4/12(月)

箱根CCの正会員を40年やっているけど、日曜日のクラブ競技には全く参加をしたことがなかった。

それは言うまでもなく、土日は競馬があったから。

しかし、馬主はコロナ禍で競馬場には入れるけど、パドック立入禁止。
口取り(優勝記念撮影)なし。(GⅠのみあり)

調教師や騎手とは会えません。
まあ、そんなに無理して行くこともなく、

では、たまにはクラブ競技に出てみるか、と4/11(日)にスクラッチ競技に参加しました。

知らない方との組合せ。それもスクラッチ競技に出る方はかなりの高レベルの腕前。
緊張しながらのいいゴルフができました。
賞品のある3位までには入れませんでしたが、なんか楽しい日曜日のゴルフでした。

ゴルフ中は携帯やタブレットはロッカーの中。

前半終わり、11時前にラインを開けると62本入っていて、それだけでセイウンノウヒメの勝利を確認した。

当歳時に40万で購入した超安馬。

購入した、と言うより付け馬でした。

不思議とわしは安い馬がよく走ります。

と言うより高い馬が走らない。

一番先に「おめでとう」のラインをくれたのは、セイウンノウヒメを元管理していた田所秀孝元調教師でした。

実は先週、用があって京都へ行った際に田所秀孝元調教師とランチ。

2月末で定年引退されたのに、何もすることができないままでした。

現在も馬主は調教師、騎手との接触は禁じられており、会食などはできません。

しかし、田所さんは3月からは私人。
厩舎関係者ではなく、ただの一般人です。

ランチなら、と色々話しました。

その中でセイウンノウヒメやニシノダンテを勝ち残した話もありました。

40年以上の西山茂行と田所秀孝の想い出は語り尽くせません。

またそのうちコロナ禍が落ち着いてから、東京でも京都でも慰労会をやりたいと思います。

栗東の親しい競馬記者、そして田所秀孝さん、さらには新谷功一調教師が助手をしていた森秀行調教師、皆口を揃えて

「新谷調教師と西山社長は合うと思います。」

と言われました。

新谷厩舎にわしの馬が行ったのは3月1日。
1ヶ月と11日(41日)でセイウンノウヒメが初勝利。

競馬ファンから見たらたいしたことのないただの未勝利勝ちにしか見えないと思いますが、
これって凄いことなんですよ。

初めて預託して41日で勝利。

調教師と手を握り、馬を預けて、10年やっても1勝もできない馬主と調教師は山ほどいます。

「馬は買えても、相性は買えない。」
のが馬主と調教師です。

まだ会ったこともない新谷調教師とこの先どんな縁があるのでしょうか。

楽しみになります。

坐骨神経痛ですが、気温の上昇もあり8割方、治りました。
まだ朝が痛むので完治ではありませんが、ゴルフを含め日常生活に不自由はなくなりました。

これからは再発しないように気を付けます。

ニシノワクテカ、惜しい2着。
勝てる自信があっただけに悔しい。

これも腹入りで購入した激安馬です。(笑)

三浦騎手の乗り方を何度もビデオで見直しましたが、皇成はこんなに走ると思っていなかったのでは?
直線、外へ出したら「お、これは延びるぞ」と予想外の脚を使い、交わされてからまた差し返したらゴール。

次走はあっさりでしょう。
これも楽しみです。

さて、忙しい1週間がまた続きます。

楽しかった62歳はあと3日しかありません。🤣




阪神1R
セイウンノウヒメ
(新谷・幸) 

堂々の逃げ切り。
田所厩舎を引き継いだ新谷調教師との初勝利でした。

遅くなりました。わしは箱根CCでスクラッチ競技。

43・39の82で上位3人には入れずでした。

 

久しぶりの箱根CCで、あまりにも自分の飛距離が落ちたのがわかり、落ち込んでいます。あと4日で63歳。

 

最終兵器・ニシノワクテカ

 

4/10(土)

 

11:30阪神4R

ニシノオクタゴン・小野寺

 

12:10新潟5R

ニシノブライアント・勝浦

 

13:00中山6R

ニシノバシャール・横山武

 

13:30中山7R

ニシノエルサ・石川

 

ニシノライトニング・丸山

 

4/11(日)

 

10:05阪神1R

セイウンノウヒメ・幸

 

11:25中山4R

ニシノベイオウルフ・大江原

 

12:15中山5R

ニシノワクテカ・三浦

 

12:45中山6R

セイウンロミオ・内田

 

16:00新潟12R

ニシノコデマリ・勝浦

 

 


4/8(木)

ニシノカシンが喉なりの検査をしたらB3の診断。
(軽くはないけど、致命的ではない。)

大半がもう中央では足りないと言う診断だか、中には治ったあと活躍した例もあり、要はどうしていいのかわからない。

手術をするか?
手術をせずにあきらめて地方競馬へ売却か?

