僕は学校が嫌いだった。
  同じ時間にみんなが同じ方向を向いて、同じことを考える、それがナンセ
  ンスだと思っていたからだ。

  それに、教科書に載っていることは、もう誰かがまとめているのだから、
  今さら覚えなくても、必要なときにそこを見ればいいと考えていた。
  だから、今習っている事は、「いつ必要なのか?」「何のために必要なの
  か?」「どこで役に立つのか?」などが、僕は知りたかった。
  そんな事を先生に質問してみたけど、「そんなことは知らなくていい」と
  か「試験のときに役に立つ」という答えしか返ってこなかった。

  僕が凄く興味を持っていたのは、教科書に載っていることを「どうやって
  発見したのか?」「どうやって調べたのか?」など、教科書には載ってい
  ないことだった。

  そんな僕に、初めて興味を持たせてくれたのが中学の数学の先生だった。
  授業の中で、図形の「証明問題」というのがあった。
  「三角形△ABCは、AB=ACの時、△ABCは二等辺三角形である」
  とか、言うやつだ。

  僕にとって、それはなぞなぞみたいで、それが解けたりすると、めちゃく
  ちゃ嬉しくて、特に誰も解けない問題を瞬時に解いて見せたりするのが、
  おもしろくて仕方なかった。

  それは、教科書に載っている誰かが発見したものや、すでにやったことを
  記憶していく勉強とは違い、今、まさに自分が発見し、自分で答えを導き
  出していくというような感じがして、ワクワク、ドキドキした。
  授業があんなに楽しいと思ったのは、あれが最初で最後かも知れない。

  僕は結構、この「証明問題」に凝っていって、中学2年の時には大学の入
  試問題を解いていた。また、期末試験では誰も解けなかった問題を全校で
  僕だけが解いたということで、ちょっと学校で有名になったこともあった
  りした。

  その後も、僕は新しい問題を欲しがっていったが、先生は「もう勉強しな
  くてもいい、十分だ」と言って、新しい問題をくれようとしなかった。
  結局、僕の学校嫌い、先生嫌いは直らなかった。
  
  さて、この「証明問題」で僕が一番興味を引かれ、感動し、心を揺さぶら
  れたのは「補助線」だった。

  凄く難しい問題になると、非常に複雑で、既にそこに書かれている線だけ
  では答えを導き出すことができず、ただでさえややこしい、線の多いとこ
  ろに更にもう一本新しい線を増やすのだ。
  そして、その線を他と関連図けて、答えを導き出すのだ。

  この、後から自分で入れる線が「補助線」である。

  一見、線を増やすことで、線が増え、交点が増え、角が増えて、よけいに
  複雑になるように思われるが、今までなかった形が見えてきたり、新しい
  着眼点でその図形を見たりできて、解決できなかった答えが見えてくる。
  そして、結果的に問題を解決できるのである。

  「補助線」は、通常解決できない問題を解決する魔法の杖である。

  その線を入れるだけで、今までばらばらだったものに関連性が出てきたり、
  また、新たな着眼点が見いだせたりする。
  「補助線」を引くことは、一見更に問題をややこしくするように思えるが、
  実は、全てをシンプルにまとまって見えるようにしてくれるのだ。

  それは僕にとって、単に、数学の問題というだけではなかった。
  何かを悩んでいるときに、更に新たな問題が増えたときに、新たに関連づ
  けが起こって、今まで見えていなかったことに気がつき、真理が見えてく
  るような気がした。

  このことは、僕の人生に対する考え方を決定づけた。僕は、数学で数学を
  学んだのではなくて、数学で人生を学んだ気がする。

  人生に置き換えてみると、いろんな問題を抱えているときには、問題をひ
  とつずつ解決していこうとするのが普通だけれど、更に新しい問題をひと
  つ抱えることによって、全ての問題が、実は大きな一つの問題に見えてき
  て、今まで解決できなかった事が、その事によって、非常にシンプルに物
  事が考えられるようになり、何か糸口が見えてくることがある。

  いろんな問題が起きていて、解決できないような大きな問題があるとき、
  さらにもっと大きな問題や、新たな困ったことが起きると、「補助線」の
  事を思い出し、なにか根本的な解決ができると思えるのだ。

  この「コラム」も、もしかすると僕にとって人生の「補助線」なのかも知
  れない・・・
  僕の家には、オブジェがたくさんある。
  それは、あるアーティストが、ときどき作品を置いていってくれるからだ。
  それらは、美術館に置いてあるものと違って、いつでもさわったり、持っ
  たりすることができる。

  僕の家にやってくる人たちのお気に入りは、玄関に置いてある鉄でできた
  オブジェだ。
  そして、みんながそれを見たときに、「これいいね!」と言って、触れた
  り、持ったりしている。
  その作品は見ているだけで元気が出てきて、持ってみるとそれは人が作っ
  た作品だということが伝わってきて、とても温かく、そして、やさしさを
  感じるのだ。

  また、リビングに置いてある別のオブジェは、四角い板の上にふたつの同
  じような形をした石が並べてある。
  そして、目をつぶってその石をさわって、それぞれの石をどんなふうに感
  じたかを話してもらったりしている。

  片方の石は、海から拾ってきた白い石で、自然が作り出したものである。
  もうひとつの石は、大理石のような光沢のある黒い石で、アフリカから取
  り寄せたものだそうで、それを、機械で白い石と同じような形に削ったも
  のだ。

