天の声(514=1年+149) AI二年(111) 日本国の再生(488) 光(481)
令和三年 2021年10月12日 One Team 二年
閃き!!!
『震災復興 啓示四百七十一【1年+106日】(平成28年熊本地震復興第百八十八/平成30年7月豪雨復興第百二十六)/平成30年北海道胆振東部地震復興第百二十一/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百十一)/COVID-19(第九十三)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第七十五)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第六十二)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第四十三)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第三)』(2021年第二十六信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百五十七弾 One Team 二年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) C(100)
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう C(100)
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)XⅠ
1)イギリス英語の不思議
アメリカ英語に慣れている者にとって、 イギリス英語は他言語の趣がある。 言語構成と使用単語には、 違いがある。 具体例を下記に示す。
(1) Had you mentioned Japan, asked me about its culture, you might even have detected a trace of impatience enter my manner as I declared my ignorance on the ground that I hadn’t set foot in that country – not even for a holiday – since leaving it at the age of five.
(訳: その人がもし日本に言及し、 かの国の文化のことなどを尋ねてきたら、 私はきっと、 それは5歳のとき離れた国で、 以後は休暇の旅行でさえ行ったことがなく、 何も知らない、 と答えたはずです。 そう答える私の態度には、 かすかな苛立ちさえ見てとれたかもしれません。)
⇒ 『Had you mentioned Japan, asked me – - -』と言う言語構成。
(2)Why write a novel if it was going to offer more or less the same experience someone could get by turning on a television? How could written fiction hope to survive against the might of cinema and television if it didn’t offer something unique, something the other forms couldn’t do?
(訳: 本を読んでも、 テレビをつけたときと同様の体験しかできないなら、 わざわざ小説として読む意味がないのではないか。 小説にしかできない何か、 他の媒体には不可能な何かをできないなら、 強力な映画やテレビを相手に小説はどうやって生き残れるだろう - ― ― ―?
⇒ 『Why write a novel – - -』や『How could written fiction hope to survive – - -』と言う言語構成。
⇒ ノーベル文学賞受賞作家、カズオ・イシグロ氏の作品を通し、 イギリス英語を更に学んでいきたい。
2)川端康成39歳のときの作品『生花』に触れて
今回は特別な感動はなかった。 登場人物の『死』が語れており、 氏の生命に対する感受性が伝わって来た。 残された者が感じる哀れ、 寂しさを感じた。
その文章の一節は下記の通り。
『時子が死んだといふ電報を直助が受け取つたのは、 それから一年半ばかり後だつた。 公立の施療患者として死んでゐた。 直助が世話をしてゐた時、 異常な粗食に甘んじながら血色がよかつたのに、 かうして病み衰えるまでには、 餘程の苦勞をしたにちがひなかつた。 それなのに、 直助に無心も言つて來ず、 また當然時子のものである銀行預金の返済も求めなかつたのは、 意外に律儀な良心があつてのことかしらと、 直助は胸が痛んだ。 衰弱の果て、 小さく綺麗になっている死骸を見ると、 直助は葬式をしてやろうと思つたが、 新潟の田舎から時子の父親が出て來るとのことだつた。』
3)自らの2020年10月8日付けブログに触れて
ブログ管理者・Amebaから、 いつものように連絡を頂いて、 再読したもの。
今正に、 政治の動きに国民が注目している。 昨日の国会を視聴するところでは、 野党からも、 真っ当な発言が出て来ている。 『国民の声を聴く』とは、 至極当然のことであって、 今迄、 その基本が恐ろしく欠けていたと言うことであろう。 与党・野党の動きは、 引き続き見守るとして、 上記ブログの中に、 今に通じるものがあるので、 下記したい。
