究極の俯瞰(XⅠX) 天の声(529=1年+164) AI二年(126)光(496)
究極の俯瞰(XⅠX) 天の声(529=1年+164) AI二年(126) 日本国の再生(503) 光(496) 故郷(273) 現役寿命(263) 令和四年(126)
令和四年 2022年01月22日 One Team 三年
閃き!!!
『究極の俯瞰(XⅠX) 震災復興 啓示四百八十六【1年+120日】(平成28年熊本地震復興第二百三/平成30年7月豪雨復興第百四十)/平成30年北海道胆振東部地震復興第百三十六/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百二十六)/COVID-19(第百八)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第九十)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第七十七)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第五十七)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第十八)/令和三年12月米国竜巻イリノイ州 ミズーリ州 テネシー州 アーカンソー州 カンザス州 ケンタッキー州等復興(第七)』(2022年第四信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百七十二弾 One Team 三年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) C15(115)
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう C15(115)
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)XXXⅠ
究極の俯瞰(XⅠX)
1)人間関係を良くするメッセージ ― 氣功の力
人生は人間関係の中で、 未来へ向かい、 前進している。 最近の出来事の中にも、 他者から影響を受け、 終焉を迎えることもある。 本年の始まりに出合った『氣功の世界』繋がりで、 感銘を受けた、 氣功師からのメッセージを紹介したい。
(1)『自己有用感』を満たしてくれる人は好かれる
『自己有用感』: 久し振りに感銘を受けたメッセージ。 自らの思いを他者に的確に伝えるのは、 容易ではない。 その様な中、 大きなヒントとなり、 心に深く響いた。
① 「自分は人の役に立っているだろうか」
「人に頼られるのは気恥ずかしい」
「そんなに私のこと知りたい人いるのだろうか」
⇒ 上記の様な自問自答が起こるときは、 自らの『自己有用感』が満たされた時である。 そして“自己有用感を満たしてくれた人を好きになった”はずである。
⇒ 「恋愛という枠組み」の観点から捉えると、 “おそらくあなたの自己有用感を満たしてくれた人を好きになっているはず”である。
⇒ 「人は自分を必要としてくれる人に好意を抱きやすい生き物である。」
「お母さんだったら、お子さんは必ずお母さんを必要とするので、子供に対して好意が芽生えるのは当たり前。 それはお子さんがあなたの自己有用感を満たしてくれているということが言える。」
「それ故、 “人間関係を良好に保ちたいなら”、 自分の自己有用感は少し脇に置いて、“相手の自己有用感を先に満たしてあげればいい訳”である。」
② 自らのメッセージを上記『自己有用感』をポイントにして、世の中に伝えていきたい。
2)川端康成49歳のときの作品『雪國』に触れて
(1)有名な一節
國境の長いトンネルを抜けると雪國であつた。 夜の底が白くなつた。 信號所に汽車が止つた。 向側から娘が立つて來て、 島村の前のガラス窓を落した。 雪の冷氣が流れこんだ。
→ 読み進むにつれて、 『雪國』の人々の人生模様が描かれ、 特に芸者「駒子」や最初汽車の中で目に止まった「葉子」の生き様に心惹かれていった。
(2)雪の有り様を表わす表現
一面の雪の凍りつく音が地の底深く鳴つてゐるような、 嚴しい夜景であつた。 月はなかつた。 嘘のように多い星は、 見上げてゐると、 虛しい速さで落ちつつあると思はれるほど、 あざやかに浮き出てゐた。 星の群れが目へ近づいて來るにつれて、 空はいよいよ遠く夜の色を深めた。 國境の山々はもう重なりも見分けられず、 そのかはりそれだけの厚さがありそうないぶした黒で、 星空の裾に重みを垂れてゐた。 すべて冴え静まつた調和であつた。
→ 早朝、 氣功と太極拳をやりながら見上げる空と類似するところがあり、 魅力的な表現に引き込まれた。
(3)女の子の表現
十三四の女の子が一人石垣にもたれて、 毛絲を編んでゐた。 山袴に高下駄を履いてゐたが、 足袋はなく、 赤らんだ素足の裏に皸(あかぎれ)が見えた。 傍の粗朶(そだ)の束に乗せられて、 三歳ばかりの女の子が無心に毛絲の玉を持つてゐた。 小さい女の子から大きい女の子へ引つぱられる一筋の灰色の古毛絲も暖かく光つてゐた。
→ 女性(女の子)への観察力と表現力には、 心惹かれるものがある。
(4)葉子と駒子の描写
葉子は勝手働きをしてゐるとみえ、 今まで客座敷へは出ないやうだつた。 客がたてこむと、 炊事場の女中達の聲も大きくなるのだが、 葉子のあの美しい聲は聞えなかつた。 島村の部屋を受け持つ女中の話では、 葉子は寝る前に湯槽のなかで歌を歌う癖があるといふことだつたが、 彼はそれも聞かなかつた。
しかし葉子がこの家にゐるのだと思ふと、 島村は駒子を呼ぶことにもなぜかこだはりを感じた。 駒子の愛情は彼に向けられたものであるにもかかはらず、 それを美しい徒勞であるかのやうにおもふ彼自身の虛しさがあつて、 けれども反つてそれにつれて、 駒子が生きようとしてゐる命が裸の肌のやうに觸れて來もするのだつた。 彼は駒子を哀れみながら、 自らを哀れんだ。 そのやうなありさまを無心に刺し透す光に似た目が、 葉子にありさうな氣がして、 島村はこの女にも惹かれるのだつた。
→ 著者(川端康成)の実体験により、 このような描写が出来るのではないか。 実体験と想像力と表現力、 ノーベル文学賞を受賞するまでになった。 確かに彼の文章は、 読者の心に深く届く力を持っている。
3)カズオ・イシグロの英語表現
It wasn’t long after that I made my decision, and once I’d made it, I never wavered. I just got up one morning and told Keffers I wanted to start my training to become a carer. It was surprisingly easy. He was walking across the yard, his Wellingtons covered in mud, grumbling to himself and holding a piece of piping. I went up and told him, and he just looked at me like I’d bothered him about more firewood. Then he mumbled something about coming to see him later that afternoon to go through the forms. It was that easy.