  片方は、自然界が作り出した石で、もう片方の石は、アーティストが模写
  して人工的に作ったものだ。
  この両方の石を、目をつぶってさわることによって、心の目で見て、何か
  を感じてもらおうという作品だ。
  同じ石なのに、感じ方が違ったり、また、人によって感じ方や感想がまっ
  たく違うのも、とてもおもしろい。

  この作品は、1986年ごろに作られたもので、実は視覚に障害を持った
  人たちにもアートを楽しんでもらおうというコンセプトでやっている「触
  れる展覧会」のために作られたものだ。

  このように積極的にさわれる、またはふれることができる作品は、とても
  少ない。

  美術館では、作品をさわるどころか、ロープや柵があったりして、近づく
  こともできなくなっていて、それでは、本当に鑑賞することはできないの
  ではないかと思う。
  本当に作品がすばらしいのであれば、見た瞬間に思わずフラフラと近づい
  てしまって、気がついたときには、それにふれていたり、抱きしめたりす
  るものだと思う。

  小さな子どもが、興味のあるものを見つけたとき、考える前に、それにさ
  わってしまう。また、その絵を我を忘れて見続けてしまったりと、そんな
  理性をなくさせてしまうような作品がおいてある場所こそが、美術館でな
  くてはならないと思う。

  美術館に行くと、今までの日常から解き放たれるようなことが起こらなけ
  れば、その価値はないと思うのだ。

  オブジェにさわってみて、その質感や暖かさなどを感じて、また2、3歩
  さがって、もう一度見る事によって客観的に見ることができ、作品のディ
  テールから雰囲気までトータルに感じることによって、初めて、その作品
  に「ふれた」と言えるのではないだろうか。

  そのオブジェ自体が作品であるが、そうやって、作品とコミュニケーショ
  ンすることも、アートなのではないだろうか。

  石のオブジェの作者に、話を聞いてみた。
  「作品は、制作者が作り終わって、完成するのではない。作ったものを
  ギャラリーに展示する。たくさんの人がそれを見る。そうすることで作品
  はさらに完成されていく。
  「作品は、見つめられるだけで変わっていくと感じるからだ。」
  さらに「さわられたり、ふれたりされることで、その作品は削れていった
  り、汚れたりすることで変化していく。その変化自身も、アートであり、
  作品は過去形ではなく、常に進行形である。」

  普通の美術館のように、さわれなかったり、近づけないような作品は、そ
  の作品とそれを見ている人のコミュニケーションを断絶している。
  そして、近づきにくくもしているし、感じにくくもしている。
  ただ、美術館の仕事は、たくさんの人に見せることなので、それは仕方が
  ないことなのかもしれない。


  「いろんな人にふれられることによって、磨かれていき、作品に心が入っ
  ていくことで、作品はさらに、完成されていく。」

  僕がもらった(借りている)作品の中には、屋外に置くものもある。
  それは、ペイントもされていなくて、裸のままの鉄で、表面は赤黒く錆び
  ている。それが、とても温かく感じるのだ。
  しかも、その作品は屋外に置くので、太陽の光にあたったり、雨にさらさ
  れたり、風にふかれたりして、錆びたり、風化したりして、どんどん朽ち
  ていくのだ。

  僕は見ていて「もったいないな」と、いつも思う。
  世の中には、ステンレスで作ったり、ペイントをしたりして、外観を永遠
  にとどめていこうとする作品が多い中で、彼の作品は、どんどん削れたり、
  錆びたりしていく。
  そうすると彼は、「鉄が錆びるのは自然のことで、屋外においていると、
  いろんな人がさわって汚れたり、また酸化して錆びていくのは、鉄であれ
  ば当然のことで、自然の摂理だ。そして、酸化するということは、鉄と酸
  素が結合していることで、その作品が空気を吸うことと同じなのである。
  錆びるということは、自然とその作品自身がコミュニケートしていること
  であって、そして、朽ちることで、鉄が自然に戻っていっている。もとも
  と鉄は、土から取ってきたものが、人の手を借りて作品となり、それがま
  た、土に戻っていく、そのこと自体がアートなんだ。」と言った。

  そういえば、彼は、突然現れては、僕の自宅や会社に作品を置いていく。
  ある日、僕が住みたかった念願の家に引っ越しが決まったとき、彼から電
  話がかかってきて、「引っ越し祝いをあげようと思うんだけど、3万円準
  備しといて。」と言われた。

  僕は「変だなぁ」と思いながら、3万円を準備して待っていると、4~5
  人の体格のいい男の人たちと一緒に彼がやってきて、庭に木の板をひいて、
  養生しはじめた。

  しばらくするとクレーン車がやってきて、なにやら重そうなものを運びだ
  してきた。それは、4~5人の男の人たちによって、リビングに運び込ま
  れた。
  大きな石で、300kgぐらいあるものだった。
  彼は「これはテーブルの足だ。天板は自分で用意してね。」と言って、置
  いて行ってしまった。そして、僕に「クレーン代ちょうだい。」と言って、
  3万円を持っていった。