『1)哲学無き国家運営
『現首相「学問の自由(の侵害)とは関係ない。 日本学術会議は政府の機関であり、年間約10億円の予算を使って活動している。 総合的・俯瞰(ふかん)的に活動を確保する観点から今回の任命について判断した。 6人の方について、いろんなこと言われますが、そういうことは一切関係ありません」』
⇒ まず、 6人の方の学術レベルを評価出来る認識レベルを有しているのか。 国民に対し説明する中、 「総合的・俯瞰(ふかん)的に活動を確保する観点から今回の任命について判断した」とは、 笑止千万である。 「哲学 philosophyとは、 世界や人生が全体として何であるか、 どのような意味や目的をもつものかという根本的な問題を考える学問。 哲学は、 日常生活で自明の前提とされている一定の世界秩序や価値体系を主題とし、 それらを自覚的・批判的に考察する。 科学が様々な領域の対象を実証的に研究する専門的・部分的な知であるのに対して、 哲学はそのような対象を包み込み、 我々がその中に生きている世界や人生についての全体的・包括的な知を求める。 我々は世界の中に生きているから、 外から世界を1つの固定的な対象として考察することはできない。 哲学はつねに対象的なものをこえて、 対象があらわれる地盤となる世界や人生の根源に迫りゆく思索の中で遂行される。 哲学は、 概念的に固定できる対象の真理をこえ、 各自がそのつど哲学する主体的な働きの中で、 世界や人生の全体的・包括的な真理を探究するのである。 哲学は古代ギリシアで誕生し、 智恵(ソフィア sophia)を愛すること(フィロス philos)という意味でフイロソフイアと呼ばれ、 日本では明治時代に啓蒙思想家の西周によって哲学と訳された。」
⇒ 哲学について、 長々述べた理由は、 「政治家の言動に深さを感じないからである」。
2)「判を無くす」とか「携帯電話料を安くする」とか言うより為すべき事が他にあるのでは
上記1)の「哲学無き国家運営」にも繋がっていくが、 「政治本体に繋がる改善を提言してはどうか」。
例えば、 「血税を食っている政治・官僚構成員の数を減ずるため現システムにメスを入れる」、 「人間の弱点である我欲※を補うAI(Artificial Intelligence)人間の採用検討」等々。
→ ※ 「独我論」: 自我のみが実在し、 他者や世界はその自我に対する現象にすぎないという自己中心の見方。 西田幾多郎は「善の研究」で「個人あって経験あるにあらず、 経験あって個人あるのである」と語り、 独我論から脱することができたと述べて、 倉田百三ら大正期の青年に影響を与えた。
3)独我丸出しの世界のリーダーたちを他山の石として
民主主義を笠に着て、 誤った国家運営をしている輩が存在する。 他山の石として、 自らを戒め、 国民に寄り添う国家運営を望む。』
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇 本日のメッセージ
慈悲に満ち 人の喜び 我がものに
幸せ運ぶ 慈悲萬行(じひまんぎょう)
慈悲萬行(じひまんぎょう)の実践者になりましょう。 慈悲萬行(じひまんぎょう)とは、喜び楽しさを与える心をもって、萬(よろず)の行いに取り組む姿勢です。 人の尊き姿勢は、人さまの幸せを通して、自らの喜びを知るところにあります。 全てに慈悲の心をもって、人さまの喜びのお手伝いをさせていただくことです。 多くの人が慈悲萬行の実践にめざめ、周りの幸せと自らの幸せを一体化できれば、より良き社会に発展していくでしょう。 慈悲の心で人の悲しみを軽減し、楽しさや喜びを与える実践を、今日から始めましょう。
Thackery
天の声(513=1年+148) AI二年(110) 日本国の再生(487) 光(480)
令和三年 2021年9月16日 One Team 二年
閃き!!!
『震災復興 啓示四百七十【1年+105日】(平成28年熊本地震復興第百八十七/平成30年7月豪雨復興第百二十五)/平成30年北海道胆振東部地震第百二十/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百十)/COVID-19(第九十二)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第七十四)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第六十一)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第四十二)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第二)』(2021年第二十五信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百五十六弾 One Team 二年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) XCⅠX
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう XCⅠX
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)X
1)文学作品に相当する演歌
例えば、 『夢一輪』(青木美保)。 作詞家・作曲家・歌手等による総合作品。