It took a little while after that, of course, but the whole thing had been set in motion, and I was suddenly looking at everything – the Cottages, everybody there - in a different light. I was now one of the ones leaving, and soon enough, everyone knew it. Maybe Ruth thought we’d be spending hours talking about my future, maybe she thought she’d have a big influence on whether or not I changed my mind. But I kept a certain distance from her, just as I did from Tommy. We didn’t really talk properly again at the Cottages, and before I knew it. I was saying my goodbyes.
(訳: わたしが決心したのは、 それから程なくです。 一度決心したら、 もう揺らぐことはありませんでした。 ある朝、 ベッドから起き出し、 ケファーズさんに会いに行きました。 ケファーズさんは何かの管を手に、 相変わらずぶつぶつ言いながら泥だらけのグム長で庭を歩いていました。 わたしは近づき、 介護人の訓練を始めたい、 と伝えました。 そのときのケファーズさんの表情は、 薪をもっとくれと言われたときの表情と変わらなかったように思います。 わたしを見つめ、 午後に会いに来い、 とつぶやきました。 書類を書いてもらうから、 と。 驚くほどのあっけなさでした。 これですべてが動き出し、 あとはしばらく待つだけでした。 わたしはここを出ていく人間となり、 突然、 すべてを ― コテージを、 そこで暮らす仲間を ― 新しい目で見ていました。 わたしが去ることはすぐに知れ渡ったでしょう。 ルースはわたしの将来について何時間でも語り合うつもりでいたかも知れません。 もしかしたら、 わたしを説き伏せ、 決心を変えさせるつもりでいたかも知れません。 でも、 わたしはルースとの間に一定の距離を保ちつづけました。 トミーとも同様です。 もうコテージで二人とまともに話し合うこともありませんでした。 そして、 ある日、 気がつくと、 わたしは全員にさよならを言っていました。)
⇒ 今回は、 独特な表現は見られない。 敢えて上げると、 次のような表現。
・ once I’d made it, I never wavered
・ the whole thing had been set in motion
・ his Wellingtons covered in mud
・ go through the forms
・ I was suddenly looking at everything in a different light
・ before I knew it
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇 本日のメッセージ
我が命 宇宙の中 生かされて
感謝捧げ 自然と共に
生命(いのち)のありがたさに大きな感謝。 阪神大震災から、27年の月日がたちました。 心より鎮魂の祈りを捧げたいと思います。 人間は、地球という丸い宇宙の空間で生かされています。 この大地の地球も生きています。 大きな生命のなかに小さな命ある人間がいて、営みをさせていただいています。 水や土や空気という、あたり前に手にしたり口にしたりできるものに囲まれています。 その中で、「ありがとうございます」という心よりの感謝を、もっと感じて日々を暮らす必要があります。 自然界からの気づきや学びを謙虚に受け入れ、生命(いのち)の活躍に喜ばなければなりません。 地球も生きて活動しています。 人間もイノチある地球の上で、生命の活動を許されている事実に謙虚でなければなりません。 母なる地球に畏敬(いけい)の念を抱き、許された範囲の活動をしていくことは、地球人として最も大切なことでしょう。
Thackery
究極の俯瞰(XⅠⅠⅠ) 天の声(528=1年+163) AI二年(125)光(495)
究極の俯瞰(XⅠⅠⅠ) 天の声(528=1年+163) AI二年(125) 日本国の再生(502) 光(495) 故郷(272) 現役寿命(262) 令和四年(125)
令和四年 2022年01月15日 One Team 三年
閃き!!!
