神戸新聞に2012年1月から2021年の4月まで連載された同タイトルのエッセイに、2005年くらいから他で発表されたエッセイを足して単行本化されたもの。小川さんは1962年生れで夫と一歳違いだ。
 なんということはないことが、さらっとした筆致で書かれていて読みやすい。そもそも私は小説よりエッセイが好きだ。何度も繰り返し読んだエッセイはけっこうあるが、繰り返し読んだ小説は少ししかない。で、このエッセイをどう評価するか。クドくもなくさらりとした文章はさすが、と思うが、個人的にはもっとユーモラスなエッセイが好きだ。フランスの小さな小学校を訪れたときの話なんかは好みだけど。小川さんの世界は詩的でまじめだ。私はもちょっと不真面目なのが好きかな。
 内容について自分の人生に重ねてみる。

 知らずにパクリ問題。中学の修学旅行で奈良京都に行き、焼き物の絵付けをした。周囲が大仏なんかを茶碗に描いていて、趣味わりいな、と思いながら、私は梅の花をモチーフにした柄を描いて自分のセンスの良さに悦に入っていた。すると美術の先生がそばに来て、
「それ、何の模様か知ってる?」
「?」
「北野天満宮の梅のモチーフだよ」
 つまり私は修学旅行で寺社仏閣をめぐっているうちに北野天満宮でそのデザインを見ていて、そうとは知らずにパクっていたのだ。以来世の中でパクリ事件が出ると、この年になってもその時のことを思い出す。本当にまったく意識せずにパクっていた。
 名前の呼び間違い。義母には娘(私の義姉)と息子(夫)がいる。息子は三回結婚したが子供はなく、義姉に娘と息子がいるが、義母は娘と孫娘、息子と孫息子が基本シャッフルしている。義母と電話で話していて、
「今アカネが来ている」
 というので、夫の姪がいるのかと思えばほぼ100%義姉だ。私が同席しているときも同様。我が息子を孫息子の名前で呼ぶ。いちいち訂正されているが、基本間違いから入る。
 名作漫画「エースをねらえ!」。私は子供の時熟読して中学でテニス部に入ってしまったくらいだが、このエッセイで引用されていた「フォアとバックそれぞれ専門のコーチがついている外国人選手」が誰のことだかわからない。こんなエピソードあったか? 小川さんの勘違いというのは考えにくい。こんな名作漫画だと校閲でチェックが入るはずだ。オーストラリア人の登場人物がいたことは憶えている。たしか兄妹だったような。彼女のこととしか思えないが、そんなエピソードがあったことがまるで覚えてない。あれだけ熟読したのにおかしい。ネットで検索するも出てこず。
 「エースをねらえ!」の思い出は尽きないが、小学生だった私は高校に行ったら本当にお蝶夫人のような人がいるのだと思っていた。大人になってからもさらっと読み返す機会があったが、その時代になって読むとひろみと宗像コーチの関係はなかなかにヤバいものになってしまった。当時は何とも思わず読んでいたが。ひろみには藤堂先輩って彼氏がいるし。
 中学の時、都立の進学校に兄が通う友人がいて、文化祭に行った。男子テニス部が「エースをねらえ!」のパロディをやっていて大好評だというので見に行ったら本当に面白かった。会場は体育館ではなく教室だったが、観客でギッチリ。テニスの試合のシーンも演じられた。先生が座るような車輪のついた椅子につけたネットのほうが左右に移動するという方法がとられ、面白いのを通り越して感心してしまった。場内は大盛況だったのを覚えている。
 身体検査の座高。私も座高が高くて本当にイヤだった。本当に男子にからかわれた。おかげで姿勢が悪くなった。今では座高は計らないという。なんで昔は計っていたかというと、座高が高いほうがしっかり成長している証拠?だとかなんとかで、ほとんど根拠のない非科学的な民間伝承が、あれだけ長い間学校で有効とされていたのが呪わしい。座高の計測器という、無駄を通り越して、もはや忌まわしいいものが何十年も作られ続け、税金を使って全国に配置されていたのだ。本当に座高を測らない時代に生まれたかった。そしたら人生変わっていたかもしれないくらいのことを思う。
 「間近に漂ってくる死の匂いが、今の一瞬をよりエロティックに輝かせる。官能は死によって保障されている」。どっかで聞いた台詞だな、映画「ナインハーフ」だっけ? と自分のブログを見たらやっぱり書いてあった。「快楽は死と隣り合っている」。この台詞を実際聞いたのは「欲望という名の電車」だったかもしれない。はっきり思い出せないが、「ナインハーフ」でもそこは描かれていた。

 病身で家にいることがほとんどで、外界とのコミュニケーションは基本LINEで計っている、そんな闘病生活でひきこもりの私に、三方向から急に小川洋子さんを話題にしてきた。同年代の友人が、
「兄からもらった単行本をちょうど読んだところ。読み終わって処分に困っていたので、もし読むならランニングのついでに家にもっていくよ」
 と申し出てくれた。結婚して横浜に来たが、地元の友人と言えるのは彼女一人だ。本は持ってきてもらえるならありがたいが、諸般(病気)の事情により会うのは難しい、と伝えると、
「気にしないで。横浜マラソンに参加するんだけど、そのトレーニングで時々近所を走っている」
 お言葉に甘えてお願いすると、ほどなくポストに本が、手作りパウンドケーキとともに入っていた。彼女はお菓子作りが得意だ。市販のものよりはるかに美味しいしい。ナッツやドライフルーツがたっぷり入っていて贅沢なつくりのものばかりだ。
 結局彼女は初チャレンジのハーフマラソンを完走した。翌日関東に雪が降る恐ろしく寒い日だった。「なんで申し込んでしまったんだろう。でも家の近所がコースだから、無理だったらやめればいい」と繰り返し言っていたが、見事自分に打ち克ったようだ。

 


※愛読したエッセイについて語ってます。

 

※名作恋愛映画です。


※この本で言及された作品。

 

 


※小川さんにとって「アンネの日記」は重要な作品らしい。私はナチ関連は苦手なのだが、これは見る価値があった。ナチものが苦手な人にも勧められる。