テムズ河の潮汐を眺めつつ -51ページ目

Freedom Moses(フリーダムモーゼ)のサンダル

Freedom Moses(フリーダムモーゼ)のサンダルを買った。カラフルで軽くて丈夫な所が数年前に流行ったCrocs(クロックス)のよう。PCUという環境に優しい素材を使い空圧で型に押し入れて製造するそう。ベルトの部分はベルト風なだけで実際は全部一体になっている。

 

創業者のSara Gurt(セーラ・ガール?)さんはフランス出身で、ロンドンのアートカレッジと靴製造専門のカレッジで勉強した後に様々なブランドで14年程働いた。その後イスラエルに移住してこのモーゼという靴会社を2013年の6月に興したそう。これはホームページからの情報だ。

 

 

これがホームページのスクリーンショット。おしゃれ〜。

 

 

これが私が今回購入したの。上の写真と大分印象が異なる。足が違うから仕方ないか。別のサンダルの日焼け後がばっちりだし。・・・正直私がはくと日本の居酒屋さんでトイレ用に置いてある茶色のゴムサンダルみたいだわ。それは便所サンダルと呼ばれ愛好者の方々も居るらしい。

 

便所サンダルが好き 穂垂 ´_ ゝ`)さん

ベンサン.JP 便所サンダル専門店

 

 

グーグルイメージ検索で「便所サンダル」を入力すると出る画像。

 

さて、モーゼのサンダルに話を戻そう。私の普段の靴のサイズはイギリスの5か5,5。38/39で大丈夫だった。でも踵側のバンドはやや大き過ぎて足の甲との間に指1本が入る。ま、歩くのに支障はない。主に庭に出るのに使う事になるだろう。ホリデー先の室内履きとしても良さそう。

 

「牛乳と蜂蜜の匂いがする。」という宣伝文句だがこれはブランド名のモーゼ(モーセ)の逸話に引っ掛けたのだろう。荒野を40年彷徨った後に乳と蜜の流れる場所という約束の地カナンまでもう少しの所で亡くなったという。実際は良い匂いだけど牛乳でも蜂蜜でもない匂いだ。

 

South Western Railwayブランドの水

 

正午頃にウォータールー駅で救急隊員のような緑色の制服を着た人2人が無料の水を配っていた。ダイヤに乱れがあって乗客が長時間待ってる訳でもないし、気温も22度位で大して高くない。なので「なぜこのタイミングで配っている?」と思いつつも1本頂いた。

 

私の推理は以下の通り。「通勤客へのサービスとして用意していたペットボトルの水が8月の低温の為に余ってしまった。消費期限が近いか期限がに問題がなくても来年の夏までの保管料が嵩む。それならば余り必要ない天気だけど配ってしまおう。」合っているかな。

 

 

グーグルイメージ検索でparamedic green uniformと入力すると出てくる映像。

 

GCSE試験の結果発表

イギリスではGCSE(義務教育卒業レベルの試験)の結果発表の日だった。試験は5月から6月にかけて行われて結果が発表されるのが2ヶ月後とは随分時間がかかるなと思う。

 

香蓮は午前中に学校に行って結果を受け取り友達と見せ合い、お世話になった先生方には気持ちばかりのプレゼントをお渡しした。電話しても「直に会うまで教えない!」と焦らされた。

 


結果発表記念のランチの待ち合わせはロンドン・ブリッジ駅で。透が先に来ていて彼も香蓮に電話したけれど結果を教えて貰えなかったそう。そこにジャジャーンと香蓮が登場した。

卒業記念に作った卒業生のジャンパー(School leaver's Jumper)を着ている。17の部分には卒業生全員の氏名が印字されている。前側は左胸に校章のワッペンが付いている。

 

さて、レストランで席に着いて乾杯してからいよいよ香蓮が封筒からGCSEの結果を取り出した。Bが4つ3つAが4つ5つA*(A star)が2つで本人としてはまあ満足しているというので何より!

