ネタバレあり

 

 1994年に刊行された作品が翻訳され、2019年「全米図書賞」翻訳部門の最終候補作、2020年「ブッカー国際賞」最終候補作となり、Amazonstudioで映画化されるという。英語タイトルは”The Memory Police”。

 小川洋子さんの作品は「博士の愛した数式」を読んだことがあるだけだったが、今年になって夫の親戚のアメリカ人女性が薦めてきて、初めてこのタイトルを知った。彼女は高校で国語の先生をしている。以下が彼女からのメールの文面だ。


  I'm also reading The Memory Police again to prepare for teaching it this semester! I'm excited. Have you ever read it? It's incredibly fitting with the way politics are going lately in the US (sadly). 

 今のアメリカの政治のあり様に酷似している? どういうこっちゃ? あらすじをネットで探してみると、SF作品かとも思える。読書家の友人に聞いたら彼女も高評価だった。
 読んで行くにつれ、英語タイトルのほうがよりストレートに内容を伝えているのがわかる。日本人だと「あ、そういう政治的な小説」と敬遠しちゃうかもしれない。そして読み進むほどに、おとぎ話風で上品でありながら、かなり怖い内容だということがわかってくる。描かれていくのは「消滅」だ。あらゆるものが少しずつ消滅していく島にあって、消滅から免れている(消滅に加われない)人たちは秘密警察によって「刈られて」いく。ちなみに津波のシーンがあるが、1994年に発行された作品なので東日本大震災より前だ。「消滅」が進んでいくにつれ人々の心は枯れて弱くなっていく。主人公の母親同様、R氏という男性も消滅に加われず、主人公の尽力によって秘密部屋に身を隠す。容易にナチスを思い出す設定だ。主人公を含む多くの島民は抗っても仕方のないことと少しずついろいろなものが消滅していくことを受け入れ、慣れていく。それよりほかに選択肢はない。R氏は消滅を否定し、抗う。やがて主人公はもちろん、秘密警察すら消滅していく世界でR氏は消滅しない(できない)でいる。
 先に読んだ小川さんのエッセイ「思慮深いうたた寝」に、小川さんは登場人物に名前がつけられないことを書いていた。「自分自身の証拠となる名前を授けられるのは、その人を一番愛している誰かであって、作家ではないのではないだろうか」。確かにこの小説にもR氏とか「おじいさん」になっていて固有名詞が出てこない。
 どうやってこの小説を映像化するのか。特にラストをどう描くのか。私としてはかなり怖い小説だったので、映画も楽しみというわけにはいかない。
 読み終わって前出の読書家の友人に「怖かったわ」とLINEしたところ、「そっか、こわかったか~」と、「言っていることはわからんでもないが、自分とぴったり同じ感想ではない」という感じだった。この彼女とごくおおざっぱな分類で一致して肯定しているのは宮本輝の「錦繡」、高山真の「エゴイスト」。一致しなかったのは「コンビニ人間」で、私は否定派だけど、彼女はシンプルに面白かった、とのことだった。

 

 


※その読書家の友人お勧めラジオ番組。私、ただいま毎週金曜日TBSで放送中「不適切にもほどがある」を毎週楽しみにしています。クドカンは同い年なので、勝手に身内のような気持ち。この中で「~させていただく」の濫用について語っていて、めっちゃ嬉しかったです!! クドカンが出るのは28分あたりから。

 

 

※友人お勧め回。私も面白かったです。辛酸なめ子さんが出るのは17分あたりから。