今の息子たちは中1と中3。
長男はサッカー、
次男はテニスをしている現在ですが、
小学生時代は二人とも同じ地元クラブでサッカーをしていました。

保護者コーチ、もしくはOBコーチが指導し、母たちも運営、行事や準備をする手弁当チーム。

こどもたちがボールを追いかけるのを微笑ましく眺め、和やかに過ごす…って言う日々ばかりじゃありませんでした。
寧ろ、指導者との関係やチームメイトのいじめにも悩む日々の多かった事よ…

そんな日々に、自分の考えを整理する為にこのブログを書いていました。

今は、こどもたちが自分の問題に自身で向かい合う事が出来る。
今の私の悩みは、こどもたちの食事の用意と体調管理位になっています。

だから、精神的にはほぼほぼ平穏。
…で、いたのですが…
最近のアメフト部問題で、また色々思い出していました。


指導と選手について。
このブログにも多少書いたなと。
書いていた時の割り切れないやりきれない気持ち。
ここからちょっと、怒ってしまいますけど。

日大アメフト部指導者たちのした事。
あれは、選手に対する精神的虐待ですよ。
簡単に言えばいじめ。
選手を人間と思っていないんですよ。

こう言う高圧的な指導って、前時代の遺物と思ってたんだけど、現存していて驚きと落胆ですよ。

指導者って、締め付ける存在じゃ無いんですよ。
良い方向に導くのが指導者なんですよ。

会見ではその試合のそのプレイの事だけ、釈明していたみたいだけど、当該選手に『日本代表に行くな』と言ったとか、それまでの接触って、良い方向に導くものでは到底無かったですよね。

指導者との会話も無く、信頼関係も無く、圧力をかけて出場機会を条件に『潰して来い』って、放置ですよね。
これは、指導と言わないんですよ。
『教える』事が出来ていないですよね。
『「怪我をさせろ」とは言っていない』
じゃあ、貴方方は何を『教え』『導いて』いたのですか、と。

自分の考える勝利への技術や戦略を科学的に、良い方向に導くように伝える技術が無い方は、
監督とか、コーチと言う役職についてはいけないんですよ。

ただ高圧的に選手に『出場機会』を鼻先にぶら下げて、自分の言う事を聞かせるのは、指導じゃ無いんですよ。
そう言うのは、『支配』と言うんですよ。
『独裁』と言っても良い。

『自分が言った事を一言一句覚えている訳じゃない』とか何とか仰っていたようだけど、覚えていないと言う事は、選手に伝える言葉を責任持って選んでいないんですよ。

無責任な大人の見本ですよ。
スポーツをする若い世代を、大切に導いて行くと言う責任感が無いんですよ。

日大の選手の会見を見て、涙が止まらないです。
未だこんな前時代の遺物的指導で、関学大の選手も、日大の選手も、心身ともに傷ついたんです。

私は、ブログの中で、体罰や指導者について考えて来ました。

こどもたちが小学生のうちは、親が側で見守るのも比較的容易ですが、中学、高校と長じてくると、そうも行きません。
未だにこんな指導者がいると思うと、こどもたちの進学先選びも悩ましくなります。

世間の部活についての考え方も、大分変容して来ましたが、スポーツを取り巻く環境について、もっともっと考えていかなけれはならないと感じました。

ここまでお読みくださった皆様、よろしければ、以下の記事もお読みいただき、ご意見ご感想等いただければ嬉しく思います。