香蓮の年からあまり準備期間もなく英語2科目と数学の評価の仕方が変わった。これまでは全ての科目で成績が良い順にA*、A 、B、C、D、E、F、Gというアルファベットでの評価だったのが、9から1という数字での評価に変わった。大学や就職先で選考対象になるにはアルファベット式ではC以上、数字式では4以上を取る必要がある。評価の対象も変わった。以前は最後のテストだけではなくて学期中のコースワークも評価の対象だったが、現在は音楽とか美術とか芸術系の科目以外は最後の試験のみが評価の対象になった。

あたらしい数字式評価はピンと来ないのでみんなそれをアルファベット式に換算して結果の話をしている。香蓮も実は4つ3つのBの内の3つ2つは6という評価だ。

English Literature 6 (B)
English Language 6 (B) 7(A)
Math 6 (B) 

Core Science (Physics Unit 1, Chemistry Unit 1, Biology Unit 1) A

Additional Science (Physics Unit 2, Chemistry Unit 2, Biology Unit 2) A
History A
ICT (Information Communication Technology) A*
Geograpy A*
Art A
Music B

 

English Languageは先生がもう少し上の成績ではないかと感じて、再採点を申請してくださっている。採点し直しで点数が上がったら7 (A)の評価になるはず。

 

この結果を持って明日進学を志望する6th Form Collegeに入学手続きをしに行く。

 

9月7日の追記:

香蓮の学校から「 再採点の結果English Languageの評価が6(旧評価のBに相当)から7に(旧評価のAに相当)なった。」と連絡があった為、上記の記事を一部訂正した。 GCSEの結果はこれから就職活動の時などにも参考にされるから結果が少しでも良くなるのは嬉しい。香蓮は先生にEnglish LIteratureの再採点の申請もお願いしたそう。

 

カッセクルート(Casse-Croûte)

 

友人の誕生日のお祝いにCasse-Croûte(カッセクルート)でランチをご馳走した。彼女のはハトのウェリントングリーンビーンズ添え。ウェリントンは肉をみじん切りのマッシュルームで覆ってパイを被せて焼く料理だ。

 

 

私のはカモのグリルで赤キャベツのコールスローサラダ付き。コールスローサラダにはヘーゼルナッツとベーコンも味と食感のアクセントになっている。マッシュポットは焦げてるしドライでおいしくないので残した。

 

開店したての頃に2回行ってその時の感想は「おいしい。でも量が少ない。」だったのだけど、今回は驚くほどの量!私も友人も前菜頼んでたら絶対に食べきれなかった。この日は夕食時になってもおなかが空かなかった。

 

過去記事

2013年09月25日 カッセクルート(Casse-Croûte)

2013年07月16日 カッセクルート(Casse-Croûte)

 

エールとYell(イェル)

 

ネットサーフィン中にこんな広告を見つけた。エールって変わった名前だな、イギリスに住んでいるとエールと言われるとAle(ビールの一種)の綴りの方を連想するけどYellなんだ。でもYellって単に大声をあげるとか更にはもっとネガティブな怒鳴るって意味だけど。怒鳴る市場?どうして・・・。

 

ここではたと思い当たった!このエールは「エールをおくる」という表現の中のエールだと!声援をおくる時に英語ではSend yellとは言わない。Cheerだ。Yellに誰かに声援をおくるというポジティブな意味はないので店の名前としては違和感がある。そしてエールよりイェルの方が元の発音に近い。

 

ま、日本向けの広告だからエールで正しい。私もずっと日本に住んでいたら何も不思議に思わなかったはず。今回カタカナのエールとYellが結びついて感動した。他の言語から音写したカタカナを漫然と使っていて、元の言語について全く考えてないのが他にもありそうだ。

小樽みやげのしょうゆ差し

 

右は北一硝子の調味料入れ専門店さしすせそ(なんという良い名前!)で買ったしょうゆ差し。

左はのロンドンのスーパーマーケットで買った物。液だれするのでこんな状態で使っていた。

中身の醤油が切れたのでいよいよ北一硝子のを出して使ってみた。宣伝通り液だれしない!わ〜い。

 

しょうゆを入れてしまって見えにくいけれどひび模様が入っている。シンプルな形が気に入っている。

 

 

子ども達はイーストボーンへ

パーリーの透の伯父の家に行きそこでお茶と隣家のパーティーの余り物という

おいしいイチゴチーズケーキをいただきながらしばし歓談した。

そこにはイーストボーンから透の母、姉、姪も来ておりおみやげを渡した。

そして子ども達も。香蓮は来週一杯滞在後自力で列車でロンドンまで戻る。

義理の姉も休暇を取って一緒に映画や観光に連れて行ってくれる。ありがたい。

響はもう一週間滞在した後に義理の姉が我が家まで車で送ってくれる。

 

 

家の近所に戻りまずは一杯!

