行政書士受験日記
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商法

5時起床。

急ぎ商法を終了させたが、

過去問数も少なく、穴だらけという感じ。


これで法令は終了。

やっと一般知識にかかれるが、他の受験生に比べたらあまりに遅い。

これといった対策もなく、正直どうしたらよいかはわからない。



独学の民法

世間では、法学部を卒業していれば、法律に詳しいと思われている。

しかし、実際には、そんなこともない。


大学で、どのような講義が行われているのか、外からは想像がつかないのではないだろうか。

受験予備校の講義というものを受けたことがないので、知らないけれど、

それに似たものだろうと想像する人もいるかもしれない。


大学は基本的に単位制である。

教養で何単位、専門で何単位取れたら卒業ということになる。

それぞれ必修科目、選択科目が決まっているので、

各学生は、そのなかで、履修計画を立てる。


民法は、当然必修である。

必修科目であるから、担当する教授も複数いる。

これが、問題だった。


わたしがいた大学では、大学側のローテーションで教授が割り当てられた。

学生は教授を選べない。

わたしの1年目に当たった教授は最悪だった。

超少数派の学説を唱えている人物で、おまけに自校出身ではないため(某赤門出身だった)

教授会でも孤立しているらしく、講義で、いかに自分が冷遇されているかをまくしたてる始末だった。


前年まで設けられていた法学概論という、法律の基礎を学ぶ科目が削られてしまったのも、不運だった。

大学の講義では、基礎など教えてくれない。

教授は、自分の書いた専門書をもとに、自説を講義するだけ。

受講している学生はみなチンプンカンプンで、自然と講義に出なくなる。

その教授には、その後も当たり続け、民法は全くわからない科目となってしまった。


今考えても、大きな損失だったと思う。

法学概論は、法律一般というだけでなく、民法を学ぶうえでも必ず必要になるものだったが、
独習するより方法がなかった(なぜか憲法の教授が本を紹介してくれた)。

民法は、別に概説書を買ってみたが、結局最後まで、まともな学習はできなかった。

担当教授の運不運ということもあるが、

専門的・一方的な講義についていけず、単位を取っただけという学生も多い。


これとは逆に、教養課程で選択した経済学は、面白かった。

基礎から丁寧に教えてくれた。
専門の法律の講義には出なくても、経済学の講義には毎回出席した。

やはり理解できなければ、聴く気にはなれないということだろう。



法学士の肩書きは持つが、ろくに法律を知らない者でも、就職はできる。

就職して1年目の或る土曜日のことだった。

社員食堂で昼食をとりながら、NHKをみていた。

法律問題を題材に漫才師がネタを披露し、回答者に相談をするというバラエティ番組である。

その日は養子縁組がテーマだったが、

隣に、たまたま上司である課長が座っていて、正解をきいてきた。

困ってしまった。わからないのである。

(当時、もちろんないが、「行列のできる法律相談所」ではないので、基本的な条文の知識である)