  それから僕は、引っ越しするたびに、その300kgの石を運び続けてい
  る。


  僕は、彼の作品を自宅やオフィスに置くことで「さわることができるギャ
  ラリー」のようなものになったらいいなと思っている。


【追伸】

  彼の作品は、博多駅裏のハイアット・リージェンシーホテル前の公園で、
  見ることができます。噴水の真ん中の手の形をしたオブジェです。
  シャワーを壁のフックに掛けて、頭を洗っている。
  そして、お湯を出そうと思って蛇口をひねると、お湯は勢いよく飛び出し
  てくる。
  そうすると、最初は自分の方を向いていたシャワーヘッドが、水の勢いで
  向きが勝手に変わってしまう。
  シャワーヘッドの引っ掛かる部分とフックの部分が金属でできていて、そ
  れで、よく滑って空回りしてしまうのである。

  頭を洗って、シャンプーの泡でいっぱいになって、目が開けられないよう
  なときに、それは起きてしまって、とても困るのだ。

  そこで僕は、シャワーヘッドに輪ゴムをまいて、すべり止めのようにして
  左右に回ってしまわないようにした。
  最初は調子よかったが、忘れたころに輪ゴムが切れてしまい、結局、この
  アイデアではだめだった。

  そんなときにあるメーカから、シリコンゴム付きのフックが発売された。
  さっそく使ってみると、なかなか調子よく、快適な毎日を過ごしていた。
  そんなある日、「塩素除去ができるシャワーヘッド」が発売されたので
  さっそく買ってきて、使ってみると、また滑ってしまってうまくいかない。
  フックのシリコンとシャワーヘッドのプラスティックが滑るのか、くるく
  ると回ってしまうのだ。

  そんなことで悩んでいる間に、僕は引っ越しすることになり、新しい住ま
  いに引っ越してきたのだった。
  新しい住まいのお風呂はユニットバスになっていて、何もかも新しくて快
  適だった。

  そのお風呂のシャワーは、ヘッドにもフックにも細かいギザギザがついて
  いて、一度差し込むと、それらが「がっちり」とかみ合って、どんなに勢
  いよくお湯を出したとしても、微動だにもしないのである。

  そこで、僕はこのシャワーにあった「塩素除去シャワーヘッド」を買いに
  行った。
  そこには、色々な種類のシャワーヘッドが並んでいた。
  やっぱり各社とも滑ってしまのを気にしているのか、材料や色々な工夫し
  て、滑らないようにしている。
  「シリコン付き」や「滑りにくいゴム」「形状が丸くないもの」など色々
  あった。
  僕はその中で家の「シャワーヘッド」と同じ「ぎざぎざ付き」を買った。

  さっそく使ってみると、「ぎざぎざ」の角度や個数が違うのか、そのぎざ
  ぎざは、お互いに引っ掛かることなく、「かたかたかた」と滑ってしまい、
  まったく役に立っていない。

  僕がどんなに一生懸命工夫しても、うまくいかない。
  また、メーカーが、それぞれに工夫しても、同じメーカ同士だとうまくい
  くのだが、シャワーヘッドを取り替えたりして、メーカーが異なると、う
  まくいかなかったりするのだ。

  結局「なんだかうまくいかないものだなぁ~」と嘆いていた。


  そんな時「シャワーヘッド協会」という団体が、統一規格を打ち出してき
  た。

  今までに販売されたシャワーヘッドのギザギザを研究した結果、ある個数
  のギザギザを同じ角度で作れば、これまでのものにも、かなり対応できる
  し、各メーカーがそれぞれ勝手に作っても、その規格さえ守っていれば、
  メーカーが違っいても、製品が違っいても、生産国が違っいても、ギザギ
  ザがちゃんと噛み合うことができるのだそうだ。

  これは、別に材料代がかかることでも何でもなく、作るときに、ただ、規
  格通りに作れば、すべてがうまくいく。
  購入する方も悩まなくていいし、生産側もコストがかかるわけじゃない。

  僕は、さっそくその規格にあったギザギザの付いたシャワーヘッドとフッ
  クに取り換えてみた。「なるほど、ちゃんとしっくりとかみ合っている。」

  これで、今後どんなに新しいシャワーヘッドが売り出されても、安心して
  購入できるし、もう悩まなくてもいいと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  エコロジーや環境問題について話合う機会があったとき、僕は、こんなこ
  とを言ってしまって反感を買うことがある。
  「消費者のひとりひとりが気をつけたって、根本的解決にはならないから、
  みんなで話し合ってもムダだよ。もっと別の方法で、根本的解決をしなけ
  ればダメだよ。」

  でも、それにはこんな意味が含まれている。
  素人が集まって、話し合いをして、その結果、色々な工夫を考えて、努力
  しながら、苦労をしながら生活して、また、エコロジーのために、労働力
  を提供したりするような方法では、すべての人が行うことは難しく、また、
  長く続けるのも難しい。

  だから、専門家やプロフェッショナルな人たちにお願いして、毎日毎日そ
  のことばかり考えていただいて研究をし、何か根本的に問題を解決するよ
  うなしかけやしくみ、システムなどを考えて欲しなぁと思うわけです。

  そして、メーカはその規格を守って生産を行い、消費者は、それを知らな
  いうちに使っている。
  それは、苦労したり、我慢したり、工夫したりして使うのではなく、何気
  なく使えて、楽しくて、ラクチンで、だけど、使えば使うほど、それが自
  然と環境改善になり、結果的に、問題解決になっていく、しかも、それは
  知らないうちに、世界標準リサイクルシステムのものを使っていたりする
  というようなシステムを提供することこそ、本当の意味でのエコロジーや
  環境改善になるのではないかと思う。