 

 

なんだか毎回同じものを注文している。だって安定しておいしいんだもの。

 

『二人の可愛い逃亡者』(Escapade in Japan)

土曜日の朝に寝坊して起きてテレビをつけるとしばしば古い白黒映画がかかっている。

今日の映画はEscapade in Japanで直訳すれば日本逃亡冒険譚。邦題は『二人の可愛い逃亡者』だ。

今から5日間はイギリス在住の人はBBC iplayerで見られるのでこちらからどうぞEscapade in Japan

 

1957年製作のアメリカ映画で、トニーというアメリカ人の男の子が日本のアメリカ大使館勤務の両親の所まで

マニラから単身飛行機に乗って行って合流しようとするも途中で海に不時着するという出だしだ。

 

全編作り物のハリウッドでのスタジオ撮影だったらチャンネル変えようと思いつつ見ていたら

海に不時着後に日本の家族経営の小さな漁船に拾われた。ちゃんとロケ撮影された漁村のシーンがあった。

1957年といえば終戦からまだ7年しか経っていない。その頃の日本の様子が見られて面白い!

いや、もちろん物語だからドキュメンタリーとは違うけどそれでも当時の雰囲気はあるのだろうと思う。

私が生まれる13年前の頃。両親は13才と17才だった頃でなかなかアメリカ人の一般人は日本には来ない。

かわいい男児2人の冒険話を言い訳にエキゾチックな外国の風景を見せる娯楽映画だったのだろう。

 

清水寺とか三十三間堂とか法隆寺とか奈良のしかとかはもちろんほぼ変わらず。

でも街中の人の洋服や看板なんかは違うね〜。駅のプラットホームのお弁当売りの人なんて今は珍しい。

そう言えば昭和の頃は列車の旅のお供に冷凍みかんとか買ってたけれどもうないよね。

あ、あとズレるけど飛行機や長距離バスから嘔吐するのに使う用の紙袋(エチケット袋)が消えたのはいつ?

 

日本の家族経営の漁船に救出されたトニーはそこの家の2つ3つ年上の男の子の勘違いで

東京から両親が迎えに来る前に警察に捕まりたくないと2人で逃避行を始める事になる。

それでまずは京都、修学旅行中の小学生のグリープに紛れ込み、再度列車に乗り奈良に向かう。

途中食料は持っていないので通りすがりの家や京都の置屋や列車中のアメリカ兵に恵んで貰ったりする。

 

物語的にはそんなにスリルがある訳ではないけれど背景の人や街を見ているだけでとても楽しかった!

 

映画を見ただけでは気がつかずにこの記事を書くのに調べて分かった事(見直して確認はしていない)。

トニー役のJon Provostはその後テレビドラマの『ラッシー』に出ていた。

ヒコ役のRoger Nakagawa(中川達郎)は日系三世で日本のアメリカンスクールの児童だった。

ヒコの母親役の三宅邦子は『東京物語』その他の小津安二郎監督作品にも出演していた。

クレジットなしでクリント・イーストウッドが捜索機のパイロット役で出演していた。

 

調べても分からなかったのがトニーとヒコにお弁当を分けてあげる日本の小学生の女の子の名前だ。

 

友人宅での料理持ち寄りパーティーとそこまでの紆余曲折

 

 

 

 

友人宅での持ち寄りパーティー、ご覧の通りの見た目もきれいでおいしいお料理が揃った。

昼間からシャンパン片手におしゃべり楽しかった〜。が、そこに辿り着くまでが大変だった。

 

まずは最初に乗ったバスでの他の乗客同士のイザコザを聞かされてうんざりした一件。

 

バスの中程の車椅子とベビーカー優先のスペースは空いていて、中年男性が1人立っていた。

その人は買い物トロリーを持っていたので多分買い物に行く途中だったのだろう、

私と同じ停留所から乗り私を先に乗らせてくれた紳士的な振る舞いをする人だった。

 

しばらくしてベビーカーを押した女性が乗り込んだかと思うとその男性に退けと命令した。

男性は車椅子の人が進行方向逆向きに椅子を置き背を当てる場所にいたけれど、

その先には余裕でベビーカー1台どころか2台駐められるペースがあるのにもかかわらず。

男性が「嫌だ。」と言うと女性は「そこが一番ベビーカーが安定する。そこに置いて私は座りたい。」と。

男性は「ベビーカーから手を離すな。スペースは十分あって自分が退く必要もない。」と言い返す。

そこからは子ども同士のような言い争い。男性は体が不自由という証明書のような物を出した。

バスの他の乗客が「醜い言い争い聞きたくないから黙って。」と言うとそれにも共に言い返す。

 

私はたまたまそのスペースのすぐ側の窓側の席に座っていたので隣の人に頼んで席を立った。

隣の人が窓際に移りその空席にその女性が座ればベビーカーそのままで押さえる事ができる。

でもその申し出は受けずにその女性は男性とお互いに「お前が黙れ。まだしゃべってる!」と続ける。

 

男性は「お前が乗り込んで来るまでは俺は良い気分だったのに。」と言う。確かに。

と、女性は乗り込んで来てからたったの2つか3つめの停留所で降りて行った。え〜〜〜〜〜!

