宇宙(30)
それでは、 宇宙(26)で記述した「沖ノ島」と同じく、 歴史上重要な意味を持ってくる宗像大社につき、 説明を加えることとする。
宗像大社は天照大神の三柱の御子神をお祀りしており、 この三女神の名前は、田心姫神(たごりひめのかみ)湍津姫神(たぎつひめのかみ)市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)といい、沖ノ島の沖津宮には田心姫神、大島の中津宮には湍津姫神、田島の辺津宮には市杵島姫神がそれぞれお祀りされている。 この三宮を総称して宗像大社という。
宗像大社(むなかたたいしゃ)は、福岡県宗像市にある神社。 式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社(かんぺいたいしゃ)。 日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、または宗像三女神を祀る神社の総本社である。
中世以降の民間信仰では、琵琶を奏でる姿から音楽や芸術の才能を伸ばし、弁知(知恵)の神、更には縁結びや、財宝をもたらす金運の美女の代名詞である「幸福の女神」、 弁財天。 宗像三女神(さんにょしん) の一柱、邊津宮(へつみや)の御祭神である 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が弁天様といわれ、 当大社は全国の弁天様の総本宮ともいえる。
― - - つづく
宇宙(29)
「(陸の)正倉院」としては、 奈良県奈良市の東大寺大仏殿の北西に位置する、高床の大規模な校倉造(あぜくらづくり)倉庫で、聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平時代を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた施設が余りにも有名だが、 ここ「沖ノ島」は、 「海の正倉院」と呼ばれている。 その内容を説明することとする。
『沖ノ島は「海の正倉院」』
沖ノ島が、 日本中の話題をさらったのは、 昭和29年(1954)に始まった学術調査であった。 昭和46年(1971)まで、3次にわたった発掘調査の結果、発見された奉献品は約8万点にも上った。
発掘にはさまざまなエピソードが伝えられている。 たとえば、発掘調査のために考案された電波探知機の作動テストを5号遺跡で行ったとき、突然、激しく探知機が作動し、燦然(さんぜん)と輝く金銅製龍頭が出現。 まるで神意のような現れ方に調査員たちは言葉を失ったという。 また、調査の結果、祭祀(さいし)の形態が、巨岩上の祭祀から岩陰での祭祀へ、さらに、半岩陰・半露天から露天での祭祀へと、時代とともに推移したことも分かった。
8万点あまりの祭祀品は、すべてが国宝に指定(平成18年6月)され、 中国や朝鮮半島、果ては遙かペルシアからもたらされた豪華な品も見られることから、 沖ノ島は「海の正倉院」と呼ばれるようになった。 現在、そのほとんどは、辺津宮の境内にある宗像大社・神宝館に収蔵・展示されている。
― - - つづく
宇宙(28)
『後世へと伝えるべき「宗像遺産」』につき、 説明を加える。
「海北道中(うみのきたのみちのなか)と文化伝来」
玄界灘は古代から大陸との航路として、朝鮮半島や中国、果ては遥か西域から、きらびやかな文化をわが国にもたらした。
漂泊の俳人として知られる種田山頭火が詠った神湊から、まっすぐに延びた延長線に大島、沖ノ島、さらには朝鮮半島がある。 この道筋は「海北道中(うみのきたのみちのなか)」と呼ばれる海の道。 宗像氏が海人族の時代から往来し、支配してきた海の道でもある。
毎年10月の1日から3日にわたって行われる宗像大社の秋季大祭の初日に行われる「みあれ祭」は、そんな海と信仰に生きた宗像の人々を象徴するような神迎えの神事。 宗像大神の象徴である紅白の布を船の旗竿につけた数百隻の大船団が、中津宮(なかつみや)から辺津宮(へつみや)へと、三女神の御分霊を乗せて、絵巻物さながらに海上神幸(かいじょうしんこう)を行う。
「三女神の御心霊価値ある歴史と文化が息づく宗像」
釣川河口側からみた宗像また、神湊から美しい松原が延びる先には、『万葉集』に「ちはやぶる金の崎」と詠われた鐘崎(かねざき)がある。 響灘と玄界灘の境にあるこの海の難所には、大陸から贈られた大鐘(おおがね)が沈んでいるという伝説がある。 明和8年(1499)、大宮司宗像氏国(うじくに)がこの鐘の引き揚げを試みたものの、突然大嵐が起こり、龍神の祟りだと断念したと伝えられている。 このとき、海面に翁(おきな)の面が浮かび上がり、鐘の代わりに宗像大社に奉納され、今でも秋季大祭には、この古面をつけた翁舞(おきなまい)が奉納される。
このほかにも、中世の「浜殿五月会(はまどのさつきえ)大神事」を再興した5月5日の「五月まつり」や、古代中国の天の川伝説をしのばせる中津宮の「七夕まつり」など、宗像大社の祭事は、時代に応じてさまざまに変化しながらも、昔ながらのならわしや海の祈りと結び合い、現代まで大切に受け継がれてきた。
沖ノ島の神宝を筆頭とする貴重な遺物や遺跡とともに、歴史や風土に深く根差した多くの神事や歳時がいまもいきいきと息づいている宗像は、後世に伝えるべき価値のある「遺産」を抱く地として、今、大きな注目を集めている。
― - - つづく