『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』 (2017) クレイグ・ガレスピー監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

元オリンピック・フィギュア・スケーター(現プロ・ボクサー)のトーニャ・ハーディングを扱った作品。ちなみに彼女は、1992年のアルベール・オリンピック(4位)と1994年のリレハンメル・オリンピック(8位)に二度出場しているが、アルベール・オリンピックまで同年に行われていた夏季と冬季オリンピックを、2年おき開催とするための2年間隔の冬季オリンピックだった。

 

むちゃむちゃ面白い作品。しかし同時に危険な作品。なぜ危険かと言えば、この作品が誰もが知っている近い過去のセンセーショナルな事件に関して「事実に基づいて作られた」とされているため。

 

例えば、園子温の作った最悪の作品に『冷たい熱帯魚』がある(園子温は、『ヒミズ』『希望の国』、『愛のむきだし』といった素晴らしい作品も作っているが、東電OL殺人事件を扱った『恋の罪』や埼玉愛犬家連続殺人事件を扱った『冷たい熱帯魚』では、事実を歪曲している。しかも後者は、冤罪被害者を犯罪者として描いているため特にひどい)。もし埼玉愛犬家連続殺人事件を知らなければ、あるいは逆にその事件を深く理解している者にとっては、純粋にフィクショナルなエンターテイメントとして楽しむことができるかもしれない。しかしあの作品が、実際に起こった事件を基に作られていると生半可に知れば、そこに描かれていることが真実だと思ってしまうだろう。映画で描かれたように、風間博子氏が「派手なスパッツとラメ入りのサンダルを履いて、カラオケで得意の演歌を歌いながら死体を解体した」と安易に信じてしまう危険がある。そしてその多くの人は、彼女が現在も獄中で死刑囚として再審請求をして冤罪を晴らそうとしていることは知らないであろう。

 

ハーディングは、ナンシー・ケリガン襲撃事件を事前に知っていたという事実認定に基づいて、3年間の執行猶予と5年間のアマチュア公式競技参加資格の剥奪処分となったが、それは実行犯を雇った元夫が司法取引で自分の罪を逃れるために彼女に不利な証拠を提出し、ハーディングはやはり司法取引で自分の罪を認めて懲役刑を免れたもの。冤罪の温床である司法取引による証拠に基づく事実認定という点から、確かに冤罪の可能性は否定できない(他人の罪を密告する形の司法取引を「捜査協力型」司法取引、自分の罪を認める形の司法取引を「自己負罪型」司法取引といい、アメリカでは裁判経済性の観点から自己負罪型司法取引が多く行われている。冤罪の原因になりうるとして特に問題なのは、他人を引っ張り込む捜査協力型司法取引。日本においても2016年5月に国会で司法取引が認められることを決議し、3年以内に施行されることになっている。日本において認められる司法取引は、捜査協力型司法取引のみ)。

 

この映画が事実に基づいているかどうかは判断しようがなく、それは映画の中でもprecautionとして、「唯一の真実なるものは存在しない。なぜなら誰しもが『自分の真実』を持っているから」と語られ、例えば、ハーディングが元夫とケンカした際に、ショットガンをぶっぱなしながら、スクリーンのこちら側の観客に「私はこんなことは絶対していないからね」と語りかける(この「第四の壁」を破る手法は、舞台演劇や映画でもコメディでは時々見られるが、この作品ではなかなか効果的だった)。しかし、明らかに事実と違う内容(実際には、ハーディングは懲役刑を避けるため自ら罪を認め、そして彼女のプロ活動は制限されていなかった)の描写は、どうしてもこの作品を眉に唾をつけて観てしまわざるを得なくなる。悲劇のヒロインとしてドラマティックな効果を狙ったのものだろうが、作品が訴えるものの信用性を削ぐ残念なところ。

 

ハーディングを演じるのはマーゴット・ロビー。以前は、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)での役柄のように、モデル並みの美貌だけれども頭は空っぽというチープな役が多かったが、『スーサイド・スクワッド』(2016年)以来、極端なキャラクターを演じることにチャレンジし、それは成功している(『スーサイド・スクワッド』はどうしようもない映画だが、彼女の演じるハーレイ・クイーンだけは見る価値があった)。そして、本年のゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞した、母親役のアリソン・ジャニーの演技は素晴らしいの一言。

 

シカゴの『長い夜』を主題歌とし、ハート、フリートウッド・マック、フォリナーといった往年のヒット曲をフューチャーするのは、最近では『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』での勝ちパターン。少々ノスタルジックな雰囲気を醸してこの作品でも効果があった(『長い夜』は1970年の曲なので、1990年代のストーリーとはマッチしないはずという細かいことは言わずに)。

 

多くの人にとってトーニャ・ハーディングのイメージを変えるであろう作品。しかし冷静な人間にとっては、真実は依然闇の中というつもりで観ることで、フィクショナルなエンターテイメントとして楽しめるはずの作品。

 

★★★★★★ (6/10)

 

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』予告編