『究極の俯瞰(XⅠⅠⅠ) 震災復興 啓示四百八十五【1年+119日】(平成28年熊本地震復興第二百二/平成30年7月豪雨復興第百三十九)/平成30年北海道胆振東部地震復興第百三十五/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百二十五)/COVID-19(第百七)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第八十九)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第七十六)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第五十六)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第十七)/令和三年12月米国竜巻イリノイ州 ミズーリ州 テネシー州 アーカンソー州 カンザス州 ケンタッキー州等復興(第六)』(2022年第三信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百七十一弾 One Team 三年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) C14(114)
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう C14(114)
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)XXX
究極の俯瞰(XⅠⅠⅠ)

1)名刺代わりのメッセージ
自らの資料をチェックしている中、 興味深い「名刺代わりのメッセージ」というPR文にぶつかった。 茲で、 下記紹介したい。
[1] 森下敬一医学博士著「血液をきれいにして病気を防ぐ、 治す」に接し、 思う事。
〇 森下敬一医学博士
石原結實医学博士の本(死んだらどうなる)から森下敬一医学博士著「血液をきれいにして病気を防ぐ、 治す」に繋がり、 自らの人生の意味を強く噛み締めている。 森下博士の「血液をきれいにして病気を防ぐ、 治す」は自分の名刺代わりに出合う方々に渡せる程、 自らの考え方と100%符合している。 http://morishita-med.jp/index.php?森下自然医学とは
過去に、 自らの魂に届く名著に数多く接して来たが、 自らの名刺代わりになるとまで思う本は初めてである。 次に、 「人体の造血機能は二重構造」について、 ご紹介したく思う。
(1)「食べ物が血となり肉となる」
食べ物は人間の身体に入ると、 まず、 腸の中で血液(赤血球)になります。 そして、 血液(赤血球)が身体の細胞になります。
身体の構造も、 それに適した形状になっています。 人間の身体は、 断面で見ると、 「食物層(緑の世界)」「血管層(赤の世界)」「体細胞層」の三層構造になっています。
まず、 最内側の中心に腸などの消化管があります。 食物層です。 食べ物が、 口から食道、 胃、 十二指腸、 小腸、 大腸、 肛門と通過して消化されていきます。 その周りに、 その消化物を運んで身体全体に届ける血液組織があって、 それを体細胞が取り巻いているという構図です。
ポイントは、 その三層が連続しているということです。 まず食べ物が血になります。 草食動物は草を食べるのですから、 食べ物が通過する腸の中は「緑の世界」です。 肉食動物は肉を食べるのですが、 その肉の大本は、 草食動物が食べた草が原料ですからまったく同じです。 緑色の素はクロロフィル(葉緑素)です。 しかし、 その周りの血液層は「赤の世界」です。 赤色の素はヘモグロビンです。
つまり、腸の中は葉緑素の世界なのに、腸の壁を隔てるだけで血色素の世界になるのです。 この両者は緑と赤でまったく別物のようですが、 化学的構造は非常に似通っています。 違うのは、 ポルフィリン核という化学式に含まれる中心金属元素が「葉緑素ではマグネシウム」で、 「血液(赤血球)では鉄」といった違いがあるだけです。 食べ物として摂り込まれたクロロフィルの「マグネシウム」が、 両層を隔てている腸壁を通り抜ける過程で「鉄」に変わってヘモグロビンになるのです。
血液(赤血球)がどうして誕生するかは非常に重要な問題です。 その血液(赤血球)が、 三層の中心の消化管から血液層へ移って行くときに造られるというのが、 造血理論のカナメです。
それから、 血液が体細胞になります。 血が融合化成されて肉になるということです。 筋肉になったり、 脳細胞になったりします。 血液(赤血球)が身体各部の、 すべての組織細胞になっていきます。 すなわち、 「食べ物」→「血液」→「身体の細胞」へと発展して身体がつくられていくと捉えます。 だからこそ食べ物は、 体質だけでなく、 人間の考え方や生活の質にまで影響すると考えられるのです。
(2)「血液は腸で造くられる」
血液(赤血球)は小腸の絨毛組織において造られます。 森下博士の臨床経験で、 「戦場で四肢を失って骨髄の九割以上がないにもかかわらず、 この方々はみな血色がよく、 血液検査でも正常状態だった。」ということがあります。 これで、 「血液が骨髄以外の場所で造られている」という確信を持ったとのことです。
(3)「細胞の機能不全を招く血の汚れ」
