京都を歩く1 20260823 瀧尾神社から泉涌寺へ | トトブログ 巡礼記

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時空を超えた自分との出会い

週明けから関東に仕事に行くのに、1日早く移動することにして、その前に京都に寄りました。今まで行ったことのなかった真言宗の本山に行ってみようと思ったのです。

 

瀧尾神社→三嶋神社→法音院→戒光寺→新善光寺→新熊野観音寺→来迎院→善能寺→悲田院→泉涌寺→即成院→剣神社→新熊野神社→智積院→新日吉神社→豊国神社→文子天満宮

 

ちなみに、法音院から即成院まではすべて泉涌寺の塔頭(たっちゅう)なので、広い意味では泉涌寺なんですが、泉涌寺さんは泉涌寺さんで「西国三十三所巡礼はうちではないですよ、新熊野観音寺さんですよ」と宣伝しているので、ややこしいですね(笑)。まあ、事務手続き的には、新熊野観音寺さんの寺務所で御朱印をもらわないと意味ないので、別のお寺ですと案内した方がお互いに楽ではあるのですが。

 

 

瀧尾神社

 

瀧尾神社拝殿

 

下鴨神社宮司で三嶋神社本宮宮司も継続?の友田氏の寄贈の神像です。

 

 

 

 

 

三嶋神社。

 

奥が妙見宮。本宮が手狭になったので、こちらで引き取ったんでしょうかね。経緯は謎です。

 

瀧尾神社は、大黒天、毘沙門天、弁財天を祀っているということで、これは大黒天つながりかなと思いました。先日の大黒寺でのこともあるのですが、同時に思い浮かんでいたのは成田の宗吾霊堂の本堂の裏に後堂(裏堂)形式で祀られている「夢想出現大黒天」のことでした。ただ、このとき、意識しませんでしたが、大黒天・毘沙門天・弁財天という三面大黒天と共通していますね。それで改めて三面大黒天を調べたら、日吉大社にもともと祀られていたこと、それが神仏分離以降は比叡山の大黒堂で祀られていることが分かったので、近いうちに日吉大社に行かなきゃと思っています。


宗吾霊堂に行ったときの話です。


 

瀧尾神社の御神像は、下賀茂神社の宮司である友田氏の名前だったのですが、「賀茂御祖神社・三嶋神社宮司」と二つの役職を重ねていたので、ひょっとすると「三嶋神社本宮」の宮司さんも継続されているのかもしれませんね。そして、京都の中でここにも三嶋神社がありました。古代に摂津の三島鴨神社から勧請したものが三嶋神社本宮で、そこからさらに勧請したものらしいです。これを書いていて気が付きましたが、摂津の三島鴨神社も「鴨」が付くんですね。下鴨神社と三島神社、両方、賀茂氏と関わりが深そうです。


ちなみに、静岡の三嶋大社も摂津・三島鴨神社から勧請されたものです。その三嶋大社の舞殿に賀茂神社から渡って来られた素戔嗚尊(を乗せたお神輿)と出会ったところから、この1年間の旅は始まっているんですよね。三嶋神社の摂社に妙見宮があったのですが、こちらは説明書きを読むと、もともと本宮にあったようで、その辺の関係がよく分かりません。


三嶋大社に行ったときの話です



短い時間の訪問だったんですが、後から調べたのも含めて、宿題が増えました。

1) 三嶋大社再訪

2) 日吉大社・比叡山再訪(もう少し涼しくなってからにしよう)

3) 三島鴨神社

4) 愛媛の大三島神社

5) 能勢妙見山(妙見さんつながりだと星田妙見も久しぶりに再訪するかなあ)

 

瀧尾神社を後にして泉涌寺に向かいます。

 

総門。

 

泉涌寺は塔頭がとにかくたくさん。

 

まずは法音院から入ります。

 

鎮守社・三社明神。八幡大菩薩・春日大明神・天照大神宮を祀ります。春日大社の本地仏が不空羂索観音という繋がりのようです。

 

不空羂索観音を祀る本堂。

 

当初、塔頭は飛ばそうと思っていたのですが、なぜか惹かれてしまったので、入ってみたのが法音院です。私が最初に気になったのは鎮守社の三社明神です。春日信仰がもとにあって、後に考証の結果、八幡大菩薩と天照大神宮をお祀りしているんですね。詳しいことは「法音院鎮守社由緒」に書いてあります。ご本尊の不空羂索観音像も素晴らしかったです。

 

法音院の経験でついつい次も立ち寄ったのが、向かいにある戒光寺です。ここが本当に素晴らしかった。

 

 

泉山融通弁財天

 

戒光寺

 

 

 

戒光寺には素晴らしい釈迦如来像があります。運慶・快慶親子の作なんですね。これは素晴らしい京都の大仏と言われていたそうです。拝観料もかからないんですね。ただし、春と秋に足元まで行く特別拝観があって、このときは500円だそうです。山門をくぐって進もうかどうしようか迷っている若い女性二人組にお勧めしておきました!

