今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。
かの日には、正しい審判者である主が、それを私に
授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを
慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
                     (テモテへの手紙第二4章8節)

義の栄冠は、時々「注意深い兵士の冠」と言われます。

著名な学者、A. T. ロバートソン氏はこのように言いました。
「その冠は、義によって形作られているのと同時に、
義に対する報いなのです。」

ですから、それはこの世にあって、慎み深く、正しく、
敬虔に生活している信者(テトス2:12)に対する
特別な報いなのです。

どうして彼らはそのように歩むのでしょうか。
それは彼らが真心から、ずっとキリストの現れを
慕っているからです。

これはあなたや私にあてはまるでしょうか。
-W. R. Rainey


Keep us, Lord, O keep us cleaving
 /主よ 私たちを守り あなた自身に対する渇きと
To Thyself and still believing,
 /なおも信じる心を保ってください
Till the hour of our receiving
 /あなたといっしょにいると約束された喜びを
Promised joys with Thee./受け取るその時まで
-Thomas Kelly