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考える道具を考える

The instrument which I think

脚本の「私生活」は、1930年にイギリスの劇作家ノエル・カワードが書いた戯曲をベースに新たに結末を書き加えた男女の恋愛の機微を描いた悲喜劇だ。日比谷シアタークリエで31日まで。

寺島しのぶさんと内野聖陽さんは文学座の同期生でありながらはじめての共演ということもあって話題を呼んでいる。SHINKANSENの橋本じゅんさん、篤姫でも好演している「ほたる」の中嶋朋子さんとの4人の掛け合いが見所の喜劇。それぞれの個性がどう挑んでいるのか楽しみにしていた作品だった。


物語は、男と女の恋愛と日常。いわばその感情のバトルのみが抽出されて描かれた筋立てで、時代の背景や人物のプロフィールなど一切の周辺情報が排除された男女の恋愛感情の不思議さだけを描いたドラマなんですね。

そして自分の自我をむき出して向かい合う二人の男女。それが夫婦となると、実につまらない日常の出来事が取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまう可笑しさを、寺島さんと内野さんが見事に演じている。

男の眼から見ると、寺島さん演ずるアマンダというタイプの女性は、最も扱いにくい。妖艶で魅力溢れるフェロモン満載の女性だが、我儘で嫉妬深く執拗な女性。(言いすぎか? でも寺島さんの演技を見ていてそう感じてしまう)それに対抗する内野さん演ずるエリオットは職業不明のイギリスの若き実業家風だが、女性にだらしなく、飲兵衛で時に女性に暴力を振るうことさえある潜在的欠陥男。

この二人は、愛の言葉を掛け合っているかと思えば、次の瞬間には、お互いに嫌味を言いあい、最後は舞台を全部ひっくり返すほどの喧嘩、そして突然の仲直り。

こうした反道徳的なモラルのかけらもない二人に対照するような橋本じゅんさんと中嶋朋子さんは、極めて常識的な価値観を持って、それぞれの再婚相手として登場する。そのモラル観は、恐らく1930年代のヨーロッパ、特にイギリスやフランスの社会的価値観を現しているのだろうが、その真面目さ、いじらしさが、かえってコメディの対象となってシニカルに描かれてしまう。

他人の恋愛など勝手におしっ! と言いたくなるような掛け合いなのですが、自分が当事者になったらたまらんね‥と背筋に何か寒いものをかんじさせる芝居でもありました。

それにしても、寺島しのぶさんの色気は健在でした。
ありがとう。笑ったよ!


言葉を編む。
それを編集という。

言葉で何かを創造しようとして疲れた時は、
シェイクスピアを読むといい、
と小田島先生にアドバイスを受けたことがある。
日本語で十分だから‥。

そのレトリック。
あふれ出る言葉達。

そして、幾度かシェイクスピアを訪ねた時、
ふとこんな言葉がよく登場するのに気がついた。

  ‥彼は黙っているだけで利口者と言われているんだ。
 
  ‥雄弁が通じない時、純粋な沈黙が人を説得する。

  ‥知識を持たない人間は饒舌であり、本物の知識を得ている人間は寡黙である。

なるほど。

これだけ雄弁に語り続けたシェイクスピアが言いたかったのは、
沈黙の尊さだったのかもしれない。

  私も少し黙っていよう!





落語の熊さんと八つぁんの掛け合いで有名な「風が吹けば桶屋が儲かる」という因果のお話し。

このお話は、その因果の連続性において科学的な論証がほとんどないために、「そんなことぁねぇ」と一笑されて、馬鹿馬鹿しいとんでもない大言壮語だという意味に使われることが多いのだという。

  風が吹けば砂が飛び交い、
  砂が目に入って視覚障害者の方が増える
  目が不自由な方は昔は皆三味線引きになったので、
  三味線の需要が増え、その材料である猫ちゃんの皮が使われるため、
  猫が減り、そのため天敵がいなくなったために鼠が増える。(これディズニーの世界だけ?)
  鼠は桶や箱をかじるのが仕事なので、桶の消費が激しくなり、
  結果として、桶屋がもうかる‥‥

現代風に差別用語を使わないように解説すると、こんな風になるのですね。

それぞれの因果が科学的でないといったって、この意味は深いんだよね、
熊さん!