毎日の食べ物が血液の状態を左右するからこそ、 仮になんらかの有害物質が含まれた食べ物を食べると、 それによって血液も不健康な状態になるのです。 そうした血液を顕微鏡で見ると、 健康な血液にはないはずの異物が混じっています。 異物とは、 たとえば農薬や食品添加物などの化学物質などです。 いったん血液が汚れてしまうと、 その血液からできた細胞は正常に機能できなくなります。 細胞がきちんと機能しないと、 身体になんらかの不具合が現れたり、 病気になったりするのです。 つまり、 汚れた血液による機能不全の細胞が体調不良や病気の原因なのです。
(4)「腸の絨毛組織に赤血球母細胞が」
赤血球という細胞を、 酵母菌の胞子のようなツブツブとして、 自分の細胞体内にたくさん形成することができる細胞を「赤血球母細胞」といいます。 この赤血球母細胞は、 通常、 数十個の赤血球を自分の細胞内で育てます。 このような奇妙な機能を持つ赤血球母細胞は、 腸の絨毛組織内にのみ存在し、 ほかのどの臓器組織においても見つけることはできません。
(5)「“気”で成長するリンパ球」
東洋医学では、 人体内にある“気”の通路のことを「経絡」と呼んでいます。 たとえば内臓の病気のために、 内臓から離れた足のツボに鍼を打ったり、 灸を据えたりします。 これは東洋医学でいう「腎」、 すなわち、 内臓を支配する経絡が足にも通っているからです。
このように“氣”は、 中国で古くから注目されてきた大自然の根源エネルギーです。 人体を支配するだけでなく、 宇宙も生命も、 自然界の神羅万象も“氣”で説明することができます。 そして東洋医学では、 この“氣”が人体を通る道である「経絡」を重視します。
経絡には“氣”が通っているだけではありません。 この経絡組織で、 リンパ球や赤血球も造られています。 この「経絡造血」というのは、 経絡の中を通る氣によって、 生命最小単位の微小生命体「ソマチッド」がリンパ球に成長する造血現象です。
※ このソマチッドについては、 フランスの生物学者ガストン・ネサンが1990年代に提唱しています。 「ソマチッドという、 細胞よりはるかに小さな顆粒、 すなわち、 生命最小単位が存在する」と発表したのです。 この顆粒が“氣”のエネルギーを取り込んで成長してリンパ球となり、 さらにヘモグロビンを取り込んで赤血球になります。 これが「経絡造血説」です。
(6)「1日1000万年の胎児時間」
経絡造血のソマチッドを成長させるエネルギーは前述した“氣”から来ています。 氣というのは、 いわば宇宙エネルギーです。 植物が太陽エネルギーを取り込んで光合成するように、 人間は宇宙エネルギーを取り込んで経絡造血をしています。 たとえば、 胎児が母親の子宮内で劇的な変貌を遂げる営みには時間軸も関わっています。 妊娠中には、 子宮内では単細胞から胎児を発育させて人間にまで進化させますが、 それは単細胞の精子と卵子が結合した“受精卵”という小さな単細胞が人間に至るわけです。 つまり「生物が誕生してから人類まで38億年の進化」と同じ誕生劇を、 お腹の中でわずか300日の妊娠期間という“超短時間”に成し遂げています。
子宮内の胎児時間と母体の一般的な時計時間とを比較してみると、 子宮内の胎児は1日に1000万年以上の進化を積み重ねていかなければ、 妊娠期間300日で人間までの38億年の進化が完了しません。 つまり、 母親にとっての1日において、 胎児は1000万年分以上の生物進化の過程を経て成長するのです。
この“超進化”を成し遂げるために使われるエネルギーは、 並大抵のものではありません。 母親が食べ物から摂り込むエネルギーだと思われていますが、 それだけではとうてい間に合うはずもなく、 妊娠中の母体は宇宙からの天文学的なエネルギー、 すなわち“氣”のエネルギーを取り込んで生物進化の活劇を進行させているのです。
(7)「加齢で低下する生命エネルギー」
新生児は100%完璧な健康体で生まれます。 それが、 おおよそ100年ほどの人生の終点で、 生命エネルギー値がゼロになるように減衰していくことになります。
完璧な状態で生まれ落ちた赤ん坊も、 乳児、 幼児、 少年少女と成長するにつれて身体の部分的な組織障害が起こり始めます。 平均すれば20歳にもなると、 出生時の50~60%程度にまで氣能値(生命エネルギー値)が減衰します。 その後の減衰率は緩やかになりますが、 80~90歳で通常ゼロになってしまいます。
(8)「血液、 身体の酸毒化は発ガン原因」
牛肉や豚肉などの食肉の肉塊には、 ①細胞を形成する、 いわゆる栄養成分と、 ②代謝の老廃物質という、 相反する二大成分が存在しています。 食肉の二分の一は代謝の老廃物質であり、 いわば毒素成分を含んでいます。 しっかり運動をして毒素を排出できている人を除いて、 食べれば食べるほど結果的に血液をたいへん汚してしまいます。 血液や身体の酸毒化は、 発ガン原因になります。
現行の抗ガン剤は、 ガン細胞やその周辺の健常細胞に対して毒ガスのような薬理作用を果たし、 周辺の組織細胞を“皆殺し”にしてしまいます。
[2] 医学博士・石原結實著「死んだらどうなる」の中の一節「血液はどこで作られるのか」というメッセージに接し、 思う事。
〇「血液はどこで作られるのか」