  ※このコラムはフィクションです。出てくる団体名などは、実在するも
   のではありません。
  アメリカに仕事やあそびなどで、10回ぐらい行ったことがある。
  そこで食べる料理は、はっきりいってあまりおいしくない。
  高いところに行けば、それなりの味はするけれど、通常は、おおざっぱな
  味付けで、量は多いけれど、味気なく美味しくない。

  しかし、「美味しい」のと「美味しそう」なのはどうも違うらしい。
  アメリカの料理で美味しいと思った事は少ないけれど、「おいしそう!」
  とは、何回も思った。

  ある時、スタンフォード大学の近くのステーキハウスに、アップルジャパ
  ンの元副社長と食事をしに行った。彼は日本語が少し話せて、僕は英語が
  全く話せないのだ。
  今から一週間、彼と一緒に仕事をするというのに、ほとんどコミュニケー
  ションがとれずに僕は困っていた。

  夕食をそのレストランで取ることになった。そこのテーブルには、赤と青
  の大きなテーブルクロスがひいいてあり、さらにその上に、白いテーブル
  クロスがひいてある。
  その白いテーブルクロスは、使い捨てで、よく見ると紙でできているよう
  だった。

  席についていると、一番最初にコップが出てきた。のぞいてみると、コッ
  プの中にはクレヨンが入っていた。
  細長いのもあれば、使ってちっちゃくなった太くて短いクレヨンも入って
  いた。

  周りを見まわすと、みんな、そのクレヨンでテーブルクロスに落書きをし
  ている。僕は、ちょっと驚いたけれど、すぐにそれを使い始めた。
  落書きしながら、彼と色々な話をした。
  料理が運ばれてきてテーブルに置かれても、そのすき間をぬって、落書き
  をし続けた。
  知らない単語を絵で描いたり、システムのことなどは図に書いたりして、
  なんとか話ができ、色々な話をした。
  お陰で打ち解けて、なんだか楽しい出張になったのだった。

  この事は、僕の中での、とっても「いいなぁ」なと思った事として、脳裏
  に刻み込まれた。


  また、別の旅行で、アメリカの5つ星のレストランに行ったことがある。
  僕たちは、お金があまりないことを伝えて、なんとか予算内で美味しく楽
  しく食事をしたいことを伝えた。そのやり取りでさえ面白い。
  そして、ディナーが始まった。
  料理は奥からワゴンに載せて運ばれてくる。しかも、必ず二人ついていて
  一人はワゴンを押す人、もう一人はその前を楽しそうに歩いてくる。
  料理には銀のフタがしてあって、なんの料理かは解らない。

  そして、料理がテーブルに置かれると、二人は僕たちの顔をのぞきこむよ
  うにして、にっこりと微笑んだ。
  そして、取っ手に手をかけると、素早くフタを取りながら、また、こちら
  を向いて微笑んだ。
  まるで、手品でもしているような、ショーのような雰囲気である。
  なんだか、美味しいというより楽しい食事といった感じだ。

  最後に、デザートが、またフタつきで出てきた。今度は、今までの倍以上
  もある大きな銀のフタだ。
  そして、それがゆっくり開けられると、中から白い煙が出てきた。白い煙
  の中から、山の形をした黒いチョコレートが現れた。
  その山のてっぺんには、噴火口があって、穴があいていた。ドライアイス
  が仕込んであるのか、その噴火口から、白い煙が出ていた。
  その煙が尾根を伝うようにして、下に向かって流れていて、お皿を越えて
  テーブルにも流れてくるのだった。
  それはまるで、雪のようにも河のようにも見えて、ろうそくの光ですごく
  きれいで、もう最高だった。

  食べてみると、表面は薄いチョコレートで、中はアイスクリームだった。


  なんだか、アメリカの食事はいつも驚かされることばかりで、料理そのも
  のの味を楽しむというよりは、その時の雰囲気や場所を楽しむという感じ
  で、「味」より「楽しい」、「美味しい」より「美味しそう」を追及して
  いるといった感じだ。

  お店に入るまでとか、料理が出るまで、料理の出し方、最後のデザートの
  ゴージャスさ、また、帰るときのちょっとしたサービスなど、どれをとっ
  てもすばらしい。
  さすが、プレゼンテーションの国なのだ

  また、アイデアが独創的で、お店によってサービスが全然違う、だけど、
  どれもこれも楽しませてくれる。
  なんだか、「世の中には決まりはないよ、好きにしてごらん。」というよ
  うな声がする感じがした。
  そして、その究極の形がアメリカのディズニーランドだなぁと思った。

  中身は、もちろん大事だけど、それを分かりやすく、楽しそうにみせるデ
  コレーション、そして、その前後のプロセスもあって、その全体がサービ
  スで、どれが欠けても物足りない。

  この事は、料理だけでなく、全てのサービスについて言えると思う。
  また、人に対しても言えるのかも知れない。

  お互いが、「ショー」のように「手品」のように魅せられたら、世の中が
  なんだか楽しくなるのではと思う。

  「食べさせるより楽しませる、見せるより魅せる・・・」
株式会社ペンシルと株式会社 電通 名鉄コミュニケーションズは、
名古屋にて、5月21日(木)に『売上アップ・広告費削減で
利益をアップさせるWEB戦略!CPA・CPOを削減する導線改善・
戦略的HP・戦略的SEOとは?』と題した共催セミナーを開催致します。 

