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8/5(水)
なんか父の西山正行の夢をよく見る。
札幌の夜の想い出が大きいのか、よく札幌にいる。
昭和59年6/30日(土)
西山正行、西山茂行、成田隆好、当時西山牧場場長の常盤峰夫。
4人は西山正行定宿の札幌パークホテルにチェックインして、
18:00から札幌パークホテルの中華レストランへ。
翌日の札幌記念に出走するニシノライデンの伊藤修司調教師、星川泉士調教師、田所秀雄調教師たちと夕食会。
他にも調教師は何人かいたが忘れた。
20:00二次会へ。
当時あったグランドキャバレー【ニューミカド】。
ゲストは欧陽菲菲。雨の御堂筋をヒットした歌手。
ここから西山正行と仲の良かった札幌の馬主、高山幸雄さん、山石祐一さん、高田喜嘉さんたちと合流。札幌の夜。
欧陽菲菲の1回目のステージが終わり、西山茂行や成田隆好の若手は失礼した。
昭和33年生まれのわしは当時26歳。
なんか、札幌の夜が楽しかった。
あれから42年経った今でも西山茂行の輝いた想い出である。
西山正行は松岡正雄さんとも親しく、この人とはよく札幌の寿司屋に連れて行かれた。
『松寿司』という階段上がって二階の店だがよく覚えている。
はまちが美味かった。
翌日の札幌記念はニシノライデンは5着。
当時はダートのハンデ戦。
初の古馬との対戦で5着は上出来だった。
翌日の月曜日は札幌ゴルフ倶楽部輪厚コースでラウンド。
風が強かったことしか覚えていない。
今、西山茂行は札幌へ行くと、長男や長女と【たる善】と言う寿司屋に行く。
息子や娘が何十年かして、わしとの札幌の想い出を語ってくれる日は来るのか?
ニシノライデン鳴尾記念優勝写真。昭和60年。
新潟3R2歳新馬戦
ニシノトラノスケ
(千葉・菊沢)
大外枠⑬から4コーナーで追い出して、直線抜け出す。
強いメンバーの新馬戦をよく凌ぎきりました。
単勝3,990円。
京成杯G III勝ち馬で皐月賞、ダービーに出走したニシノエージェントの弟。
ニシノエージェントは喉なりで競走馬を断念したが、西山茂行をダービーのパドックに立たせてくれた功労馬として、売却せずに、西山牧場で引き取った。
その恩返しをくれたのかな。
わし点滴中で、右腕は使えないが、たくさんのお祝い電話やLINE。
いろんな方に失礼しました。
新馬戦勝ちは嬉しいなー。
8/1(土)
8月に入りました。
3/16(月)の入院だから、5ヶ月。
途中何日か、休薬日として仮退院した日もありますが、まあ長い入院生活です。
「白血病」は昔は助からない病気でしたが、今は早期発見なら助かる可能性があります。
約半年の抗がん剤治療に耐えられる体力と精神力が必要不可欠です。
抗がん剤点滴を5日間集中的にやり、白血球を下げます。
そして正常な白血球が自然増加してくるのを待ちます。
それを4回繰り返します。
今は4度目を終えて、その白血球が下がりきったところ。
来週か、再来週から白血球が上がり約2~3週間かけて、正常になったら寛解です。
ところが、なかなかそうもいかないのがこの病気です。
熱発からの肺炎へ行くのが1番心配な注意です。
赤血球と血小板の下落で輸血。
リンとカリウムの不足により補う点滴。
この辺も要注意。
そして、吐き気とめまい。
高齢の方で治療に耐えられなくなる方もいます。
ただただ強い精神力が必要です。
あと、退院して、あれをやろう、これをやろうと言う強い目標がないと心がもちませんね。
わしは見たい競馬がたくさんある。
会社は小暮正治社長や息子に任せたけど、まだ個人の資産の整理もある。
食べたいもの、会いたい人、たくさんいます。