「血液は骨髄で作られる」というのが、 医療関連国家資格試験に於ける正解である。 ところが、 医学博士・石原結實氏は次のように述べている。 「私は医学部時代から、 骨に含まれる骨髄で血液が作られる『骨髄造血説』には疑問を抱いていました。 骨髄がないイカやタコ、 腔腸動物(イソギンチャク、 ヒドラなど)、 環形動物(ミミズ、 ゴカイなど)などに、 血球があることに説明がつかないからです。 更に、 研究室でオタマジャクシを眺めていると研究魂がむくむくと湧いてきます。 『骨髄造血説が本当ならば、 手足がないオタマジャクシは造血を行う骨髄も少ないことになる。 ならば、 手足がしっかりはえて骨髄が増加したカエルと血液の状態に差が出るはずだ』と、 両方の血液の状態を比較してみようと思い立ちました。 結果は、 赤血球・白血球の数も形も同じ。 オタマジャクシとカエルの血液に差異は認められませんでした。 生命にとって最も重要な血液を『大人になったら骨髄で、 子どもの頃は別のところで造血する』のは、 極めて不自然で不合理なことです。 だから、 オタマジャクシ時代とカエル時代で血液の製造場所が異なることはあり得ません。」
「では、 血液はどこで作られているのか。 動物実験などを繰り返し、 腸で血液が誕生する『腸管造血』のプロセスを解明しました。 まず、 消化液の作用でドロドロになった食物は、 腸絨毛(小腸内壁のヒダにある突起)に取り込まれて同化。 その後、 絨毛から数十個の赤血球を含んだ『赤血球母細胞』が誕生。 赤血球母細胞は読んで字の如く『赤血球の母親』です。 腸絨毛内の毛細血管に接触すると血管内に赤血球を放出するのです。 こうして誕生した赤血球は血流に乗って全身を循環します。
また、 腸で生まれた赤血球の動きを観察するうちに、 現代医学で信じられている『体の細胞はひとつがふたつに分裂し、 それぞれがさらにふたつに分裂するといった具合に、 どんどん分裂を繰り返して増えていく』との説も、 “事実ではない”ことを突き止めました。 赤血球が体内を循環していくうちに、 肝臓、 脾臓、 皮下脂肪、 筋肉組織など、 さまざまな体細胞に変化していくのです。」
「私が解明した『腸管造血』を簡単にまとめると、 『食物を原料として腸で赤血球がつくられ、 腸で生まれた赤血球によって体細胞がつくられる』ということになります。 『血液は骨髄でできる』『細胞は分裂によって増殖する』という現代医学の定説を完全に否定する内容です。
腸管造血説が示すもの、 それは『食が人間をつくる』ということであり、 食の影響を直接的に受ける腸が健康を左右するということ。 『病気をつくるのも腸、 病気を癒すのも腸』ということになります。 薬や化学療法に頼らず、 腸内環境を整える食事療法を中心に万病を治癒させる『森下自然医学』の基礎が『腸管造血説』にあるのです。」
※森下敬一博士: 東京医科大学卒
お茶の水クリニック院長
国際自然医学会会長
グルジア・トビリシ国立医科大学・名誉教授
韓国・朝鮮大学校・大学院教授
旧ソ連グルジア・アプハジア・アルメニア各長寿学会名誉会員
中国・瀋陽(しんよう)薬科大学・客員教授
中国吉林省氣功保健研究所・客員教授(名誉所長)
中国保健食品協会・抗衰老学会名誉理事
中国黒龍江省非薬物治療研究中心・名誉所長
中国廣西巴馬長寿研究所・名誉所長
「西洋医学のガン治療に疑問符をつけた森下博士の理論。 森下博士は腸管造血説に立脚し、 『体内のほかの細胞同様に腸でつくられた赤血球からガン細胞もできる』と、 ガンの発生プロセスを解明されました。 その当時も、 そして現代に至るまで、 医学界に於いては『ガン細胞は分裂して増殖する』と考えており、 分裂をストップさせるための治療法がとられています。 森下博士の理論は『ガン細胞の分裂増殖』を真っ向こうから否定するものです。 そもそもガンの発生機序を読み違えているのだから、 そこから発想がスタートしているガン治療に効果があるのか? ガンを全身で考えるのではなく局所的なものととらえ、 ガン細胞を切り取ったり放射線をあてたり、 『パーツごと』に施されるガン治療は、 まるで人間を機械のように扱っています。
『腸管造血説』からガンの治療法を考えると、 『ガンの三大治療』(手術療法・化学(薬物)療法・放射線療法)とはまったく別の手段となります。 なんらかの理由でガン化した細胞を赤血球に戻せばよいのです。 『赤血球と体細胞』『赤血球とガン細胞』は可逆的な関係があります。 一度、 体細胞なりガン細胞なりに変化しても赤血球に逆戻りできるのです。 ガン細胞を赤血球に戻してやればガンはよくなります。 細胞の可逆性を促進する方法が『食事療法』と『断食』です。 ガンは西洋医学が考えるような局所的なものではなく、 体質や赤血球の質が低下したために発生する『全身病』なので、 体のありかたを根本からつくり直すために『食事療法』や『断食』が有効なのです。」
⇒ 上述「食事療法」や「断食」に関しては、 私自身がまとめた「健康の本質」の中で述べているものと符合しております。
※「健康の本質」の一部を紹介します。:
●健康体をつくる仕組みのまとめ
健康体は、 次の流れの中で得られる。 夕食と翌日の昼食の間に15時間の「仮飢餓状態」を持たせ、 朝食は手作りの生ジュース(セロリ+人参+リンゴ+サツマイモ)とバナナとし、 昼食は玄米を主食とし、 副食は、 「大豆 小豆 金時豆 ひえ あわ きび 小魚(サンマやイワシ、 めざしなど) 海藻類(ひじき、 昆布、 海苔など)」とする。
夕食も昼食に同じ。 極力動物性タンパク質を摂取しないようにする。 植物性タンパク質のほうが、 動物性タンパク質よりパワーが発揮できることを上記食事を摂ることにより実感する。
⇒ 森下博士の「腸管造血説」から発展させて、 著者・石原結實博士(長崎大学医学部卒)が提唱された「経絡造血説」: 「氣」の通り道で生まれる血液。 東洋医学では、 人体内に「氣」が流れていると考えています。 「氣」とは宇宙や大自然、 そして人体にも存在する、 根源的な生命エネルギーとも言えるものです。 「氣」は人体内に走る「経絡」を通って体内を循環しています。
