エツコはカッちゃんの繰り出す"Welcome to the jungle" のリフを聴いて、落ち着かない気持ちになっていた。ジュンペイは知らないが、カッちゃんにギターを弾いてもらったのは初めてではない。
ジュンペイがまだ陸上部の練習に精を出していたとき、エツコとカッちゃんは特進コースにいる者同士、図書館で自習していた。その帰り、息抜きにとカッちゃんが誘ってくれたのがここ喫茶エスポアールだった。
「ここでよく練習させてもらうんだ」
カッちゃんはそういって、マスターに含み笑いした。見た目は強面なマスターだったが、カッちゃんには心を許しているようで、壁面にかけたギターをいじるカッちゃんをニコニコしながら見ているだけだった。カッちゃんはそこで初めて弾いてくれたのがこの曲だった。
「ジュンちゃんには内緒だぜ?」
そういった理由はジュンペイを驚かせるためなのか、秘密を共有したいからなのか、エツコは怖くて聞けなかった。なぜ怖いのかも確かめたくなかった。エツコにとって、カッちゃんもジュンペイも大切に思う存在だからだった。
肉親の記憶があるジュンペイやカッちゃんと違い、自分にはひとかけらほどの思い出がない。エツコは生まれて間もなく捨て子として施設に預けられた。肉親の記憶がある子供たちは、みな一様にわずかな希望をもつ。いつか両親が迎えに来てくれることを。肉親の思い出すら哀しい自慢話になる。そんな施設にいたなかでエツコが笑っていられたのは二人のお蔭なのだ。天秤にかけることなどできない。
普段なにかと明るく振る舞うエツコだが、その笑顔の裏に隠した哀しみをみせることはなかった。二人に心配かけたくなかったし、哀しみから生まれるのは新たな哀しみだけだと知っていたからだった。
本当の自分を出せない自分は意気地無しなのかもしれない。本当は、二人の胸で泣きたくなる夜もある。だけどそれは自分だけの問題ではなく、三人の関係を変えてしまう問題でもあった。だから、カッちゃんと秘密を共有している今この瞬間が、怖かった。
刹那、ジュンペイと目があった。ドキリとする。まるで、ずっとこのままではいられないと考えていた自分を見透かされそうで、思わず伏し目になっていた。
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