さすが積みゾイド、震度5強でもなんともないぜ!
諸君はゾイドをどのように保管しているだろうか? 私の場合はこうだ。
押し入れの中もゾイドで満たしてしまった後、しょうがないので、いかに生活空間の無駄にゾイドを充填していくか、こればかりを考えた。とりあえず、本棚の上の空きスペースにみっちりとゾイドの箱を積み上げた。通称・第一ゾイドタワーの建造である。
しかし、所詮はわずかな隙間。それもすぐに埋め尽くされた。次はベッドの下だ。物によっては電動キットの箱を二つ重ねることができた。が、これも所詮隙間に過ぎない。あっという間に埋まる。クソ、次はどこに積めば……
ベッドに横になりながら思案に暮れていると、そこではたと気が付いた。ベッドの下はわずかな空間しかないが、ベッドの上はかなり大きな空間が空いているのである!
そこで私は、ベッドを二段ベッドに変えるという暴挙に出た。二階部分にはゾイドを寝かせておくのである。
それがこれだ。

第二ゾイドタワー
画面右側に見えるのが第二ゾイドタワー(ちなみに左が第一ゾイドタワー)。二段ベッドの二階部分の上に衣装ケースを置き、中にはCPなど細々した物を整理。その上に、天井までゾイドを積んでいく。段ボールは、ゾイドコア・ドットコムから送られてきて封も開けていない未組ゾイド群。何が入っているかもよく把握していない。

第三ゾイドタワー
ベッドの反対側にもゾイドを積んでいく。これが第三ゾイドタワーである(ちなみに画面右は第一ゾイドタワー)。一番てっぺんは「バトルブロックス」である。積む箱の組み合わせを練りに練り、天井との隙間は1mmもない。これが驚異の耐震構造を生みだし、一昨日の震度5強をも無傷で凌ぎきった秘密なのである。

見ての通り、第二タワーと第三タワーの間にまだスペースがあるのが分かるだろう。とりあえず、今のところは荷の積み卸しの作業スペースとして空けてあるのだ。今後徐々に埋まっていってしまうのであろうが、なるべく衝動的な複数買いなどを押さえて長持ちさせたいところだ。この、頭上空間が埋め尽くされてしまったら、ゾイド保管の抜本的構造改革を迫られることになる。ギリギリまで目をつむっていたいのは族議員も私も同じなのである。
ちなみに、常時飾ってあるゾイドはごくわずかだ。谷間に咲く百合のように、ひっそりと存在している。
ゾイドジェネシス 第十九話「紅蓮」感想
今回のあらすじ──
まだ傷の癒えきらぬラ・カンであったが、これ以上迷惑をかけられないと村を後にする。
一方、事態を察知したゲオルグは、部隊を率いてピクル村を制圧。ラ・カンらをかくまった見せしめに村を焼き払う。
急変に気が付き引き返した一行はディガルドと交戦、ゲオルグの猛攻にラ・カンが追いつめられるも、ルージの叫びに呼応し進化したハヤテライガーによってゲオルグのバイオトリケラは奈落へと沈むのだった。
今回は、ラ・カン絶体絶命のピンチに、ムラサメライガーがハヤテに進化して窮地を救うという山場の回である。
しかし!
