、さすがと言っていいだろう。

現在のアイドル業界は、CDの売り上げ枚数やチャートの順位といったものが、ほとんど有名無実なものになり、人気の実態というものが、見えにくくなっている。

21世紀のアイドル接触商法は、観客が百人に満たないようなアイドルグループのCDを、特定のヲタの複数買いによってチャートのベストテン内にランクインさせることを可能にし、ヒット曲という概念や、ヒットチャートの意味を崩壊させた。

こういった商法については、もはやとやかくいう段階を通り過ぎてしまった感もあるが、こうなってくると、正確な人気を判断すべきバロメーターになるものは、コンサートやイベントの集客力だけであり、この日の動員をみると、現在のでんぱ組.incの人気が本物であることをまざまざと実感した。

何といっても、二日後には日本武道館での単独公演が控えているのだ。今後はこうした近い距離でのイベントも、少なくなってくるだろう。

でんぱ組.incの前に登場したのは、でんぱ組の妹分である妄想キャリブレーション。今年のTIFにも出演することが決定しているので、自分の中では、一度観ておきたかったグループだ。ディアステージ絡みで、でんぱ組との兼任ヲタもきっと多いのだろう。

適度にアイドルっぽく、適度にイロモノっぽく、適度にサブカル臭がして、適度に萌え要素があるところは、でんぱ組のコンセプトと似ているが、ライブ中のヲタの沸きかたが、呆れるくらいにスゴかった。

前時代的なヲタ芸といい、サークルといい、自転車に乗っている人間を御輿のように皆で高々と持ち上げるチャリフトといい、完全に地下アイドルのノリである。それを青空の下でやるのだから、当然、好奇の視線に晒される。

個人的には、こういうノリは嫌いではないが、野外のオープンスペースで、一部のヲタがこうした過激なパフォーマンスを行うと、たまたま居合わせた一般人の視線が、ステージ上のアイドルに向かなくなり、単にヲタのパフォーマンスを見て面白がるだけという展開に陥り、ステージ上のアイドルは完全に置き去りにされる。

この日の、妄想キャリブレーションのライブが、完全にそうだったとは言わないが、そういった危険性を伴ったライブであることに間違いなかった。

これは、過激なヲタを抱えた弱小アイドルグループが、オープンスペースでパフォーマンスを行う際に、必ずぶち当たる問題だが、ステージ上のパフォーマンス(アイドル)が、客席のパフォーマンス(ヲタ)に負けてしまっているような残念さを、妄想キャリブレーションのライブには感じた。

そして、でんぱ組.incが登場する。

オープニングは、新体操のリボンの演目を取り入れた「でんでんぱっしょん」。

もう何というか、いきなりエネルギーが違っている。これが上り調子のアイドルのパワーというものなのだろう。

この天晴れなまでの、強引な盛り上がりかたは、アイドルグループのそれというより、例えていうならサザンの「勝手にシンドバッド」や、ゴールデンボンバーの「女々しくて」のような、宴会芸的な能天気さに通じるものがある。

自分が考えるに、アイドルが大きくなっていく過程において、もっとも旬な時期というのは、徐々に人気が世間に浸透していき、最初の武道館公演が実現するくらいまでの期間だと思う。それは20年前のTPDがそうだったし、15年前のモー娘。も、近年のAKBやPerfumeもそうだった。

その法則に当てはめると、まさに今が旬のでんぱ組.incだが、この日のライブを観ていると、まだまだ底を見せていないというか、アイドル的なピークが、武道館以降も、しばらく持続していくような気がする。

正直にいうと、オレは彼女達のようなボーカルスタイル(いわゆる萌え声)や、アキバ系みたいなノリは、あまり好きではない。

しかし重要なのは、これもまた21世紀のアイドルのスタイルであり、在り方だということだろう。

でんぱ、BiS、ドロシー、アプガで「いつメン」(※対バンになると、いつも同じメンツで、この4グループがいる)と、揶揄された時期もあったが、でんぱ組.incだけが、ここにきて一気に突き抜けた感もある。

