妄想トレイン -21ページ目

妄想トレイン

科学では説明しきれない人間の無限の欲望を惜しみなくさらけ出す赤裸々ブログを、こっそり始めました。

友人達と子供達を連れて遊園地に行った。

16時から入ると格安で、しかもキレイなイルミネーションが見れる。


子供たちはワーワーとはしゃぎまわり、

私たちと言えば、その合間を縫って話す事は

「家・・・どうする?」


こどもの国という名のファンタジーな場所で

なんとも超現実的なお話。


アラフォーな私たちは必死で慌てて結婚し、

慌てて子供を産み、

あとに残すは、慌てて終の棲家を手に入れなければならない。

次々に押し寄せる人生計画。

完全に前半遊び過ぎたツケが回ってる。


幸せだからこそ、慌てるのかもしれない。

幸せを長続きさせるには、

ヒットを打ち続けるイチローより簡単かもしれないけれど、

スムースに事を動かす努力が必要だ。


人間と言う生き物は、実に欲張りだ。

愚かな事この上ない。


最近、よく家の駐車場に片目のつぶれた猫がいる。

アイツに見つめられると、愚かな自分を鼻で笑われている気がする。

餌をやるなんて高飛車なことは、到底できない。

目をそらし、スゴスゴと家に帰るのがやっとだ。




通勤途中によく聞くラジオで、

坂口恭平という人が出ていた。

少しかすれたような声で早口でしゃべり、

自分の言葉で自分で笑う。

屈託のない人柄だとすぐに気付くほど、

なんというか、いい人な感じ。


この人の事、全く知らなかったけれど、

帰ったらネットで検索してみようかなと思った。


ネットにある情報には、私の求める情報はなかった。

けど、ラジオで数分聴いた彼の言葉だけでも、

なんとなく共感できて、気持ち良かった。


うつ病で自殺願望ありだという人々と電話で話していると、

詩人や芸術家、才能のある人と出会える出会い系サイトじゃないかと思った

とか言ってた。


感性が豊かで、物事を深く深く考えると、

死にたくなってくる。

なんか、分かる気がする。


私は産まれてくる時、

親を選んではいないし、親も私を選んだとは思っていない。

何かの因果で、結局人間として産まれて、今生かされている、

そう思えてならない。


そういう事をマイナスの方向に探ってく人は

死にたくなると思う。


これをプラスに考えれば、

何かを学び取る為に人間に生まれた。

今世でちゃんと学び取ることが出来れば、

もう人間にならずに済むかもしれない。

だから今、頑張ろう。


私は次産まれる時、

人間にはなりたくない。

でもこのままではまた人間になってしまう。

だから頑張る。


この坂口恭平という人は

次は人間じゃないかもしれないな。

そう思うと、少し羨ましい。


羨ましいと思った時点で、

私はまた、人間だ。




髪を切ってスッキリ。

旦那は今日もエアコン点けっぱなしで寝てたけど、

もうなんかどうでもよくなってきた。

罰金の千円ももらったし、今度一人でランチ行こう。


最近本当にもうすぐ死ぬ気がする。

こんなに頻繁に喘息が出て、

いったいどうすればいいのか。


今飲んでる漢方も、なんだか微妙だし、

でも喘息の頻度は確実に増えている。

見た目、人一倍健康そうな、

筋肉モリモリ、二の腕タプタプの私なのに、

突然死んだらみんなびっくりするかな。


だけど、実際この世に未練はない。

結構楽しい人生だったし、

息子のことは旦那のお母さんに任せておけば

きっといい子に育つだろう。

誰かに刺されて殺されるとか

何かの事故に巻き込まれて死ぬくらいなら、

喘息発作で死ぬ方がいいかな。

小さい頃から、

この息苦しさに何度も呼吸を止めたいと思っていた。

実際息を止めている間は苦しくないし。


気管支移植とかあれば、息子の結婚式に出られるのかな。










お腹がすいたので、

一人でラーメンを食べに行った。


一人で食べるのは全く恥ずかしくないけど、

一人で食べている時に、

ハエと闘うのはちょっと恥ずかしい。


もし背中にとまっていたら、

もっと恥ずかしい。



結局、待つのが苦手なんだと思う。

よく考えてみると、”待つ”という行為が

私にとって多くのストレスの要因になっている気がする。


旦那が答えを出すのを待つ事。

時間通り来ない客を待つ事。

朝、子供が靴を履き終わるのを待つ事。

飲み会の時間になるのを待つ事。

目玉焼きの黄身が堅くなるのを待つ事。

病院で順番がくるのを待つ事。


”待つ事”は生活の中に吐き気がするほど含まれている。


それなら、”待つ”ことに対しての考え方を少し変えれば、

私のストレスは大きく軽減される筈だ。


チャレンジしてみる価値はある。


なんだか気分が良くなってきた。

養命酒飲んで、とりあえずいっぱい寝よう。






またこの波が来た。

前回から1カ月経っているか?

