盗みをしている者は、もう盗んではいけません。かえって、
困っている人にほどこしをするため、自分の手をもって、
正しい仕事をし、ほねおって働きなさい。
            (エペソ人への手紙4章28節)

私たちの時代の広大な収穫の畑で、
「神の協力者である」(Ⅰコリント3:9)とは
何という特権でしょう。

エジプトの監督とは対照的に、
私たちの天の父が善意のある主人であるという事実を見るとき、
私たちは喜んで、そして心から主のために
働くべきではないでしょうか?

そのようにするとき、私たちは自分自身のための祝福を見出し、
同時に他の人への祝福の源となるでしょう。

ですから忠実なしもべよ、働き続けなさい。
報いの日はなお私たちの前にあります。
主は正しく、また公正な方法で清算をしてくださいます。
-W. H. Gustafson


Let me ever work with a willing hand,
 /自ら進みでる手をもって働せてください
In the service of my King,/私の王の奉仕において
Guided by His Word, heeding each command,
 /主のことばによって導かれ一つ一つの命令を心に留めさせてください
In the service of my King!/私の王の奉仕において
-T.S.T.
すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、
かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって
訓練された人々に平安な義を結ばせます。
             (ヘブル人への手紙12章11節)

父なる神は愛をもって、私たちの益のために私たちを懲らしめられます。

悲しいことに主が許した困難な状況のために、
神に対して心をかたくなにしてしまい、
その状況が益のために働かなくなる、という人もいます。

また逆に心が柔らかくされ、神の教えに従順になる人もいます。

そして全く気にしていない人もいます。
神の取り扱いが彼らを離れ、彼らの歩みにおいて
何の変化もなくなってしまいます。

もし私たちが救い主の姿に似せられていくとするなら、
私たちは主の懲らしめがその働きをするように、
認めなければなりません。
-E. MacLelland


Submissive to God's perfect will,/神の完全なみこころに従う
This should our motive be,/これが私たちの動機です
Until we are in ev'ry way, conformed,/すべての面において似せられるまで
O Lord, to Thee!/あぁ 主よ あなたに
-E. M.
私たちは、いつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、
主のみもとにいるほうがよいと思っています。
            (コリント人への手紙第二5章8節)
主の聖徒たちの死は主の目に尊い。(詩篇116篇15節)

私の叔父と叔母は、毎朝、朝食の席に着き、
みことばとチョイス・グリーニングズを読んで
一日を始めます。

ある日曜日の朝、一つのこと以外は、
いつもと変わりはありませんでした。
叔父が聖書を閉じると、叔父の頭が壁にもたれかかるように
崩れ落ちたのです。
主について読んでいたことから、主と
顔と顔を合わせて見るようになったのです。

天に故郷があるという確信を持っているとは、
何という喜びでしょう。
私たちを愛し、私たちのためにご自身をささげてくださったお方に、
あいさつされるそのときは、何と尊いものでしょう。
-Bob Cretney


Face to face shall I behold Him,
 /顔と顔を合わせて主を見るようになる
Far beyond the starry sky,/星々の空を越えて
Face to face in all His glory;
 /顔と顔を合わせて主のすべての栄光を見るようになる
I shall see Him by and by!
 /少しずつ主にまみえる日が近づいています
-Carrie E. Breck
しかし上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、
温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、
見せかけのないものです。(ヤコブの手紙3章17節)

今日の箇所には、私たちの主イエス・キリストを描写する
7つの特徴が記されています。
それによって私たちの心は賛美で満たされ、
主と主のことばに絶対的な確信を持つようになるでしょう。

主は純真です。主は平和です。主は寛容です。
主は温順(懇願しやすいお方)です。
主はあわれみと良い実とに満ちています。
主にはえこひいきはありません。
主には見せかけはありません。

そして主がそうであられるように、私たちもそうあるべきです。
主が私たちを助けてくださって、キリストを知る知識において成長し、
私たちの性質と行動がキリストに似たものとなりますように。
-Carl Knott


O teach us more of Thy blest ways,
 /私たちにもっとあなたの祝福の道を教えてください
Thou Holy Lamb of God./聖なる神の小羊よ
And fix and root us in Thy grace,
 /私たちをあなたの恵みにとどまらせ根ざさせてください
As those redeemed by blood./血によって購われた者として
-J. Hutto
エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。
そして、息子、娘たちを生んだ。(創世記5章22節)
アダムから七代目のエノクも、彼らについて預言して
こう言っています。「見よ。主は千万の聖徒を引き連れて
こられる。」(ユダ14節)

私たちの証しの効力は、私たちの神との親密さに比例するものです。

もし私たちが日々主とともに歩んでいるなら、
主は私たちの心を満たしてくださり、
私たちの口は主を語るメッセージであふれるようになるでしょう。

私たちとそっくりの世界の中、
人々の多くが悪に傾く暗黒の時代に、
エノクは主とともに歩みました。

彼は主と親しく交わり、それゆえ国々に対するメッセージを持ち、
不敬虔な者に対する神のさばきがあることを預言したのでした。

あなたは私たちの世界に影響を及ぼしていますか。
-K. R. K.


How wonderful it is to walk with God,
 /神とともに歩むことは何と素晴らしいでしょう
Along the road that holy men have trod;
 /聖徒たちが今まで歩んできた道を
How wonderful it is to hear Him say;
 /主がこのように言われるのを聞くことができるのは何と素晴らしいでしょう
Fear not, have faith, 'tis I who lead the way!
 /「恐れるな。信仰を持ちなさい。行く道を導くのはわたしなのだから!」
-T. H. K.
御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、
その力あるみことばによって万物を保っておられます。
また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の
右の座に着かれました。(ヘブル人への手紙1章3節)

イエス・キリストは造られたすべてのものをお造りになりました。
イエスこそ神の栄光そのものです。
イエスのご人格のうちに神であるすべてがあらわされています。

イエスの力は万物をつなぎとめています。
イエスを除いて、何一つ存在することはできませんでした。
人も存在しえませんでした。

しかしイエスは、犠牲としての死によって、
私たちを罪から救うためにご自分をささげられました。
何と驚くべきことでしょう!