当分、この快進撃は止まらないだろうなと、確信したこの日のステージだった。
「世界がうらやむ日本限定特別公演。神様(ディラン)がライブハウスにやってくる」というコピーが、今回の来日公演の告知に載っていた。

一般的に考えて、ライブハウスというのは、せいぜい200~300人クラスのハコのことだと思うので、Zeppだの、BRITZだのといったウン千人規模のキャパの会場を、ライブハウスと呼ぶことには、どうも抵抗があるが、いずれにしても「スタンディングのフロアでディランのライブ」というのは、世界的にみても、かなり特殊なケースであることは間違いない。

実は、前回、2010年の来日公演でも、ディランはZepp Tokyoでライブを行っているのだが、それにしても、なぜ日本だけが、スタンディングの会場なのだろう。ディランの音楽性や、ファンの年齢層などを考えると、お台場のライブハウスなど、到底、似つかわしい会場だとは思えないのだが。

そして、それ以上に驚かされるのが、今回のツアーの日程である。

今回、東京公演が行われているZepp DiverCityは、二千五百人の観客を動員することが出来るハコだが、ディランのようなビッグアーティストにとって、それは小さめの会場になる。そのスモールギグが、追加公演をいれて全部で9回行われる。

同じ会場で、9回公演を行うというのも、ひょっとしたらディランのライブ・ヒストリー史上、初めてのことかもしれない。

今回の日本公演では、その東京公演を含めて、24日間で5都市全17公演を、すべて各都市のZeppで行う。

いったい、何を好き好んで、こんな夜逃げ騒動のような、ドサ回りを行う必要があるのだろうという気もするが、「ネヴァー・エンディング・ツアー」という、旅芸人さながらの生活を、四半世紀以上も続けているボブにとっては、この程度の日程など朝飯前なのだろう。

Zepp DiverCityの、観客の年齢層は、予想どおり高く、また外人客がやたらと多い。ボブのツアーを追いかけている欧米人は多いと聞くが、アメリカやヨーロッパから、日本まで観にきているような、熱心なファンも、場内には大勢いるのだろう。

定刻通り、7時に場内が暗くなり、ライブがスタートする。

オープニング・ナンバーは「シングス・ハヴ・チェンジド」。

例によって、原曲が粉々に解体され、大胆なアレンジが施されているので、よほどの上級者でない限り、しばらくは何の曲だか解らないだろう。

近年、ディランは、ほとんどステージ上で、ギターを弾かなくなったが、手ぶらで、マイクスタンドの前に立って歌うボブの姿には、やはりどこか違和感を感じてしまう。(反対にミック・ジャガーが、ギターを下げて、ステージで歌うことがあるが、あれにもすごく違和感を感じる)

ステージ上には、オレンジ色の街灯のようなものが、数本灯っているだけで、やたら薄暗く、自分が観ていた位置からでは、ボブの表情をうかがい知ることは出来ない。

派手な照明機器はもちろん、ピンスポットのようなものさえなく、あそこまで舞台の上が薄暗いコンサートは、初めて観たような気がする。

それにしても,演者の表情が見えないライブって誰得なんだよww

今回の日本公演は、今、これを書いている4月10日現在では、ほぼ連日、固定されたセットリストでライブが行われており、しかも過去の代表曲が、ほとんど歌われずに、近年の楽曲を中心としたプログラムで構成されている。

自分が観た6日目のライブも、前日までの公演と比べて、内容に特別大きな変化はなかったようだ。

実際、Twitterなどを見ると、あまりにも知らない曲ばかりを歌うので、退屈した人も多かったようだが、自分は2000年代以降の、ディランの楽曲も大好きなので、セットリストそのものに、それほど大きな不満はなかった。

それでも、もう少し昔の曲を織り混ぜたほうが、ライブの構成としてはよかったのではないかと思う。

まあ、気まぐれな御大のことだから、このあと東京以外の会場で、意表をついたナンバーが披露される可能性はあるだろう。

しかしディランというのは本当に不思議な人である。一昨年、リリースされた「テンペスト」が発売された頃のライブでは、リリース直後にも関わらず、このアルバムから一曲も歌わない日もあったのに、今回の公演では、6曲も取り上げている。

