空想dejavu  明鏡ゆらぎのひとりごと- -72ページ目

ひとりごと





例えば


聴こえる音が色んなイメージを




浮かべさせてくれるのは





耳や目  鼻や舌  心や身体が 




繋がっていることを




証明しているようなモノ。










音を聴いた




だけで 終わるのでなく






聴いたその瞬間より 



少しのタイムラグを経て





でも 




ほとんど同時に感じるくらいの差で






イメージを  無意識側 から 連れてくる








各々の 同じ自分の中だけど




でも 自己制御とは 少し離れた場所が




誰しもちゃんと備わっていて





例えば 思っていた以上の嬉しさで


武者震いがするようなこと





そう 思ってもみないこと達が 眠っている場所







そこには 少し色褪せた記憶や 音 薫り 感触 などが




整理されていない状態で ちゃんと浮かび 揺れている



うん とー


意識が伴わないから整理とは無縁で



かと言って 実態なき世界だから




範囲の制限がないか故に 粗末に扱っている訳でもなく




ただ 「在る」の 状態での保存。




六根・・・目 耳 鼻 舌 心 身


それぞれの入り口は独立していて


それぞれの能力もそれぞれの役割も違う


また もちろんそれぞれの能力だけでも



十分に神秘的な能力であると言える


大体 見える 見えてる や


聴く 聴こえている ってこと自体


それを説明しようにも 誰も説明がつかないのだから





そして その個々の能力は



単独でない時ほど



まったく違う能力として働く





その性能は 個々(耳や目など)の機能にではなく



むしろ


その人自身(の産まれた瞬間から今まですべて)の性質に


比例する






そう 聴いたり 見たり 匂ったり 触れたりなどが


ブレンドされて 無意識側からイメージ(能力)がやってくる


けれど そのイメージ(能力)の限界(性能)は


その人そのもの(生きてきた時間や経験などの意識側)にまた


依存する。






つまり 六根を ひとつひとつ


磨いていくことにで 己を高められる


より己の能力が開花するのかもしれませんね(^^)



(あ ひとりごとですので(笑))



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磨くといっても 忍耐やら 精進やら 


ひとこと「磨く」では 表せるほど軽いモノではないけど(^^;



まぁ何にしても 無意識側を鍛錬する~ 


なんて発想はなかなか 教科書がなくて 面白い




とは言え暑さに負けるわ

寒さに負けるわ花粉に負けるわ

カレーにもモンブランにも負ける俺はもう話にならへんなー(笑)



とこんな意味わからんことを 移動中に ぼーっと考えてた 俺です(笑)


活字にするとめっちゃ長い上に 上手く書けないけど

想ってる時間なんて ほんの数分しかないもので


それもまた 脳 ってすごいなぁ~ なんて思ったりすると


笑らけてくる (^艸^)プププ-














空想dejavu   明鏡ゆらぎのひとりごと-

なんとなく初心を。



『いま 何が見えてますか』




                          明鏡ゆらぎ










いま 何が見えてますか




目の前の景色



人の声




コーヒーの香り


雲ひとつ無い空


強い太陽


風の音


愛犬の寝息






自分の呼吸は聞こえますか



目を閉じれば 不安定な自分がいますか



何かをしないと保てない自分がいますか



うまく言葉に出来ない自分がいますか



考えに押し潰されそうな自分がいますか



流されてる感じがする自分がいますか



涙を出さずに泣いている自分がいますか



声を出さずに助けを呼んでる自分がいますか



脱力感で動かない自分がいますか






どうして どうして


何が 何が 






何かをやろうとすると何かに邪魔をされますか




やめようとしても やめさせてくれない自分がいる




がんばりたいのに がんばれない自分がいる



がんばり過ぎてるのに 休まない自分がいる








ホントは自分でわかってる自分がいるんだよね









もうすぐ 何かが見えてくる気がしませんか




ぼんやりとだけど 何かが掴めそう


もう少しで・・・・










単純に生きることは難しいよね・・・人間だもの




でも それを求めるのは違うかもしれない




もっともっと「らしく」生きてみないか!




結果的に間違っていても 失敗してもいいよ


その時に 自分で決めたことなんだから





今は間違っていても


将来正しいことになってる事だってありえる



そうでしょ?