 

男性も女性もF言葉を言わなかった、人種差別や性差別的な口汚い言葉を使わなかった、

暴力に訴えなかっただけましで最低最悪ではない。もっとひどい例はこれまでにも見かけて来た。

女性が尊大に言わずもう少し丁寧に男性に話しかけていたら男性は場所を譲っていたはず。

たった数分の為に人を退かせて禁止されているベビーカー放置をしたがる女性の方が異常だ。

若い健康そうなお母さんだったし体力的に数分でも座る必要があるようには見えなかった。

という事は彼女は元々不幸で不満に思っている事が他にあって喧嘩をしたい気分だったのだろう。

男性と周りで聞かされた他の乗客達は大迷惑だ。その彼女の子どもが一番かわいそう。

 

そんな一件の後は友人宅に辿り着くまでの紆余曲折が。10:30に出てたどり着いたのが13:00過ぎ!

 

順調に電車を乗り継いで駅からバスに乗り友人宅の最寄の何とか病院の停留所で降りるつもりが、

同じルート上の少し手前に他にもう1つ病院があって間違えてそこで降りてしまう。

すぐに次のバスが来たのでまた乗って今度こそと病院前の停留所で降りたが、

なんと大きな病院で停留所が2つあり私は必要なのの1つ手前で降りてしまった。1停留所分歩いた。

友人宅まではそこから徒歩数分、酒屋さんでおみやげのアルコールを買ってから向かった。

辿り着いたのは199 Queen's Roadというリッチモンド・パーク直近の一軒家。(住所にフェイク有り。)

ドアベルを押したら出てきたのは日本人の友人ではなく全く知らない人!え〜〜〜〜〜!

「すみません、友人宅の住所を間違えたようです。」と謝って去る。

 

片手にアルコール、もう片手に持ち寄りの料理。気温が急に上がりカーディガンとコートも運んでいる。

この時点で家を出てから1時間半だったのでショックの余り隣の公園の日陰の芝生にへたり込む。

改めて住所を調べ直してみると実際の友人宅は現在地からバスを2つ乗り継いで約40分かかる!

友人に電話をするも繋がらず、留守電に「向かっているけれど手違いで大幅に遅刻する。」と連絡。

 

炎天下を歩く事数分、1本目のバスの停留所へ。バスはすぐに来たが大混雑でしばらくは座れず。

到着したのはキングストンという裕福なショッピングエリア。だからバスが混んでいたんだな〜。

乗り換えのバス停はすぐ近くだったけれど閉鎖中だったので進行方向次のバス停を目指す。

テムズ河に架かる橋を渡った向こう側のバス停まで10分程歩いてようやく辿り着き、

次のバスの時刻を調べたら無情の24分後。膝から崩れ落ちそうになっていたらバスが来た!

乗り込んでまた友人に電話するも応答なし。「たぶん20分位で到着できる。」と留守電に吹き込んだ。

どうして出ないんだろう、番号間違えて登録してないか確認したけれどこれは合っているよう。

 

友人宅最寄りのバス停で降りてとうとうもう1つのQueen's Roadまで来たけれど・・・。あまり長くない。

番地がとても199番まであるように見えない。通りがかりの人に聞いたら知らないと言われた。

まだ道を端から端まで歩いてみない事には分からないが番地を消費しそうな集合住宅もないし・・・。

 

心を落ち着かせようとまた荷物を置いて路上駐車の車と車の間の歩道の段差に腰掛ける。

友人には来る途中に電話、テキスト、メールでも連絡したけれどこれまで返事がなかった。

友人の電話はまた留守電。「到着したんだけど今いるQueen's Roadは番地が199までなさそう。

私、ひょっとしてまた違うQueen's Roadまで来てしまったのかな?!」とメッセージを残す。

 

道を歩いて199番が見つからなかったら諦めて帰ろうと思っていたら友人から電話が!