絶対に生還する、と言う強い意志は崩していません。
今、白血球が少なく、他人と会えないので、面会謝絶。
けっこう寂しい日々を重ねています。
しかし、8月中の退院を目指して、耐えます。
昨日、親友の馬主、村上卓史さんより東京ドーム⚾️のウマ娘広告の写真をいただきました。
これは励みになります。
7/23(木)
7/5(日)から7/20(月)までの仮退院(休薬期間)を終えて
7/21(火)から◎◎病院に入院しました。
白血病は治療に時間のかかる病気ですが、四半世紀前までは不治の病でした。
現代医学では早期発見なら助かります。
ただし、他の病気と違い、ものすごく強い精神力と体力が必要です。
わしはなんとか生きて生還するつもりです。
この治療期間に姉が亡くなり、田村康仁調教師も逝去。
時間の経過にいろいろ考えさせられます。
西山茂行はまだまだやらなくてはならないことがたくさんあり、今はまだ病に負けるわけにはいきません。
もう抗がん剤治療が始まりました。
🅰️医師、🅱️医師と心強い優秀なドクターが診てくれているので、もう任せるだけ。
昔、大好きな歌で🎤
【命預けます】歌・藤圭子
今はそんな気持ちです。
寛解して、退院したら、行きたいところ、会いたい人、たくさんあります。
仮退院中、大好きな赤坂の街
姉の墓参り
お見舞いに来てくれた女子プロレスラー桜井麻衣
7/19(日)
今まで、遺族の意向で公表せずにいたが
わしの唯一の兄弟、姉の西山真美子が6/1(月)未明、肺がんのため、旅立った。
享年76歳。
6/4(木)お通夜
6/5(金)告別式
(故人の意向により、完全密葬の家族葬、香典、生花辞退でした。)
思えば、1番長い付き合いだった。
きちんと距離感を保ちながら、しょっちゅう喧嘩もしたし、怒鳴り合いもした。
しかし、お互いが1番分かり合えていて、実はすごく仲は良かった。
想い出を語り出したら止まらない。
3人の子供と4人の孫に囲まれて、最後は楽しそうだった。
西山茂行はちょうど休薬期間だったので、5/31(日)の亡くなる直前に会えたし、
6/1(月)の亡き骸にも会えた。
お通夜と告別式は入院のため参加できなかったので、
この休薬期間に四十九日法要と納骨があるので、なんとか参列したかったのだが、
体調が万全ではなく、欠礼した。
送ってやりたかった。
あちこちで姉は
『茂行が白血病になったのがショックで。』
と言っていた。
西山真美子の長い闘病生活を見てきたので、ほんと、お疲れ様でした。としか言葉は無かった。
西山家の始まりは
西山正行
西山いね子
西山真美子
西山茂行
太田静江(遠縁)
の5人から。
もはや生存しているのは西山茂行のみか。
わしはきちんと病気を治して、西山家のこの先を見守ります。
2月の姉の誕生日。これが最後の写真かな。
セイウンスカイ皐月賞優勝🏆
セイウンスカイ菊花賞優勝🏆
2017年
2009年
小倉2R
ニシノフランケン
(北出・亀田)
後方待機策から、直線大外一気に差し切る。
2戦目の2歳馬とは思えない、優秀な競馬でしたー。
父タニノフランケルはウォッカの子。
あの切れがこの馬にあった。
この勝ち方、メンバーを考えると、来年のクラシック参戦が頭に浮かぶ。
次走、大事に行きましょう。
小倉1R
障害未勝利戦
セイウンパシュート
(上原博之・五十嵐)
障害2戦目にして楽々と逃げ切る。
アパパネの甥。騸馬になったので、集中して競馬ができるようになった。
もしかしたら・・・・感がある。
2番人気、単勝4,2倍。少し取りました。
まだまだ先がありそうです。
西山茂行は休薬期間で、自宅でグリーンチャンネル観戦。
2週間の休薬期間で、そろそろ疲れが出てきたか。
