⇒ 「経絡造血」の存在を示すのが、 「胎児」です。 海水に似た成分の羊水に包まれた状態で過ごす胎児は、 胎盤を通じて母親から栄養を受け取り成長していきます。 物は当然食べられませんから、 食物が原料となる「腸管造血」はできません。 その代わりに、 経絡によって血液をつくっているのです。 胎児時代は進化の追体験の時代と言えます。 私たち人間は、 アメーバーから人間に至るまでの30億年を10ケ月でおさらいするわけですから、 単純に計算すると1日1000万年ものスピードで進化していくことになります。 膨大なエネルギー(氣、 スピリット - - -)が必要であることは想像に難くありません。 胎児の生きる力もさることながら、 お母さんもすごい。 1日1000万年ものエネルギーを胎児に供給できるのは、 女性が宇宙と通じている、 自分の腹のなかに宇宙を取り込むことが出来るということなのでしょう。
⇒ 見えないけれどエネルギーをもっている「氣」は「電気」のようなもの。 人体を縦に走る「経脈」、 横に走る「絡脈」を合わせて「経絡」といいます。 経絡が合流したり枝分かれする場所、 また経絡上にある「氣と血」の出入り口となる場所が「ツボ」です。 ツボを鍼やお灸、 マッサージなどで刺激することで、 ツボに対応する臓器の調子を整えることができ、 体調不良の改善に役立ちます。
2019年2月26日
鍼灸師
Thackery
2)川端康成42歳のときの作品『寒風』に触れて
癩病という感染症と深い繋がりのある物語。 茲では、 文章表現に注目し、 記述したい。
※ハンセン病(Hansen’s disease, leprosy、癩病)は、抗酸菌の一種であるらい菌 (Mycobacterium leprae) の皮膚のマクロファージ内寄生および末梢神経細胞内寄生によって引き起こされる感染症である。
〇 この癩院の或る若い醫師が追悼記風の文章のなかで谷澤の爲人(ひととなり)を非難した時、 私は故人の可哀想な死顔を思い出して、 もう許してやつてくれてもよさそうなものにと思つた。 その醫師は故人の人身攻撃をするつもりではなかつたろう。 ただ眞實を闡明(せんめい)したに過ぎなかつたろう。 文章は堂々と嚴格で、 その醫師の義憤の調子さへ現れてゐた。 若い癩作家を買いかぶつた世間への抗議らしい。 しかし、 人としてのその作家を買いかぶつた者は、 實は世間に一人もなかつたのだ。 その醫師は自分の幻影に向かつて弓を射る喜劇の英雄のやうでもあつた。 死屍(しかばね)を鞭打ち、 人格の眞相を發(あば)かねばならぬ程、 故人は大人物でも大作家でもなかつたのだ。 それに二十三四と言へばまだ未熟な子供に過ぎなかつた。
⇒ 注目する表現: 「爲人: ひととなり」 「闡明: せんめい」 「死屍:しかばね」 「發く: あばく」
〇 二十二三歳の若さで世に認められた故人が同院の癩者達を見下し、 鳥なき里の蝙蝠で、 鼻持ちならぬ振舞のあつたろうことは、 私にも想像がついた。 しかし、 そんな自慰に甘え切れる道理のない憂悶を故人は懐いてゐた。 誇大妄想的な自負が故人には絶對必要だつた。 半面自虐的な反省の強い故人だつた。 一癩作家を離れて言つても、 この二つの心理を人並より少しく誇張する性癖から、 藝術の美は耿々(こうこう)と發するのかもしれなかつた。 また、 實生活では身邊の癩者達の醜さを最も憎悪した故人が、 作品の世界では癩者達に最も同情した人であつたかもしれなかつた。
⇒ 注目する表現: 「耿々: こうこう」
〇 主人公の「癩作家: 谷澤」は、 「北条民雄(ペンネーム)」で、 川端康成とは、 子弟関係で(二人の間の書簡は90通を超える)、 川端氏は北条氏に対し、 「周囲に惑わされず、ただ古典に親しみ、書くようにと北条氏を励ましつづける。 古典とはドストエフスキー、トルストイ、ゲーテなど、 文壇小説は読まぬこと。」などと、 アドバイスをしていた。 そして、 それは何作かの後『いのちの初夜』で実を結ぶ。 これを中心にした作品集は亡くなる1年前に創元社から発刊され、 瞬く間に1万部を超え、 終戦後には64版と版を重ねた。 当時としては未曾有のこと。」
「また川端氏は北条氏が亡くなった時、 編集者と二人で東京全生病院(現多摩全生園)を弔問している。 肉親さえ訪れないのに。 そしてあろうことか、霊安室まで足を運び、 北条氏の死に顔を見て「奇麗ですね」と声を掛け合っている。 死者の骨からも感染するといわれていた時に、だ。 この時、川端氏は38歳。 このことが彼の精神にどんな影響を与えたのだろうか。 というのも、 川端氏は72歳で自死を選んでいるからだ。 『人間ではありませんよ。 生命です。 生命そのもの、 いのちそのものなんです。 命だけがびくびくと生きているのです。』 これは北条氏の悲鳴。 その生命を何のために自ら。 一体その時、 川端氏の心に何が去来していたのであろうか。」
3)カズオ・イシグロの英語表現
I saw Harry fleetingly a couple of years ago at the recovery centre in Wiltshire. He was being brought in after a donation. I wasn’t in the best of moods because my own donor had just completed the night before. No one was blaming me for that - it had been a particularly untidy operation – but I wasn’t feeling great all the same.
