僕は幸運にも日本を2年間離れ、開発途上国で生活するという機会を得た。2001年から2003年の間今まで育ってきた『日本』という国を全く価値観や文化、生活様式が異なる国で暮らし外からこの国を観ることができたことはとても貴重な体験であった。
開発途上国というだけあって、その国に生活する人たちの間には貧富の差が激しい。ごく一部の大金持ちとその他大勢の庶民。僕が一緒に生活したり、仕事を共にしたのは庶民の方の人たちである。確かに金銭的には日本とは比較にならないくらい低い生活水準だが皆、活き活きと暮らしていた。そこでよくこういう声を聞く。『その人たちは幸せそうに暮らしているからそれでいいんだよ。このまま発展しなくてもいいんだよ』と。果たしてそうであろうか?
僕はそういった意見にとても違和感を覚える。そこに住む人たちにはそのように暮らすしかないからそのように暮らしているのである。そこには「選択肢」がない。そこには『金銭的には貧しいが幸せな暮らし』しかないのである。
僕が考える『自由』な暮らしというものは、『いかに多くの「選択肢」の中から自ら選び、決定していけるか』という暮らしのことである。選択肢が多い社会ほど自由度の高い社会であると言える。その点だけをみればアメリカなどはチャレンジしようとする人には誰にでもチャンスが与えられるということで評価すべき社会であろう。
日本でも最近は『スローライフ』というブームがあるが、僕は納得できる。そのように生きたい人は『スロー』に生きればいいし、ガンガン働いて仕事を充実させるのもその人が決めた人生である。日本は幸い自由な社会である。
しかしその一方で『開発途上国』という国が世界のほとんどを占めており、多くの人たちが『生きる』という道を選べない国もあるということは忘れてはならないと思う。『無関心』は罪である。
僕の大好きな児童文学小説の中の一つである。作者はミヒャエル・エンデ。この作品との出会いは大学時代にさかのぼる。大学に入学したての時「哲学概論」の授業で「ミヒャエル・エンデのモモ」というフレーズは出てきていた。しかし作品自体を読むにはいたらず月日は流れた。
直接読むきっかけとなったのはルドルフ・シュタイナーの思想『人智学』をもとにした教育「シュタイナー教育」に関する勉強を始めてからである。エンデ自身、シュタイナー学校で2年間学んでおり、精神のありかたという最も重要な部分においてはその影響の大きさを認めている。
この作品では『時間』ということについて考えさせられる。「時間がない」「ひまがない」よく聞く言葉である。こういった言葉はほぼ毎日聞き、『忙しい』という言葉が言わば『充実している』ということの代名詞として使われているようである。今の社会にそれほどまでに失われてしまった『時間』はどこに行ってしまったのだろうか?ここで問題になっている『時間』というものは万人に共通に誰にでもある物理的な『時間』のことを言っているのではなく、『人間の心の中の時間』とも言うべき『時間』である。
作品中、人々は必死で時間を倹約し「よい暮らし」の為と信じて追い立てられるようにせかせかと生き、子どもたちも遊びを奪われ「将来のためになる」勉強を強制される。こうして時間を奪われた人々は本当の意味での『生きること』を奪われ、心の中は貧しくなり、荒廃していく。見せかけの能率のよさと繁栄とはうらはらに、都会の光景は砂漠と化してゆく。とても小説の中のファンタジーだけとは思えぬこの展開は現代社会の根深い問題点を痛烈に風刺している。
僕の中でまだこの作品は消化しきれていない。むしろ一生かかっても消化しきれない重要な問題をこの作品は示していると思う。この先もずっと何回でも読んでいきたい作品の一つである。その都度感想が変わってくるような味わい深さがあり、一生手放したくない本である。今後、『モモ』を読んだときの感想も書いていこうと思う。
直接読むきっかけとなったのはルドルフ・シュタイナーの思想『人智学』をもとにした教育「シュタイナー教育」に関する勉強を始めてからである。エンデ自身、シュタイナー学校で2年間学んでおり、精神のありかたという最も重要な部分においてはその影響の大きさを認めている。
