表題の私の考えを示すにあたって、私が治療に携わらせていただいている方お一人の例を挙げさせていただきました。
「遠隔転移したら全身病」
「遠隔転移したら、もう全身にがん細胞が散らばっているから治らない」
「遠隔転移したらあとは延命治療しか出来ない。」
よく耳にする言葉ですが、私はその様な事を信じていません。
生物学的、基礎医学的、また臨床的に、それが正しくないとする根拠は幾つも挙げられるのですが、それが正しいとする根拠が、私が調べる限り見当たらないからです。
「遠隔転移は全身病?」
ほとんどの乳がんの遠隔転移はそうでは無い、と私は考えています。
「そんな事言っても、例に挙げた患者さん、遠隔リンパ節転移して、そのあと肺転移もしてきたじゃないか。」
と言われるかもしれません。
多くの方がこの現象を、乳がんの遠隔転移は全身病だから、と捉えるかもしれません。
確かに、遠隔リンパ節転移して、その次に肺転移されました。
そのうち肝臓や骨にも転移してくるんじゃないか、と心配になるかもしれません。
確かにその可能性はゼロではありません。
しかし、基礎医学的には、
「遠隔リンパ節転移したら、全身病。
そのうち肺転移や肝転移、骨転移してくる。」
は明確に否定されています。
何故なら、
「少なくとも私の知る限り、遠隔リンパ節転移、肺転移、肝転移、骨転移、脳転移は、明らかにその転移機序が異なる。」
からです。
下の図は以前にも出した事があります。
Hoshino A, et al, Nature, 329-35, 2015.
上の図は、肺転移と肝転移が起こる機序の違いを示しています。
本来、肺転移するがん細胞は、肝臓に転移する事が出来ません。
肺転移するがんは、肺転移しか出来ません。
肝転移するがんは、肝転移しか出来ません。
よって例えば、肺転移と肝転移があった場合、なおかつ先に肺転移があり、後に肝転移が出てきた場合、
①それぞれにしか転移出来ない乳がん細胞がそれぞれの臓器に転移した。顕性化した(検査や症状に見えてきた)タイミングが、たまたま肺が先で肝臓が後だった。
②先に肺転移出来る能力を獲得して肺転移した。その後の治療が無病状態を目指すものではなく、長らく転移が存在し続けたために、新たに肝転移する機序を獲得してしまい、肝転移してきた。
このどちらかが考えられるかと思います。
私が挙げた例での私の判断は、
「再発時、遠隔リンパ節転移をする能力のみを獲得した乳がんが、後頚部、鎖骨上、鎖骨下リンパ節あたりに限局して再発してきた。」
と捉えました。
ある程度広範囲であり、さらに顕性化していないリンパ節転移がさらにその周囲にまで達している、と考え全身治療を優先しました。
その後肺転移が左肺に1個出てきました。
これは、
①元々肺転移する能力のあるがんが既に肺に転移していたが、顕性化してくるのに(これまでに様々な治療が続いていたことより)かなり時間を要して出てきた。
この場合、ほとんどの肺転移は、顕性化してくる前に死滅したが、1個のみ耐性を獲得して生き残っていた。
②遠隔リンパ節転移巣の中から、分裂増殖していく過程で遺伝子変異し、新たに肺転移出来る能力を獲得したものが死滅する前に肺に転移して、それが出てきた。
の2つの可能性を考えました。
いずれにしましても、これまでの治療に抵抗性を獲得している可能性があり、なおかつそれがまだ1個だと言う事と理解しました。
このまま別の全身治療を続けても耐性を獲得している可能性があり、その場合大きくなるにつれて細胞がばらけてきて、遊走能により多発転移として広がる事が予想されます。
初発からおよそ14年、遠隔リンパ節転移からおよそ4年経って、広範囲転移なら多数出現しているはずであるが、1個しか出てきていません。
これこそが、いわゆるオリゴメタスターシスと判断して、直ぐに切除していただく判断をした理由です。
「遠隔転移しても遠隔臓器の局所の病気?」
これが転移初期の状態に近いと考えています。
転移が進展してくるとやがて広範囲多発病変へと進展していくものと考えています。
以上より、私の応えは、
「遠隔転移は、各臓器の局所病変であり、少数であれば、遠隔臓器で局所の病変、早期の転移は局所病変の可能性が高く、増大に伴って悪性化し全体の病変となってくる。
また場合により、増殖時の遺伝子変異により、他臓器への転移能を新たに獲得する可能性がある。」
となります。
そしてまとめると、
「遠隔転移は、他臓器局所の病変のこともあるし、臓器全体の事もある。
個体内でも、他臓器局所病変の事もあるし、広範囲多発病変の事もある。
適切な治療により、広範囲多発病変を限局性少数病変にする事も出来るし、がんに耐性を獲得させ、また悪性化させて広範囲多発病変に進展させてしまう可能性もある。」
となります。
だからこそ私は、遠隔転移の根治を目指す場合、少なくとも早期の対応が非常に重要であり、場合によってはその後の運命を左右する分岐点となる可能性がある、と考えています。
また、たとえ多発広範囲の転移となっていても、適切な初期治療により、多くの悪性化した乳がんを大人しい乳がん(薬剤感受性や放射線感受性が高い状態、あるいは限局化し外科的切除やマイクロ波焼灼術が有効な乳がん)に戻せる可能性があると考えています。
私は、たとえ進行乳がんであっても、1人でも多くの方が、その病状から解放され、ご家族や大切な方々と楽しく幸せに過ごされる事を、そして楽しい未来を描きつづけられる日が来る事を心より願っています。