そして「ごめ〜ん、番地、199番じゃなくて19番なの!」という衝撃的な情報が朗報が入った。

そして私のこれまでの電話は音楽に紛れて気がついていなかったそう。

たまたま他の招待客が彼女の電話が鳴っているのに気がついてくれたんだって。

なんだ〜、おっちょこちょいは私だけじゃない。これこそ類友ってやつだな〜。

 

そこからはすぐに到着。1時間以上の遅刻だったけれど料理を並べて乾杯の準備中だった。

滑り込みセーフ!乾杯に私も加わり他の人も通りまでは来たけど199番がなくて困ったと聞いた。

もう1人遅れて来る予定の人に誤情報を訂正したくてもみんな彼女の電話番号を知らない!

メールでなんとか伝わったけれど。私も招待主以外の人の電話番号を知らずにかけられなかった。

そこで乾杯後はしばしお互いの電話番号とLineの詳細の交換に時間を費やした。

 

帰りは列車の駅まで招待客の1人が車で送ってくれたので無事にまっすぐ家まで着いた。

 

 

 

札幌からロンドンへ

私達はスーツケース中型3台と大型スポーツバッグと荷物が多い。

前回の里帰りでは流しのタクシー、1台目は止まってくれなかった。

2台目は止まってくれ閉まらないトランクは紐で固定してくれた。

 

今回もまた乗車拒否されてそれが続いたら困るし郊外だしと思って

父に相談してMKタクシーで大型車を1台朝6時に予約して貰った。

大型車はあまり台数がないみたい。取れてラッキーだった。

当日の連絡先が渡せないのが困った。

ホテルと違って民泊には普通電話は付いていない。

Wifiは付いていたからメールやラインで連絡してくれたら良いのにな。

今回はもし予約時間に遅刻したら即父の所に連絡が行くはずだった。

 

約束の5分前に宿泊先の玄関を出るととタクシーが現れて横付けに。

ちゃんと早めに来て待機していてくれていたんだな。安心感がある。

イギリスだとタクシーを事前に頼んでいてもすっぽかされる不安と

遅れて来るんじゃないかという不安が常につきまとう。

時間通り来なかったらどうするって次の手段を考えてしまう。念の為に。

 

 

出発の朝。バイバイ、ベランダからの景色。

 

 

 

 

 

 

 

 

この赤いソファーが開いてベッドになる。

シーツの下に掛け布団1枚敷いても寝心地が悪い。

1台開いても窮屈なのに2台開いたら足の踏み場もない。

 

 

 

ご覧の通り設備は揃っていて割とキレイ、大通りまで地下鉄で1本と交通の便も良い。

反応は鈍いながらもなかったアイロン台も外出中にドアの外まで配達されていた。

だけどベッドの寝心地の悪さと寝室が1つしかないので2回目はないな、ここは。

 

 

開いたばかりの新千歳空港へ。

 

チェックインを済ませた後もまだレストランは開いていない。

なのにチェーンを乗り越え店内に入りまだ消灯中の無人のカウンターの前に並ぶ客いた!

海外からの旅行客だろうな。確かに営業開始時間までもう間もなくではあったけど。

 

後でSNSや掲示板で聞いてみたいと思う1件があった。

大韓航空のチェックインカウンターで日本のパスポート以外に

イギリスの在留許可証を見せろと言われた。

いつから航空会社が入国審査をするようになったの?

日本パスポート、観光目的だったらイギリス入国にビザは不要だ。

ただ私のパスポートの過去の記録からギリス在住なのは明らか。

なので拒否はせずに見せたけど不愉快だった。

「期限はいつまでですか?」と聞かれて。無期限って書いてあるよ。

良く分かってない?その情報、何の為に収集しているんだろう。

 

あ、あとこれはイギリス流に私が慣れすぎてしまったいるからか、

搭乗口のセキュリティーチェックの所で

「少量の液体を持ち込むのに必要なジップロック袋がないなら

向こうの売店で買ってください。」と言われたのに驚いた。

たまたま香蓮がバッグの中に1枚持っていたので助かった。

イギリスでは無料の袋が用意されている。他の国はどうなのかな。

 

その後の仁川空港へのフライトもロンドンへのフライトも順調、

ヒースロー空港からは長期のパーキングエリアのマイカーに戻り帰宅した。

とりあえずは無事に戻れて良かった。今回も日本一時帰国を満喫した。