しかし、映像のあまりのショボさに、本来ならば盛り上がるエピソードを生かし切れなかったのではないだろうか。話以前の問題である。
『ジェネシス』は開始当初から制作環境の劣悪さが俎上に上げられていたが、2クール目に入っても立て直すどころか悪化しているような印象を受ける。ここ数週間は特にひどい。立ち回りはカットを細かくつないだ臨場感に乏しい物が続いている。長回しのスリリングな戦闘シーンが見たい。
先週なんか制作上の指示と思われるカット番号が入ったままの映像が放送されたし……
今週も回想シーンが多いのはおいておくとして、最大の山場、ハヤテへの進化のシーンがやけにあっさり、というか、安い作りだった。これは致命傷ではないか。だって、変身シーンと言えば一番燃えるところじゃないか。
ネット上の意見では「ハヤテに進化するようになれば、待望のバンク(使い回しシーン)ができて制作も楽になる」との意見を多く見た。なるほど、アニメのああいったシーンにはそういう意味合いもあったのか。ところが、ハヤテの進化シーンはとても複数回の視聴に耐えうる出来ではなかった。残念。『/0』の換装やバスタースラッシュのシーンなどは何度見ても燃えるものがあっただけに、一視聴者として、このていたらくは本当に残念な限りだ。
同時に、スポンサーとしても新商品の最大のアピールチャンスを生かし切れなかったということだ。これではこのアニメを放映する意味がない。
アニメーションという表現形態を取っている以上、脚本や演出の力だけではいかんともしがたい部分があるのだ。だから、声を大にして提言したい。
金をかけろ!
再録 「理屈なんだよ!」
昨日、『ゾイドバーサス』が嫌いだという話をした。ファンの人にとっては一言で断罪されては納得がいかないだろうから、以前「旧・ゾイド徒然草」で書いた文章を再録しておく。
理屈なんだよ![1]
PS2版『ゾイドインフィニティ』で多くのプレイヤーが戸惑ったであろうことに、アーケードモードとストーリーモードでは仕様が違うことが挙げられる。何故そうなのか。アーケードモードは業務用の(ほぼ)ベタ移植であるのだが、ストーリーモードの方はタイトーとは無縁の会社のいわば「創作」だからである。ほら、起動時にクレジットが出るだろう、「翔泳社」という会社の。『ゾイドバーサス』シリーズを作っている会社といえば、「ああ、道理で」と思う人も多いと思う。
何度か言っているが、私はバーサスシリーズが好きではない。ゲームデザインにセンスがないからだ。というか、まじめにゲームデザインということを考えたことが無いのだろう。
一定の技術力のある会社なのだとは思う。3Dモデルを作り、アルゴリズムを作ればゲームとしての体裁は保てる。これらを成すのは技術力である。しかし、技術がゲームを面白くするのではない。ゲームのルール、すなわちゲームデザインの良否がゲームの面白さの根幹なのである。
つづく
理屈なんだよ![2]
『ゾイドバーサス』を例に挙げよう。このシリーズでは四肢や胴などに部位ダメージが設定されている。損害を受けた部位によって速度や旋回性能が低下するというシステムだ。しかし、アクションゲームは操作性が快感の源泉。ダメージで不如意になるのはストレスを蓄積させる。
いや、そのことがゲームを面白くするのであればそれで良いのだが、このシステムが面白さにまるで貢献していない。例えば、サイクスを相手にして「機動力を奪うためにまずは脚を狙おう」と思う者がいるだろうか。いないはずである。狙ってできるものでもないからだ。
この、全く機能していないシステムがシリーズ三作目にして健在であるところに、ゲームデザインに対する鈍感さが現れている。
これに対し、部位ダメージを面白いゲーム性に仕立てている作品もある。例えば多くのプロレスゲームがそうだ。ラリアットの得意な選手を相手するときは関節技で肘を攻めるのが定石だ。得意技を封じるためである。しかし、多用すれば読まれてしまう…… 実際のプロレスでもそういう展開をするから、モチーフの再現性とゲーム性の両面で優れたゲームデザインなのである。
つづく
理屈なんだよ![3]
さて、そのようなゲームデザインに無頓着なところが『∞』をアレンジするとどうなるのか。ああなるのである。改悪の例をいくつか挙げてみよう。
