カッちゃんは、自分の弱点を知っていた。右手の手首が硬すぎること。つまりピッキングに難があるのだ。限界を感じてベースに転向したのだが、そのとき指弾きにかえてみると思いの外うまくいった。つまりは自分の苦手なことを避けてきたのだった。
「もう、そういうわけにはいかないな」
考えてみれば、練習という練習をこれまで経験していない。好きな曲のコピーといっても、自分が弾ける範囲内で調整してきたのだ。同じフレーズを繰り返し練習したことのないことこそが、弱点なのだ。分かりすぎるほどに分かっていた。
当面は基礎練習のみやりつづけることにした。厨房にいるマスターが苦笑いしていることにも気づかず、ピッキングのフォームを確認する。手首が痛くてたまらないが、心地よかった。練習している自分が嬉しくて堪らないのだ。カッちゃんはマスターが帰る直前までレスポールを弾きつづけ、それは毎日続いた。
一方、ジュンペイにとっても試練の連続だった。翌日、カッちゃんからベースを渡されたからである。
「ジュンちゃんのいうとおり、やってみよう。だけどギターひとりじゃ足りないから俺がギターに復帰する。だからお前がベースやれよ」
「えっ」
「嫌とは言わせねーよ。ガンズだってツインギターだろ?ジュンちゃんにはヴォーカル兼ベースを担当してもらう」
できるかな…と言いたくなるのをぐっとこらえた。カッちゃんが本気でやることを決めているのが分かったからだ。軽いバッキング程度ならギターのほうがベースを兼ねるよりはるかに易しいことをジュンペイにはまだ分からない。ベースをなめてかかっていた。
「おう。やってやろうじゃん」
この会話はもちろん喫茶エスポアールで交わされていたのだが、このとき、二階で小夜が聞き耳をたてていることを二人とも気づいていなかった。
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