自分が納得して決めたことに 正しいって誰が決めるの?



社会?友人?恋人?家族?




自分以外に誰も決めれないでしょう





別に人に迷惑さえかけなければ


仮に多少迷惑をかけたとしても


自分で責任さえとれれば



大丈夫!その見極めさえ出来れば



大きな問題は生まれてこないよ








別に偉くなくていいじゃん



別に全員から尊敬されなくてもいい




みんながみんなに認められなくてもたいしたことはない








少しだけ思い返してごらんよ









「いま 何が見えますか?」








単純に生きれなくても・・・



スバラシイことは沢山あったよね



これからもきっとあるよ




偏見なく 好き嫌いではなく 




もっともっと「本質」を自分で感じながら






「らしく」生きればいいじゃないか

















「雲が綺麗だねー」





確かに初夏の雲はとても綺麗だ





でも



いま みんなが見てる雲って




実は・・・














「 雲の裏側なんだよね(^^)」




「 だって表は太陽側なんだから 」






・・・・・・・・





そんな感じで そう言って 微笑むことが出来る人





いつの日かそう言う人になれるように・・・






今 「あなた」には 何が見えていますか















☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

   なんとなく 初心? を思い返してみたくなった(*^_^*)


今週末は 母の日ですね~ (今週末?来週末? 今週やんね?)


 なんと 去年あげたカーネーション 実はまだ 咲いたりしてるそうです(・・!!

 咲くカーネーションも凄いけど 咲かせ続ける天然爆弾母君もなかなかやるやないか(^艸^)プププ-

 じゃ 今年は それKEEPで!! 

 って訳にはいかないか(笑)

 時間みて また探しにいこう  感謝を込めて(^人^)

 みなさんは 何をプレゼントされるのでしょうか~(^^?

ひとりごと(お礼)

 昨日で無事 またひとつ おっさんに成れました(^艸^)プププ-



みなさま メッセ等 ご丁寧に頂き 本当にありがとうございました(^人^)



なかなか 震災や知人・被災地の映像・状況を見るたび 聞くたびに



自分の誕生日のお祝い気分にはなれない今年でしたが




みなさまの ほんとありがたい言葉で あぁ やっぱり 嬉しいなぁ(*^_^*) って


思え 気持ちよく 心地良く 一日を過ごせました(*^人^*)




 このあめぶろに着てからも いつも 勝手な文章ばかり書いているのに 


飽きずに 懲りずに 構って頂き 感謝してます!



まぁ 勝手なことを適当に書く 大阪のおっさん(笑) ってことで

 

今後とも 気が向いたら構ってやってください(^人^)




 改めて ありがとうございました!!!!






ひとりごと






人生のより高いクオリティは




ただ 生きてるそのことの凄さ 有り難さに




心から素直に感謝出来る者が




辿り着ける 領域ー。





心の視界









『心の視界』

     明鏡ゆらぎ






幼き頃の


記憶はいつでも温かい景色で




疲れた自分 見つける度に


ゆらゆらと 現れる






両手両足は


今も自由に動かせるけど




誰しも大切な心は 徐々に


自由が制限されていくでしょう





運命だとか 最初から決めつけると

戦いようがない



毎度 目の前に 立ちはだかる壁を

諦め半分で 眺め続けることからの 脱却





語り合う 生を受けた あの日の自分自身

誰かの付随じゃなく 独立した生命 存在体


優劣や損得の片側のためだけに作られた

物差しに かき乱されない



真実は比べたり選んだりするモノじゃないってこと


思い出すための 重ね続けてきた時間を 


誰もが 持っている









恐れを感じる時は それ自体にではなく


その先が分からないから




歩き方は 誰も教えてくれないけど


前にしか進めないこと 


無意識に 誰もが知ってる





怒りには 許すことを  後悔には 感謝を


他人の自分に話しかけてみる まるで他人事のように





真実は 自分側とか 誰か側とか 何か側とかではなく


何かに属すではなくて 全体に在ることを


思い出させてくれる 歩き続けてきた時間









幼き頃の


記憶はいつも温かい景色で



沈んだ自分 見つける度に

ゆらゆらと 現れては語りかけてくれる


自分との会話の時間―。