目の前に現れたのは・・・私が1年近く恋焦がれ、今では愛しくて愛しくてたまらないT君。写真でしか見た事の無かったT君は、実物の方が遥かに優しそうで温かい印象でした。柔らかそうな栗色の髪と、漆黒の綺麗な瞳。
その時の私にとって彼は、「白馬の王子様」そのものでした。
「どうも・・・初めまして。Tです・・・」
「あ・・・綾香です・・・」
照れと緊張で思わず敬語になってしまいました。
本当はすぐにでもT君に抱きつきたかったけど、私はまだ夢の中にいるような気がしていて、幸せの真っ只中で思わず緩みそうになる口元をキュッとしめていました。
「あ、あの、とりあえず何かコンビニで買いますか・・・?」
「は、はい・・・」
心の距離はピッタリと寄り添っているはずなのに、初対面の緊張で近付けない・・・。コンビニに入っても二手に分かれてしまって、なんだか逆に不自然な二人でした。T君は漫画の雑誌と飲み物をレジへ持って行き、私はT君の後を追うように、お菓子と飲み物を急いで取ってレジへ行きました。レジの会計が終わると、何も言わずにそのままコンビニの外へ出て行ったT君。私も追って外に出ました。
「あ・・・どうも・・・(笑)」
「・・・どうも・・・」
「なんか・・・緊張してうまく話せないね・・・(笑)」
「あぁ・・・はい・・・すいません・・・」
「・・・T君は何買ったの?」
「俺はコーヒーとジャンプ買いました・・・」
「へー。ジャンプって読んだ事ないんだけど、面白い?」
「まぁ・・・それなりに・・・」
「後で私にも読ませてくれる?」
「あぁ・・・はい・・・」
思えば、コンビニの外に出て交わしたこの会話で、私は気付くべきでした。常に敬語で愛想笑いさえしないT君の態度で、全ての希望を捨て去るべきでした。でも、全くと言っていいほど男の人と会って話した事が無かった私に、口調から心情まで読み取れるわけもなく、私はずっと夢の続きを期待してました。
「ホテルは・・・ここからどのくらいなの?」
「あぁ・・・歩いてスグです」
「何で敬語なの?同い年だからタメ口でいいのに(笑)」
「あ・・・はい、すいません・・・でも敬語にしときます・・・」
あんなに「逢いたくてたまらない」と言ってたT君。それなのに、逢っても何も話そうとしてくれない・・・。「きっとT君はシャイなんだ・・・口下手なんだ・・・」私はそう思いました。あまりに残酷すぎる本当の理由は、夢の途中には思い出せなかったのです。
「ねぇ、すぐホテル行く?」
「ん~・・・どうしよっかなぁ・・・」
「何かあったの・・・?」
「いえ、そういうワケじゃないんですけど・・・
やっぱりちょっとお金が足りないし・・・」
「ホテルっていくらくらいかかるの?私が出すよ?」
「ん~・・・いや・・・」
「体調悪いの・・・?」
「えぇ・・・はい・・・すいません・・・昨日あんま寝てなくって・・・」
「ホテル入って、すぐ寝たらいいんじゃない・・・?」
「・・・あの・・・今日はやっぱり一人で寝ます・・・
ちょっと具合悪いんで・・・一人がいいかな、っと・・・」
会ってまだ30分と経っていませんでした。
「そんなに具合悪いなら無理して出てくる事も無かったのに」
「はい・・・すんません・・・」
「じゃあ、今日は一人で安静にしてね。
また来週、一緒に映画行こう!その時に色々話そうね!」
「あぁ・・・はい、分かりました・・・」
「それじゃ、私帰るね。一人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です・・・それじゃ・・・」
「お大事にね!」
別れ際のT君の顔は、引きつった笑顔でした。
その冷ややかな笑顔から目を反らし、背を向けて自宅へ歩き出した瞬間、全身に冷たい血液がドッと流れ込んできたような、とてつもない不安感が押し寄せてきました。今までの人生で唯一私が他人から得た「嫌われた事を察知する力」が、これでもかと言うほど働いていました。
家までの距離は数十メートルほどなのに、その道のりがとても長く感じられました。行きは心を躍らせ幸せの絶頂で歩いてきた夜道が、帰りは先の見えない暗闇のように重く、長く、できる事ならこのまま暗闇を歩き続けて何もない世界へ行ってしまいたい・・・そう思いました。
家に帰ってから、気が付くと私の両手は血まみれでした。軽いパニック状態に陥り、鼻血が出ていたのです。鏡に映った血と涙でグチャグチャになった醜い顔は、私の心を苛立たせました。この顔のせいで、私はどれだけの幸せを逃しているの・・・?
T君に嫌われたと感じてもなお、私にはすがりたい気持ちが湧いてきました。だって私にはもうT君しかいない・・・。T君が全て・・・。T君のいない人生なんて・・・考えられない・・・。付き合わなくてもいい。好きになってくれなくてもいい。ただ、今まで通りに夢を見させてくれれば、それだけでいい・・・。心なんていらない・・・だから・・・唯一の生き甲斐は奪わないで・・・。
家についてすぐ、私はT君にメールを送りました。
「今日は休んで明日の仕事に備えてね。
また元気になったらメールしようね!」
これまでと同じように、何事もなかったかのようにメールを送りました。こうすればもしかすると、T君も前と同じようにメールを返してくれて、夢を取り戻せるような気がしていたのです。
しかし、T君からの返事を見て愕然としました。
「おやすみ」
私はこの時、どうしてもT君を責める気になれませんでした。
嫌われても、避けられても、それでも好きで好きでたまらないから。
私の気持ちはまだ何も変わっていないから。
悪いのは・・・私の容姿だから・・・。