(訳: 二年ほど前、 ウイルトシャーの回復センターで、 提供を終えて運ばれてくるハリーを見かけました。 そのときのわたしは、 受け持っていた提供者が前夜に使命を終えたばかりで、 とても上機嫌だったとは言えません。 手術の不手際 ― ― ― わたしの責任が問われる事態ではありませんでしたが、 それでもいい気分のものではありません。)
⇒ “I wasn’t in the best of moods”と、“I wasn’t feeling great”: ともに気分の表現。
Of course, it is not for me to suggest that I am worthy of ever being placed alongside the likes of the “great” butlers of our generation, such as Mr. Marshall or Mr. Lane – though it should be said there are those who, perhaps out of misguided generosity, tend to do just this. Let me make clear that when I say the conference of 1923, and that night in particular, constituted a turning point in my professional development, I am speaking very much in terms of my own more humble standards. Even so, if you consider the pressures contingent on me that night, you may not think I delude myself unduly if I go so far as to suggest that I did perhaps display, in the face of everything, at least in some modest degree a “dignity” worthy of someone like Mr. Marshall – or come to that, my father. Indeed, why should I deny it? For all its sad associations, whenever I recall that evening today, I find I do so with a large sense of triumph.
(訳: もちろん、 私が同世代の「偉大な」執事たち、 たとえばミスター・マーシャルやミスター・レーンと肩を並べうるなどと ― おそらく過(あやま)てる寛大さからでしょうか、 まさにそう言ってくださる向きもあることは存じておりますが ― 自分の口からそのような大それたことを申し上げるつもりは毛頭ありません。 1923年の会議、 とりわけあの夜が、 私の執事人生の一大転機であったと申し上げるとき、 それはあくまでも、 私自身の卑小な執事人生においてのことであるのをご理解ください。 とはいえ、 あの夜、 私にのしかかっていた重圧の大きさを考えるなら、 もしかしたら私にも、 あのミスター・マーシャルや、 さらには父にも匹敵する「品格」をかいま見せた瞬間が ― 少しは ― あったと申し上げても、 あるいは自分自身を不当にあざむくことにはならないのかもしれません。 さよう、 なぜ否定する必要がありましょうか。 悲しい思い出にもかかわらず、 今日、 私はあの夜を振り返るたびに、 いつも大きな誇らしさを感じるのです。
注目する英語表現:
⇒ I am worthy of ever being placed alongside the likes of the “great” butlers of our generation
⇒ perhaps out of misguided generosity
⇒ constituted a turning point in my professional development
⇒ the pressures contingent on me
⇒ in the face of everything, at least in some modest degree a “dignity” worthy of someone
⇒ For all its sad associations
⇒ I find I do so with a large sense of triumph
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇 本日のメッセージ
笑顔満ち 道は開かれ 花が咲く
勇気凛々 光輝く
道は笑顔の中に必ず開かれます。道はあなたの笑顔の前に必ず開かれていきます。 大いに自信を持ってください。あなたの使命に忠実にして、本意を取り戻しましょう。 全ては、前進していく中に与えられていくのです。 三歩先には違う清らかな景色があります。 三日後には新たなるご縁や援助も生まれます。 着実に今日の受け持ち分を完成させましょう。 清々と丹々と本領に打ち進みましょう。 光りは必ずあなたを照らしています。 開運のエネルギーはすでに届いています。 勇気凛々として、今日も一歩前進です。
Thackery
究極の俯瞰(XⅠⅠ) 天の声(527=1年+162) AI二年(124)光(494)
究極の俯瞰(XⅠⅠ) 天の声(527=1年+162) AI二年(124) 日本国の再生(501) 光(494) 故郷(271) 現役寿命(261) 令和四年(124)
令和四年 2022年01月07日 One Team 三年
閃き!!!
