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くじゃくのブログ

ワイルドとしか言いようのない父。
そして、家族の思い出になればいいな。

おそらく、農家に嫁いでいなければ、また違った感じの人だったと思えるおばあちゃん。


とにかくいろいろなものを作ってくれました。


当時オーブンもオーブントースターもなかった、田舎の農家の家では、


グラタンなんてものは食べたことがないし、私なんてどんな食べ物かも知りませんでした。



学校の友人が、「グラタンっておいしいよね」なんて言っても「そう?」なんて、食べたこともないのに嫌いであることにしてしまっていました。



ある日、おばあちゃんに「グラタンって知ってる?」なんて聞いたら、「知らねっちゃ」


だよね。何でもない。




しかし、数日後、おばあちゃんは、グラタンの素を買ってきて、作ってくれることになりました。


「ちょっとまって。なんだかオーブンかオーブントースターでって書いてある。それ何?」

「フライパンで何とかなるべ」
フライパンに器ごと入れて蓋をしてみましたが、様子が違う。
何とかはなりませんでした。焼き目がつきませんから。


考えた末、魚焼きグリルで、家族6人分

1個づつ焼いてくれました。



かなりの怪しいグラタンでしたが、とても感動して食べた記憶があります。


魚臭いとはいえ、我が家で、初めてのグラタンで私にとっても初めてのグラタンでした。


結婚式の料理のエビとかカニの甲羅に入っているあれは、グラタンではないですよね?
おばあちゃんは、苦労が顔に出ているような人で


とても働きものなのですが、


にこやかな人というよりは、気難しく、普段の顔は眉間にしわの入った、しかつめらしい顔をしている印象でした。


嫁しゅうとめの仲もあまりよくなく、自由奔放な母の事はいつも苦々しく思っているようで、



ご近所の奥さま仲間と出かけたり、化粧をしたり、新しい服を買ったりすることに、いつも文句ばかり言っていました。
あまり大勢の人のいるところも好きではなく、あの楽しい農業運動会にも来ず、孫の運動会・学芸会もきたことはありませんでした。


そんな愛情表現の下手なおばあちゃんでしたが、彼女なりの愛情表現として、私たちに対しては、食で手を抜くことはありませんでした。


共働きで、母が夕食の準備をしてくれることは、日曜の夜だけでしたので、私たちはおばあちゃんの食事で育ててもらったようなものです。
ワイルド親父を産んだおばあちゃんの事も書きたいと思っていました。


おばあちゃんは、大正生まれ。


数年前になくなってしまいました。



この人もかなりのキャラクターの持ち主でした。




おばあちゃんは、大きな農家の長女で、家どうしの話で決まった結婚で、我が家に嫁にきました。

東北の農家の長女らしく、まじめで我慢強い女性でした。

どちらかと言うと、かわいらしい、とかきれいからはかけ離れた、人かな?


おじいさんは、物静かでまじめな、線の細い男性でした。
こちらも、大きな農家の家の長男で


おばあちゃんが嫁いできたときには、大家族で嫁としてはとても苦労をしたようです。