「世界がうらやむ日本限定特別公演。神様(ディラン)がライブハウスにやってくる」というコピーが、今回の来日公演の告知に載っていた。

一般的に考えて、ライブハウスというのは、せいぜい200~300人クラスのハコのことだと思うので、Zeppだの、BRITZだのといったウン千人規模のキャパの会場を、ライブハウスと呼ぶことには、どうも抵抗があるが、いずれにしても「スタンディングのフロアでディランのライブ」というのは、世界的にみても、かなり特殊なケースであることは間違いない。

実は、前回、2010年の来日公演でも、ディランはZepp Tokyoでライブを行っているのだが、それにしても、なぜ日本だけが、スタンディングの会場なのだろう。ディランの音楽性や、ファンの年齢層などを考えると、お台場のライブハウスなど、到底、似つかわしい会場だとは思えないのだが。

そして、それ以上に驚かされるのが、今回のツアーの日程である。

今回、東京公演が行われているZepp DiverCityは、二千五百人の観客を動員することが出来るハコだが、ディランのようなビッグアーティストにとって、それは小さめの会場になる。そのスモールギグが、追加公演をいれて全部で9回行われる。

同じ会場で、9回公演を行うというのも、ひょっとしたらディランのライブ・ヒストリー史上、初めてのことかもしれない。

今回の日本公演では、その東京公演を含めて、24日間で5都市全17公演を、すべて各都市のZeppで行う。

いったい、何を好き好んで、こんな夜逃げ騒動のような、ドサ回りを行う必要があるのだろうという気もするが、「ネヴァー・エンディング・ツアー」という、旅芸人さながらの生活を、四半世紀以上も続けているボブにとっては、この程度の日程など朝飯前なのだろう。

Zepp DiverCityの、観客の年齢層は、予想どおり高く、また外人客がやたらと多い。ボブのツアーを追いかけている欧米人は多いと聞くが、アメリカやヨーロッパから、日本まで観にきているような、熱心なファンも、場内には大勢いるのだろう。

定刻通り、7時に場内が暗くなり、ライブがスタートする。

オープニング・ナンバーは「シングス・ハヴ・チェンジド」。

例によって、原曲が粉々に解体され、大胆なアレンジが施されているので、よほどの上級者でない限り、しばらくは何の曲だか解らないだろう。

近年、ディランは、ほとんどステージ上で、ギターを弾かなくなったが、手ぶらで、マイクスタンドの前に立って歌うボブの姿には、やはりどこか違和感を感じてしまう。(反対にミック・ジャガーが、ギターを下げて、ステージで歌うことがあるが、あれにもすごく違和感を感じる)

ステージ上には、オレンジ色の街灯のようなものが、数本灯っているだけで、やたら薄暗く、自分が観ていた位置からでは、ボブの表情をうかがい知ることは出来ない。

派手な照明機器はもちろん、ピンスポットのようなものさえなく、あそこまで舞台の上が薄暗いコンサートは、初めて観たような気がする。

それにしても,演者の表情が見えないライブって誰得なんだよww

今回の日本公演は、今、これを書いている4月10日現在では、ほぼ連日、固定されたセットリストでライブが行われており、しかも過去の代表曲が、ほとんど歌われずに、近年の楽曲を中心としたプログラムで構成されている。

自分が観た6日目のライブも、前日までの公演と比べて、内容に特別大きな変化はなかったようだ。

実際、Twitterなどを見ると、あまりにも知らない曲ばかりを歌うので、退屈した人も多かったようだが、自分は2000年代以降の、ディランの楽曲も大好きなので、セットリストそのものに、それほど大きな不満はなかった。

それでも、もう少し昔の曲を織り混ぜたほうが、ライブの構成としてはよかったのではないかと思う。

まあ、気まぐれな御大のことだから、このあと東京以外の会場で、意表をついたナンバーが披露される可能性はあるだろう。

しかしディランというのは本当に不思議な人である。一昨年、リリースされた「テンペスト」が発売された頃のライブでは、リリース直後にも関わらず、このアルバムから一曲も歌わない日もあったのに、今回の公演では、6曲も取り上げている。

また、自分が観たこの日のライブでは、信じられないようなことが起こった。

ディランのライブには、基本的にMCはなく(最近ではバンドのメンバー紹介すらしなくなった)、歌以外に声を発するのは、コンサートの一部が終了したあとの、休憩前の簡単な挨拶だけなのだが、自分が観た日に、なんと「サンキュー、アリガトウ…」と、あのボブが、初めて(たぶん)日本語を喋ったのだ。

これには、誰しもが耳を疑ったことだろう。

ディランが日本語を喋るなんてことは、今まで絶対に有り得ないことだったからだ。

もっと驚いたのは、アンコール終了後、去り際に客席を見渡していたディランが、最前列の女性が差し出したペンと雑誌を受け取り、ステージ上でサインに応じたことだった。

自分の位置からだと、そのときは、何をやっているのかよくわからなかったのだが、その幸運な女性が、サインをもらった雑誌(ディランが表紙の米ROLLING STONE誌)の写真を、自身のTwitter上にアップし、たくさんの人達が、それをリツイートしていたので、自分もそれを見て、事の詳細を知った。

ステージ上で、ディランが、ファンのサインに応じたなどという話は、これまで聞いたことがないので、よほど、この日のボブは機嫌が良かったのだろう。

そのわりには、客席に手を振ったり、御辞儀をしたりといった当たり前のようなレスポンスがいっさいなかった点も、実にディランらしいコンサートだった。