『究極の俯瞰(XⅠⅠ) 震災復興 啓示四百八十四【1年+118日】(平成28年熊本地震復興第二百一/平成30年7月豪雨復興第百三十八)/平成30年北海道胆振東部地震復興第百三十四/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百二十四)/COVID-19(第百六)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第八十八)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第七十五)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第五十六)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第十六)/令和三年12月米国竜巻イリノイ州 ミズーリ州 テネシー州 アーカンソー州 カンザス州 ケンタッキー州等復興(第五)』(2022年第二信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百七十弾 One Team 三年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) C13(113)
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう C13(113)
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)XXⅠX
究極の俯瞰(XⅠⅠ)
1)2022年1月6日早朝の空
いつもの様に、 氣功と太極拳の散歩に出かけた。 空を見上げると、 淡い灰色に覆われ、 雲も星も一切無く、 宇宙も自然も静止したイメージであった。 その後午前10時頃、 空をみると、 一面白色で覆われていた。 雪もちらちらと降り出した。
1月7日の早朝の空には、 「ふたご座と冬の大三角・星座」が綺麗に出ていた。 宇宙と地球はしっかり繋がっている。
2)氣功の世界との出合い
氣功は、 上海で、 政府のお抱え気功師・邱春根さん(世界医学氣功学会・会員 上海市氣功康復協会・常務理事 國際氣功研修学院・教師 功理功法委員会・副主任 少林内勁一指揮専業委員会・常務理事長)の手解きを受けた。 今、 世界を席捲している「新型コロナウイルス」に対応するためにも、 氣功は意味を持ってくると思う。
⇒ 最近の氣功との出合いは、 ネット上で。 本年は、 AI(Artificial Intelligence)情報と氣功との出合いで始まった。 大きな流れとなることを望む。
3)氣について
「氣」について、 鍼灸施術との絡みに於いて説明する。 漢方では人間が母親の胎内にいるときに得た生命力を元氣と言い、 生殖細胞と人体の生命活動の原始的動力を精気と呼び、 この、元氣 精氣の二つを先天の氣と言っている。
この先天の氣に対して、 人間が誕生してから呼吸する空氣、 つまり呼吸氣を天の氣と言い、 飲食物を地の氣と呼び、 この天の氣、 地の氣の二つを後天の氣と言っている。 鼻から喉を通って体内に入った呼吸氣は天の氣となり、 口から体内に取り入れられた飲食物は消化吸収され、 大地の氣となる。 天の氣、 地の氣は人体の生命エネルギーとしての氣となって、 血液や体液を全身に送り、 栄養を供給し体内組織を活性化する。 そして汗や尿などを排泄する役目を果たす。
鍼灸施術にも、 西洋医学寄り、 東洋医学寄りなど、 色々な施術法があり、 その中で小生は特に東洋医学に基づく「経絡治療」の施術法を取っている。 経絡治療とは、 「病体を氣血の変動として、 統一的に観察し、 全ての病変を経絡の虚実となし、 その主たる変動経絡を主証として把握し、 経穴(ツボ)をこれが診断と治療の場として、 鍼灸を以て補瀉調整し生命力の強化を図る随証療法」である。
具体的には、 東洋医学独特の診察法、 四診(望診・聞診・問診・切診)により、 病体を捉える。 つまり、 「望診」では、 視覚によって、 体格や姿勢、 歩く姿、 顔色や皮膚の状態、 表情、 髪の量などを診て、 虚実の判別や陰虚、血虚を見極める。
「聞診」では、 聴覚や嗅覚によって、 声の調子や話し方、 息の仕方、 息や体の匂いなどを捉え、 全体的な虚実の判断をする。
「問診」では、 現在の症状や病歴、 家族歴、 生活習慣などを聞くことで日常の様々な状態を把握し、 病体を診断する八綱弁証(表、裏 寒、熱 虚、実 陰、陽:八綱)に役立て、 証を決めていく。
「切診」では、 体に直接触れて脈拍数や脈の深さなどを診る脈診と、 おなかを触って体の状態を診る腹診があり、 主証、 つまり主要な病体を決めていきます。
前述の四診により、 病体を捉えた後、 その病体に対応する経穴(ツボ)を取り、 鍼灸施術を行い、 氣の不調・血の不調・津液の不調を整えていく。 ここに西洋医学との違いが顕著に存在する。
更に、 「氣功施術」と合わせることにより、 60兆を超える人体細胞は活性化し、 不摂生などにより傷ついた細胞は正常細胞に復帰し、 自らの持つ自然治癒力により、 様々な病気から解放されていく。 また、 「食事法」(薬膳、毎日の食事の中に“仮飢餓状態”を持たせる、など)により、 病を受け付けない体作りも可能となってくる。 東洋医学の神髄に通じる様々な智慧を精一杯取り入れ、 様々な病を治癒させていく。
4)氣功について
「氣」は、 生物が生きていく上で欠かすことができない “生命の源” である。 氣があるからこそ、 生物は単なるもの(物質)ではなく、 生命体となる。 氣功は、 この大切な氣を、 体やものに作用させる科学であり、 中国四千年以上の歴史と自然界の法則に基づいた、 東洋が誇る療法である。
現在、 医学は根治できない様々な病気、 治療による副作用やダメージなど、 数々の難題を抱えている。 しかしながら、 氣功を実践することで、 副作用もなく自然に病気を克服できる可能性もあり、 また、 氣功を科学的に検証することで、 新しい人間中心の医療を創ることができる。 氣功は、 現代の医学と科学を大きく進歩させる人類の共有財産である。
数千年前から、 中国では「不通則痛」といわれ、 体のなかで「氣が通じないことが病気である」とされてきた。 血管や神経、 骨だけでなく、 氣の通り道に悪い氣が滞ると病氣になる、 と言われている。
つまり悪い氣がとどまる場所と種類によって、 病氣の種類が決まる、 ということである。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇 本日のメッセージ
今始め 未来を拓く 心意気
開運の道 出番訪れ
未来を拓く運勢は今日の考え方の改善から始まります。 今日の改善点を情熱をもって改良しましょう。 今日少しでも考え方を変化させ、 より良き方向へと思考を傾ければ、 必ず明日からのあなたの行動は着実に開運の道を歩めます。 休息を充分にとり、 与えられた使命を全うするために情熱をもって行動を起こす準備を始めてください。 必ずあなたの出番が訪れ、 その行動は歓迎され祝福されます。 心を定め、 新年の未来を拓く強い意志のもと変化してゆくあなた自身を楽しんでください。
Thackery