イエスがご自分を完全にささげられた後、座すことができました。
それは私たちの救いが総合的に、最終的に、そして完全に
成し遂げられたという、完成された働きの証明なのです。

何と素晴らしい救い主でしょう!
-Doug Kazen


Once for all, O sinner, receive it; once for all
 /一度ですべてなされました ああ 罪人よ 
   それを受け入れなさい 一度ですべてがなされました
O brother, believe it;/ああ 兄弟よ それを信じなさい
Cling to the cross, the burden will fall,
 /十字架にすがりつきなさい そうすれば重荷はそこに置かれるでしょう
Christ hath redeemed us, once for all.
 /キリストは私たちを贖ってくださいました
       一度ですべてを成してくださいました
-P.B.
「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの
敵なのですか。」(ヨシュア記5章13節)
あなたがたに反対しない者は、あなたがたの味方です。
            (ルカの福音書9章50節)
わたしの味方でない者はわたしに逆らう者であり、
わたしとともに集めない者は散らすものです。
        (マタイの福音書12章30節)
神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに
敵対できるでしょう。(ローマ人への手紙8章31節)

今日の箇所では、4つの異なった状況において、
4つの異なった種類の人々に対して、
4つの似たような記述が出てきます。

いずれのケースにおいても、本質的な質問は、
「あなたはどちらの味方についているか?」です。

ヨシュアのような戦士にとっては、慰めでした。
主の弟子たちにとっては、励ましでした。
偽善のパリサイ人にとっては、罪の宣告でした。
恵みによって救われた罪人である私たちにとっては、
平安を与えるものです。

主の側につくなら、私たちは勝利を確信できるのです!
-Rex Trogdon


Jesus is calling! Forth t the fray,
 /イエスが呼んでおられます!戦いに出て行き
In line be falling, serve Him today;
 /一致して攻め落とし 今日主に仕えなさい
Follow Him ever, call no retreat,
 /これからも主に付き従い 退いてはいけません
His soldiers never suffer defeat.
 /主の兵士は決して敗北を味わうことはありません
-C. S. K.
もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、
主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、
死ぬにしても、私たちは主のものです。
                   (ローマ人への手紙14章8節)

命と死の間には、とてもはっきりとした区別があって、
それは単なる息です。
しかし、それは大きな違いであり、両極端なのです。

今日の箇所は、人生の苦難や喜びの中にある時、
私たちは主に属していることを再度確かにしています。
私たちは主のものなのです。

同時に、私たちが死ぬ時でも、死の中でなおも
私たちは主のものです。
信仰者の確信と慰めのある絶対的な立場は、
その立場をおびやかすものは何もないということです。

あなたは主の所有とされた高価な宝石であり、
愛されている所有物なのです。
昨日も、今日も、いつまでもそうです。
-Roy Hill


I am thine, O Lord, I have heard Thy voice,
 /私はあなたのものです 主よ 私はあなたの声を聞きました
And it told Thy love to me;/その声があなたの愛を私に教えました
But I long to rise in the arms of faith,
 /私はただ信仰の手を伸ばし立ち上がることだけを願い
And be closer drawn to Thee./あなたにより近く引き寄せられたいのです
-Crosby
彼らは正しい道を捨ててさまよっています。不義の報酬を愛した
ベオルの子バラムの道に従ったのです。
              (ペテロの手紙第二2章15節)

バラムは自分がかつて強かった分野でひどくつまずきました。

この節で明確に書かれていることは、バラムは
「不義の報酬を愛した」ということです。
しかしいつもバラムがそうであった訳ではありませんでした。

実際、民数記22:1-20で聖書の内容が語っているのは、
バラムはもともとお金に関してきれいな人であったということです。
それは銀や金の満ちた王宮を拒んだほどでした(22:18)。

彼がどこで、そしていつこの高い基準から
滑り落ちてしまったのだろう、と考えるでしょう。

これは私たち全てに対する明確な警告ですが、
特に指導者たちに対する警告です。
お金を愛することから逃れなさい。
-Craig Funston


I am resolved no longer to linger,
 /私はもはや世の楽しみに魅せられて
Charmed by the world's delight;
 /とどまることをすまいと決めました。
Things that are higher, things that are nobler---
 /より高いもの より高貴なもの
These have captured my sight.
 /これらのものが私をとらえましたから
-P.H.
今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。
かの日には、正しい審判者である主が、それを私に
授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを
慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
                     (テモテへの手紙第二4章8節)

義の栄冠は、時々「注意深い兵士の冠」と言われます。

著名な学者、A. T. ロバートソン氏はこのように言いました。
「その冠は、義によって形作られているのと同時に、
義に対する報いなのです。」

ですから、それはこの世にあって、慎み深く、正しく、
敬虔に生活している信者(テトス2:12)に対する
特別な報いなのです。

どうして彼らはそのように歩むのでしょうか。
それは彼らが真心から、ずっとキリストの現れを
慕っているからです。

これはあなたや私にあてはまるでしょうか。
-W. R. Rainey


Keep us, Lord, O keep us cleaving
 /主よ 私たちを守り あなた自身に対する渇きと
To Thyself and still believing,
 /なおも信じる心を保ってください
Till the hour of our receiving
 /あなたといっしょにいると約束された喜びを
Promised joys with Thee./受け取るその時まで
-Thomas Kelly