まず、カスタマイズについて。アーケード版『∞』でカスタマイズはプレイヤーに無限の組み合わせが与えられていた(もっとも、使える組み合わせは限られているが)。各バリエーション機はプレイヤー自らが再現するという方向性になっていた。自由がある中で主体的に選んだ装備だからこそ思い入れも大きいし、どういう戦い方をするのかという戦略要素がここにある。そして、現実のゾイドの遊び方を再現もしているのである。
これに対しPS2版ストーリーモードでは細かなバリエーション違いがあらかじめ用意されている。それ自体の善し悪しを断じるのは難しいが、真逆のゲームデザインになっており、敢えてこういう仕様にした理由がよく分からない。理屈が見えてこないのである。もし、「登場ゾイド何種類!」という宣伝文句のためだけであれば、ナンセンスという他はない。
つづく
理屈なんだよ![4]
次に、必殺攻撃時のカットインについて。格闘ゲームでは超必殺技発動時におなじみの演出だが、あれは決定力抜群の攻撃だからこそ効果的な演出なのだ。これが『∞』では攻撃の選択肢の一つに過ぎず、例えれば格闘ゲームで通常必殺技を出すたびにカットインが入るようなもの。テンポを阻害するばかりだし、そもそも試合の流れの流動的な『バーチャロン』タイプのゲームとは相性が悪いように思う。
他にも、細かい点で疑問が多々ある。逆に名作と言われるゲームであれば、プレイの度によく考えられた仕様であると再発見できたりする。
創作は「理屈じゃねーんだ!」という意見もあろう。確かに、名作は理論だけでは生まれてこない。しかし、成熟した娯楽産業では定石が理論化されているものだ。ゲーム業界はこれがまだ未熟で、理論とノウハウの蓄積で信頼できるメーカーは限られている(私見を言わせてもらえば任天堂やトレジャーがそうだ)。
ゲームの何が面白いのかというポイントから、理論的な帰納演繹でゲームを構築する。これがプロの仕事だと思う。思いつきを仕様にするのは素人でもできる。ゲームデザインは理屈なんだよ!
捨てる勇気 変わる勇気[1]
四回も使ってゲームのダメ出しをしたが、非難が目的なのではない。一ファンとして、メーカーの奮起に期待してのことである。
いろいろと事情があるのは分かる。話を分かりやすくするために『バーサス』に絞ろう。
一番大きいのは、ゲーム開発にはお金がかかるということだろう。毎回ゼロから作り直していては負担が大きい。そのため、一度構築したシステムやデータは会社の財産として有効に再利用する。徹底的に作り込むということも経済的に不可能なので、適当な頃合いで完成とし、続編をリリースする。しかし、そうやって固まったシステムの上にデータ量だけを増やしていく、量的拡大に過ぎない続編のなんと多くなったことか。
これの弊害は大きい。前述のように、何の検討もなく意味のない仕様が残ってる。あるいは、木に竹を接ぐように空中戦を導入したため、オーソドックスなフライトシューティングの操作から外れ、遊びにくいものになっている。本来はどちらもゼロから検討し直されねばならぬ点なのだ。操作系やロックのシステムなどは本来二作目で仕様が変更されるべきだったように思う。ファンの度量に胡座をかいてはいけない。
つづく
捨てる勇気 変わる勇気[2]
これに対して、本家であるキットの方は大胆に新しい血を入れたり、それに際してゼロから検討して切るべきところを切るという姿勢も見られる。けして、ライガーばかりを縮小再生産しているのではないのだ。
一例としてSSゾイドからBLOXへの流れを見てみよう。SSゾイドが発表された当初、やはり非難の声は小さくなかった。無動力ということがゾイドのアイデンティティをないがしろにしていると見られたためであろう。
その非難を受けてもなお導入したかったコンセプトは「動力を廃することで自由になるモチーフ」と「統一したハードポイントでの自由な組み替え」だった。そしてこれは見事にコケたと思う。SSゾイドはわずか数種にとどまった。従来のゾイドのスタイルに引きずられ、コンセプトの徹底ができなかったためだと思う。「この形ならゼンマイを仕込めた」と感じるものがほとんどだったし、組み替えの自由度などは無きに等しかった。
