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宇宙(39) 医学(1)

読者の皆様にお伝えしたいことがあります。 私は今迄純粋に国作りについて思いを述べてきました。 宗教でも、 「― - - 主義」でもありません。 本当に今の日本の有り様を心配して思い立ったことです。 しかし、 誤解を生む可能性もあります。 従い、 国作りに関しては、 この辺りで一時休止することとし、 医学の話題に方向転換していきたく思っております。 

第一回目として、 「がん」に対する積極的な考え方について、 お伝えしたく思います。 「がん」を「失敗の産物」と捉えると、 恐怖感が出たり、 生きる希望を失うほど失望することにもなり兼ねませんよね。 そこで、 「体が先祖がえりした成功例」と捉えることで、 「がん」に対し、 積極的に向っていく考え方があります。 つまり、 私達の祖先は酸素のない環境下で、 解糖系でエネルギーを作りながら生きていました。 植物の祖先になるシアノバクテリアという微生物が、 光合成で酸素を作り始めました。 それが少しずつ大気中に溶けていき、 ある一定量の酸素が出て来ました。 20億年前の大気中の酸素はまだ2%レベルでしたが、 大きな変化でした。 酸素の発生という環境変化は、 「酸化」という現象を起こし、 それにより解糖系生命体は絶滅寸前までに追い込まれました。 ところが、 今度は酸素を使って効率よくエネルギーを作り出すミトコンドリア生命体が、 私達の祖先に寄生しました。 解糖系生命体は酸素を使わない世界で生きてきたのに対し、 ミトコンドリア生命体は酸素を使います。 今から12億年ぐらい前、 解糖系生命体とミトコンドリア生命体の2つが安定して暮らせるようになり、 今の真核細胞が生まれたのです。 安定化にはミトコンドリアが持ち込んだ分裂抑制遺伝子が重要な役割を果しています。 つまり、 「がん」も、 細胞の歴史を辿ることにより対処方法が見えてくるということです。 そこで今回は、 がんを治すポイントを下記します。


①無理な生き方、 ストレスの多い生き方を変える。
②がんを恐れない。

③つらいと感じる治療は受けない。

④体を温める。
⑤深呼吸をする。(太極拳)
⑤カリウム40を摂る。(野菜・果物)
⑥恐怖から逃れる。


※生命誕生の歴史

 ・39億年前  最初の原始生命誕生
 ・22億年前  細胞に核を持つ真核生物の登場
 ・21億年前  大気中の酸素が増えてくる。
 ・12億年前  多細胞生物の登場
 ・700万年前 類人猿から分れた最初の猿人である
トウーマイ猿人が登場。 現生人類
(新人=ホモ・サピエンス)誕生。
・440万年前 アウストラロピテクスと呼ばれる猿人の一種、
ラミダス猿人が登場、直立二足歩行をする。
・250万年前 ガルヒ猿人登場、簡単な石器を使い始める。
・240万年前 最初の原人ホモ・ハビリス登場、石器を使いこなす。
・180万年前 新たな原人ホモ・エレクトス登場、火を使い始める。
・175万年前 氷河時代に入り、これ以降は氷期と間氷期が
繰り返されていく。
・50万年前  ネアンデルタール人などの旧人登場。
・20万年前  ホモ・エレクトスの一部がアフリカで進化して
現生人類(新人=ホモ・サピエンス)が誕生。
・1万年前   農耕牧畜が始まる。


― - - つづく


宇宙(38)

