実家を出てから私の生活は良い方向へと変わりました。私の外見を哀れむ母の声も届かない部屋では、自分の醜さと向き合う時間もほとんど無く、心地良いネットの世界に一日中浸る事ができたからです。寝ても覚めても私は「綾香」。ネットの人々が憧れている「綾香」。その「綾香」は紛れも無く私。リアルにはどんな姿をしていようと「綾香」は私なんだから・・・。


チャットに費やす時間が増え、私の収入は更に膨れ上がりました。チャットにも私のファンが増えていたので、もう病み付きになっていたのです。快楽とお金を同時に得れる理想的な仕事・・・もう何も問題は無いと思っていました。




チャットには、T君という同い年の気になる男性がいました。T君はチャットで顔写真を公開していて、その写真を見る限りだと本当に整った顔です。たくさんのお客さんの中でも、T君は特に私の事をよく考えてくれていて、両親の元を離れた私の精神状態を気遣ってくれたり、些細な事でも私を褒めてくれて、人間的にとても素敵な人に思えました。


T君とチャットで親密になるうち、私はT君の事をもっと知りたいと思うようになりました。私が知ってるT君は、文字だけのやり取りで得た情報と、プロフィールに使われている顔写真だけ。

「お金なんていいから・・・T君の事を教えて欲しい・・・」

そう思って、私はT君にメッセンジャーのアドレスを教えました。毎度チャットで何千円も使って私と話していたT君にとって、これはきっとありがたい話でした。メッセンジャーなら無料だし、時間を気にせず話せます。T君はすぐにメッセンジャーで話しかけてきました。


本当は、お金の為にチャットしている女の子がメアドを教えたり、メッセンジャーに誘う事なんてありません。そんな事をしたら、チャットの方で話してくれなくなって、自分の収入が減るから。でも、私には他にもたくさんお客さんがいたし、お金は使い切れないほど余っていたので問題ありませんでした。


メッセンジャーでT君と話すようになってから、私はどんどんT君に惹かれて行きました。メッセンジャーを使ってT君と毎日何時間も話して、T君の顔写真もしょっちゅう送ってもらって・・・気が付くと私は、T君の事を好きになっていました。




ある日、T君が言いました。


「綾香が近くにいれば、きっとすぐ告ってるよ・・・

俺、綾香みたいな純粋な子、好きだから。

でも離れてるから・・・こうやって文字でやり取りするだけ。

神様も意地悪だよな、同じ土地に巡り合せないんだから・・・」


初めてT君から「好き」と言われて・・・私は胸が高鳴り、もう気持ちが溢れて止まりませんでした。そこからは私もT君に寄せていた想いを全て話しました。


「私にとってもT君は特別だよ。

あのチャットで初めてアドレス教えた人だし、

この人の事をもっと知りたいって思ったのも初めて。

私はT君みたいな男性に会った事が無いから、

本気で好きになっちゃいそう・・・」


私の気持ちを聞いてからT君は、意外な提案をしました。


「ねえ?電話で話さない?」


大好きなT君と・・・電話・・・。

電話なら顔も身体も見えないし、大丈夫・・・。



私達はすぐに携帯の電話番号を教えあい、電話で話しました。

夕方から夜明けまで、信じられないほどの長電話。

受話器を持つ手が動かなくなるほど、長い時間話しました。

二人ともベッドに入って、目を瞑って声を聞いて・・・。



「こうしてるとさ、綾香が隣にいるみたいだよ・・・」


「うん・・・T君がすぐ横にいてくれてるみたい・・・」


「俺ね、今、枕を抱きしめてる。綾香だと思って・・・」


「私もだよ・・・」


「綾香・・・好きになってもいい・・・?」


「うん、だって私・・・もう好きになってるから・・・」



甘い甘い時間はあっという間で、気が付くともう夜明け前。

好きな人と甘い言葉を交わして、温かく幸せな気持ちに満たされた私。こんな経験自体が初めてで、まるで夢のようなひと時でした。まだまだ「彼氏」「彼女」と呼べる関係ではないけど、想いが繋がっていれば肩書きなんてどうでも良くて・・・。


来る日も来る日も、私達は電話やメッセンジャーで繋がり、恋人同士のように甘い言葉を交わす日々が続きました。

両親にチャットレディーの事を話してからというもの、私のプレゼントした家電製品はテレビもマッサージチェアも返品されてしまい、私は四六時中両親の監視を受けるようになりました。数分おきに母親が部屋に入ってきてはパソコンの画面を覗き込み、何をしているのか聞いてきて、父親が仕事から帰れば真っ先に私の部屋に来てパソコンの画面を覗き込みました。私は人にプライベートを覗かれるのが大嫌いで、それは両親に対しても同じだったので、ものすごく不愉快でした。