今回は早かったな。


だらしない人間がすごく苦手だけど、

だらしない人間が大嫌いになる時が時々来る。


多分、偶然立て続けにたまたま、だらしない人に

不快な気分にさせられた時にこの気持ちは大きくなる。


旦那のだらしないところが大嫌い。

難しい事を要求している訳じゃない。


ソファで居眠りしないで布団で眠ってね

夜中のテレビは声を小さくしてね

エアコンを切ってから寝室に行ってね

帰ったら玄関のカギを閉めてね

仕事の勤務が決まったら早めに教えてね


何度言ってもこの6年、あまりにも出来ないから、

私って難しい事を頼んでいるのかもしれないとすら思えて来た。


そういうところ、

ほんとに嫌。

まさかウチの旦那、何かの病気なんだろうか。





昔の飲み仲間たちと久しぶりの飲み会。

結婚して数年して、お互いに年をとり、

尖ったところも少し削れて丸くなり、

あの頃とまた違う雰囲気をそれぞれが醸し出していた。

好き嫌いがものすごくはっきりしていた人が、

初対面の誰とでも握手を交わして笑顔で対応できるようになってたり、

ガブガブ何でも飲んでいた人が、

ちょっといいお酒をチビチビと味わう様になっていたり。


私も丸くなったとか、子供を産んで精神的に大人になったとか、

思われていたなら少しうれしいけど、

”丸くなる”

って、もしかしてその人の個性が薄れて行くってことなのかなぁ

とも思えたり・・・。


一人の仲間に、

「昔は人を巻き込んで行くタイプだったのにね」

と言われた。

確かに飲み屋で知らない人に声をかけ、飲め飲め!と囃し立て、

その場を爆笑の渦に巻き込むことが大好きだった。

でも今は、旦那や子供、旦那の家族に恥をかかせてはいけないと、

自制している自分がちゃんといる。

酒を飲み騒いで、腹の底から笑い転げることはできなくなったけど、

次の日深い深い海の底に潜りたい程後悔するような事もない。


丸くなることは、良いことかもしれないけれど、

統計的な標準値にいることしかできないというか、

そこからは今までみたいに新しい何かが生まれる事はない気がする。


ちょっとさみしいというか、

でもそれでいいんだと思う。






”ケンカの頻度が高い夫婦は、セックスの頻度も高い”


これはただ単なる私の勝手な持論。自論?


程度の低いカップル程、

よく喧嘩をし、そして仲直りしてセックスをする。

本能に任せて自分を抑えることなく激しく怒り狂い、

本能に任せて自分を抑えることなく激しいセックスをする。

避妊もせずに。


何を隠そうこの私も、

程度の低い恋愛をしたことがある。

今思い返すと、

『人生に無駄な事など一つも無い』

という自論でさえも覆したくなるほど

無駄だったとはっきり言える。


今、我が夫婦はセックスレス。

そしてケンカもレス。


セックスレスで悩んでいる夫婦もいるかもしれないけど、

ケンカが多くて悩むということよりも悩んでいるのなら、

きっと穏やかで、思いやりのある夫婦関係なんじゃないかと思う。

その方が、家族にとって幸せなんじゃないかと思うのは、


ヒガミでしょうか?





生理前のせいなのか、イライラする。

今日は、私の仕事をことごとく邪魔する、

お客さんの孫にイライラ。


四才の女の子で、見た感じは可愛らしいのだが、

「おばちゃん」

と120回以上言われた気がする。

話の最初と最後に必ず「ねえ、おばちゃん」と付けてくる。


もう私に話しかけんな!

我が子ならひっぱたいているところだ。

虫歯だらけで、親のだらしなさが余計に腹立たしい。


私は姉に、

「虫歯と火傷は親のせい」

と教えてもらった。

本当にその通りだと思う。


今日は一段と息子の歯磨きに力が入るなと思っていたら、

めずらしく旦那が磨いてくれた。


・・・・・大丈夫かな。







晩御飯を食べながら音楽番組を観ていた。

キラキラした女の子のグループ、

男の子がクルクル踊るグループ、

ギター片手に熱唱するおぼこい女の子、

ジャニーズらしき少年達。


知っているようで全く知らない。


韓国のドラマは26通りしかないとか聞いた事がある。

流行りの歌手の種類も、

おそらく数えれば何通りかしかないのかもしれない。


あのベッキーでさえも、

みんながシェリーシェリーと言い出したら

やっぱり嫌らしい。


30年ほど生きていると、

初めて会った人でも、

なんとなくあの人に似てるとか、

こういう女いるな、とか

こういう男いるな、とか

思ってしまう。

これは概ねの種類の人間に、

だいたい出会ってしまったということだろう。


最近、ものすごく自分に似ている人と出会った。

自分は、いい意味でも悪い意味でも、

割と癖のある人間だと思っていたけど、

案外いるもんだな・・・と、

うれしい様な、ちょっと微妙な気分になった。


私の旦那が、

私が本気で初めて好きになった高校の先輩に似ていると

高校時代の友人達に言われた時は、

もっと微妙な気分になった。

なんか成長していないみたいな、

結局そこかよ、みたいな。