それにしても、と江藤は思う。自分の予想が当たりこの事件の黒幕が福音の会だとすると、妻はどこまで関与しているのか、考えるだけで恐ろしかった。細菌兵器が日本の国際問題に発展する前に、必ず阻止しなければならない。緊張で手が震えているのに気づいた。3年前にやめた煙草を、これほどほしいと思ったのは久しぶりだった。
綿貫の研究がついに完成したとき、自分でも制御できないほどの興奮が全身を貫いた。最強の細菌兵器を旧約聖書の創世記に登場する天からの硫黄と火によって滅ぼされた都市から「ゴモラソドム」と名付けた。ゴモラソドムは、自然界で最も強力な毒素とされるボツリヌス菌を元にして作られており、1グラムで100万人以上の人口を壊滅させることができる。空気感染というもっともたちの悪い感染で、また、感染し死亡した人間からも増殖されていく。そして、乾燥などの乾燥などの厳しい環境に対しては、活動を停止するが、これはいわゆる無代謝の休眠状態であるクリプトビオシスと呼ばれる状態であり、理論上はこの状態で長期間生存することができるとされている。地球が乾燥しようが極寒になろうが、ゴモラソドムにはまったく影響しない。水を与えられると、見事復活してしまうという悪魔のような最近兵器なのである。防御方法はたったひとつ。ワクチンを打つことだけだ。体内にそのワクチンを打つと、24時間以内に抗体ができる仕組みとなっており、罹患してから1分以内であれば対処可能である。事前に打っても効果がないというのが欠点といえば欠点だった。綿貫はゴモラソドムおよびワクチンのプロトタイプを、福音の会の教祖である司に提供した。
「量産は可能なのか?」
「現時点ではなんとも。ただし、ひとつだけ確実な方法があります」
「それを相談にきたのだな?金なら糸目をつけぬ」
「いいえ、お金ではありません。人命です。人体実験を行わせていただき、その人体から増殖させるというのが現時点で唯一の方法です」
「うむ・・・何体ほしい?」
「さしあたっては5体ほど。そして、クリーンルームの増設をお願いしたいのですが」
「なんだ、結局は金もいるのだな?ワッハッハ」
司と綿貫の笑顔は、もはや敬虔な教徒の純粋さを微塵にも感じられないものだった。
(つづく)
※応援コメント、どうぞよろしくお願い申し上げます。
※以下より、登場人物メモです。ネタバレのおそれがあるため、
以下閲覧注意です。
・的場英二:
S県警刑事局捜査1課所属。32歳。やせ形、筋肉質。伸長189センチ、体重78キロ。切れ目で高身長で一見もてそうな容姿をもつも、近寄りがたい空気を醸し出しており、友人も少ない。独身。ストイックで、禁酒・禁煙をしている。毎日8キロのジョギングが習慣。恋人は何年もいなかったが、事件を通じて恋に落ちる?
・江藤光太郎:
警視庁公安部所属。55歳。中肉中背。172センチ、体重75キロ。薄毛。妻恵理子は行方不明となり、失踪宣告した。娘の恵だけが生きがいだが、親子仲は悪い。粘着質のように仕事を進めることからハエ取り紙、公安部の略称「ハム」とあわせて「ハム取り紙の江藤」の異名をもつ。妻失踪後、仕事の情熱を失っていたが、今回の「福音の会」事件で妻が信者であったことを知り、情熱を燃やす。しかし、事件に配偶者が関わっている可能性があることから担当からはずされる(忌避)。それでも、独自に捜査を進めていたところ、的場と出会う。
・江藤恵
光太郎の娘。25歳。伸長162センチ、体重51キロ。父とは微妙な関係だが、父を嫌いなわけではない。目鼻立ちがくっきりしたかわいらしいタイプ。夜遊び・外泊を繰り返していたが、的場と知り合ってからは、真面目になる。母が失踪したことで、愛情に飢えている。自分のせいで失踪したのかと思いこんでいる。
・毒島寛
警視庁公安部所属。197センチ、体重87キロ。巨大な体躯。江藤とコンビを組んでいたが、江藤が担当を外されたことで、別の人間(中本重徳)と組む。しかし、江藤に同情する彼は、江藤から度々頼まれごとも、快く引き受けている。温厚で気さくな性格。
・杉本冴
S県警刑事局捜査1課所属。30歳、バツイチ。172センチ、54キロ。的場の仕事上の相棒。つっけんどんな対応しかしないのは、古傷が癒えていないからである。的場のことを気になりつつも、必死に一線をひく。女性と子供には優しい。
・綿貫博一
的場の同級生。眼鏡をかけており、ポッチャリ型。168センチ72キロ。おっとりした性格と信念を貫く強い面を併せ持つ。福音の会にハニートラップを仕掛けられた末、研究者としてからめとられることに。ゴモラソドムの開発者。研究者としてのエゴが人間としての良識を上回り、ゴモラソドムを開発してしまうも、良心に苦しみゴモラソドム消滅を図ろうとして組織に殺される。