この作品では『時間』ということについて考えさせられる。「時間がない」「ひまがない」よく聞く言葉である。こういった言葉はほぼ毎日聞き、『忙しい』という言葉が言わば『充実している』ということの代名詞として使われているようである。今の社会にそれほどまでに失われてしまった『時間』はどこに行ってしまったのだろうか?ここで問題になっている『時間』というものは万人に共通に誰にでもある物理的な『時間』のことを言っているのではなく、『人間の心の中の時間』とも言うべき『時間』である。
作品中、人々は必死で時間を倹約し「よい暮らし」の為と信じて追い立てられるようにせかせかと生き、子どもたちも遊びを奪われ「将来のためになる」勉強を強制される。こうして時間を奪われた人々は本当の意味での『生きること』を奪われ、心の中は貧しくなり、荒廃していく。見せかけの能率のよさと繁栄とはうらはらに、都会の光景は砂漠と化してゆく。とても小説の中のファンタジーだけとは思えぬこの展開は現代社会の根深い問題点を痛烈に風刺している。
僕の中でまだこの作品は消化しきれていない。むしろ一生かかっても消化しきれない重要な問題をこの作品は示していると思う。この先もずっと何回でも読んでいきたい作品の一つである。その都度感想が変わってくるような味わい深さがあり、一生手放したくない本である。今後、『モモ』を読んだときの感想も書いていこうと思う。
芸術家、岡本太郎の著書である。『生きる』ということへの一つの解答が述べられている。『生きる』ということの意味は人それぞれの環境があるのでこれが正しいという言い方はできない。しかし僕はこの本に書かれているような意味での『生きる』ということに納得ができた。
僕は常々自分が生きているという奇跡的な偶然を考える。世界中で一日に何人の人が死んでいっているのだろう?どんな理由で死んでいっているのだろう?飢餓?処刑?病気?寿命?事故?自殺?その人たちの中に僕が入らなかったのはなぜだろう?不思議でしょうがないのである。自分が生まれ育った国、生まれ育った環境、すべての上に今日の僕が成り立っている。今日自殺を考えなかったという僕の今日の考えは、生まれてきてから今日まですべての事象の影響による思考である。世の中には不慮の事故で亡くなる方がたくさんいる。今日僕が事故に遭わなかったのはなぜだろう?
そこで僕が感じている『生きる』という事は『生かされている』という受動的な意味での生である。人生の根底には運命というものがあるのではないかと感じる。『人は何かをなす為に生まれてきた』とは西郷隆盛の言葉であるが、西郷さんのように何か大きな事業を成し遂げるだけが人生の意味ではない。人が情熱を傾けて全力で突き進もうとする『事』を成し遂げるのが人生を『生きる』ということなのではないだろうか。その『事』には大きいも小さいもない。
岡本太郎は述べている。「死ぬのもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストをつくすことだ。現在に、強烈にひらくべきだ。未練がましくある必要はないのだ。一人ひとり、になう運命が栄光に輝くことも、また惨めであることも、ともに巨大なドラマとして終わるのだ。人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。それでよいのだ。無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには光栄だと思える。」
しかし逆に僕は人生を本当の意味で生きている人は運命として『生かされ』続けるのではないかと考えている。僕はまだ死ねない。
僕は常々自分が生きているという奇跡的な偶然を考える。世界中で一日に何人の人が死んでいっているのだろう?どんな理由で死んでいっているのだろう?飢餓?処刑?病気?寿命?事故?自殺?その人たちの中に僕が入らなかったのはなぜだろう?不思議でしょうがないのである。自分が生まれ育った国、生まれ育った環境、すべての上に今日の僕が成り立っている。今日自殺を考えなかったという僕の今日の考えは、生まれてきてから今日まですべての事象の影響による思考である。世の中には不慮の事故で亡くなる方がたくさんいる。今日僕が事故に遭わなかったのはなぜだろう?