答えは誰にもわかりません。

新馬戦3着だから能力がないわけではない。

悩みます。

このところ、複数の古い友人から妙な問い合わせが続いている。

「西山興業所有の赤坂6丁目の土地207坪が売りに出ているので、ぜひ購入させて欲しい。」

はあ?

赤坂通りに面した駐車場で、昭和39年から昭和57年まで所有していたマンション跡地で、以降はずっと駐車場になっている。

いつか立派なビルを建てようと計画はしているが、「売却」の話など出たことはない。

誰が持ち歩いているのだろうか?

老人相手の振り込め詐欺師は、判断の甘い老婆相手に「オレ、オレ」でだませたが、
企業相手に手付金を取るのは不可能だろう。

何が目的で、売りもしない他人の土地を勝手に話だけ持ち歩くのか?

昭和57年にマンションを取り壊して、更地にした時に
「売ってください。」
と言う話は来た。

当時の社長、父の西山正行は、売る意思もないのに
「いくらで買ってくれるんだ?」
と聞くから、土地ブローカーの中で話が飛び回った。

それを見ていたので、わしは心の中ではいくらくらいで値が付くのか訊ねてみたいが、一切聞かない。

「売りません。話もありません。」

話を持ち歩いている人たちも、お金にはならないだろうから詐欺師ではない。

ない話をいかにもある話のように持ち回る詐話師。

例えばうちの会社にも、
「○○○の物件を買いませんか?」
みたいな話はよく来る。

面白そうなので、興味を示すと、何度も会社へ来て話をして、そしてわしが「買いたい」と言うと、
「すみません、タッチの差で売れてしまいました。」
とか
「先方の気が変わって」
で話は消えて行く。

ひとつそこではっきりしているのは、会社が見えること。

この会社は、応接室や会議室がきちんと掃除をされているか?
お茶くみの人の笑顔は?
受付の対応は?

そう言った会社の様子を調べると言う点に置いては、価値があるかもしれない。
わしからすると時間の無駄としか思えないが。

 

4/4(日)

3/3が女の子の節句
5/5が男の子の節句

そして今日4/4がジェンダーの日ですか。

わかりやすくていいな。

なんか以前に銀座のパン屋・木村屋総本店の木村光比己社長より、
「皇室の花見にに初めてあんパンを献上した日で、4/4はあんパンの日なんですよ。」
と聞いたことがある。

木村光比己さんとは同じ箱根CCの会員でよく一緒にゴルフをやりました。

また青山のスポーツクラブでもよく一緒になり、そのまま銀座の料亭「浜作」で食事して、銀座のナイトクラブに繰り出すこともずいぶんやりました。

銀座の老舗のパン屋の社長だけに、銀座の美味い店はよく知っていた方でした。

昨年の暮れに癌で亡くなられましたが(享年74)、密葬とのことで葬儀参列もできず。

わしも気がついたら友人を次々と見送る年になってきました。

何年か前にこのブログで、ゴルフ場の水害復旧に、西山茂行が陣中見舞いであんパンを300個用意するのにたまたま青山のスポーツクラブのサウナで隣り合わせた木村光比己さんに頼んだ話を書きました。

木村さんがそれを読んで喜んでくれたのを思い出します。

ご冥福をお祈りします。

競馬の話は書くこともなく。ええとこなし。
まあいつものことです。

馬券も当たらないなあ。(笑)

4/3(土)は花見ゴルフも、パターが入らず、バンカーがでない。

坐骨神経痛が少し良くなってきたら、ゴルフが下手になってしまいました。(笑)
次回までに修正しておこう。
(桜の下の写真は先日結婚したばかりの椿  里佳プロ)

4/3(土)はその前日が誕生日の西山牧場阿見の事務を任されている高平しのぶにプレゼント。
二歳馬9頭も見てきました。
素晴らしい仕上がりです。
もっとも50頭いる二歳馬の中で一番順調な9頭が阿見に来ています。

6月の新馬戦が待ち遠しい。


4/1(木)