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 ○●名古屋:ペンシル×DMCオープンセミナー・5月21日開催●○
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 CPA・CPOを削減する導線改善・戦略的HP・戦略的SEOとは?
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  セミナーでは『売上アップ・広告費削減で利益をアップさせるWEB戦略!
  CPA・CPOを削減する導線改善・戦略的HP・戦略的SEOとは?』
  と題し、CPA・CPOをダウンさせ、広告効果を最大限に上げていく
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  エントリー数、エントリー率をアップさせコンバージョンを高める
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 ◎詳しくは≫≫ http://www.pencil.co.jp/openseminar/DMC20090521/ ◎


 ────────────◆  セミナー概要  ◆───────────

 ……………………………………………………………………………………………
  ◇【冒頭挨拶】                  13:30~
 ……………………………………………………………………………………………
         株式会社 電通 名鉄コミュニケーションズ
         マスメディア局インタラクティブメディア部 部長
                           瀬古俊雄 氏
 ……………………………………………………………………………………………
  ◇【講演】                    13:40~
 ……………………………………………………………………………………………
  『売上アップ・広告費削減で利益をアップさせるWEB戦略!
   CPA・CPOを削減する導線改善・戦略的HP・戦略的SEOとは?』

         株式会社ペンシル 代表取締役社長 
                           覚田 義明
 ……………………………………………………………………………………………
  ◇【閉会】                    15:55~
 ……………………………………………………………………………………………
 ┌─────────◆◆ セミナーの詳細 ◆◆───────────┐

     売上アップ・広告費削減で利益をアップさせるWEB戦略!
   CPA・CPOを削減する導線改善・戦略的HP・戦略的SEOとは?
  ─────────────────────────────────
  ■日 時:2009年5月21日(木)13:30~16:00
        (13:00開場)
  ■場 所:ミッドランドスクエア5階 B会議室
  ■共 催:株式会社ペンシル/株式会社 電通 名鉄コミュニケーションズ
  ■定 員:先着50名(定員になり次第、締め切らせて頂きます)
  ■講 師:株式会社ペンシル 代表取締役社長  覚田 義明
  ■参加費:無料
  ■申 込:WEBにて受付中
  ─────────────────────────────────
   ※開催予定時間、セミナー内容は多少変更する場合がございます。
    あらかじめ、ご了承くださいませ。

 └─────────────────────────────────┘

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        ◆◇◆  講師プロフィール  ◆◇◆
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 1988年システムソフトグループに入社。
 アップルセンター天神の主任を務め、デジタルデザインのソリューション
 開発、販売を行う。1993年Adobeフォトショップ、イラストレーター
 SGIのプロダクトマネジャーを経て、1995年に独立し、研究開発型
 インターネットコンサルティング会社『ペンシル』を設立。
 研究開発型企業として、SEOの概念誕生以前より、検索エンジンからの
 集客を研究。WEBサイトで獲得できる最終的な成果である
 「コンバージョン」を重視したWEB戦略を構築し、ライオン株式会社、
 オムロン株式会社などのコンサルティングを行う。
 また、インターネットの楽しさや可能性を社会に伝えることを目指し、
 多方面で講師を務め、全国でセミナーや講義を行っている。
 その数、2009年現在でセミナー受講者13,000人を超える。

 <セミナー実績>
 日本総研ビジコン「住友青年経営者研究会」、森ビルアークヒルズ
 アカデミー「ARK都市塾」、日本単品通販フェア、近畿ニューメディア
 推進協議会、東京商工会議所、東京工業大学、九州大学芸術工学部、デジタル
 ハリウッドオープンカレッジ等。

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           本リリースに関するお問い合せ先
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         株式会社ペンシル  広報担当:志岐
      福岡市中央区天神1-3-38 天神121ビル5F
          TEL:092-726-1400
          FAX:092-726-1422
          URL: http://www.pencil.co.jp/


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 株式会社ペンシル              http://www.pencil.co.jp
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  オレンジ色には、不思議なパワーがある。
  エネルギッシュで、目立って、そして暖かい。

  最近、僕が大好きな色です。

  それに気がついたのは、「ミッフィー」と出会ってからです。
  僕は今「ミッフィー」が好きみたいで、バスタオルは全て「ミッフィー」
  のオレンジ系とブルー系だし、それから時計も「ミッフィー」のものが、
  結構あって、小物とかが必ず1部屋に2~3個あります。

  僕が「ミッフィー」を好きになったわけをお話しましょう!!

  昔、住んでいた家は、とても恐ろしいところで、いろんな現象が起こって
  いました。
  たとえば、ある日突然、玄関から廊下、そして洗面所までのライトが、順
  番に消えていったりしました。これは、実際に電球の玉が切れているので
  すが・・・
  また、知り合いの子供が遊びに来たりすると、異常にいやがる場所があっ
  たり、時には「誰かがいる~っ!」って叫んだりと、結構、幽霊屋敷だっ
  たのです。

  元々僕は、何か「気」のようなものを感じたりするタイプだし、それに以
  前、幽霊とも1度しゃべった事もあったりなんかして、割とそんな物には
  敏感なのです。

  人の家や公共施設などに行ったとき、ある部分や片隅が、とてもいやな感
  じがする場所があったりすると、すぐにわかります。
  それは、そこの場所だけが、異常に嫌な感じがしたり、湿っぽかったり、
  なぜだかそこだけ暗くて、空気がよどんでいる、そんな感じのところには
  必ず何かがある。
  昔住んでいた僕の家にも、そんな場所がありました。