言い澱んでいると、課長がぱっと回答をいった。正解だった。

課長はさっと席を立っていってしまった。

恥ずかしかった。

その課長は、総務・人事畑が長い人だったが、工業高卒で、民法を習っているはずがなかった。

きっと、ひとり習得されたのだろう。


遅いが、それから、民法を勉強し始めた。独学である。

やり始めてわかったことは、学生のときに買い求めた概説書は初学者には向いていないということ。

いままで、まともに条文すら読んだことがなかったので、基礎的なものがなにも身についていなかった。

どんな法律でもそうだが、条文は基本である。

解釈学は、一通り基礎の学習を終えてからでないと、なにをやっているのかわからなくなる。


資格試験は、その意味では、とても有益だと思う。

在学時に、遊んでなんかいないで、試験の一つでも受けておけば良かったと後悔している。



勉強法(5)~勉強するということ


大平光代著「だから、あなたも生きぬいて」

       da


著者については、ご存知の方が多いだろうが、

中卒でありながら、司法試験に一回で合格した弁護士の自伝である。

「いじめ問題」が主題であるが、後半は資格試験の受験記録でもあり、

漢字を読むのさえ苦労していた著者が、いかにして司法試験合格まで辿り着いたか

その軌跡を知ることができる。


著者は、この中で、(資格試験の)勉強のコツとして

『試験の当日に思い出せるように、直前に見ることのできるものを残すのが勉強である』
と述べている。


これは、

反復による学習       → 試験日 という論理ではない。

直前に想い起こせば良い ← 試験日 という発想である。


この、いわば逆転の発想は、継続して勉強時間を確保することができない社会人が

資格試験対策を考える上で、大変重要である。
時間の使い方、その意味が大きく変ってくるのだ。

いままで、基本書を読んでいた時間は、勉強時間ではあったろう。

例えば、「きょうは、2.5時間基本書を勉強した」と記録することもできる。

しかし、なにも形として残ってはいない。


発想を転換すると、このような使い方はしない。

基本書を読み、書かれている内容を検討し、直前に見返すべき情報をまとめる。

勉強というより、作業と言ったほうが近い。

この場合、「きょうは、基本書10ページ分を消化した」という記録になる。


勉強法(4)~前提

脳が情報を記憶することに比べると、

その記憶された情報を、意識的に取り出すことの方が、ずっと難しい。

さきに説明したように、記憶された情報は、まず短期間の記憶として表層に存在するが、

時間の経過により潜在化、つまり忘れていく。

これが、勉強法を考えるにあたっての大前提である。

人によって、程度の差はあろうが、誰もこの例外ではありえない。


資格試験において、合格に必要とされる知識は大量である。

一度インプットするだけでも、長い時間を要するが、ひとまずそれはできたとしよう。

問題は、いかにその記憶を試験日に顕在化し得る状態にするか、である


ここで、話は方法論に戻る。

一般に勧奨される方法→反復による潜在情報の顕在化及びその維持。


資格試験用語に、「皿回し」なるものがある。

これは、例えば、まず憲法の皿を回す(記憶する)。

その皿が回っているうちに、次の民法の皿を回す。

そして、憲法・民法の皿が回っているうちに、行政法の皿を回そう、と思ったら、

憲法の皿の回転が遅くなり、落ちそう(記憶が失くなりそう)になる。

慌てて、憲法の皿をまた回して、勢いをつける……そして、改めて行政法を……

というように、各試験科目を回し、試験日まで、すべての科目の皿を回し続けることをイメージしている。


皿回しは、芸としては、皿が一枚でも落ちたら、失敗のはずだが、

資格試験では、そこまで厳密ではなかろう。

ただ、この方法を考えればわかることだが、これを実践するには、常に勉強し続けなければならない。

学生時代なら、いざ知らず、社会人には無理というものである。

急ぎの仕事が入った、子供が熱を出した、疲れてなにもする気が起こらない……

かならず、勉強できない日はできる。

この状況で皿回しをしても、それは、落ちた皿を拾って回すという行為を繰り返しているに過ぎない。


資格試験の勉強をする目的は、ひとつ、合格である。

いくら時間と労力を費やしても、合格できなければ意味がない。

一般的な方法論は、合目的的ではなく、非常に不効率なものに思われてならない。

「忘れるのが当然」という前提に立ち、そこから考えるべきである。


生と死における所作

車で帰宅途中、道路に子猫が座り込んでいて、慌ててブレーキを踏んだ。

車は大きく対向車線にはみ出して止まった。

子猫は、やや遅れて逃げていった。

心臓が大きく打って暫らく動けなかった。



帰宅した後、NHKのプロフェッショナル を見た。

旭川の病院に勤務する脳神経外科医が主役だった。

友人とも呼べるような患者をなんとか救おうとするが、手術は失敗する。

スタジオでの回想では、「彼の笑顔が浮かんできて」といって、泣いた。


もう何年も前の記憶が蘇ってきた。

やはり9月だったと思う。

前年机を並べていた同僚が、父親を亡くした。

仕事は相変わらず忙しく、いつもなら香典の立替を頼んで済ましてしまうところだが、

そうもいかない理由があった。


机を並べていた当時、

わたしは仕事でもっとも落ち込んでいたが、

彼はいつも明るく(ときには、どうしてそんなに楽しくしていられるのだろうと思うほどだった)

澱んでいる自分の世話まで焼いてくれた。



彼の実家は、山間部にあった。
車を走らせながら、彼のことを考えた。


彼は次男だったが、すでに家を離れ、長兄も遠くに家庭を持ち、

母親も亡くなられていたので、父親は一人住まいだった。

近所の人が、倒れているのを発見したときは、もう1日経っていた。

仕事で家を離れていたとはいえ、彼は自分を責めたのではないか。


土地勘はなかったが、通夜が行われている家は、すぐにわかった。

玄関で案内を乞うと、すぐに彼があらわれた。

わたしの顔をみると、笑顔で、遠くからよく来てくれたと言った。


御悔やみを述べるところが、言葉が出てこない。

弔問に来た筈なのに、こちらが泣き出してしまった。

睡眠不足が続いていて、感情が昂ぶっていたのかもしれない。

なぜか栄養ドリンクなどの飲み物を逆に頂いて、呆然としながら、職場に戻った。


死と向き合うとは、どういうことなのだろう。

家族とは、なんだろう。

人間の強さとは、優しさとは、なんなのだろう。

自分はなにもわかっていないと思った。



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