そこで僕が感じている『生きる』という事は『生かされている』という受動的な意味での生である。人生の根底には運命というものがあるのではないかと感じる。『人は何かをなす為に生まれてきた』とは西郷隆盛の言葉であるが、西郷さんのように何か大きな事業を成し遂げるだけが人生の意味ではない。人が情熱を傾けて全力で突き進もうとする『事』を成し遂げるのが人生を『生きる』ということなのではないだろうか。その『事』には大きいも小さいもない。
岡本太郎は述べている。「死ぬのもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストをつくすことだ。現在に、強烈にひらくべきだ。未練がましくある必要はないのだ。一人ひとり、になう運命が栄光に輝くことも、また惨めであることも、ともに巨大なドラマとして終わるのだ。人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。それでよいのだ。無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには光栄だと思える。」
しかし逆に僕は人生を本当の意味で生きている人は運命として『生かされ』続けるのではないかと考えている。僕はまだ死ねない。
この本のことは高校2年生の時から知っていた。中学3年生の時に科学雑誌の『ニュートン』で中国シルクロードの遺跡「桜蘭」を見て以来、『遺跡』の虜になった。考古学を特集している雑誌や本を読み、世界の遺跡に思いを馳せた。とりわけ僕の気持ちを惹き付けたのがペルーにある『マチュピチュ』であった。空中都市と呼ばれ絶壁の山の頂上に浮かぶように建設された都市の遺跡である。この遺跡は侵略者であったスペイン人に発見されることはなかった。1911年になりアメリカ人の考古学者ハイラム・ビンガムによってようやく「発見」されたのである。
僕が高校生の時にこの遺跡に魅かれたのは2つ理由がある。 まず1つ目はこの遺跡が持っている『謎』に魅せられた。「なぜここに住むインカの人々はスペイン人に見つかっていないのにこの遺跡を放棄して歴史から姿を消してしまったのか?どこへ行ったのか?」考えただけでもスリリングで下手なドラマや映画を観るよりも興奮した。2つ目は『見ための美しさ』である。4,000mから6,000m級のアンデス山脈に囲まれ、絶壁の上にすばらしい建築技術で都市がある。その都市の背景には「若い峰」と呼ばれるワイナピチュが全体を引き締めている。
大学では絶対「インカ帝国」を勉強してマチュピチュへ行くんだと意気込んでいた。ある模擬試験のチラシにこのマチュピチュの写真が使われており、模試の申込書には目もくれずそのチラシの写真を切り抜き机の前に張った。しかしこの本の著者でインカ研究の第一人者「増田義郎」さんは東京大学の教授。ハードルがいきなりアンデス山脈級になってしまった。しだいにその情熱は趣味の範疇に収まっていった。
2003年7月16日マチュピチュ初登頂。翌日7月17日にはワイナピチュへの登頂。幸運にもマチュピチュへ行く機会が手の届く所へ転がってきたのである。その感動は当時の僕の年齢の25年間でも最高級である。夢が思わぬかたちで叶ってしまったのだが、僕の気持ちの中では腑に落ちない部分がある。『出来ればもっと勉強した状態で行きたかった・・・」という後悔。夢は思い続ければ転がってくる場合もある。その時の自分の気持ちの為に、夢を叶える為の準備をしていきたいと思う。どんな分野であってもその原動力となるのは情熱である。それを思い起こす為、継続させる為、高校時代に買えなかった『図説インカ帝国』を今、手にとったのである。
僕が高校生の時にこの遺跡に魅かれたのは2つ理由がある。 まず1つ目はこの遺跡が持っている『謎』に魅せられた。「なぜここに住むインカの人々はスペイン人に見つかっていないのにこの遺跡を放棄して歴史から姿を消してしまったのか?どこへ行ったのか?」考えただけでもスリリングで下手なドラマや映画を観るよりも興奮した。2つ目は『見ための美しさ』である。4,000mから6,000m級のアンデス山脈に囲まれ、絶壁の上にすばらしい建築技術で都市がある。その都市の背景には「若い峰」と呼ばれるワイナピチュが全体を引き締めている。