  しかし、ある時その場所に、たまたま誰かが持ってきた「ミッフィー」の
  小物入れがおいてあったのです。するとなぜだか、その場所が少し明るく
  なり、空気も浄化されて、不思議といやな感じが無くなったのです。

  その時、僕は「ミッフィー」に凄い暖かいエネルギーを感じました。
  それから、僕は「ミッフィー」のタペストリーやバスタオルなどを、色々
  買ってきて、よどんだ所に置いてみました。そうすると、なんとその幽霊
  屋敷が見事なほど浄化され良い感じの家になったのです。
  「スッゴ~イ!!」
  そうです。「ミッフィー」にはそんな不思議な力があったのです。

  よく、嫌な感じのする部屋があると、窓辺に塩を置いたりしますが、そん
  なもんじゃありません。本当に凄い効果があるのです。
  「ミッフィー」からは凄い暖かいエネルギーが出ていて、まわりまでも明
  るく元気にしてしまうのです。
  と、いう訳で僕は「ミッフィー」のその不思議な「除霊能力」と、周りを
  明るく元気にしてくれる「活性能力」にほれ込んで大好きになったのです。

  ただし、「ミッフィー」であれば、何でも良いわけではなく、オレンジの
  ものだけがその能力を持っています。
  逆に言うと「ミッフィー」じゃなくても「オレンジ色」であれば、少しそ
  の能力があるみたいです。小物や絵はがきなどでも効果があるようです。
  こんな訳で、僕はオレンジ色が大好きになって、何かとパワーを出してく
  れるのではないかと信じて、結構、色々な場面でオレンジ色を利用してい
  ます。

  実は僕の名刺が「オレンジ色」なのは、そんな理由からなのです。
  セミナーをする時や緊張するお客さんの前など、この「ミッフィー」ぽい
  名刺を目の前に立てておくと(僕の名刺は二つ折りで立つのです。)とて
  もエネルギーを感じて、明るく元気になってくるのです。

  と言うわけで、元気が欲しい人はオレンジ色のグッズを手に入れてみて下
  さい。また、部屋の雰囲気を良くしたい人は、オレンジ系のポストカード
  などを貼って見るのも良いかも知れません。何かが変わると思います。
そうそう、浜崎あゆみに昨日会いました。
空港で・・・羽田から福岡に向かう時に
僕のスグ後ろを歩いていました。
人だかりが多く囲まれてしまったのでなんだろうと思うったら
浜崎あゆみが僕の後ろを歩いていました。

詳しくは、明日、写真付きで・・

  あなたはトンカツの端っこと真ん中、どちらが好きですか?
  「真ん中?」それとも「端っこ?」どっちですか?

  好みというのは、すべてのものにあって、なるべく自分の好きな事ができ
  たり、好きな物が手に入ったら、それがいちばん幸せです。

  仕事や趣味などでも、「好きじゃないけど、やらなくてはいけないこと」
  「やらなければならなくて、そしてそれが好きなこと」「やりたくて、好
  きでやっていること」などいろんなレベルがありますが、同じやるのなら
  「好きでやること」であれば、それがいちばん幸せなのではないでしょう
  か?!

  けれど、人の好みというのは、聞いてみるまで結構わからないものです。
  「たぶん、これが好きだろう」と思っていたことが、聞いてみるとイヤな
  ことだったり、逆にすごく大変で、誰もが嫌がることなんだけど、凄くや
  りがいを感じる好きな事で、充実していたりすることがあります。
  だから、ほんとのところは、聞いてみないとわからないものなのです。

  しかし、実際は、好きなものを聞いてくれる人は少ないのです。だから、
  少しでも自分の好きなものを手に入れたり、好きなことをしたいのなら、
  自分から言わなきゃダメなのです。


  僕と彼女は、よく豚カツを食べに行っていました。
  彼女は「ヒレ」、僕は「ロース」と、お互い違うものを頼んで、半分ずつ
  にしたり、1切ずつ交換したりして、両方の味を食べて楽しんでいました。

  そんな時、彼女は必ず僕に端っこをくれていて、僕は必ず真ん中を彼女に
  あげていました。
  僕は「彼女は端っこが嫌いなんだろう」と思っていました。なぜなら、ス
  テーキを食べた時に、「脂身のある端っこは嫌い」と言っていたので、ト
  ンカツも同じように「端っこが嫌いなんだろう」と思い込んでいました。

  ところが、ある日、「美味しいトンカツ屋はどこだ」という話をしている
  ときに、たまたまその話になり、実は彼女は端っこが好きで、僕は真ん中
  が好きだとい言う事が、お互いにわかりました。

  結局、互いに自分の好きな方を相手も好きだと思って、自分の好きな方を
  あげていて、それが結果的には、お互いに好きじゃない方をもらったこと
  になっていたのです。
  非常にナンセンスなことを、やり続けていたのだと思いました。

  トンカツの端っこがおいしいか、真ん中がおいしいか、これには正しい答
  えはありません。けれど、自分がどっちが好きだというのは、きっとある
  はずです。

  これは、トンカツにだけ言えることではなくて、全てのことについて言え
  ると思います。
  どんなに長くつきあっているカップルでも、「きっとこれが好きだろう」
  と思ったものが、必ずしもあたっているとは限らないのです。

