もしかしたら実話になるかもしれない作り話 第2話 ⑧
一方、映像室では次の裁判の上映が始まろうとしていた。スクリーンには「判決投票の結果が出るまでの間、初公判のVTRをご覧ください。」の字幕が出ていて、そのあとブザーが鳴り、VTRが流れる。
法廷には大谷と椎名が座っていた。そこに被告人が入廷してくる。被告人は小学生ぐらいの少年だった。少年には女性の裁判官が付き添っていて、女性はカメラに向かって挨拶する。
大谷:「今回の裁判は、被告人が未成年のため、私たちの意見や被告人の意見を伝えやすくする事と、被告人に精神的苦痛を与えないようにするため、女性裁判官を付き添わせています。では裁判を始めたいと思います。」
女性裁判官:「今から裁判を始めるから、お話をよく聞いてね。」
少年:「はい。」
大谷:「被告人は、今年8月に男女のカップルを狙った連続放火殺人の罪で逮捕されました。これは間違いありませんね。」
女性裁判官:「あなた、男の人と女の人たちに火をつけて燃やしたでしょ。それがどういうことかわかる?」
少年:「・・・うん。あれ、人殺しなんだよね。」
女性裁判官:「そうよ。」
少年:「でもあれはお姉ちゃんの・・・・・。」
女性裁判官:「ちょっと待って。これからそのお話をするのよ。」
椎名:「お姉さんの仇を取る、それがあなたの犯行動機ね。」
少年:「はい。」
女性裁判官:「どうしてあんなことをしようと思いついたのか、話してくれる?」
少年:「はい。ぼくのお姉ちゃんは、去年エイズで死にました。お姉ちゃんは交通事故に遭って手術したけど、お父さんがお医者さんに聞いたら、手術に使った血の中にばい菌が混ざってたって言ってました。お姉ちゃんが死んだことはテレビのニュースになってて、病気のことも言ってた。そしたらテレビに男の人と女の人がたくさん映ってて、こいつらがばい菌を持ってるんだと思いました。それでお姉ちゃんの仇を取ろうと思いました。」
大谷:「お聞きいただいたように、犯行動機や警察での取り調べの様子と、被告人の年齢を考慮して、被告人の精神鑑定を行いました。その結果がこちらです。」
大谷がパソコンを操作すると、法廷内の大きな画面に調査結果が映る。
大谷:「被告人の家族構成は父親と祖母、被告人とその妹の4人です。父親は外資系企業に勤めていて海外出張が多く、自宅にいないことが多かったそうです。」
椎名:「また、被告人の母親は被告人が4歳の時に死亡、そして8歳の時には先ほど被告人本人が話していたように被告人の姉が交通事故に遭い、手術を受けましたが、その際使用した血液がエイズウィルスに汚染されたものだとわかり、姉は1か月後に死亡しています。」
大谷:「被告人の姉の死亡については、マスコミの報道もありましたが、マスコミ関係者はプライバシー保護のため名前はふせて報道していたので、問題はなかったと証言しています。」
椎名:「しかし、どこかで情報が漏れていたようで、被告人の姉の死のことで、被告人は学校でひどいいじめを受けていて、登校拒否を起こしています。」
大谷:「これらの調査内容から、児童心理学の専門家は被告人の生活環境が事件を引き起こす要因である可能性が高いと指摘しています。」
少年:「まだ終わらないの?早く出してよ。ぼく行かなきゃ。」
女性裁判官:「お話はまだ終わってないのよ。もうちょっと待とうね。」
少年:「あいつらをほっといたら、みんな死んじゃうよ。」
椎名:「そんなにお姉ちゃんの仇がとりたい?お父さんとおばあさんはあなたがやったこと、なんて言ってたのかしら。」
少年:「・・・・・家におまわりさんが来た時、お父さんもおばあちゃんも泣いてた。妹も泣いてた。お父さんが、お母さんとお姉ちゃんが天国で泣いてるって言ってた。」
椎名:「お父さんもおばあちゃんも、天国のお母さんとお姉ちゃんも、あなたには仇を取るなんてそんな怖いことはしてほしくなかったのよ。」