宇宙(37)に述べた伊弉諾神宮(淡路島)が五芒星の五つの聖地の中でも相当重要な神社になることは間違いない。 しかも、 日本最古の神社でもある。 宇宙(34)に於いて「相生」と「相克」の関係について述べたが、 この正五角形を眺めていると面白いことがわかる。 私は以前、 木・火・土・金・水を次のように当てはめていた。 木は、熊野本宮で、 東洋医学では、 肝・胆のうに相当。 火は、 伊弉諾神宮で心・小腸。 土は元伊勢・籠神社で脾・胃。 金は、伊吹山の三之宮神社で肺・大腸。 水は伊勢神宮で腎・膀胱。 木→火→土→金→水の流れは「相生」で親子の間柄、 木・火・土・金・水をずらしても矛盾は起こらない。 正五角形故に。 「相克」の関係にも乱れは起こらない。 やはり、 この位置関係は精密な設計図の下に構成されている。 更に、 重要なのは、 伊弉諾神宮(淡路島)、 伊勢神宮、 沖島、 白鬚神社、 御神島(おんがみじま)が織り成す正三角形、 トライアングルである。 ここに強いパワーを感じる。


― - - つづく




thackeryのブログ-五芒星とトライアングル

thackeryのブログ-伊弉諾神宮 平安神宮 沖島 地図



宇宙(37)

国作りの物語に戻ることにする。 重い話のようだが、 決してそうではない。 信頼の置ける国でないと、 そこで一生に一度の人生を送る国民は悲劇である。 現在の日本はみんな幸せであろうか。 人生はそう甘いものではないと、 諦めている節もあるのではないか。 個々人を見ると、 独自性を活かして逞しく生き抜いている方々が結構いらっしゃる。 国家という枠組みがもう少ししっかりしていたらと思うことが多々ある。 そのような中で国のあるべき姿を思索しているところである。


前回のつづきとして、 五芒星の五つの聖地の一つ、 伊弉諾神宮(淡路島)を訪ねてみたい。 全国には、神宮號を宣下された格式高いお宮が二十三社あるが、 いずれも御皇室にお縁りの深い神社並びに天皇をお祀りするお宮で、 當神宮は御皇室の御祖神たる天照御大神(あまてらすおおみかみ)の御両親にあたり、 日本民族の大祖先神である。 日本書紀に「是以構幽宮於淡路之洲」とある。 正面の大鳥居は、 先の大震災で倒壊したが神明鳥居としては日本最大規模を誇る花崗岩製の石鳥居として再建された、 高さ二十七尺。  境内地は、約1万5000坪。 沖積地にあって天然記念物の大楠など照葉樹林に覆われ四季を彩る草木が繁茂する日本最古のお社である。 江戸時代の地誌によれば、二丁四方の社地を領したとあり、 広大な神域であったようである。
本殿は、御陵丘を覆うように基壇を二重に構へ、 檜皮葺、 三間社流造向拝付で、 棟に千木・鰹木を置き、 前方の幣殿と連結して一屋根に造る。 明治十二年の建立で、当初は約十間方に建てられたが、 同十五年に後背の御陵地を造成して移築された。 次いで前方に檜皮葺(現銅葺)入母屋造、 桁行五間・梁間二間の舞殿を兼ねた拝殿を建立し、 次いで表神門が建立された。 古事記、日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、 御子神なる天照大御神に国家の統治の大業を委譲され、 最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に「霊宮」を構えて余生を過ごされたと記されている。 その御住居跡に御陵(みささぎ)が営まれ、 至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、富神宮の起源である。 地元では「いっくさん」と別称され日少宮・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められている。


最近実際に伊弉諾神宮を訪れた友人は、 「また幽宮(かくりのみや)というのが普通と違います。 ここでは神様が生きた状態で人々の前に現れていません。 気のブラックボックスのようなもの。 伊勢神宮が日の出なら、 伊弉諾神宮は日没。  一度死んで命を再生させる場所だと痛感しました。 参拝が終わって極度に疲れた体を実感。  しかし一旦眠りから覚めると魂が蘇生したような感じがあります。 これも普通と違います。 レイラインの話でいうと太陽の道として大々的な日時計がありました。  どうやら私はここがすべてのレイラインの基点になっているような気がしました。」と、 感想を述べていた。 確かに「伊弉諾神宮」は、 元伊勢・籠神社(天橋立近く)、 平安京、 伊吹山の三之宮神社、 平城京、 富士山本宮浅間大社、 平城京、 伊勢神宮、 熊野本宮の全てと線上でつながっている。


― - - つづく