戸田の体の状態が、当時の創価学会にとって、いかに重要であったか | くにゆきのブログ

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今、自分が感動したこと、また知っていただきたいことを、主に記していこうと思います。

     (『人間革命』第11巻より編集)

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         〈波瀾〉 6

 

 四月三十日は、四月度の本部幹部会の日であった。しかし、戸田城聖は、この日、欠席しなければならなかった。

 

 彼が、本部幹部会を欠席したのは、この時が、彼の生涯で初めてのことである。

 

 もともと病身で、結核の既往症があり、糖尿病から肝臓も侵されるといった病歴をもっていたが、

 

 彼の日常の生命力は、人びとに、それを少しも気づかせないほど旺盛な健康人としての振る舞いであった

 

 彼は、常に、しゃべるか、思索するか、という日々を送り、休養からは程遠かった。

 

 その彼が、この日の午後、会長室で机から立ち上がろうとして、急にふらふらと倒れたのである。

 

 顔面は蒼白で、冷たい汗が首筋から胸へ、にじみ出ていた。そのうちに、瞬間ではあったが、全身に痙攣さえ走った。

 

 医師を呼んだが、・・・。

 

 医師は、どこが悪いとも言わず、「疲労ですな」と、単純に言った。それは、わかりきったことであった。応急の処置をしただけで、帰っていった。

 

 戸田は、間もなく平常の状態に戻ったが、本部幹部会に出席するほどの元気はなく、この夜は、静かに横になっていた。

 

 山本伸一は、開会の直前に、戸田の異変を聞き、既に回復したと知らされたが、彼の憂慮は深刻であった。

 

 三日後の五月三日には、例年行われている春季総会が、東京・両国の国際スタジアムで開催されることになっている。

 

 戸田の体の状態が、創価学会にとって、いかに重要かを痛感していた彼は、病気平癒を心から祈った。

 

 幸いにして、五月一日になると、戸田は、すっかり元気になり、いつもの戸田に戻っていた。

 

 彼の強靭な生命力は、一夜の静養で、健康に重大な異変をもたらした魔を、見事に跳ね飛ばしていた。

 

 

 

 

 

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