少年:「ごめんなさい。」
初公判のVTRが終わり、スクリーンには「判決投票の結果が出ました。」の字幕が出る。再び法廷が映り、法廷内には大谷と椎名、被告の少年と付添いの女性裁判官が席についていた。
大谷:「判決投票の結果が出ましたので、本日は被告人の有罪無罪、そして刑罰が言い渡されます。」
椎名:「それでは結果を見ましょう。」
大谷がパソコンを操作すると法廷内の画面に円グラフが映る。円グラフの数値は有罪が51%で無罪が49%だった。
大谷:「わずかな差ですが、被告人は有罪ということですね。」
椎名:「次に被告人の刑罰についてですが、少年法の廃止により未成年者も成人と同じ刑罰を受けることになっていますが、判決投票者の中に心理学者や精神医学の専門家がいて、その方たちが未成年者の更生についていろいろご意見をいただきました。」
大谷:「そこで他の専門家とも協議した結果、刑務所内に未成年者用の更生施設を新設することになり、今回の裁判の被告人はその新しい更生施設への収監が決定しました。本日はこれで閉廷いたします。」
裁判が終わり、大谷たちが法廷から出てくる。
椎名:「お疲れ様でした。大谷さん。」
大谷:「お疲れ様でした。」
そこに女性裁判官に付き添われて少年が法廷から出てくる。
女性裁判官:「大谷さん椎名さん、お疲れ様でした。」
椎名:「お疲れ様です。」
大谷:「お疲れ様です。君もよく頑張ったね。お疲れ様です。」
と言って少年の頭をなでる。
少年:「僕、牢屋に入れられるの?」
椎名:「そうね。そういうことになるわね。牢屋とは全然違うんだけど、あなたはこれからとても大切なお勉強をしないといけないのよ。」
少年:「ええっ!勉強?」
椎名:「大丈夫。楽しくてわかりやすいお勉強にするわ。その先生、というよりお父さんとお母さんが私とこの人。私は椎名優子。よろしくね。」
大谷:「私は大谷昌徳。よろしくね。今日から私たちが君のお父さんとお母さんだよ。」
少年:「お父さんとお母さん。」
大谷たちが少年と握手する。
椎名:「そうだ、あなたの名前、まだ聞いてなかったわね。」
少年:「僕、高橋アキラ。」
椎名:「高橋アキラくん。いい名前ね。私たち・・・お父さんとお母さんはまだお仕事があるから、またあとで会いましょうね。」
少年:「うん!」
少年は笑顔で元気よく返事する。そのあと少年は女性裁判官に連れられ裁判所の廊下を歩いていく。椎名と大谷は懐中時計を見ながら少年の様子を見ていた。
もしかしたら実話になるかもしれない作り話 第2話 ⑦
映像室ではどよめきが起こっていた。
安藤:「被害者のお兄さん!」
裁判官(男):「被害者家族と連絡を取ることを怠っていましたね。」
緒方:「はい。」
裁判官(女):「警察への通報も、事件が起きてからかなりの時間が経過していますね。」
緒方:「はい。病院スタッフには、私が事を終わらせるまで警察には通報するなと伝えました。そのあと、自首するつもりでしたから。」
裁判官(男):「被害者の家族との連絡を怠ったことについては?被害者に兄弟がいることは知っていましたよね。」
緒方:「それは・・・。被害者の治療中、彼は何度も兄は自分を見捨てた、助けてくれなかったと話していたからです。そんな時に被害者の兄と連絡を取ったら、最悪の状態になるのではと思い、躊躇してしまったんです。」
裁判官(男):「しかし、実際はそうではなかった。」
緒方:「・・・・・・・はい。」
突然訪ねてきた平川の兄を見た緒方は言葉が出なかった。緒方は黙ったままベッドに目を向ける。
平川の兄:「先生、それは・・・。オサム?オサム、お前・・・・・・。」
平川の兄は平川の遺体にかけより、泣き崩れる。
平川の兄:「オサム、ごめんな。助けてやれなくてごめんな。俺も幼いころ、親父から虐待を受けていたんだ。とにかく親父が怖くて、逃げることしか考えてなかったんだ。お前は俺が殺したも同然だよな。許してくれ。許してくれ、オサム!」