でもね、金融危機の風が吹けば、純喫茶が儲かる!なんて言えなくもない。例えば‥‥

リーマンが六本木から去れば、バブリーな飲食店に多大な影響がでる。泡が吹き飛べば、それによって売上を伸ばしていた商売人は撤退を余儀なくされ、六本木から高級飲食店がなくなる。結果として、お酒を飲まない人口が増えて、その分、勉強をする人が増え、今度は図書館が一杯になり、図書館に入れない人が、喫茶店に入るようになり、ゆっくり仕事ができるような昔風の珈琲専門店が繁盛することになる。

そんことぁないか?
過去、現在、未来。
未来は、現在という時間の延長上にある。

しかし本当は未来は見えない、存在しない。
あるのは現在だけ。

しかし、強い思いをもって、
こうなりたいと思い続けると、
なりたい自分が実現する可能性が高い。
これが人間の欲。

欲は、五感を刺激し、人間の行動力を生む原理となる。
しかし、行動しても達成できない時、そこに挫折と呼ばれる放棄が生まれる。
欲がなければ、迷いもない。
しかし、欲がなければ、人は変わらない。

脳の中で、未来の自分をイメージする。
イメージが強ければ、実現の可能性は高い。
欲をイメージと言い換えた時、
自分の欲を肯定的に捉えることができる、ような気がする。

   ‥私はまだ、何もしていない。

日経情報ストラテジーという雑誌を講読している。
また、メルマガも比較的熱心に読んでいる。

その中で、
   カルビー、自己流「ペルソナ」で大ヒット商品生み出す
   「ジャガビー」の最重要顧客は文京区在住の27歳独身女性
という記事が掲載されていた。


そして、こんな情報も‥
   カルビーの「ジャガビー」が売れに売れている。
   昨年4月に一部地域で発売を開始し、10月に全国展開。
   あまりの人気に生産が追いつかず、今年8月には中四国、
   九州、沖縄で3週間の販売中止に追い込まれた。

編集部、上木貴博さんの記事だ。上木さんは、この間ずっと「ペルソナ」を追い続けているようだ。現代のヒット商品開発の重要なキーワードが「ペルソナ」にあるという仮説。

このペルソナとは何か?
言語は、仮面とか仮想という意味で、対人関係における人間の深層心理にある意識と行動の現われといった意味を持っている。他人には「こんな風に見られたい」という願望が、そういう仮面をつけさせる。しか、他人が見ている自分は、ここにはいない‥。

言語の解釈はともかくとして、カルビーのジャガビーが売れているのは、

   東京都文京区に住む27歳の独身女性

にフォーカスして、この方のライフスタイル、趣味趣向、食の傾向、ファッション、友人関係などなどをストーリィ化し、その生活シーンの中に「存在する商品」と「あるべき商品」を発見し、開発し、検証するという手法がうまくいったという事例でしょうか。

そのイメージ化が成功すれば、セグメントされた年代層の女性には売れると判断する。そして、カルビーは確かに成功した。

但し、この手法の弱点は、大量に商品が売れるかどうかの確証が得られないこと。やってみなければ分からないというのでは、二の足を踏むのも当然でしょう。恐らく、一人の女性のライフスタイル分析の中に、商品開発者が経験的に蓄積してきた「感」のようなものがマッチングした場合は、売れると確信できるのかもしれませんね。

科学的ではありませんが‥霊感のようなもの?

そこで提案。
私のような駄目シニアに対する商品を開発するのに、私にフォーカスしてみませんか?
つまり、

   ‥‥大酒のみを解消し、チェーンスモーキングの轍を断ち切り、
     大金持ちを妬み、貧乏人を意味なく見下したりする私の、
     清く正しい生活への復活を支える商品が欲しい!

無理か?