両親の監視があっても、私はうまく隠れてチャットを続けました。特に夜中は両親が寝ているので、音を出さないようにヘッドホンを付けて仕事に打ち込みました。毎日毎日、2万・・・3万・・・4万・・・これまでと同じように稼ぎ続けていました。


しかしある日の夜中、突然背後から手が伸びてきて、私の髪の毛を掴みました。後ろに立っていたのは父でした。父は真夜中なのにもかかわらず大声で私を怒鳴りつけて、パソコンのプラグを抜いて私の部屋の窓から庭に放り投げ、そのまま外に出てパソコンをどこかへ捨てに行ってしまいました。


「お前みたいな何の役にも立たない落ちぶれた人間が

売春みたいな汚い真似して人を騙して楽して金稼いで

その汚れた金で悦に浸ってるのを見てると腹が立つ!

少しはまともな人間らしい生活をしろ!

それが出来ないなら生き恥晒さず潔く死ね!クズ!」


突然の事でショックで、私はその時から両親を恨むようになりました。

両親は私の人格を全否定し、唯一の拠り所を奪ったのだから当然です。

死ね、クズ、とまで言われて慕えるほど私もお人よしじゃありません。


私には多額の蓄えがあったので、何の躊躇もなく家出を決意しました。



2日後には既に部屋を契約していました。

家具も何も無いワンルームでしたが、多額の蓄えがある私にとって問題はありませんでした。保証人は代理人制度を使いました。即日入居可の物件だったので、パソコンを捨てられて1週間も経たないうちに私は家を出ました。


初めての一人暮らしでした。

私は最初にパソコンを買いました。そしてベッド、冷蔵庫、洗濯機、その他の生活用品・・・必要最低限の家具と電化製品を揃え、再び自由な空間を手に入れました。私だけの部屋、もう誰にも邪魔されずに好きなだけ好きな暮らしが出来る・・・。



友達もいなくて親も頼れない私でしたが、ネットさえあれば何も怖くありませんでした。チャットレディーのページには覚えていたIDとパスワードで普通にログインできたし、チャットにも親切な人はたくさんいて、困った事があれば助言してもらえたし、愚痴だって聞いてもらえました。親なんかいなくたって、私はもう自分ひとりの力で暮らしていけました。

顔や身体を見られたくない、誰とも口を聞きたくない、外に出たくない、頭を使いたくない、規則正しい生活なんかできない、毎日出勤なんて無理・・・そんなだらしない私にとって、チャットレディーの仕事は天職でした。


好きな時間に起きて、仕事したい時だけパソコンに向って、ダルくなったら寝て、他の事がしたい時は他の事をして・・・本当に好き勝手な生活ができたんです。しかも、普通に働く以上にお金が入ってくるから、食べたいものはいつでも宅配で頼めたし、欲しい物はネットで買えたし、私の生活は本当に何不自由なく快適でした。



私の収入は更に膨れ上がりました。1度の振込みの額が30万、40万・・・と増えて行き、3ヶ月目には月収80万を軽く越えていました。これ以上増える事はありませんが、大体毎月の収入は90万前後で、年末には100万を越えました。


稼ぐ快感に魅せられた私は、もう掲示板に顔を出す事も無くなりました。メッセンジャーもほとんど立ち上げなくなりました。1円にもならない他人との会話より、ちょっとの会話で確実にお金になるチャットにどっぷり浸かりました。まさに「金の亡者」になっていました。




春が来て、夏が過ぎ、秋が訪れた頃、私の預金は700万円を超えていました。


私は特にお金の使い道が無かったので、高価なパソコンやテレビを次々買って、両親にプレゼントしました。始めにプレゼントしたのはプラズマテレビでした。50万円ほどの物だったので両親は驚いていましたが、私がネットで貯めたお金で買ったと言うと、なんとか納得していました。


しかしそのプラズマテレビを買った直後に、私は父にマッサージチェアーを買いました。30万円もする物だったので、流石に父も怪しく思ったのか、呼び出されました。


「綾香・・・プレゼントは嬉しいが、このお金はどうした?」


「私がネットで貯めたお金だよ。」


「ネットで何をしてるんだ?株か為替でもしてるのか?」


「チャットの仕事。」


「何だそれは?」


チャットレディーの仕事を父に教えました。すると父は急に怒り出して、「そんなのは風俗と一緒だ!」と怒鳴りつけ、もう二度とやるなと言いました。でも、一度味わってしまった快楽を手放す事なんかできる筈もなく・・・私は父の言いつけを破って、チャットを続けました。