しかし、それでは終わらなかった。当初のコンセプトをゼロから再検討した結果がBLOXとして結実したのだろう。前に進むために切るべきは切る。この心意気がゲームの開発会社にも欲しい。
類似テーマの文章をもう一つ追加。(8/18)
『VS.』と『∞』に見るゲームデザイン[1]
私は『ゾイドインフィニティ』を高く評価しているが、一見類似している『ゾイドバーサス』への評価は低い。フレームレート等からくる操作性という、アクションゲームとして重要な部分で差があるのも大きい。しかし、決定的な理由はゲームデザインの方向性が違うからである。
私はレースゲームも同様に評価する。私は『リッジレーサー』を高く評価するけど、『グランツーリスモ』のへ評価は低い。前者がゲーム性の核を持ち、後者は焦点の希薄なシミュレーター的なものになっているからだ。
レースゲームのほうから具体的に説明しよう。レースは「速く走る」というのが第一の目的である。『GT』はそのための方策が無限にある。そのため素人には何をしたらよいか分からないし、真っ直ぐ走ることさえ困難だ。
対して『リッジ』はどうか。本作の最大の特徴は豪快なドリフトにあるが、実は挙動はいい加減で、テールさえ流れていれば自動的にコーナリングできてしまうプログラムなのだ。あたかもレールの上を走るがごとく。このため、初心者でも容易に快感を味わえる。ゲームの焦点を「気持ちいいドリフト」に合わせているのである。
つづく
『VS.』と『∞』に見るゲームデザイン[2]
同じ3Dシューティングながら、『VS.』はゾイドシミュレーター的なものになっている。やれることが多いし、シチュエーションも豊富だ。しかし、それがゲームとして面白いかどうかは別だ。
では『∞』はどうか。3Dシューティングは敷居が高い。撃つことと避けることは矛盾した要素であり、これを平行して行うのは困難な操作が要求されるためだ。
それが本作では「ハイパーブレーキ(HB)」という動作を設けることで素人でも格好のつく戦いができるようになっている。HBさえすれば相手を狙い撃つことができる。しかしHBは隙を伴う諸刃の剣にもなっており、駆け引きはHBの周辺で組み立てられる。ここに強いゲーム性が生じるのである。
上級者ほど様々なテクニックでHBに頼らなくなっていくが、それも初めにHBというシステムありきなのだ。そして、このゲームが成立するのは一対一という状況だからなのである。
最近は「ゲーム性の核」が存在する作品が減っている。技術の進歩で美麗な映像は容易に作り出せるようになったが、「何を楽しませるのか」ということは感性の閃きや、ノウハウの蓄積でしか得られないからである。
ゾイドバーサスの人たち
度々言っていることだが、私は『ゾイドバーサス』シリーズを全くと言っていいほど評価していない。ゲームデザインの根幹の部分に見誤りがあるからだ。だから、一応シリーズは全作買ってはいるが、最後までやったのは「1」だけの気がするし、ストーリーに至っては全然覚えていない。
そんなバーサスシリーズの登場人物だが、よく『ゾイドサーガ』シリーズなどに出張して出演していたりする。だが、全然思い入れのないキャラクターなので嬉しくもない。
さて、『ゾイドタクティクス』の続きだが、あれから、ギガが完成した共和国軍は雪解けを待たずにクック砦を急襲、拠点の確保に成功する。次にハーマンから受けた指令はニカイドス島の調査だった。
ニカイドス! この言葉を聞いて、どんな出会いがあるものかとワクワクした。もしかしたらカノンたんの電撃クロスオーバーがあるかもしれないし、眼鏡&スパッツとニッチ精密射撃のエリス中尉が登場するかも! そう思っていたら、出てきたのがブルーユニコン、ロットティガー&テラガイストの皆様。勝手な想像を裏切られて少々残念、というか、むしろガッカリした。萎えた。私、あんたたちのこと微塵も覚えてませんから。
なんかこう、二次創作やっている同人作家にオリジナルキャラのことを熱く語られた感じ。『ゾイドフューザーズ』すら正史だと容認する私であるが、こいつらだけは鬼門なのだ。
PS2『ゾイドタクティクス』ファーストインプレッション
まだミッション17をクリアしたところだが、とりあえずファーストインプレッションを。