緒方:「私は、今までのことをすべて被害者の兄に話し、自首しました。私が被害者の兄と連絡を怠っていなければ、事件は起こらずに済んだんですね。病院スタッフも失わずに済んだんですね。本当に悔やんでも悔やみきれません。」
映像室では観客のほとんどが泣いていて、なかでも増井の夫は一番大泣きしていた。
スクリーンには「判決投票の結果が出ました。」という字幕が出ていて、そのあと法廷の映像が映る。法廷内のテーブルにはVTRに出ていた裁判官2人と緒方が席についていた。
裁判官(男):「判決投票の結果が出ましたので、その結果をもとに被告人の有罪、無罪、そして刑罰が言い渡されます。」
緒方:「しかるべき措置をお願いします。」
裁判官(女)」:「それでは結果を見ましょう。」
テーブルの横の大きな画面に円グラフが映り、判決投票の投票数をカウントしながら円グラフの色が変化していく。もう少しで判決結果が出るというとき、
柿沼:「あのー。裁判の途中で申し訳ないんですけど、見学の終了時間なのでみなさん外に出てください。」
梶田:「ええー!もう終わり?」
安藤:「あともうちょっとで判決が出るんだから、もう少しここにいましょうよ。」
柿沼:「ここ、時間にうるさいんですよ。判決の結果は必ず後でお教えしますから。」
増井の夫:「絶対におしえてくださいよ。」
柿沼:「はい。わかりました。」
柿沼たちは裁判所を後にする。一行が裁判所の出入り口まで来たとき柿沼は携帯でどこかに電話をかける。すると、まるでそれが合図のように裁判所の自動ドアが開き、柿沼たちは外に出ていく。
もしかしたら、実話になるかもしれない作り話 第2話 ⑥
緒方が廊下に出てみると、患者や病院のスタッフが血だらけで倒れていた。平川は患者に馬乗りになり、何度もメスを突き立てていた。病院のスタッフは、平川を恐れて手が出せず、病室の扉を少しだけ開けて様子をうかがっていた。
緒方:「平川君。」
血まみれの平川が緒方に気付く。そしてゆっくりと立ち上がり、鋭い目つきで緒方を睨みつけた。
緒方:「普段の被害者はとてもやさしい好青年なのに、あの時の彼は、まったくの別人でした。殺されると思いましたが、私は彼の主治医なので、私が彼を止めるしかないと思いました。」
緒方はゆっくりと平川に近づいていく。
緒方:「平川君、もうやめろ。」
平川:「俺の名前はビルだ!」
緒方:「ビル。」
平川:「お前ら、絶対に許さない。ぶっ殺してやる。」
緒方:「いいか、よく聞くんだ。君の名前は平川オサムだ。思い出せ。私と一緒に治療を受けよう。」
平川:「殺してやる。」
緒方:「思い出せ、平川君。」
平川:「殺してやる。」
緒方は、後ずさりしようとして倒れた患者につまずき転んでしまう。
平川:「殺してやる。」
緒方:「オサムー!」
緒方が平川の名前を叫んだ瞬間、平川に自分の人格が戻る。平川は血だらけの自分に気づき、悲鳴を上げ、怯え始める。そこに病院スタッフが駆け付け、平川を取り押さえる。
平川:「先生。これ、ビルがやったんでしょ。ずっと言ってたじゃないですか。僕をこのままにしてたらダメだって。取り返しのつかないことになるって・・・・・・。」
緒方:「・・・・・わかった。君の言う通りにしよう。」
平川は、緒方の言葉にうなずき微笑んだ。
裁判官(男):「それで被告人は、被害者を安楽死させたんですね。」
緒方:「はい、そうです。」
映像室ではすすり泣く声が聞こえ、柿沼たちもハンカチで涙をぬぐっていた。
緒方は診察室で平川の顔に白い布をかぶせ、手を合わせていた。そこに男性が訪ねてくる。
男:「あの・・・緒方先生の診察室がここだと聞きまして。緒方先生はおられますでしょうか。」
緒方:「緒方は私ですが、あなたは?」
男:「ああ、紹介が遅れてすみません。私は緒方先生にお世話になっている平川オサムの兄で平川国男と申します。」