※ネタバレあり

 あたしはエロい映画が見たい。ずっと以前からそう思っていたが「露骨な性描写」がエロとイコールではないことに気がつくのにかなり時間がかった。そして「露骨な性描写」というフレーズに惹かれて観ては失望を繰り返した。デキのいい上質な映画の場合、露骨な性描写というのはたいていそれを介してエロとは程遠い別のものを描き出していて、見てて冷え冷えとした思いにさせられることが多いし(exトニー・レオン主演「ラスト、コーション」)、半端なダメ映画の場合はおかしな演出に笑わされて、なかなかその気にさせてもらえない(ex「愛の流刑地」)。
 ラブホで見たアダルト映画は「男性向け」のせいか、あまりに即物的で情緒に欠ける。エロって情緒とセンスだと思うのですよ。男性でもたまに「アダルトビデオなんて面白くない」というひとがいるが、上品ぶってるわけじゃなくそう言う気持ちは理解できる。アダルトビデオとなると、多くのひとにはおぞましい特殊な嗜好についてのものか、平凡なセックスなら粗悪・粗雑でも量産してナンボなのだ。
 というわけで、この点で近年あたしのお眼鏡に叶ったのはテレビドラマ「湯けむりスナイパー」の濡れ場くらいだ。遠藤憲一さんと、朝ドラ「あまちゃん」で観光協会の栗原ちゃんを演じる安藤玉恵さんのカラミ。彼女の色気が見物だ。背中が美しい。あれをもちょっと露骨にして(しすぎないようにネ♪)、掘り下げてエロっちく長くしたものをみたいっス。42歳オバハンのエロ話はキモいでしょうか。とにかくあたしはイヤらしい映画がみたいのだ!
 てなわけで、元祖”おおっぴらなエロ映画(?)”「ナインハーフ」です。当時大々的に上映広告が打たれていた。昔はエロについて規制が緩かったもんだ。しかしあたしはわずかに15歳。見られるはずもなく、そのエロな雰囲気に禁断の匂いを感じていた。当時は主演のミッキー・ロークとキム・ベイシンガーは世界的にエロの象徴だった。その後、実家にずっと住んでいたのだが、20歳前後のどこかで夜ひとりでレンタルビデオを借りてだかで(テレビの録画か?)、全編一度みた記憶がある。しかし当時の感想が思い出せない。すっごいエロい!とも思っていなかったような気もするし、見てがっかり、とも思わなかった気がする。というわけで独身OL20代の頃に比べたら枯れてきた42歳専業主婦になった今、WOWOWでやるというので鼻息荒く録画。現在、私の実生活にエロを呼び込む隙間はない。
 20年ぶりに観てみたが、かっこいい恋愛映画ってトコ。緊張感があって面白い。映画として古ぼけている印象はない。音楽使いには残念な古臭さがあるが(PVっぽいシーンとかかなり退屈)、画がかっこいい。最初っからミッキー、顔が近いぜ、と思いつつも、人間肉食化しているときはあんなもんかも。なかなか日本人だと最初からあの距離はないと思うが、そこは西洋人ということにしておこう。しかしこの映画にも「人類普遍」「男と女のルールズ」が・・・まずは多少なりとも貢がせる、おごらせる、男にそうしたいと思わせるべし、そして初回は女子は断ろう! ってか?
 邦画「愛の流刑地」では「経験そのものが浅い」人妻寺島がトヨエツとのセックスにハマる気持ちのうつろいはぜ~んぜん伝わってこなかったが、「ナインハーフ」では「それなりに知的でセンスも経験もあるバツイチ」キムが自分を失ってミッキーとのセックスにハマっていく過程が説得力をもって描かれていく。その描き出し方も多面的で、もろもろ浅い「愛の流刑地」とは違う。ミッキーはウォールストリートで働くエリートで、ストレス過多のせいか頭か少しおかしくなっている。つまり、普通の性行為では満足できなくなっており、人付き合い一般も避ける傾向にある。キムとの関係においても「アブノーマル度」はエスカレートしていく。「普通の/健全な女性」であるキムは性的に満足していきながらも、ミッキーにオープンな関係を拒否され、秘めた倒錯の関係でしか二人が継続しえないことを思い知らされていく。そんな中、元夫は彼女の同僚と「オープンな」恋人となっていく。ファンズワースという老画家とのくだりは、ミッキーとの関係の対極にあるものを呼び覚ますものと私は捉えている。「快楽は死と隣り合っている」。男女の性愛と、それが人生全体からみたらどういうものになりうるかを描いた、立派な大人向け恋愛映画だと思う。「ナインハーフ」で描かれている性愛の関係は、アン・リー監督「ラスト、コーション」で描かれている性愛と同じ「本質」をついている。性的には「このひとしかありえない」という強い絆を実感し、そこで女として激しい高揚感、刺激を感じながらも、「ひと」としてははどんどん行き詰まっていく。キムは「生きる」ためにミッキーから離れた。
 で、肝心の「濡れ場」なんですが、どうなんだろう。確かにエロい。最初のほうがエロい。でもやっぱり視聴者を扇情するためのいうものというよりは、物語が進むほどに、性行為からキムの閉塞感が伝わってきて、やっぱりそれほどムラムラしない。つまり昔みた印象「それほどエロくないが、だからといって映画がつまらないということもない」はかなり正解で、40歳過ぎの今となってはむしろ面白さは上がっている。

※原題は"Nine 1/2 weeks"。九週間半で、キムがミッキーと過ごした期間を指しているよう。おそらくそれ以上の意味ないです。キム演じる女性の人生における特別な九週間半ということでしょうか?
※見比べると面白いかも。映画「愛の流刑地」(豊川悦司・寺島しのぶ主演)