PS2用ソフト『ゾイドタクティクス』はゾイドを題材としたシミュレーションRPGである。
ゲームの舞台はアニメ『ゾイド』とゾイドバトルストーリーを融合したもの。バンらの冒険はバトストで西方大陸戦争が行われているとき、南エウロペで行われていたものと位置づけ、極力つじつま合わせをしている(破綻もあるが)。
さて、ゲームとしての出来であるが……
予想通りというか、へぼい。翔泳社のロゴが出た時点で不安な気持ちにさせられたが、オープニングムービーの、モルガのモーションを見た時点で第二の対人地雷を踏んだと確信。
ゲームの流れは、
↓
インターミッション
↓
バトル
……と繰り返していく形となる(全26面らしい)。
それで、残念なことに、その全てにおいて難がある。ずおぉぉ!!
まずストーリー・イベント画面であるが、紙芝居以下である。これが一番キツイ。基本は背景の一枚絵の上に、各キャラクターの顔グラフィックとセリフのテキスト表示されるといったもの。これに「ズギャァァン!」とか効果音が入ったりする。
何が問題点かというと、圧倒的に説明不足なのだ。地の文がほとんど無くセリフのみに近いので、どういう状況か把握が困難なのだ。生身の人間が話しているのか、ゾイドに乗った者がしゃべっているのかも区別できない。もっとひどいのは、砲撃を受けて負傷するというシーンで「ドゴーン!」とか効果音がなるだけでテキストも無いというもの。これでストーリーを追えるものはエスパーかチャネラーだけだ。はっきり言って、アニメやバトストを熟知していないと理解不能である。
まずゾイドファンしか買わないゲームではあろうが、やはり単体の商品として存在する以上は予備知識のない人間でも楽しめるように作らないと嘘だ(ファンでも楽しめるか微妙だし……)。理想を言えば、『ゾイド妄想戦記』のようなデジコミになっていたら、と思う。
次にインターミッション。ゾイドのセッティングをしたり、登場するパイロットを選んだりして、バトルに向けての作戦を練るパートだ。
「換装」によるバリエーション機の再現というアイディアはよかったと思う。自由度の高い改造を許しては、シミュレーションゲームとしてバランスを取りきれないと思うからだ。これに、特殊効果を持つオプションの装備とパイロットのスキルの組み合わせができるので、自分なりの戦術を模索する楽しみはあると感じられる。
このパートでまずい出来なのはインターフェース的なものだ。たとえば×ボタンを押すとどこまでメニューが戻るかとか。ここがあまりよく考えられていないので、作業中に要らないストレスを感じる。それと、セーブにかかる時間が長すぎではないだろうか。しかも、セーブの進捗状況を表す視覚効果がないので、フリーズでもしたかと不安になるほどだ。そういった手触りの部分はおろそかにしないでほしい。
それと、どうしても気になるのがゾイドの能力の設定だ。ケーニッヒのEX技(ピンチの時にだけ使える攻撃力の高い攻撃)がストライクレーザークローだったりする。そこはエレクトリックファンガーだろう! とコアなファンはみな思ったことだろう。また、荷電粒子砲がすべてEX技扱いというのもいただけない。攻撃力に見合ったエネルギーが消費されさえすればバランス的に問題はないわけで、なかなか荷電を撃てないジェノザウラーやデスザウラーはなんか違う気がする。
さて、メインとなるバトルのパートはどうか。
バトルはスクウェアで区切られたマップ上でユニットを動かし、ターン制で攻防をするオーソドックスなもの。ZOCあり、移動後の遠隔攻撃は不可など、基本を押さえた作り。バランス的にも二三発被弾すると死ぬようになっており、それなりに考えないと無傷での進撃は難しい。
なんだ、じゃあ安心して楽しめるのかというと、やっぱり難がある。純粋に数字のやりとりをするゲームとしてはそこそこ遊べるのだけれども……
まず、パッと見マップ画面のショボさは気になる。これは本当にPS2のゲームなのか? 高低差があるでもなく、スーファミレベルのグラフィックの、のっぺりとしたマップは求心力に乏しい。そして、スクウェア上に並ぶユニットのアイコンは各ゾイドの頭部を切り出した絵。グラフィックデザイン的にもよろしくないし、なにより顔が並んでいるだけでは戦況が把握しにくい!
