千葉にある麻賀多神社に参拝に行きました。そして、あわせてその手前にある宗吾霊堂にも行ってきました。行く前からこの宗吾霊堂もGoogleマップで調べているときに気になっていて、実際に行ったところで、その意味も分かってきました。
この日は朝一の飛行機で関空から成田へ飛びました。大阪も関東も雨でしたが、空の上はきれいな晴れ。
京成線の宗吾参道で降り立つと、雨は降っていないんだけど、ガスっている感じでした。しかし、これは後ですごく実感するんですが、御神気でした(この時もそうかなとは思っていました)。宗吾というのは、江戸時代初期に領主の重税に苦しむ領民のために将軍に直訴したため、家族もろとも処刑された義民といわれています。通称は佐倉宗吾。Wikipediaを読むだけでもいろんな説があるんですね。史実はともかく農民のリーダーとみんなが信じて尊敬してきたことは間違いありません。
宗吾霊廟。
山門
事前にそこまで詳しく調べて行かなかったので、実際に行って驚いたのは、ここは単にお堂ではなく、真言宗豊山派別格本山の東勝寺というお寺で、Wikipediaによると、大正時代からここに移転してきたが、このお寺自体、桓武天皇の勅願で坂上田村麻呂に作らせたという古い歴史を持っているんですね。でも、ここの本尊は(佐倉)宗吾なのです。私が感じたのは、とても地域のリーダーというだけのエネルギーではなかった、ということです。もっと大きい何かと思いました。
歳末のお焚き上げ
本殿の後ろに回ると、大黒様が祀られていました。説明書きを読むと、なんでも百年くらい前に現本堂を再建された大僧正様が夢で古来より当山を守護している大黒天からのお告げを受けたそうで、本堂の裏仏として奉安されたそうです。大国主様の力だったのか、と思いました。それならば、納得です。私がすごいなと思ったのは、あくまで人霊である宗吾さんが本尊で、大黒天様にそれを支える役を任せている、ということです。このタッグはすごい。
階段の上くらいのところに祀られています。
大黒天様
この日はとにかく御神気がすごく、麻賀多神社まで向かいます。そして、もう驚きもしませんが、この日は雨予報だったのが週の初めくらいから大丈夫そうに変わったものの、直前までは雨が降っており、ほぼ雨に降られずに参拝できました(この後、少しだけ降られました)。一時期は雨の中、数キロ歩くのかと覚悟したのですが。率直な感想を言うと、こんな御神気を調えることが出来る神様たち、私、来る必要あるんだっけ?と一瞬思いました。
麻賀多神社は、地元の方がお正月の準備をされていました(入り口の写真はその姿が映っているので、載せるのはやめますね)。言うまでもなく日月神示で有名な天日津久神社があるわけですが、私はここでは大杉に圧倒され、大権現社に惹かれました。天日津久神社も良いのですが、この日はそれどころではない、つまり、神社どころか、宗吾参道から奥宮(さらに奥まで)とにかく御神気に包まれるくらいだったので、特にここという感じではなかったのです。国之常立命のエネルギーというのも分かります。何というか玉置神社や熊野本宮に私が行ったときも同じ感じでしたし、今思い出したんですが、二上山に行ったときも同じでした。正直、クラクラするほど圧倒的でした。
麻賀多神社の大杉は、東国一を謳うだけあって、さすがにすごかったです。推古天皇の時代に奥宮から遷って来たときに、記念にここに植樹されたようです。樹齢1400年以上になるわけです。この日はほぼ人がいなかったので、じっくりと木のエネルギーを感じました。
天日津久神社
私が横の道を歩いているときから気になっていたのは、この大権現社でした。大権現という名前なので、神仏習合の影響もあるのかなと感じました。ここの木は、大杉に次いでパワーがあるなと私が感じたスポットでした。私はここで般若心経を唱えました。ただ、そんなに神仏習合の感じは強くなく、寺院という感じもあまりなかったですね。
麻賀多神社から奥宮に向かうのですが、その先の道もとにかく御神気がすごい。奥宮の方も、振り返って麻賀多神社の方もやはりすごいです。
奥宮がある方
台方麻賀多神社の方角。
奥宮の手前
国造・伊都許利命の古墳の拝所です。
↓ 何回かチャレンジしたのですが、うまくアップできなかったので、ここから先は写真なしです。
摂社の賀志波比売神社(祠)の前で、私は女神のさみしさを感じたのです(あとで調べたら、この名前は天照大神の若い時の名前ということでした)。なぜか分かりませんでしたが、私にはその裏の森に何かヒントがあるような気がしました(あとでここで身滌大祓を唱えました)。あとで動画を見たら、ミシェルさんたちが私が行った前の日に公開された動画で、そこでご神事もされていましたね。彼女たちは香取神宮・鹿島神宮に行き、その後、麻賀多神社奥宮に来ていました。そして、それは御岩神社のご神事から繋がっていたようです。
私の場合、ミシェルさんたちと違うのはテーマでしょう。国を治めるということを改めて学んだり、思い出すために来たという感じでした。印波の国造であった伊都許利命と宗吾は同一の魂の生まれ変わりではないかと私には感じられました。そして、それを國之常立命や大国主命が助けたのでしょう。ひょっとすると、平将門公もそうした加護を受けたのかもしれません。
何で今回、この三つを一緒に取り上げたかというと、この三つは辺津宮、中津宮、奥津宮のような関係にあると私には感じられたからです。麻賀多神社本社が中心ではあるんだけど、宗吾霊堂も実はどっしりとしていて、おそらく現世的なご利益とかはこちらの方が良いだろうと思います。真言宗豊山派の古刹ですが、東勝寺という名前を前面に出していないところもとても奥床しくて良いですね(成田山新勝寺の名前はこの東勝寺に対して新しく作ったので、新勝寺になったという話もあるようです)。厳しいエネルギーもありながら、優しいエネルギーに包まれている不思議な空間です。麻賀多神社にお参りに行く方はぜひ、こちらも一緒にご参拝されることをお勧めします。




























