thackeryのブログ -216ページ目

宇宙(33)

元伊勢・籠神社の次は、 伊吹山の三之宮神社。 祭神は大山咋神、玉依姫命、大國主命で、 伊吹山頂の一の宮、中腹の二の宮に続く三の宮に相当し、 天応元(781)年の創祀と伝わる。 伊吹山の山容は湖北の平野からよく見える。 滋賀県の最高峰で標高1,377m、岐阜県との県境に坐る。 孤高を誇る秀麗な姿からして古い形の信仰の山として崇めら、 神が霊気を息吹く山とからの名前との説もある。 『記紀』には日本武尊が賊退治に登山して、山神のいかりにふれて熱病にかかり、山麓の醒ヶ井の清水で体を冷やしたという話が記載されている。 また、 頂上には日本武尊像が立っている。


伊吹山の三之宮神社の次は、 富士山本宮浅間大社(富士山山頂には浅間大社奥宮)。 「富士本宮浅間社記」によれば、第7代孝霊天皇の御代、 富士山が大噴火をしたため、 周辺住民は離散し、荒れ果てた状態が長期に及んだとある。 第11代垂仁天皇はこれを憂い、 その3年(前27)に浅間大神を山足の地に祀り山霊を鎮められ。 その後は姫神の水徳をもって噴火が静まり、平穏な日々が送れるようになったと伝えられている。 この偉大な御神徳は、万人の知るところとなり、篤い崇敬を集める事となった。 また、富士山を鎮めるため浅間大神をお祀りしたのは当大社が最初であり、 全国にある浅間神社の起源ともなっている。


主祭神は、 浅間大神(あさまのおおかみ)と木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)。  「日本(ひのもと)の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも」と万葉の歌人高橋蟲麻呂が詠んだ清らかで気高く美しい富士山。 この霊山を御神体として鎮まるのは、 浅間大神・木花之佐久夜毘売命である。 木花之佐久夜毘売命は、 大山祇神((おおやまづみのかみ)の御息女にして大変美しく、 天孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)の皇后となられた御方である。 命はご懐妊の際、 貞節を疑われたことから証を立てるため、 戸の無い産屋を建て、 周りに火を放ち御出産になられた。 そして、無事3人の皇子を生まれたという故事にちなみ、 家庭円満・安産・子安・水徳の神とされ、 火難消除・安産・航海・漁業・農業・機織等の守護神として全国的な崇敬を集めている。 木花という御神名から桜が御神木とされている。 境内には500本もの桜樹が奉納されており、 春には桜の名所として賑わう。 また、申の日に富士山が現れた故事から神使いは猿といわれている。


― - - つづく

宇宙(32)

出雲大社の次は、 元伊勢(籠神社([このじんじゃ、こもりじんじゃ])。 元伊勢の一つである籠神社を説明する前に、 「元伊勢」の意味を説明する必要がある。


元伊勢(もといせ)とは、三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮内外両宮(皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮))が、現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社・場所をいう。 伊勢内宮の祭神である天照大御神は皇祖神であるが、 崇神天皇の時代までは天皇と「同床共殿」であったと伝えられ、 つまり皇居内に祀られていたが、 その状態を畏怖した同天皇が皇女である豊鋤入姫命にその神霊を託して倭国笠縫邑に移したのに始まり、 更に理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、 垂仁天皇の第4皇女倭姫命がこれを引き継いで、 およそ90年をかけて現在地に遷座したと伝わっている。 その経緯は『古事記』にはこれを欠くものの、 『日本書紀』で簡略に、『皇太神宮儀式帳』にやや詳しく、そして中世の『倭姫命世記』においてより詳述されている。 また、外宮の祭神である豊受大御神は、 「記紀」に記載を欠くものの、 『止由気宮儀式帳』や『倭姫命世記』によれば雄略天皇の時代に天照大御神の神託によって丹波国(丹後国)から遷座したと伝えられている。 天照大御神が遍歴する説話は、『常陸国風土記』の筑波山の話に登場する祖神や民間説話の弘法大師伝説に類するもので、 一般の神社の縁起でも鎮座地を求めて神が旅する話は多いので、 「旅する神」の典型的な類型であるとされる。


さて、 出雲大社から御来光の道として一直線上に位置する元伊勢・籠神社(このじんじゃ、こもりじんじゃ)は、 京都府宮津市の天橋立の近くにある神社である。 式内社(名神大)、丹後国一宮で、旧社格は国幣中社(現、神社本庁の別表神社)。 元伊勢の一つであり、元伊勢籠神社とも称する。 別称 元伊勢根本宮、内宮元宮、籠守大権現、籠宮大明神。 


― - - つづく

宇宙(31)

沖ノ島の神社(宗像大社に含まれる)、 更には、 天照大神の三柱の御子神をお祀りしている宗像大社を見ただけでも、 日本の国作りに於ける「神社」の存在意義がわかるであろう。 
次に、 出雲大社 → 元伊勢 → 伊吹山(三之宮神社)→ 富士山(富士山本宮浅間大社)の御来光の道(出雲大社から一直線上)、 更には、 近畿にある五芒星(五芒星の中の一直線上に、 熊野本宮・飛鳥京・平城京・平安京が南北の方向に位置する)等につき、 説明を加えることとする。


まず、 出雲大社。 出雲の国は、神の国、神話の国として知られている。 その“出雲の国”には、今も尚古の神社がいたる処にある。 そして、その中心が「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」をお祀りする出雲大社(いづもおおやしろ)である。 大国主大神は、「だいこくさま」と申して慕われている神様である。 だいこくさまは、「天の下造らしし大神」ともいわれるように、 我々の遠い遠い親達と喜びも悲しみも共にせられて、国土を開拓され、国づくり、村づくりに御苦心になり、農耕・漁業を進め、殖産の法をお教えになり、人々の生活の基礎を固めて下さった。 また、 医薬の道をお始めになって、今もなお人々の病苦をお救いになる等、慈愛ある御心を寄せて下さったのである。 だいこくさまは、救いの親神様であると共に、すべてのものが「おのずから」の姿にあるように護って下さる親神である。 また、 この出雲大社には旧暦10月に、 全国の神々がお集いになられるため、 一般に旧暦10月を「神無月」というが、 ここ出雲地方では神様がお集いになられる月なので「神在月(かみありづき)」といわれている。 出雲大社の西方約1キロの稲佐の浜では全国の神々をお迎えする古式豊かな「神迎(かみむかえ)神事」が執り行われる。 この神秘の神事の後、ご到着された神々は御使神「龍蛇(りゅうじゃ)神」さまをご先導として出雲大社まで御神幸なされる。 そして、神楽殿にて奉迎の神迎祭がお仕えされる。 


― - - つづく