かつてPSで発売されたシミュレーションゲーム『ゾイド』では、ユニットは各ゾイドをシンボライズしたアイコンで表示されていた。しかも陣営で赤、青と色分けされていたから、戦況の把握もしやすかった。半端にグラフィックを良くしようとするよりは、あちらの方が見栄えも機能性でも上であったのではないだろうか。
次に3D戦闘。全体的に冗長。モデリングはショボめ。このレベルであるならばもっとロードを早くするとか、あるいはもうちょっと頑張って美麗な絵を目指して欲しかった。モーションの付け方も、ものによってはかなり雑に感じる。
細かいところでは、ダークスパイナーの二連装キャノンとマシンガンを取り違えていたり、ジェノブレイカーのウェポンバインダーからミサイルが射出されるときハッチが開かなかったりする。これはファンとしては悲しい。我々はそういったディティールを愛しているからだ。
それに、戦闘時にキャラクターがしゃべるセリフに違和感がある。バンが「レーザーブレード!」とか叫んだりするのだが、それはないだろう。無印キャラで技名叫ぶのはトーマくらいじゃなかったろうか? このあたりに原作に対する愛のなさが感じられて残念だ。
それと、全般的に音楽がイマイチだ。オープニングムービーのバックに流れるメインテーマだけはまずまず格好良いが、あとはちょっと……
いっそ、アニメの曲を使えば良かったのだ。そりゃ、それをやったらロイヤリティを支払わねばなるまいが、ファンのためのゲームでファンにサービスしないでどうする!
バンがEX技を使うときに『Wild Flowers』のインストが流れ出したら超燃えると思わないか!? 諸君!
ストーリー展開について少し。ミッション7において、ロッソとヴィオーラが、ルドルフを逃がすためにレイヴンの前に立ちふさがるイベントが発生する。ここでアニメの展開に倣ってロッソらを見捨てて撤退すれば「ガーディアンフォースルート」、撤退しなければ「バトストルート」に話が分岐する(らしい)。お楽しみを取っておくために、私はまず「ガーディアンフォースルート」を選択した。
その後ミッション15でヒルツの野望を打ち砕いた後、突如、鉄竜騎兵団が帝都を制圧、共和国に進撃という流れになった。どうも、どちらのルートを選んでもミッション16からはネオゼネバス対共和国軍残党の戦いになるようだ。
それで、ミッション16はバトストでおなじみの、トミー・パリスが大統領を連れて脱出を計るというものになった。マップ端まで移動できればクリアとのことだが、多勢に無勢ちょっと無理っぽい印象がした。ところが、そこに助太刀に現れた謎のジェノブレイカー。その機体には「R」の紋章が! という、バトストファンにはたまらない展開に。俄然面白くなってきた。
ミッション17はゴジュラスギガのファンブックEXの内容なのだが、なんかあの人もいるわ、妄想戦記も絡んでくるわで、濃いファンとしてはニヤリの展開である。早く続きがやりてぇ!
──と、それほど良いゲームとは言えないにもかかわらず、ファンを狙い撃ちにした小技にすっかり騙されている筆者であった。