  もし、ひとこと言っていたら、お互いがお互いの好きなものを手に入れ、
  お互いの好きなこと、お互いのやりたいことをやれていたかもしれないの
  です。

  カップルや友達、メル友とかと、今さらながら、好きなものを言い合って
  みるのもいいかもしれません。

  「好きな食べ物」「映画」「お酒」「音楽」「本」「言葉」「スポーツ」
  「場所」「人「時間」「フレーズ」「セリフ」「俳優」「色」「形」「歌」
  「画家」「数字」「花」「デザイン」「アプリケーション」「メーカー」
  などなど。

  そして、もちろん「トンカツの端っこと真ん中、どっちが好きか?!」

  自分が好きなもの、自分がやりたいこと、自分がほしいもの、それをもっ
  とたくさんの人にたくさんの事を言わなきゃダメだと思う。

  自分の好きなことや好きなものを、沢山の人が知っくれているだけで、自
  然と情報や人が集まってくるものです。
  でも、「あなたの好きなものは何ですか?」と聞いてくれる人は少ないの
  です。だから、少しでも、自分の好きなものや好きな事を、自分から言っ
  てみるのもいいかもしれません。
  そうすれば、何かが変わるかも知れない。

  僕は、占いとかをあまり信じていない。

  血液型だとか星座だとか、そんな全人類を12個や4つに分けたりして、
  同時にたくさんの人が同じ運勢だということは、ありえないと思うからだ。
  だから、僕は、そういう占いとかは信じていないのだ。

  しかし、小心者の僕としては、自分が弱っているときや困っているときは、
  そういうものを頼ってしまうこともある。

  神社とか気とかいうのは、自分がちゃんと感じるので、そういったものは
  信じているけれど・・・


  ある時、ラスベガスに出張に行かなきゃいけないときがあった。
  向こうで、コンピュータのショーが行われるので、それの視察とアドビ・
  フォトショップのプロダクトマネージャーだった僕は、現地で打ち合わせ
  があり、社長に同行して行くことになっていた。

  僕は、それをすごく楽しみにしていた。
  それは、ラスベガスの街全体の天空に絵や映画を写すようなしかけがして
  あるとニュースで聞いていたし、それに、僕はルーレットが大好きだった
  からだ。
  それで、大がかりなマジックショーがあったりするという話も聞いていた
  し、僕は、仕事だったのだけれど、楽しみで楽しみでしょうがなかった。


  しかし、出発するという1ヶ月前に、僕はシステム手帳をなくしてしまっ
  たのだ。その中にパスポートも入っていたのだった。
  それで、ありとあらゆるところを探したり、いろんな人にパスポートをな
  くしてしまったことを、みんなに言っていた。
  しかし、パスポートはなかなか見つからなかった。

  そうすると、ある人が、南区の方にすごい霊能者がいると教えてくれた。
  僕は、「うさんくさい話だ」と思ったけれど、その人が言うには、名前と
  生年月日を言えば、何を悩んでいるのかと言うことさえも当てられるとい
  うのだ。
  そして、その答えは、どうにでも解釈できるようなあやふやな言葉ではな
  く、明確に話をしてくれるというのだ。
  それじゃ、僕は、なるべく情報を与えずに、名前と生年月日だけ言うこと
  にした。そして、それがある場所だけではなくて、僕が何を探しているの
  かも、言い当てられるのかを試してみようと思い、予約を入れた。

  僕は夜の8時ごろ訪ねて行き、名前と生年月日を紙に書いて渡した。
  そして、「あるものを探しているんです。どうしても、それが必要なんで
  す。」とだけ言った。
  そうすると、驚いたことに、その霊媒師(?)は、呪文を唱えるわけでも
  なく、何か儀式のようなことをするわけでもなく、すぐに話し始めた。
  「それは、ちいさくて青い手帳みたいなものですね。」
  そして、「それは、黒いカバンのようなものの中に差し込むように入って
  ますね。」と言った。

  僕は、すごく驚いた。僕のシステム手帳はファスナーがついていて、見た
  感じはカバンのように見える。そのポケットの中に、パスポートを入れて
  いたのだ。
  それを、彼女は、一瞬で言い当てたのだ。
  そして、「その手帳は・・・」と言いだし、「家にあります。」と言った。

  でも、僕は「家はさんざんさがしたから、絶対にない。」と思って、「家
  のどこにあるのですか」と聞いた。
  そうすると、彼女は「家は東の方ですね。」と聞いたので、僕はそのころ、
  香椎に住んでいたので「そうです。」と答えた。

  そして、彼女は話し始めた。

  「ドアを開けて家に入って行くと・・・ あ、正面に階段がありますね。
  しかも、下りの階段ですね。変わってますね。」と言った。
  確かに僕は、メゾネットタイプのマンションに住んでいて、そこは玄関か
  ら階段を下に降りていく、珍しい造りだったのだ。
  「階段を下りて行って、正面の青いドアをのけて入っていく(実は、その
  青いドアは移動式の壁だった。)と、右に白い両開きのドアみたいなもの
  があります。そのクローゼットの中に、それはありますよ。」と言った。

  そのほかにも、彼女はキッチンやトイレの場所なども次々と当てていった。
  僕は、今まさに、彼女が僕の家の中を歩いているような錯覚に陥って、す
  ごく驚いた。


  そして、さらに彼女は、「そのクローゼットの中の胸の高さぐらいの右の
  奥のところに、突き刺さるようにありますよ。」と、身振りを交えながら
  言った。

  それで、僕はすっとんで帰って見たら、そこにはなくて、結果的には見つ
  からず、おかげでラスベガス行きには、他の人に譲ることになってしまっ
  た。


  今考えると、両隣が全く同じ間取りだったので、もしかしたら、間違って
  両隣の人の家のそこに、僕のパスポートがあったのかもしれないと思う。

  占いは信じないと言いながら、このことについては、何かすごいものを感
  じて、この人の能力は認めなくちゃいけないと思った。

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  ちなみに、僕も、今流行の動物占いをやってみました。

  それによると、僕は「おおかみ」で、マイペースで何をするのも自分流が
  ポイントで、変わり者と思われがちだけど、それが嬉しかったりするのだ
  そうです。(当たってる?)