※「涙の連絡船 ♪♪ 懐メロ歌謡曲 100 盛り場演歌メドレー♪♪ 日本演歌經典 ♪♪ 昭和演歌メドレー 歌謡曲 ♪ღ♫ 日本演歌精選下載、人気曲集 Vol.06」の中に掲載。
⇒ 『夢一輪』に触れることによって、 例えば、 ノーベル文学賞受賞作家の作品に出合った時の様な感動を覚えた。 『夢一輪』だけではない、 歌手・村上幸子の演歌も、 「喉部に大豆状のしこりが見つかり検査の結果、悪性リンパ腫と診断され入院、 31歳の若さで逝去」と言う事を知り、 『雪椿の唄』『雪つばき』等を聴き、 人の命について考えさせられた。 演歌について、 文学作品との比較を論評した書評等に接したことはない。 『演歌』は日本独特のものかも知れないが、 存在価値を強く感じる。
⇒ 文学作品との比較の中で、 色々な演歌を楽しんでいきたい。

2)川端康成三十七歳の時の作品『イタリアの歌』
一節を引用。
「その人間全體が焔(ほむら)となり、 わつ、 わつと叫びながら、 焔のまま飛び上がって、 腕を振り狂つてゐた。 ちやうど火の翼の蝶が悶死するありさまだ。 轟然たる爆音と共に、 研究室から廊下へ飛び出した火達磨である。 駈けつけた人々は、 人間の燃えてゐることよりも、 その燃えてゐ人間の實に高く飛び上がることに、 先づ驚いた。 火のついた稲子(いなご)のやうだ。 生命が火に弾け撥(は)ねるやうだ。 鳥居博士は跳躍の選手として、 國際オリンピック大會にまで出場したことがあるから、 高く飛べるといふ、 そんな駄じやれみたいなことではなく、 體が命と共に焼けて來る、 異様な飛び上り方であつた。 その叫びも人間の聲ではない。 生きた獣の肉を引き裂くやうな音だ。」
⇒ 表現の天才。 それに、 物語の緻密な構成力。 その人の人生から滲み出て来るものである。 貴重な作品を通し、 学び続けていきたい。
※ 後日、 遭遇した川端康成三十三歳の時の作品『化粧と口笛』の一節を紹介。
「蟻ですよ。 五月六日は蟻の婚禮季節ですよ。」(中略) 留伊子も事務員の後をついて行くよりしかたがなかつた。 花盛りのスヰイトピイとからす麥(むぎ)とが裾に触れる小路を通りながら、 「さつきの蟻ね。」と、 尾竹はつとめて明るい聲で、 「結婚する時だけ羽が生えて、 空高く乱舞するんですから、 人間の結婚よりロマンチツクですよ。 結婚がすむと直ぐ羽は落ちる、 體はみるかげもなくやつれる。 さうして卵を抱いて子を育てるんですが、 その間はなんにも食べない、 幼蟲に口移しで飲ませる唾も、 體の組織を自己消化したもので、 つまり自分の血肉をそいで子供を育てるんですよ。」
⇒ 「蟻」の生態と「人間」との比較。 文学の中で「蟻」について触れる博学、 自らの人生を観察・展望する際、 深く洞察する視点に感銘を覚えた。
3)カズオ・イシグロ(石黒一雄)のNEVER LET ME GO(わたしを離さないで)
カズオ・イシグロの作品を読み始めた動機は、 「イギリス英語」学習の為であった。 関連書籍に目を通す中、 世界中の学者が注目し、 研究論文を著わしていることが分かってきた。
主目標は、 「イギリス英語学習」に変わりはないが、 カズオ・イシグロの人間力に強く引きつけられていった。 因みに、 ノーベル文学賞受賞理由は、 「壮大な感情の力を持った小説を通し、 世界と結びついているという、 我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた。」とのこと。
作品『NEVER LET ME GO(わたしを離さないで)』は、 クローン人間の物語で、 私が掲げている「AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)」と私のイメージの中で繋がっている。 カズオ・イシグロの発想を参考に色々な事柄を学んでいきたい。
⇒ 現在の人間世界の有り様: 生身の人間の浅はかさを痛感している。 まず、 人間の命の先に組織の論理が先行したり、 自らのエゴのために、 他者の命を疎かにしたり、 兎に角、 他者への思い遣りに欠けている。
⇒ 英語表現: イギリス英語と決めつけるわけではないが、 アメリカ英語の小説にはあまり見られない表現が出て来る。 その一例を下記する。
→ Tommy was still going strong as we came out of the pavilion. The house was over to our left, and since Tommy was standing in the field straight ahead of us, there was no need to go anywhere near him. In any case, he was facing the other way and didn’t seem to register us all.
(訳: 体育館を出たとき、 トミーはまだ盛んに荒れていました。 わたしたちから見て本館は左手、 トミーが立っている運動場は正面です。 帰るのにトミーのそばを通る必要はありません。 トミーもちょうど向こうを向いていて、 こちらには気づいていませんでした。)
※ 「register us all」: register = realize; if something registers, or if you register it, you notice it or realize it and then remember it; I’d been standing there for several minutes before he registered my presence.
