Día lluvioso
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『Día lluvioso』
明鏡ゆらぎ
降り始めそうな 空を見つめながら
このまま続けよう 何にもしないことを
晴れと雨の 繋ぎ目の窓絵
何も思わない 時の方が多いのだから
雨降りの窓を 眺めてお部屋で
このまま続けよう 何にもしないことを
空が入れ替わる 明日にはきっと
こんなにスロー感な窓絵 太陽の下では
もう描かれないだろうから。
手の差し伸べ方を 考えようとしても
いつまで経っても 上手くなんかならないよ
差し出された手に 不器用でも素直な気持ちで
触れられるようなる度に 上手になっていくものだから
雨上がりの窓を開けて 眺めたら
ひとつなぎの空の 継ぎ目が見えるよ
天気の境目 今とさっきの続き
このまま続けよう 明日へと歩くこと
何もしないことを ちゃんとしていたから
さっきと今と明日 晴れと雨の繋ぎ目
いつも気に留めないことに 気を留めることが出来た
表があれば裏があること 分かってはいても
当たり前になり過ぎていた すべてに両極があることに
片翼だけじゃ 羽ばたけないのに
片方ばかりに重きをおく今の世界で
いつもの日なら いつものことだったかもしれないけど
いつもとは違う 何もしないことをする時間
そんな感じの 雨の日の過ごし方
誰にも何処にも無駄なんてひとつもない
雨の日の窓絵鑑賞―。
チ
ッキンラーメンちょっびっとだーけ
好っきーになてって とてっと
流れてる・・・ 頭の中で(・・;
瞬時に 目的を把握し
薄らと見える全体像から
プライオリティを決め必要な選択をし
そして 行動する。
その一連が パパッと テキパキと
ではなく
速さを感じさせない滑らかなスピード感
んー かっこいい上質。
我欲から選択し 即決。
んー 品が無い。
モノゴトに求められるのは大抵
やりたいかどうか
ではなく
どうすべきか
もっともっと本質を見極めて生きなければ。
ゆっくり歩くと風は優しく吹きます
ゆっくり歩くと雨は静かに降ります
川の水は冷たいほど美しくみえる
光がないほど星や月は強く輝きます
冬は灰色とか 雨は寂しいとか
それって・・・・・
自分で何かを感じる前に
すでに決め付けられてたイメージかもしれない
空気が冷えると あなたの息が白くなる
あなたの温もりが目で確認できる唯一の季節
なんてことが普通のイメージになってたかもしれない
そんなことを 思ったり 考えたりしながら
腰の痛みと頭から離れないあの歌をごまかそうとしてみたが・・・・
当然 無理 無駄なあがき(T_T)
でも 少し痛みがマシになった感じ!!
が するだけ(T_T)
まだ あたまに音楽流れてる・・・・
チッキンラーメンちょっびっとだーけ
好っきーになてって とてっと
なんでや(・・!
つか もう 日記としてはグダグダやな(笑)
きりーんきりーん きりんっ!
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秋 時々優雨
『 秋 時々 優雨 』
明鏡ゆらぎ
物寂しいのが秋ではなくて
果たしてきた苦悩(種)が
報われる実りの季節 秋―。
心で流した涙は
未来で実る種への水分で
悔しさ満ちた想いは
未来への栄養で
生きることって
それだけもう あまりに尊くて
誰にも 自らも奪うことは出来ず
不可侵な聖域で
『やり直しは出来ないのではなくて その必要がないからで』
時にはね
自分を素直に認めてあげてようか
その声 それが
未来の自分から
今の自分へのメッセージなんだと
また少し未来で気付くでしょう
成功も 失敗も 後悔も 感嘆も
あなただから 得ることが出来た
あなただから意味が生まれたこと
あなたが在ること それは
地球が回る理由より重く尊いのだから。
そんな感じ言の葉が
優しい雨に揺れてる
初秋の日。
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神様との待ち合わせ場所
『神様との待ち合わせ場所』
明鏡ゆらぎ
あなたの元に 来る時はいつも
限って 乾いた風が吹いていて
精霊が舞う 静寂の森
木々が煌く音だけが続いている
いつもの毎日の 中で
忘れていく 薄れていく
素朴 素直 その感覚がココにはある
ゆっくりと息を吸って
ゆっくりと吐き出す度に
あなたが僕の中に 入ってくること
とても普通に 感じる場所-。
僕は あなたとの約束を 守ってますか
守れてますか
この世界に 生れくる直前に 交わしました
現界の外側 交わしてきた神様との約束
この世界では それを 信念と呼んでいます。
ゆっくりと息を吸って
ゆっくりと吐き出す度に
神様との待ち合わせ
いつも ココで
僕の中では いつの時でも―。
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行けない年もあるけど 来年は行けるとええなぁ(*^O^*)(^^)
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ひとりごと
今生は 一度きり
存在無きモノ以外 すべてに理由があって
存在無きことにもまた 理由あって不思議ない
正しいと思うことには 真心を込めて
間違いと思うことには 慈心を込めて
与えられしモノ コト コトバで
卑屈に包まれぬよう
また
与えしモノ コト コトバで
慢心に支配されぬよう
相手を責めるならば
己の悪癖を己で認めるが先ず
誰かに責められるならば
それが「今」である因縁を想う
愚痴悪口悪態を発するモノには 慈悲の心で
またその者から与えられしそれは
己の六根を清浄へ導きし機と想う
一切の業を浄化へ導きし理由と得て
感謝の中に日々在ることに また感謝。
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何か問題や壁にぶち当たる時には 少なくとも大抵 二つのコトがある。
その問題そのもの。
問題そのものではなく それがどうして今起きたのか。
ふたつは一見 全く接点もなく 質も違う。
だけど 同時に成った理由はある。
問題そのものはきっと 直近。
今であったことはきっと 古。
どちらかと言えば 前者は 日々側で
どちらかと言えば 後者は 生き方側。
そして 普段より全く軽んじられる後者の理由は
実は圧倒的に大きい。
それは多分 数式は解けても 生き方は教わらないからなんだろう。
損得 我欲 気分 好き嫌いで 行動を決めると品格が下がるだけ。
生き方は誰にも教わること出来ない類。
何が正解かを探し そしてそれを選び続けることは本当に至難
でも
何が正しくないかを探すことは 出来なくはないだろう。
正解なんて ひとつであることの方が稀。
また 今 正しくても 将来正しくないことになってることも多々。
そもそも なってみないと分からないことを選ぶこと
それを しようとしているのだから 当然至難。
ならば モノゴト全体の中 そして自分が生きる上で
間違いではないであろう選択を 積み重ねていくことが
生き方を学ぶことに 近いのかもしれない。
なんにしても HIGHERSELF かな。
意識ある自分が 自分を含めた景色を眺めるような感覚
それを磨いていきたいものです。
感謝の気持ちそのもの
そしてそこから生まれる行動やコトバってのは
その時の自分を映す 鏡のようなモノ。
相手に関係なく 自分には偽れないモノ。
それは 積み重ねてきた 己の証明書
みたいなものだろうから。
素直さもまた 同じ類 かもしれない。
なかなか鍛えようとして 一朝一夕で どうこうなるものでは
ないものだから。
日々是精進 (^人^)
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