また、自分が観たこの日のライブでは、信じられないようなことが起こった。

ディランのライブには、基本的にMCはなく(最近ではバンドのメンバー紹介すらしなくなった)、歌以外に声を発するのは、コンサートの一部が終了したあとの、休憩前の簡単な挨拶だけなのだが、自分が観た日に、なんと「サンキュー、アリガトウ…」と、あのボブが、初めて(たぶん)日本語を喋ったのだ。

これには、誰しもが耳を疑ったことだろう。

ディランが日本語を喋るなんてことは、今まで絶対に有り得ないことだったからだ。

もっと驚いたのは、アンコール終了後、去り際に客席を見渡していたディランが、最前列の女性が差し出したペンと雑誌を受け取り、ステージ上でサインに応じたことだった。

自分の位置からだと、そのときは、何をやっているのかよくわからなかったのだが、その幸運な女性が、サインをもらった雑誌(ディランが表紙の米ROLLING STONE誌)の写真を、自身のTwitter上にアップし、たくさんの人達が、それをリツイートしていたので、自分もそれを見て、事の詳細を知った。

ステージ上で、ディランが、ファンのサインに応じたなどという話は、これまで聞いたことがないので、よほど、この日のボブは機嫌が良かったのだろう。

そのわりには、客席に手を振ったり、御辞儀をしたりといった当たり前のようなレスポンスがいっさいなかった点も、実にディランらしいコンサートだった。
ローリング・ストーンズにとって、今回の「14 ON FIRE JAPAN TOUR」は、通算すると6度目の来日公演になる。

1990年、ローリング・ストーンズ初来日当時の感覚でいうと、ストーンズが日本にやってくるというのは、「事件」であり、ストーンズを生で観れるチャンスは、これが最初で最後かもしれない…というのが、当時のロックファンの共通した認識だったように思う。

その後、彼らが四半世紀近くに渡って、演奏活動を続け、ワールドツアーを行うたびに、日本の土を踏むなどという展開を、はたして誰が予想したであろうか。

ハッキリとしたデータがあるわけではないが、あれから24年、今では東京という都市は、累計すると、おそらく世界でもっともストーンズの観客動員に、貢献した都市のはずである。(何といっても、初来日の、東京ドーム×10DAYSという空前絶後の動員が効いている)

95年の、二度目の来日以降は、さすがに初来日のときのような騒ぎは沈静化したが、それでも来日するたびに、ドームで複数回のライブを行っているのだから、興行的に考えても、ストーンズにとって、東京という町は、ニューヨークやロンドン、パリといった都市と、同じウェイトを占める主要都市だといえるだろう。

正直に言うと、自分にとって、ローリング・ストーンズがロックバンドとしてのリアリティーを持っていたのは、80年代の中頃くらいまでで、初来日以降、毎回、会場に足を運んでいるとはいえ、それは現役ロックバンドのライブを体験しに行くというよりも、やがて滅びゆくロックの世界遺産を観に行くような感覚だった。

今回の、来日公演を観に行く動機も、基本的には、そんな感覚だったが、ミック・ジャガーもキース・リチャーズもすでに70歳ということを考えると、やはり今回のライブが、ストーンズにとって、最後の日本公演になる可能性は非常に高いと思う。

自分自身も、これが最後のストーンズだろうという意識を持って、ライブに参戦した。

自分の座席は、アリーナのほぼド真ん中で、ミック・ジャガーの0ズレだった。(…ただし,後ろから20列目くらい。前からは多分100列目くらいだろうww)

ストーンズのライブというと、やたら巨大なセットがステージ上に組まれているのが、いつものパターンだが、今回は、意外に地味で、また最近では、お馴染みになった、移動式のセンターステージもなくて、単にアリーナ席に花道が伸びているだけだった。