大学では絶対「インカ帝国」を勉強してマチュピチュへ行くんだと意気込んでいた。ある模擬試験のチラシにこのマチュピチュの写真が使われており、模試の申込書には目もくれずそのチラシの写真を切り抜き机の前に張った。しかしこの本の著者でインカ研究の第一人者「増田義郎」さんは東京大学の教授。ハードルがいきなりアンデス山脈級になってしまった。しだいにその情熱は趣味の範疇に収まっていった。
2003年7月16日マチュピチュ初登頂。翌日7月17日にはワイナピチュへの登頂。幸運にもマチュピチュへ行く機会が手の届く所へ転がってきたのである。その感動は当時の僕の年齢の25年間でも最高級である。夢が思わぬかたちで叶ってしまったのだが、僕の気持ちの中では腑に落ちない部分がある。『出来ればもっと勉強した状態で行きたかった・・・」という後悔。夢は思い続ければ転がってくる場合もある。その時の自分の気持ちの為に、夢を叶える為の準備をしていきたいと思う。どんな分野であってもその原動力となるのは情熱である。それを思い起こす為、継続させる為、高校時代に買えなかった『図説インカ帝国』を今、手にとったのである。
ある人に出会った。その人はものすごく優しい。午前中畑仕事に出た。畑はジャガイモを植えていたのだが雑草で埋め尽くされ、どこに植えているのか判別がつかないくらいであった。その人は誰よりも率先してその雑草で埋め尽くされた畑に入っていく。誰よりも汗を流し、ジャガイモの葉を探し雑草を抜いていく。誰よりも周りのみんなに声をかけ、気をかける。その人がいるだけで作業をサボっている人を含め豊かな時間が流れた。作業を終え、みんなの仕事ぶりを讃える。
午後は室内で工芸を一緒にした。もくもくと作る。時にサボっている人を励ましつつ冗談を言いながら。友達が作業に疲れて座椅子で寝だした。「お腹が冷えちゃダメだから・・・」そっと毛布をとってきてかけてあげる。
その人の『優しさ』について書こうと思ったが書ききれない。その人がどんな行動をとったか、どういう言葉をかけたかを書けば書くほど、その人と実際出会って感じた印象とのギャップに悩まされる 。部分を取り出せば取り出すほど、その人全体の『優しさ』との溝を感じだす。『優しさ』とはどういう行動をとるか、どういう言葉を使うかではなく、その人の人格そのものであると思う。例えとしてその人の言動を優しさを表すものとして言うことはできるが、その人の『優しさ』そのものを伝えていない。そこに表現できないもどかしさを感じるのである。
今日は貴重な出会いをした。その人は知的障害を持つと言われる人が利用する施設に通っている。
午後は室内で工芸を一緒にした。もくもくと作る。時にサボっている人を励ましつつ冗談を言いながら。友達が作業に疲れて座椅子で寝だした。「お腹が冷えちゃダメだから・・・」そっと毛布をとってきてかけてあげる。
その人の『優しさ』について書こうと思ったが書ききれない。その人がどんな行動をとったか、どういう言葉をかけたかを書けば書くほど、その人と実際出会って感じた印象とのギャップに悩まされる 。部分を取り出せば取り出すほど、その人全体の『優しさ』との溝を感じだす。『優しさ』とはどういう行動をとるか、どういう言葉を使うかではなく、その人の人格そのものであると思う。例えとしてその人の言動を優しさを表すものとして言うことはできるが、その人の『優しさ』そのものを伝えていない。そこに表現できないもどかしさを感じるのである。
今日は貴重な出会いをした。その人は知的障害を持つと言われる人が利用する施設に通っている。
『新しいものをいかにつくるか」ではなくて、「旧いものをいかに残し、生かしていくか」という視点は建築に限らず、社会全体として非常に重要な位置を占めていくように思う。
安藤は「重要なのは、新しいものだけに目を向けるのではなく、旧いものと新しいもの、その双方を含め、都市を総体として眺める姿勢です。(中略)建築・都市の再生は決して非創造的な仕事ではありません。建築を長持ちさせる、都市のストックを蓄積していくという面では都市全体の建設量の減少につながり、ひいては地球環境の保全に貢献するものであるわけですし、また建築表現の一形態として考えてみても、自己完結的な現代建築にはない新たな可能性をもった創造的行為となりえるものです」と述べている。
この言葉を僕は建築に限らず、生活の中や、仕事の中、その他様々な場面で通用するある種の普遍性を有している言葉であると受け止めた。自分が使うものは新しいものの方が気持ちがいい。しかし、最近ちょっとずつ気持ちの変化がある。人が大切に使ってきた『精神』を受け継いで使っていくということに唯物的ではない精神の重みを感じる。大量生産大量消費の社会にあって引き継いでまで使っていくモノが少なくなってきている現代であるからこそ、『価値ある精神』を引き継いでいきたい。その気持ちが先祖を敬い、家族を大切にする気持ちにもつながるであろうし、まだ見ぬ僕の子どもにも『価値ある精神』を受け渡すべく生きていけたらと今日、敬老の日に考えるのである。