西山興業株式会社は二十歳の新卒女子社員2名を迎えました。


早くいい戦力になってくれるといいなぁ。


西山茂行はこの日で大学卒業して社会人になりまる40年になりました。


社会人2度目の成人式です。🤣


そしてわしの社会人デビューとほぼ同じ頃、赤坂に生まれた小料理屋「雷や」が3月末を持って閉店しました。


どれだけこの店で飲んだかわかりません。


肉も魚も、何でも美味い店でした。


色んな人と深夜までよく飲みました。


閉店理由はコロナは関係なく、親父、女将の80歳を過ぎた高齢化が理由。


わしは「来るべき時が来たな」と言う感想しかありません。


競馬の大好きなご夫婦でした。


柳武夫さま、柳洋子さま、本当にありがとうございました。

ちなみにこのブログのコメントに

「ミナドリサクセン」のドメインネームで書き込んでくるのが親父です。


まだ独身時代、赤坂ジョージ(小料理屋)、雷や、鮨勝、むぎょどん(焼肉)、樓外樓飯店、一休(居酒屋)、とうふ屋、

赤坂のこの辺りで毎晩飲んだくれていました。


40過ぎてからは少し高級になり、希扇寿司、楽亭、藤、トップス、喜久好、しかし、どこへ行くのもこの雷やが中心でした。


上記で現存する店はこれで一軒もなくなりました。


砂場、重箱など実子が代を継いで暖簾を守っている店はまだまだ根付いています。


しかし、わしは40年、赤坂で生きています。


いいのか、悪いのか。


40年間、全く同じ家から同じ事務所に通勤。


ある意味、かなり珍しいのでは。


1つの歴史に幕を閉じました。



4月仕切り直し

4/3(土)

 

10:40中山2R

ニシノカシン・内田

 

ニシノラフカット・菅原明

 

13:50阪神8R

セイウンフォーカス・熊沢

 

14:00中山8R

セイウンクルーズ・勝浦

 

 

4/4(日)

 

10:35阪神2R

ニシノコウメイ・内田

 

12:25阪神5R

ニシノガブリヨリ・松若

 

12:55阪神6R

ニシノトランザム・松本

 

14:15中山9R

ニシノオイカゼ・勝浦

 

 

セイウンコウセイ次走

5/15(土)京王杯スプリングカップG II

内田騎手

 

3/31(水)

年度末。
やらねばならないことがたくさんあるけど、時間が足りない。
まあこうして人生は追いたてられているうちに終わるんだろうな。
(達観している。(笑))

競馬の話行きましょう。

5/9(日)

東京競馬場・NHKマイルカップGⅠ
ニシノアジャスト

新潟競馬場・新潟大賞典GⅢ
ニシノデイジー

同日の重賞でどちらも主戦騎手は勝浦正樹。

その日の騎乗馬の予定もあり、どちらかに決めないと他に迷惑がかかる場合がある。

ここは勝浦正樹騎手に自分で選択をしてもらおうと、わしから電話した。

「ニシノデイジーでお願いします。」

簡単に決まった。

背景的には、勝浦騎手は毎年この時期は新潟が主戦場となる。
騎乗馬確保、と言う意味では新潟がいいのだろう。

何よりも、ニシノデイジーは前走東京新聞杯でマイルで負けたあと、勝浦騎手より
「距離が足りないと思います。」
「では新潟大賞典あたりに行こうか。」
「そこがいいと思います。」

と進言しており、GⅠの魅力もあったと思うが、ここは順当な選択と思う。

ニシノデイジーはその後すごぶる順調。欲目だが、復活の兆しが見えてきた。
ハンデ戦であり、前走からさして人気にもならないだろうが、新潟大賞典が楽しみです。

ニシノアジャストは本音を言うと、今の時点でGⅠは家賃が高い。

ただ、2勝目を上げたのが府中であり、得意のコースだ。
オーバーペースで前が総崩れになった時に出番がある。
GⅠで年に何度かある「まさかの大荒れ」の展開にはまるタイプの馬だ。

もちろん実績的に人気にはならないため、勝ち上がった三浦皇成やわしと相性のいい田辺、戸崎、内田あたりはまず乗れないでしょう。
あとは小手川調教師の仕事です。

3場開催は騎手の選択がけっこう限られます。

決まったらここへアップします。

またまた昔話をひとつ。

平成4年秋。
その年の桜花賞馬ニシノフラワーは秋にエリザベス女王杯3着。
当時は四歳牝馬限定(現表記三歳)。芝2400だった。

次走を12月の中山スプリンターズSGⅠか、
同日の阪神牝馬特別GⅢ(ハンデ)、芝2000に行くか、
直前まで決まらなかった。

馬主の父の西山正行は松田正弘調教師にすべて任せていた。

木曜日ハンデが出て56キロ。(当時は木曜日にハンデ発表。現在は月曜日。)

木曜日の午後
①スプリンターズSなら53キロで出られること。
②日曜日の近畿地方の天気は大雨予報。ニシノフラワーは道悪が大の苦手。
③松田正弘調教師はオークスもエリザベス女王杯も敗因は距離、と見ていたこと。

この3点で中山スプリンターズSに決まった。

木曜日の午後まで決まらなかったため、ニシノフラワー主戦の河内騎手は、同日の阪神、中山どちらの競馬場でも他のレースの騎乗は一切受けず。

どちらでもニシノフラワー騎乗1頭だけでスタンバイしていた。
当時売れっ子の河内騎手の年末の大事な1日をいただきました。
ニシノフラワーはスプリンターズSGⅠを優勝したのは言うまでもなく。
その日の中山の河内騎手の騎乗はそれ1頭でした。

職人でしたなあ。

 

3/29(月)

高松宮記念のセイウンコウセイは4コーナー回ったときの感触では、一瞬
「おっ、まさか」
と力が入ったが…

ゴール前は勢いのある若馬たちに差し切られました。

それでも、たいして負けてなく、レース選択をうまくやれば、まだやれそうです。

さて、この後どうしましょうか?