安定の30分遅れで客電が落ち、「悪魔を憐れむ歌」のようなパーカッションが鳴り響く中、真っ赤なステージライトに照らされて、ストーンズのメンバーが登場。

ストーンズ史上最強の入場シーンは、75年のスティール・バンド・アソシエイション・オブ・アメリカのパーカッション乱打からの「庶民のファンファーレ」か、81年の「A列車で行こう」だと思うが、今回のオープニングも相当にシブい。

そして、オープニングナンバーは「一人ぼっちの世界」。ツアー初日の、アブダビでの公演が、例によって「スタート・ミー・アップ」で始まったとの情報を得ていたので、これには意表をつかれた。

しかし、自分のまわりにいた観客の反応は、思ったほど盛り上がっておらず、これは上級者向けの選曲なのだろうか。

ステージ上のミック・ジャガーの動きがすこぶるいい。おそらくコンサートにむけて、日々の生活でも節制し、もちろん若さを維持するために、身体にお金をかけているのだとは思うが、それにしても、ちょっと70のジイさんとは思えないような、運動量とアクションである。

2曲目以降は、毎度、おなじみの曲が続き、最終的に日本初登場曲は、「エモーショナル・レスキュー」と、去年、リリースされた、ベストアルバムに収録された新曲の「ドゥーム・アンド・グルーム」の二曲しかなかったが、「エモーショナル・レスキュー」は、自分が、リアルタイムで、ストーンズの新曲として、初めて聴いた楽曲だったので懐かしかった。

楽曲自体は、いま聴くと、別にどうってことのない曲だが、この曲を、生で聴けたのは、ちょっと嬉しい。

途中、元メンバーのミック・テイラーがゲストで出てきて、何曲か演奏に参加するのだが、その参加曲が、すべてテイラー在籍期以外の楽曲というのには、何か理由があるのだろうか。

それでも、テイラーの超絶ギターが、キース、ロニーのギターと絡む、ジャムセッション風の「ミッドナイト・ランブラー」の演奏には、マジで震えた。

キーボードや管楽器、複数のコーラスで固められた、最近のストーンズのライブのサウンドではなく、この日、演奏された「ミッドナイト・ランブラー」のように、音が隙間だらけで、集中して聴いていると、平衡感覚が麻痺してくるような、音の整合感こそが、自分にとってのストーンズサウンドなのだと思う。

そして、この日、演奏された全20曲のうち、新曲1曲を除くと、残り19曲のナンバーが、すべて80年代までにリリースされた楽曲であるという恐ろしい事実。

これが、何を意味しているのかというと、この30年あまりの間、ローリング・ストーンズはロック史に残るような名曲を1曲も残していないということではないだろうか。

言い方を変えると、昔の曲だけ歌っていても、ライブが成立するだけの、実績がストーンズにはあり、また大半の観客も、ストーンズに過去の楽曲だけを求めている。そういった意味で、現在のローリング・ストーンズというのは、究極のオールディーズバンドだともいえるが、ひたすら過去の代表曲のみを演奏する、ストーンズの姿勢というのは、ストーンズ以降のロックミュージシャンに対して、ロックは今後、高齢化と、どう向き合って生きていくべきなのかという問題を、身をもって示しているようにも思えた。

そして、そんなストーンズにも、きっと終わりが近づいているのだろうということを、実感してしまったのは、今回のキース・リチャーズを、目の当たりにしたからである。

見た目も老けたが、それ以上に、以前のようなオーラが感じられず、ギターを弾いているときのアクションもほとんどなくて、何か淡々と演奏をしているだけといった感じだった。

観客に笑顔を見せたのも、ソロ曲のときだけだったように思う。

自分が気づいただけでも、わりと単純なリフで始まる曲のイントロを、2~3回は間違えていたし、いったいキースはどうしてしまったのだろうか?

単に、この日の調子が優れなかっただけの問題なら良いのだが、そうではないような気がする。

ミックが、いまだにあれだけ元気なパフォーマンスを披露しているだけに、キースを見ていると、その対比が残酷で、感動や興奮よりも、どこか切なさが残った今回の来日公演だった。