1. 遠泳1kmに挑戦
しんちゃんは必死でした。
やめればよかった。
つい手を挙げてしまった。
あぁーあ。手を挙げなければよかった。
でも,後悔しても始まりません。
さっき500mの岬を通過したところです。
なんとか次の岬まで泳ぐか応援ボートが来るまで頑張らないと,溺れてしまいます。
小学5年生のしんちゃんは遠泳に挑戦中です。
しんちゃんの学校では,4年生以上が臨海学校に行く事になっています。
その2日目は,
恒例の遠泳大会です。
みんなそれぞれ自分で距離を選んで泳ぎます。
遠泳と言っても,
50m,100m,300m,500m,1km
とあります。
さらに泳ぎに自信のない子は50mで浮き輪やヘルパーをつけて泳ぎます。
しんちゃんは
学校のプールでのテストでは1級です。
ですから,300m以上全部に挑戦できます。
しんちゃんは,自信がありました。
学校のプールでは,2km連続で泳いだこともあったからです。
また,一ヶ月ほど前も,お父さんたちの友達家族たちで海に泳ぎに行った時も,中学生の友達に交じって1km以上も泳いで全然平気だったからです。
もっともそのときは,横に6人の大人が一緒に泳いでくれていたし,お父さんも近くで泳ぎながら励ましてくれていたのです。
今朝の健康チェックの後,コース選びで1kmの時に元気よく「はい」と手を挙げたのです。
たっちゃんとけんちゃんも手を挙げていたからでした。
でも,1kmコースに挑戦する20人のほとんどが6年生です。
5年生はしんちゃんとけんちゃんとたっちゃんの3人だけです。
2. がんばるしんちゃん
先生の乗ったボートが3そう,
浮き輪をたくさん積んで巡回してくれています。
辛そうなしんちゃんを見て,
「大丈夫か。しん。まだ泳げるか。あと300mだぞ」
「まだ,がんばれるか」
と先生たちが聞いてくれました。
しんちゃんは,
「はい」
と,元気に応えましたが,
もう,浮き輪が欲しくて欲しくてたまらなかったのです。
でも,いじがあったので断って元気に泳いでいる姿を見せたのです。
先生たちも,元気そうなしんちゃんを見て,
他の子のところへ行ってしまいました。
平泳ぎが疲れてきたので,背泳ぎにかえました。
海なので,波があるから,ずっと背泳ぎするのは難しいのです。
だから,ときどき背泳ぎにしていました。
真上には,真っ青な空に白い雲がぽっかりとひとつ浮かんでいます。
そのほかには何も見えません。
ときどき,先生の
「あと280mだ」
とか
「浮き輪の欲しいものは合図しろ」
とか
「もうすぐ岸だ。がんばれ」
「力を抜いてゆっくりしなやかに泳げ」
とメガホンで励ます声が
遠くから聞こえてきます。
でも,もう,疲れ果てていました。
だから,
雲を見ながら,
イカ泳ぎをしながらゆっくり
進むともなく休んでいました。
波に揺られていると少しは疲れが取れていきます。
この様子を海の底から見ている者がいました。
3. 雲に化けて
テドゥウです。
魚と一緒に海の中を泳いで遊んでいると,子どもが苦しんでいるのを頭の角で感じてしんちゃんのそばまでやって来たのです。
テドゥウは海の中から飛び出すと,雲に化けて魚の形になりました。
そして,腕をニョキッと出して筋肉を作りました。
ちょうど背泳ぎで空を見ていたしんちゃんは,魚の形の雲が筋肉隆々の腕で泳いでいるのを見て,
「よし、もう少し」
と,しんちゃんも気合を入れますが,体中の筋肉が“もうだめだ”と言ってるみたいに力が入りません。
でも,雲の魚に負けてはいられません。
最後の力を振り絞って泳ぎました。
「あと50mだ」
「もう少しだ」
先生の声も大きくなりました。
もうだめだ。
『もう,だめだ』
と,しんちゃんは思いました。
そして,
先生から浮き輪をもらおうと
立ち泳ぎをした時。
「あれ!足がつく」
しんちゃんの足に砂の感触がありました。首すれすれの深さでしたが,もう遠浅の海岸だったのです。
よかった。
しんちゃんはうれしくて空を見上げました。
あのお魚の雲にお礼を言おうと思ったのです。
すると,雲は,なんだか笑っているようなリスの顔をしていました。
「ふう。終わった」
「やっと着いた」
まわりの泳ぎ切った子どもたちがそれぞれ喜びの声をあげていました。
そのはるか空の上でテドゥウは子どもたちの嬉しそうな声を聞きながらニコニコしていました。
おしまい
カットはポックルさんです。