上原調教師と、帰厩舎した様子を見て話し合いたいと思います。

とにかく夏に弱い馬で、秋口は残暑が残ると毎年立ち上がりが難しく、調子が上がらない馬です。

ハンデだと毎回58だけど、56くらいにしてくれないかな。(GⅠ勝馬は57以下はないのは知っているけど。)

春にもう1戦。
そして秋にもう1~2戦。
年内で引退し、来年からは西山牧場のプライベート種牡馬。
そんな青写真を描いています。


日曜日の夜は親友の馬主、Dr.コパさんと用があり京都へ。

どしゃ降りでしたが、桜が満開でした。

日本の一番美しい季節だと思います。

しかし、わしの馬は走らないなあ。

2月攻勢のあと、故障馬が続出しました。

セイウンクールガイの屈腱炎が痛い。

北海道西山牧場にはこの時期に稼いで欲しかった馬たちが多数、春休みをしています。

そうして考えると、セイウンコウセイは偉い馬です。

ところでわしの坐骨神経痛ですが、暖かくなってだいぶ痛みが和らいできました。

ちょっとほっとしてきています。

朝、普通に寝返りをうつこと、ベッドから降りること、靴下をはくこと、車の乗り降りがこんなに難しいとは、62歳になって初めてわかりました。(笑)

 

 

3/26(金)

明日の3/27(土)から中山競馬場も馬主が入場できるようになる。

もちろん、かなりの制限付き。
検温、マスク着用はもちろんのこと、馬主の代理は認めず、厳しい人数制限あり。
他にも、パドックや検量室回りも立入禁止。
当然口取り、記念写真撮影や表彰式はなし。
(GⅠのみあり。騎手は不参加。)
馬主席での馬券発売は自販機のみあり。

正常に戻るのはまだまだ先ですね。

調教師と電話連絡だけで1年が過ぎました。

馬主及び関係者は、美浦と栗東の両トレセンに入れません。

そうなると、すべて調教師任せで、馬主は連絡を待つだけです。

すると、馬主と調教師で奇妙なトラブルが多発します。

(ここからは半分笑い話で読んでください。拡散禁止です。)

「社長、ニシノ○○○ですが、やっといい攻め馬ができるようになりました。3週目のダート1200に行こうと思いますが、よろしいですか?」

冗談でなく、本当にこの通りにかなり多数の調教師からわしの携帯に入ります。
調教師は手に番組を持ちながら電話してきています。
わしは色々な場合あり。

ここで
「ああいいよ。先生に任すよ。」
なんて言ったら、大混乱になる場合が多々あります。

まず、どこの競馬場かわかりません。
中山なのか新潟なのか?

この「3週目」と言う言葉も誰も理解できません。

3月の3週目なのか?
まさか4月の3週目なのか?
そして、開催の3週目なのか?
どこのどの開催なのか?

調教師側はわかって話していますが、こっちは??です。

古い実話を。
昭和62年秋の話。

栗東の諏訪佐市厩舎にニシノカブトザンと言う三歳がいた。(現表記で二歳)

三歳秋に阪神で新馬、中京でカトレア賞を勝ち2勝。
馬主としても当然力が入った。

2勝目を上げた直後、調教師からの電話は当時28歳のわしが受けた。

「ああ、西山さんの息子さんか。ニシノカブトザン順調や。三歳ステークス行くで。親父さんに言うといてや。」

「了解しました。」

で父の西山正行とお付きの山田研児(現西山牧場北海道場長)と、阪神三歳ステークスGⅠに向けて、
出張メンバーの選定、新幹線の手配、ホテルの予約、レストランの予約など、あわただしく準備した。

そして、登録を見たらなんとニシノカブトザンは阪神三歳ステークスではなく、同じ日に中京で組まれていたオープン特別の「中京三歳ステークス」に登録されていた。

諏訪佐市調教師の言う「三歳ステークス」は、阪神ではなく、中京三歳ステークスだったのだ。

確認ミス以外に何物でもない。
ちなみにニシノカブトザン中京三歳ステークス優勝でした。

これに近いことが、最近でもあり、わしはもう何週目ではなく、何月何日、どこの競馬場の距離を確認している。

こんなやりとりもある意味馬主の楽しみですね。