恋蛍⑰
「…何で?」
「話があって」
「何?今、聞くけど?」
ユノの言葉に桜は黙り込んだ。
「…どうしたの?」
「会いたくない…ってこと?」
「違うよ」
ユノはちょっと笑って、それでもきっぱりと答えた。
そして言葉を探しながら続ける。
「きっと…桜の顔見たら、また困らせたら悪いから…さっきみたいに」
「…さっき?」
「うん」
「あのさ、ユノ…今…何時か知ってる?」
「知らない…何時?」
「もう夜の9時なんだけどね」
くす、と笑い合う。
そして、静かな沈黙が流れる。
「前さ、桜言ったよね」
「何?」
「俺に電話かけてくれた時…Neutralって」
「…うん」
「今は?」
「…違うかも」
ユノは、一つ息をついて続けた。
「じゃ、教えてよ…」
「うん」
桜はゆっくりと話し始めた。
ユノと初めて会った時のこと。
ラーメン会のこと。
夜勤で逢えるか楽しみだったこと。
それから。
契約のこと…悔しかったこと。
そして、今の気持ちを…。
「好きって言ってもらってうれしかった」
「…ホントに?」
「うん…ありがと…ホントに」
「だったらそれでいいだろ」
「…?」
「そのままずっと、一緒に逢ったり、飯食ったり…」
「うん…」
「ずっと一緒に、居れるだけ、居ようよ…」
「そんなのは無理だよ…」
「だから、居れるだけって言ってるだろ。いい加減、言うこと聞いて」
「うん…」
恋蛍⑯
結局…ユノは、桜に気持ちを伝えたけれど、返事をもらえないまま、ぐったりと疲れ果てて
その日の勤務を終えた。
心身ともに疲労困憊し、ユノは泥のように眠った。
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深い眠りから覚めたのは、携帯の呼び出し音のせいだった。
今が昼なのか夜なのか判らない。
「誰が出るかよ」
ヤサぐれ気味に呟く。
そのままにしておくと、留守番電話に切り替わる。
吹き込みしないつもりなら、きっと切るだろう。
そう思ってユノはそのまま、まどろんでいた。
ところが、数秒の沈黙の後、思いがけない声が聞こえた。
「桜です…」
一気に目が覚めたけれど、電話はそのまま切れた。
ユノは起き上がり、枕元の携帯を見つめ…そして意を決してかけなおす。
「桜…さっき電話くれた?」
「…うん」
「どうした?」
「…逢いたいんだけど」
恋蛍⑮
「落ちついた?」
「…なんとか」
「大丈夫?」
黙って頷く桜を、ユノはその逞しい胸にもう一度抱いた。
「こんなに好きなこと、判らない?」
「…内線。とらなきゃ」
桜は内線電話を取ろうとしたが、ユノは離さなかった。
「はい、チャンです。水上さん…?さっき、そちらに。はい…じゃ」
内線電話を切ると桜は大きなため息をついた。
「ユノもそんな嘘つくんだ…知らなかった」
「もっと知ってよ、俺の事」
「そういうこと言うの、やめてよ」
拒絶ともとれる言葉に、一瞬、ユノの桜を抱く力が弱まった。
桜はユノを押し返し、体を離す。
「…今、弱ってるんだから…ホントに好きになっちゃうじゃない」
桜はそう言って笑うとユノを残して部屋を出た。
いつか見た仇っぽい笑い方。
でも、すぐにそれは涙でゆがんでいた。