“フリ”だけのつもりだった
昨日のお話の続き。
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俺は彩香さんと池袋北口にある「ホテルアトランタ」に入った。
石田衣良さんの『池袋ウエストゲートパーク』にも描かれていたけど、池袋界隈は新宿に次いで日本で二番目にラブホテルが多いエリアだとうことだ。この「ホテルアトランタ」は、その数多いホテルの中でもかなりのおすすめ。
まず料金がリーズナブル(5,000円台の料金で3時間の“ご休憩”が可能!)で、その割に部屋がとても広い。バスルームもゆとりを持った作りで、その気になればプレイ用のマットも置けるくらい。ラブホテル特有のあの閉塞感がまったくない。彼女もハッピー。プレイも燃える。
ま、今はどうなってるか分からないけど。興味のある人は自分の目で確かめてほしい。
俺がロビーの小窓で料金を払おうとすると、彩香さんが財布を取り出した俺の手を抑えてこう言った。
「教えてもらうんですからわたしが払います……」
女子にホテル代を払ってもらったのは初めてだった。
今でもあの瞬間のことを時々思い出すけど、相当切羽詰まってたんだと思う。誰かにすがりたかったんだろうな、きっと。その“誰か”がたまたま俺だっただけの話――。
部屋に入るとコートをハンガーにかけ、バスルームでバスタブのお湯を出した。そして彩香さんにバスタオルを渡し、
「お店だったらお客様の服を脱がせるところもあるみたいだけど、今日は自分で脱ぐね」
と言って、自分の服を脱ぎ始めた。目の前では彩香さんも同じように服を脱いでいく。
コートとお揃いの白いニットのセーターを脱ぎ、チェック柄のスカートを脱ぎ、長袖のインナーを脱いで下着姿になった。下着の色はすずらんの花のような薄い紫色。その時初めて気づいたのだけれど、彼女の右の胸の上、肩の下あたりには真っ赤なバラのタトゥーが入っていた。
「彼に入れてほしいって言われて……。
印(しるし)なんです」
彼女をだまして金を持ち逃げした男がどんな奴かは知らないけど、彩香さんがそいつのことを本当に好きだったんだというのはよく分かった。好きというよりは、依存していたのかもしれない。
俺は少しでも彼女の力になれるよう、これまでの決して多くない経験(というか、総額7万円なんて高級店には行ったことがないけど)と知識を総動員して、彩香さんにソープのプレイについてレクチャーした。もちろん最後までいくつもりはない。頃合いの良いところで止まるつもりだった。
「お湯がたまるまでの間、隣に座ってあげるといいよ。できるだけ体を密着させて。太もものあたりを手でさすってあげるのもいい。とにかく“触れる”っていうのが大事なんだ」
俺がそう言うと、すぐに彼女は俺の左隣に座った。体をぴたりと寄せて、左手で俺の太ももをゆっくりとさすってくれた。こちらの言ったことを忠実に再現しようとしているようだ。
「それから、お店に来てくれたお礼の意味も込めてキスをしてあげるんだ。今は本当にキスはできないと思うから“フリ”でいいよ」
しかし、彼女は“フリ”で終わらせる気はまったくないようだった。徐(おもむろ)に俺に顔を寄せると、本当に唇を重ねたのだ。そして、俺の歯の間を割るように舌が入って来た――。
俺は自分の血液が下半身にいっせいに流れ込んでいくのを感じた。
「これ、ホントに止まれるかな?」
そんな風に考えていた。
まだ続くよ……