 

新善光寺です。

 

 

 

愛染堂。こちらの愛染様は素晴らしかったです。

 

 

 

佐保姫の名前が気になったのでパシャリ。ちょっと調べたけど、よく分かりませんでした。今じゃないかもしれません。

 

新善光寺はちょっと下りだし、どうしようかと思いましたが、とてもきれいな庭園でよかったです。特に愛染明王像は精巧で素晴らしいものでした。鯉もあびこ観音と同じようなメチャクチャ立派な鯉でした。

 

今熊野観音寺に向かいます。

 

 

子まもり大師。珍しいですね。お大師様に子どもたちがくっついている像です。

 

大師堂。

 

今熊野観音寺では、本堂の周りだけを歩きました。今熊野山まではさすがに重い荷物も持っていたので、仕切り直しだなとあきらめました。本堂は、十一面観音様を中まで入って拝観できるので、ありがたかったです。持っていった観音経で小さい声で観音経だけ唱えました。そのまま西国三十三観音の勤行集を求めました。同じ十一面観音や千手観音、如意輪観音、千手十一面観音でも、微妙にご真言とかは違います。33か所全部が載っているので、これは便利。私がお参りしたことがあるのは10か所でしたね。結果的には、いつかお参りするかもという気がします。

 

今熊野観音寺の横を抜けて、来迎院と善能寺に向かいます。

 

来迎院山門。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善能寺。

 

 

 

来迎院は三宝荒神さんを祀られていました。このほかにも本尊の阿弥陀如来、勝軍地蔵尊などが祀られているようなのですが、拝観できなかったので、よく分かりません。善能寺は来迎院から小さい川をわたった向かいにあるお寺です。建物自体は割と新しいようですが、空海創建なので、古いですね。ここに日本で最初に祀られたという稲荷=吒枳尼天です。日本の稲荷は二系統あって、秦氏が船岡山で奉斎した命婦元宮→伏見稲荷、空海が直接大陸から輸入した吒枳尼天ではないかと思います。豊川稲荷は現在は曹洞宗ですが、元は真言宗の歓喜院だったとのことから、空海との関係が推測されますが、詳細は分かりませんでした。豊川稲荷は11月に御開帳ですね。真言宗→曹洞宗の関係から見ると、大黒寺での経験が思い出されます。



 

泉涌寺山門。

 

楊貴妃観音。

 

 

 

泉涌水屋形前。

 

泉涌水屋形

 

仏殿。

 

 

 

舎利殿。

 

楊貴妃観音が圧倒的に素晴らしかったですね。仏殿には阿弥陀如来(現在)、釈迦如来(過去)、弥勒如来(未来)が祀られていて、その裏側には素晴らしい白衣観音像があります。三世仏は私的にはあまりフィットしなかったなあ。私が好きだったのは白衣観音像と、新たに奉納されたというか、今だけかもしれませんが、梵字金剛曼荼羅・梵字胎蔵曼荼羅の二つです。龍図も良かったです。舎利殿では、梵字仏教美術展覧会があったのですが、それは別に書きたいと思います。

 

あ、ちなみに、悲田院は事前予約が必要(拝観料500円)、雲龍院は拝観中止でした。雲龍院は後1週間くらいは中止とのことなので、また改めて訪ねたいと思います。まあ、もう少し涼しくなってからでいいかな。

 

泉涌寺を出て、最初に立ち寄らなかった即成院に戻ってきました。

 

 

 

 
即成院には、二十五菩薩と阿弥陀如来の中陣特別拝観があります。このオーケストラも素晴らしかったですね。ただ、葛井寺の方が明るいのと、やや広い感じはありました。でも、即成院の方が古い伝統的な寺院の形ですし、甲乙つけがたいという感じです。あと、福禄寿さんも特別拝観では一緒に拝観できます。
 
さて、悲田院あたりでフラフラだったんですが、この後も歩きます。