  恋人にするなら、ひつじかライオンの人だそうです。ひつじさん、ライオ
  ンさん、連絡お待ちしています!

  人間は何の為に生まれてきたのでしょうか?

  地球を守るためなのでしょうか?
  地球を破壊するためなのでしょうか?
  地球にとっての人間の役割とは何なんでしょうか?!

  ナホトカ号重油流出事故によって、海岸に重油が流れ着く事故がおきまし
  た。最初は人海戦術によって重油を取り除いていましたが、砂の中や石な
  どにこびりついた重油は、取り除くことはできませんでした。

  また、細かいところまで取り除くために、薬品や化学物質によって分解を
  試みたとしても、そのために新しい不純物が発生し、結局海を汚してしま
  うことになるのです。

  ところが、一部の学者の間で言われていた、重油を分解するバクテリア
  (微生物)を使った方法があります。
  これは、バイオテクノロジーによって見つけられた方法ですが、別の一部
  の学者によって、その効果が疑問視され、反対されていました。

  バクテリアは2000種類以上の種類が見つかっていて、地球上のあらゆ
  る所にいます。この海岸にもバクテリアがたくさんいました。その内の重
  油を食べるバクテリアが、海岸にあった重油を食べることで繁殖し、更に
  大量発生しました。
  おかげで、今では海岸は非常にきれいになっています。湾岸戦争の時のク
  ウェートの海岸も今では奇麗になっています。

  そうです。人間がわざわざ何もしなくても、地球が自らの復元力で環境を
  取り戻しているのです。

  この自然のバクテリアを使う方法というのは、画期的な方法だと思います。
  薬品をばらまくのではなく、不純物があるとそれを好物としている地球の
  いたる所に住むバクテリアが自然と活動を始めて、えさとなる好物を食べ
  ることによって大量発生することになり、えさがなくなると活動をやめて
  自然に戻っていくのです。
  人間が分解することができないと言われている、トランスの中に入ってい
  る液体も、バクテリアは食べてしまうことができます。

  実はこれは人間の体の中でも同じようなことが起こっているのです。

  人体に病原体が入ってくると、それに対応する抗体を作り出します。それ
  によりその病気に打ち勝つ武器を手に入れ、もう二度とその病気にかから
  なくなります。
  「はしかやおたふく風などは、小さい時にかかっておくとよい」といいま
  すが、これがそれです。病気になり、抗体を作ることで人間はその病原体
  に打ち勝つ力を蓄え、どんどん強くなっていくのです。


  さて、それでは、地球にとって人間の役割とは何でしょう。地球を守る抗
  体なのでしょうか? それとも、地球を破壊する病原体なのでしょうか?

  人間は文化的で快適な生活をするために、そして欲のために、物を大量に
  消費します。
  その為に、もともと地中にあっても害のないものを、収集し精製して、濃
  度の高い物質を創ることにより、生物や植物、または地球にとっても非常
  に害となる物質を作り出してしまいます。しかも、その物質の分解方法や
  消去方法など、何も知らないのにも関わらず、精製し利用しつづけている
  のです。

  しかし、地球はその人間が作り出した毒素なる物質を分解する、全く新し
  いバクテリアを生み出し、分解をさせはじめるのです。
  それを繰り返すことにより、地球は様々な抗体を身に付け、地球を強くて
  抵抗力のある体に変えていっているのです。

  もしかすると、地球にとっての人間の役割は、病原体をどんどん作り、地
  球にその対処方法を身に付けさせる為の、「阿修羅」のような存在なのか
  も知れません。

  母なる地球からあたえられた生物の使命は「この種を保存せよ」ですが、
  人間には隠れた指令があり、それは「地球を破壊せよ」というものが含ま
  れているのではないでしょうか?
  それらを行うべく、人間には「火」と「知恵」があたえられ、そして「欲」
  と「文化」を追及するようにされたのかも知れません。

  もし、それが本当だったとすると、最近のエコロジーとは人間を創った、
  地球への裏切りなのかも知れません。

  今、人間は「エコロジー」というキーワードで、まるで地球の警察のよう
  な中心人物になりたがっていますが、結局、地球を汚し、環境を破壊して
  きたのは人間なのです。

  では、あなたは「地球を守る」のと「快適な生活」では、どちらを選ぶの
  でしょうか? 人類が生存しているだけで、地球は破壊されていくのです。
  文化的な生活をしたいと思う気持ち自体が、地球を破壊しているのです。

  地球を本当に守る為には、人類が滅亡するしかないのかも知れません。 
  「あなたは、地球の為に死ねますか?」

  人間は何の為に生まれてきたのでしょうか?

  地球を守るためなのでしょうか?
  地球を破壊するためなのでしょうか?
  地球にとっての人間の役割とは何なんでしょうか?!

  人間は何の為に生まれてきたのでしょうか?