2016年の第89回アカデミー作品賞を『ムーンライト』が受賞したことは驚きに近いものがあった。『ラ・ラ・ランド』の作品賞受賞を確信していたし、そうでなくても『LION/ライオン~25年目のただいま~』や『マンチェスター・バイ・ザ・シー』といった秀作が目白押しの年だった。ほかの候補作でも、個人的には『最後の追跡』や『ハクソー・リッジ』といった作品に好感を持ったが、『ムーンライト』はそれほど好きな作品とは思えなかった。経済格差や黒人差別、LGBTといった問題意識があり、かつ美しい作品だと初見で素直に認めることができた作品ではあったが。そのバリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』に続く作品。
1970年代、NYのハーレム。幼い頃から共に育ち、強い絆で結ばれた19歳のティッシュと22歳のファニー。幸せな日々を送っていたある日、ファニーがいわれのない強姦の罪で逮捕されてしまう。ティッシュと彼女の家族はファニーを助け出そうと奔走するが、彼らには様々な困難が待ち受けていた。
原作は、ドキュメンタリー映画『私はあなたのニグロではない』の原作者ジェームズ・ボールドウィンの小説。公民権運動家として知られる彼の作品が原作とあれば、かなり政治的なメッセージが強いと想像された。映画の原題と同じ原作名『If Beale Street Could Talk』は、冤罪の現場であるビール・ストリートが「もし話すことができるならば」という、内容を強く暗示させるもの。それを「恋人たち」とつける邦題は随分と甘いものになっている。
『ムーンライト』よりは、かなりストレートな恋愛物(ただ単にホモセクシュアルがヘテロセクシュアルになっているからというものではなく)。幼馴染の恋人たちの感情は実にピュアであり、冤罪という最大級の困難にもひるむことなく立ち向かっていく彼らの強さには心打たれるものがあった。そして、ティッシュを支えるためであったとしても、実の息子ではないファニーを信じて彼を助けようとするティッシュの家族の愛情も感動を呼ぶものがあった。ティッシュの母親シャロンを演じるレジーナ・キングが、この作品でアカデミー助演女優賞を得たのも納得できるものだった。
この作品を素直によしとできないのが、白人に対する嫌悪が顕著に感じられること。冤罪を作り出す白人警官や、ティッシュが働く香水売り場に立ち寄る白人男性の「黒人女性は性の対象」的な描き方に著しい類型化が見られる。今日よりももっと黒人差別が露骨であった70年代を舞台とするとはいえ、もう少し前向きな視点がほしかった。その点、『ムーンライト』は今日が舞台だけに、より今日的問題として受け入れられるように感じる。
あとポジティブに評価できるのは、70年代を意識したファッション。特にティッシュの衣装は、今日の女性が見てもかわいいと思うのではないだろうか。
結論は、これならば『ムーンライト』の方がよかったなという作品。
★★★★★ (5/10)