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考える道具を考える

The instrument which I think

何気なくかけていたテレビに三宅一生さんがゲストとして登場していた。

その番組は、懐かしい人とのご対面の番組だった。
三宅さんは、名古屋のイベント会場をプロデュースした時、
そのイベント開会式の舞台から見上げた観客の中に、
初恋の女性とアイコンタクトしたと言い張っていた。

観客の数は1万人以上だったという。

そして番組ではご対面のシーンが映し出された。
40年以上?の時間的空白を越えて、初恋の女性は現れた。
可愛い娘と孫をつれて‥。

しかし、その時の三宅さんは、本当に喜んでいたのだろうか?

自分の記憶の中の淡い思い出。
それは、時間の経過とともに様々に脚色され、自分の脳の中の劇場で別の物語をうんでいたはずだ。
その空想の世界と現実の世界とがぶつかった時‥‥

その瞬間の三宅さんの表情が、何ともいえなかった‥ように、私には思えた。

本日はバレンタインデー。
そして私の生誕記念日。

春の嵐が吹き荒れる街に、いつもと同じようにまた出掛けていく。
私は、自分の初恋は、私の脳の中で静かにしておきたいと‥‥ふと思った。


悔しい思いを上手に調教してあげると、
人間は成長すると信じている。

しかし、その悔しい思いは、
時として他人を恨み、社会を恨む方向にも行きやすい。
悔しい思いをしている自分の中に、
その思いの原因を探ることが、
成長への歩みを始める第一歩なのだが‥‥。

私は、30歳で大企業という看板を自らはずした時に、
多くの人の態度が豹変することを知った。
実に悔しい思いをした。

他人は私という個人を信頼しているのではなく、
私の背後にある企業ブランドを信頼していただけだと知った時、
私は自分の未熟さに本当に悔しい思いをした。

その後、様々な悔しい思いを経験してきたが、
その都度私は自分に言い聞かせた。
‥‥この思いこそ、自分の成長のための糧になっているのだ!

最近になって、ある青年が私を訪ねてきた。
私の会社で働きたいという希望を持っていた。
しかし、私は、その青年が、自らの成長のための転職を望んでいるのではなく、
現在の会社に対する漠然とした不満を抱えて転職したいだけだという本音を見てしまった。

私は、当然、厳しく叱責し、
今ある自分の立場で、精一杯努力しているかどうか考えてからでなければ、
この希望をかなえることはできないと断った。

その時の青年の顔は、
悔しさに満ちているように思えた。

彼の悔しさは、
どちらの方向に向かっていたのだろう。
私の冷たさに対してか‥‥それとも‥‥。


考える道具を考える-子
「白川静―漢字の世界観」(平凡社新書 2008年11月刊)が異例の8万部突破を記録したという。専門書のジャンルでは間違いなくベストセラーでしょう。

生涯に亙り漢字の起源を探求した国学者白川静さんの評価が、この一冊で爆発的に向上したのかどうかは分からない。しかし、松岡正剛さんが、かつて「千夜千冊」でも取り上げていた白川さんの営為について、ここでその入門書とでもいえる分かりやすさで纏めていただいたことは、大きな出来事だといえるでしょうね。

白川さんは、こんな風に言います。

  ‥文字は神と人との交通手段でした。
   「口」はクチではなく、祭祀のときに神への願い事を収める神聖な器の形サイです。

漢字が人と神を繋ぐ記号であると看破した白川さんの業績は、
独特の「常用辞解」にまとめられていますが、この辞書を読んでいるだけでも夢が膨らんできます。

  ‥文字を書くことは、心から願い、祈ることである。

松岡さんのこの新書は日本人なら手にとって読んでおきたい一冊です。

※写真の「子」という文字。子は殷では王子の身分称号のことだったと言います。
いつしか風呂敷を愛用するようになった。

昔からあったよね。
しかも、とても便利。

書類を包む。
ビジネスの現場で活用している。
書類は、版型がA4中心になったとはいえ、
様々な書類を奇麗に包んでしまう風呂敷。
相手の目の前で風呂敷を開ける行為は、
既に、そのこと自体に主張がある。


包む文化。
これは世界各国どこにでも見られる様式。
しかし日本人の美意識は、結びの知恵で独特の文化としてきた。

こんなに手軽なエコはないのかもしれない。



まもなく2月14日。

この日は、女性が男性にチョコレートを贈ることが許される日とか。
この行為が商業的にデザインされたものであることは、誰もが知っていることではあれ、まぁ、お祭りに乗ってしまおうというお楽しみでいいのかもしれませんね。

そして、この日は、私の誕生日でもあります。

従って、小さい頃から、頂くプレゼントが、誕生日のお祝いなのかバレンタインの義理なんとかなのかの判別がつかない状況が続いています。


生誕○○年。

こんな話をしていたら、私の友人が言いました。
「私は、1月1日生まれなんですよ!」

そんな人も多いのでしょうね。
でも、おめでとうございます。