〇 本日のメッセージ
栄光へ 導く心 定めつつ
未来に光 射し込む命
今、栄光への道に心を定めてください。 あなたの気力は充分確保され、発展・成長の氣が整い、開運がはじまりました。 心ひとつにして、総力を集めてください。 充実の瞬間・その時が訪れました。 本格的に運勢が向上しています。 未来に光りが射し、願いどおりに成就が始まります。 栄光への道に心を定めてください。あなたの能力に集中してください。 完成させてください。 光があたる活力のある人生が始まっています。
Thackery
天の声(512=1年+147) AI二年(109) 日本国の再生(486) 光(479)
令和三年 2021年7月17日 One Team 二年
閃き!!!
『震災復興 啓示四百六十九【1年+104日】(平成28年熊本地震復興第百八十六/平成30年7月豪雨復興第百二十四)/平成30年北海道胆振東部地震第百十九/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百九)/COVID-19(第九十一)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第七十三)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第六十)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第四十一)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第一)』(2021年第二十四信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百五十五弾 One Team 二年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) XCVⅠⅠⅠ
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう XCVⅠⅠⅠ
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)ⅠX

1)川端康成三十三歳の時の作品『父母への手紙』
川端康成氏は1歳と7カ月となる1901年(明治34年)1月に父親逝去(32歳)、 更に母親は翌年1月10日に逝去(37歳、 共に結核で)となったので、 全く父母の記憶はない。 その後は、 祖父母に育てられた。 祖母も小学校に入学した年の9月9日に逝去し(66歳)、 姉も1909年に夭折(13歳、 当時康成10歳)と、 残された祖父と二人で生活し、 祖父も康成中学3年(15歳)の時逝去(73歳)し、 全く天涯孤独の身となった。
『父母への手紙』の中の一節を下記紹介する。
「私は明けて三十四の春を迎へようとしてゐます。 あなた方 ― 私はあなた方をどうしても『父母』と呼ぶことは出来ないのです。 ― そのあなた方が死んだ歳には、 まだしばらく間があるでせうか。 妙な言い方ですが、 私はあなた方が幾つで死んだかを知らないのです。 私はあなた方の幾つの時に生まれた子供であるかも知らないのです。 あなた方は正式に結婚してゐましたし、 私はあなた方の親やきょうだいに育てられたのですから、 あなた方の年齢については度々聞かせられたのですが、 どうしてもそれを覚えることが出来ないのです。 強ひて忘れようとしたわけでなくとも、 私の心の奥の或る恐れが、 覚えることを拒んだのかもしれません。 あなた方が死んだ年頃までに、 自分もまた死ぬであろうといふことは、 幼い頃から私にしみこんでゐた恐れでありました。」
「私は結婚してから五六年になりますが、 いまだに子供をつくってをりません。 決して子供嫌ひといふのではなく、 また見かけによらず、 子供も私について来るのです。 女房は私のことを子供のようだと申しますけれども、 そして私を子供心にさせてくれる女が私の理想の女房でありますけれども、 私はかつて子供心といふものを持ったことがないような氣がいたします。 ですから子供と遊ぶことは、 私のひそかな天國であります。 けれども子供と遊んでゐるところを人に見つけられると、 なにか物を盗んでゐるところを人に見つけられたように恥ぢ入るのであります。 それは日本人の誰にでも多少はある氣持でせうけれども、 私のそれには父となることを恐れる男の氣持がまじってゐるようであります。」
「女房も子供を欲しがつてはをりません。 けれども犬の子供が産まれるとわが子のやうに可愛がつて、 懐のなかで子犬に乳房をあてがひながら、 人間はやつぱりなにかを抱くやうに出来てゐるものですといふやうなことを、 なにごころなく呟いたりいたします。 まことになにごころなくですけれども、 なにかとは無論子供であることが、 私にはよく分かるのです。 私も犬の子が産まれて一月ばかりは、 産箱を机の傍におき、 毎日夜通し飽かずに眺めて、 いろいろと世話をしてやり、 仕事も手につかないありさまでした。 これがもし人間の私の赤子であつたら、 さぞ子煩悩な父になることでありませう。 犬を飼つてゐるのも一つには子犬を育てる樂しみのためであります。 私は人間と暮らすよりも、 動物と暮らす方が安らかなのです。 人間の子供を育てるよりも、 犬を育てる方が安らかなのです。 自分の子供を産むよりも他人の子供を貰う方が安らかなのです。 私の感じによりますと、 親となることは大胆な冒険です。 貰ひ子ならば、 たとひその子がどのやうにふしあはせに育つたとしても、 まだしも親はその罪のいひのがれのすべはありませう。 と言つたからつて、 私が三つか四つの時にあなた方が死んだので、 私がふしあわせに育つたとお思ひになつたりしては、 それはあなた方のとんでもない自惚れといふものですよ。 私は自分がそうふしあわせであつたとは思つてゐないのです。 ただ私は自分の身近の人間をしあわせにすることは出来ないだろうと恐れてゐのです。 父母の愛といふものを受動的に知らない人間は、 それを能動的に知つてゐと信じることがなかなかむづかしいのです。」
