携帯が震えた。番号をみても誰かわからない。通話ボタンを押す。「もしもし」
「的場くん?」
聞き覚えのある声に安堵したが、悟られないよう応えた。
「杉本か。そのだみ声ですぐわかる」
「軽口叩いている場合じゃないんだけど。まぁ、ちょっと安心した。今、どこなの?」
「念のために確認するが、この番号は旦那から聞いたんだな?」
「『元』旦那よ。それ以上でもそれ以下でもない」
「案外気にするたちなんだな。正直、今回のことで俺は誰を信用していいのかまったくわからない。それは杉本、お前にしたってそうだ。ものすごく大きな力が働いている気がするが、一体俺は何のためのスケープゴートなのかすらわかっていないんだ」
「私はただ、貴方を助けたい。それだけよ。何しろ会社は想像以上の事態になっているの。貴方に連絡をとっているのがばれたら私だって危ないわ」
それはお前がどの立場で俺に電話してきているかによる、と思ったが口に出さなかった。杉本だけは信じられると思ってここ数年仕事をしてきたのだ(仕事らしい仕事などなかったかもしれないが)。この感覚を信じられなかったとしたら、もう、信じられるものなどなくなってしまう。
「わかった。お前だけは信じる。ところで会社はどうなってる」
「無音なのに、貴方の捜索だけは始まっているわ」
無音、つまり何の令状も方針も発表されていないということだ。あれだけのことが発生していながら、無音は、異常事態といえる。通常、事件が発生すれば、管轄が決まり、指揮官が決まり、事件本部が設置される。そのうえで事件解決のための指揮命令が下される。完全秘匿の状態で指揮命令が出されているとすれば、トップダウンもしくは公安マターいずれかの可能性が考えられる。公安―――。それは毒島が所属する部署に他ならなかった。俺は、毒島に泳がされているのだろうか。直接聞き出すような愚は犯さないが、解決への糸口がほしかった。だとすれば、捜査するより方法がない。自分では限界があった。できるだけのことは自分でやって、どうしても無理な部分だけ杉本に頼ることにしよう。腹を括ると、事情を杉本に説明した。
(つづく)
※応援コメント、どうぞよろしくお願い申し上げます。
※以下より、登場人物メモです。ネタバレのおそれがあるため、
以下閲覧注意です。
・的場英二:
S県警刑事局捜査1課所属。32歳。やせ形、筋肉質。伸長189センチ、体重78キロ。切れ目で高身長で一見もてそうな容姿をもつも、近寄りがたい空気を醸し出しており、友人も少ない。独身。ストイックで、禁酒・禁煙をしている。毎日8キロのジョギングが習慣。恋人は何年もいなかったが、事件を通じて恋に落ちる?
・江藤光太郎:
警視庁公安部所属。55歳。中肉中背。172センチ、体重75キロ。薄毛。妻恵理子は行方不明となり、失踪宣告した。娘の恵だけが生きがいだが、親子仲は悪い。粘着質のように仕事を進めることからハエ取り紙、公安部の略称「ハム」とあわせて「ハム取り紙の江藤」の異名をもつ。妻失踪後、仕事の情熱を失っていたが、今回の「福音の会」事件で妻が信者であったことを知り、情熱を燃やす。しかし、事件に配偶者が関わっている可能性があることから担当からはずされる(忌避)。それでも、独自に捜査を進めていたところ、的場と出会う。
・江藤恵
光太郎の娘。25歳。伸長162センチ、体重51キロ。父とは微妙な関係だが、父を嫌いなわけではない。目鼻立ちがくっきりしたかわいらしいタイプ。夜遊び・外泊を繰り返していたが、的場と知り合ってからは、真面目になる。母が失踪したことで、愛情に飢えている。自分のせいで失踪したのかと思いこんでいる。
・毒島寛
警視庁公安部所属。197センチ、体重87キロ。巨大な体躯。江藤とコンビを組んでいたが、江藤が担当を外されたことで、別の人間(中本重徳)と組む。しかし、江藤に同情する彼は、江藤から度々頼まれごとも、快く引き受けている。温厚で気さくな性格。
・杉本冴
S県警刑事局捜査1課所属。30歳、バツイチ。172センチ、54キロ。的場の仕事上の相棒。つっけんどんな対応しかしないのは、古傷が癒えていないからである。的場のことを気になりつつも、必死に一線をひく。女性と子供には優しい。
・綿貫博一
的場の同級生。眼鏡をかけており、ポッチャリ型。168センチ72キロ。おっとりした性格と信念を貫く強い面を併せ持つ。福音の会にハニートラップを仕掛けられた末、研究者としてからめとられることに。ゴモラソドムの開発者。研究者としてのエゴが人間としての良識を上回り、ゴモラソドムを開発してしまうも、良心に苦しみゴモラソドム消滅を図ろうとして組織に殺される。