⇒ 一度も父母と会話をしたことの無い川端氏が『父母に手紙を書く』という発想。 強く引きつけられる。 「三つ子の魂百まで」とは、 一般に言われるが、 人間の成長に大きく影響を与えることは間違いない。 最終的には、 ノーベル文学賞受賞と言うレベルに到達し、 自らこの世を去られた人生。(1972年(昭和47年)4月16日夜、72歳) 読者として、 色々学んでいきたい。
⇒ 川端秀子奥様は95歳というご長寿で、 川端康成氏に関する多くの著書を残されている。 『川端康成とともに』 新潮社 「特別手記 插話『わが夫・川端康成』『週刊新潮』、新潮社 「続・川端康成の思い出」『川端康成全集 補巻2 書簡来簡抄』新潮社 「出会い」『川端康成 (群像 日本の作家)』小学館 「あの鋭い眼が……――私の夫に就いて語る」『文學時代』新潮社 「独占 川端秀子未亡人が沈黙を破った五時間 / 川端秀子」『現代』、講談社 「特集 川端文学の花 牧進に開花 めぐりあい / 川端秀子」『月刊美術』、サン・アート 「特別対談 ノーベル賞の夫『没後のてんまつ』川端秀子(川端康成未亡人) & 佐藤寛子(佐藤栄作夫人)」、文藝春秋〈週刊文春〉 → じっくり、 奥様の著書も読みたく思う。
⇒ 『父母への手紙』と言う発想から、 色々なアイデアが誘発される。 例えば、 「幼い時大変お世話になった祖父母への手紙」 「青春時代に巡り会った恋人への手紙」 「愛称をつけて貰った詩人への手紙」 等々。
⇒ 更に言えば、 『川端康成への手紙』。 尊敬する方々への手紙等、 次々と構想が浮かんで来る。 これは正に川端康成『父母への手紙』読書効果である。
2)ノーベル文学賞受賞作家・Kazuo Ishiguro(石黒一雄)
ノーベル文学賞受賞作家・Kazuo Ishiguroの作品を最寄りの図書館に購入頂いた。 『The Unconsoled』 『THE BURIED GIANT』 『When We Were Orphans』 『An Artist of the Floating World』 『NEVER LET ME GO』 『My Twentieth Century Evening and Other Small Breakthroughs』 『Come Rain or Come Shine』 アメリカ英語で育った者としては、 イギリス英語に興味深々である。 例えば、 『An Artist of the Floating World』の中に出て来る「In the way characteristic of the family, she made scant effort to hide the fact that her concern lay with how the house – rather than its habitants – had fared during the war; she gave only the briefest of commiserations on hearing about my wife and about Kenji, before embarking on questions concerning the bomb damage.(彼女の家族に見られる特徴的な有り様として、 彼女は住民のことよりも家(建物)が戦時中にどうであったかということに関心を持っていると言う事実を隠そうとしなかった。 爆撃の被害状況に関する質問に入る前に、 私の妻とKenjiについては軽く同情の意を示すのみであった。)」の様に、「had fared during the war」や「she gave only the briefest of commiserations」にイギリス英語の匂いを感じる。
⇒ ノーベル文学賞受賞作家の作品と言う高水準の下に展開されたイギリス英語表現に触れ、 物語構成と言語について学んでいきたい。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇 本日のメッセージ
和の中に 幸せ来る 世の道理
心磨いて 至福人生
人の喜びを優先すれば、あなたの心も至福の時をえます。 相手の喜びを優先させ、愛情を深くして対話を広げれば、今日の流れはすべて上手く運ばれます。 一歩さがって、相手の意見に合わせてください。 調和・和睦を大切にして、丁寧な言葉でお話を進めてください。 充分な時間も準備してください。 少し譲歩しても充分です。 与えることは、あなたの愛情そのものです。 心を磨いてください。 心を成長させてください。 あなたの心の至福は与える環境から始まります。
Thackery