安藤は「重要なのは、新しいものだけに目を向けるのではなく、旧いものと新しいもの、その双方を含め、都市を総体として眺める姿勢です。(中略)建築・都市の再生は決して非創造的な仕事ではありません。建築を長持ちさせる、都市のストックを蓄積していくという面では都市全体の建設量の減少につながり、ひいては地球環境の保全に貢献するものであるわけですし、また建築表現の一形態として考えてみても、自己完結的な現代建築にはない新たな可能性をもった創造的行為となりえるものです」と述べている。
この言葉を僕は建築に限らず、生活の中や、仕事の中、その他様々な場面で通用するある種の普遍性を有している言葉であると受け止めた。自分が使うものは新しいものの方が気持ちがいい。しかし、最近ちょっとずつ気持ちの変化がある。人が大切に使ってきた『精神』を受け継いで使っていくということに唯物的ではない精神の重みを感じる。大量生産大量消費の社会にあって引き継いでまで使っていくモノが少なくなってきている現代であるからこそ、『価値ある精神』を引き継いでいきたい。その気持ちが先祖を敬い、家族を大切にする気持ちにもつながるであろうし、まだ見ぬ僕の子どもにも『価値ある精神』を受け渡すべく生きていけたらと今日、敬老の日に考えるのである。
この本は安藤忠雄が1988年秋に東京大学の大学院で行った全5回の講義をまとめたものである。タイトル通り建築について語っているのだが、言いたいことは別にある。「20代は、建築に限らずどのような職業を選択するにせよ、その人間の生き方を左右する重要な時期です。多感な20代を緊張感を持って生きていけるかどうかが、それ以降、とりわけ40代から50代に自分らしい生き方を貫けるかどうかの分かれ目になります。」と語っている。この主張はこの本を通じて終始述べられている。
安藤は世界の建築を観る為ヨーロッパへ旅をしている。「西洋建築を自分の目で見たい」、「コルビジェに会いたい」という思いが行動となって現れた。その時受けた感動が安藤建築の原点であろう。
和辻哲郎の『風土』との出会いも彼が日本の建築を考える上で、重要な出会いであると言える。西洋から輸入された「近代性」と、日本の伝統という「非近代」を調停しようとした先人の偉業を知り、画一や均質を象徴とする近代という『理念』と地域、風土、歴史といった『現実』との間にある距離に違和感を持つきっかけとなったようである。
自分はどのような『出会い』をしてきたか。自信を持って、緊張感を持って20代を生きてきたか。方向性を持って進んできているとは言い切れない。その時々で自分の興味のある分野に首を突っ込み、また他の分野に興味が湧けばそちらへ。しかし僕は考える。一貫性はないが、20代という『時間』を確実に生きて、その間にいろいろな人に出会い、貴重な体験をしてきている。これからも勉強を続ける限り、それらが今はバラバラでも必ず一つのつながりを持ってくるだろうと。
安藤は世界の建築を観る為ヨーロッパへ旅をしている。「西洋建築を自分の目で見たい」、「コルビジェに会いたい」という思いが行動となって現れた。その時受けた感動が安藤建築の原点であろう。
和辻哲郎の『風土』との出会いも彼が日本の建築を考える上で、重要な出会いであると言える。西洋から輸入された「近代性」と、日本の伝統という「非近代」を調停しようとした先人の偉業を知り、画一や均質を象徴とする近代という『理念』と地域、風土、歴史といった『現実』との間にある距離に違和感を持つきっかけとなったようである。
自分はどのような『出会い』をしてきたか。自信を持って、緊張感を持って20代を生きてきたか。方向性を持って進んできているとは言い切れない。その時々で自分の興味のある分野に首を突っ込み、また他の分野に興味が湧けばそちらへ。しかし僕は考える。一貫性はないが、20代という『時間』を確実に生きて、その間にいろいろな人に出会い、貴重な体験をしてきている。これからも勉強を続ける限り、それらが今はバラバラでも必ず一つのつながりを持ってくるだろうと。
『ピエロの赤い鼻』という映画を観た。フランス映画でジャン・ジャッケル監督の作品である。第二次世界大戦中のドイツ占領下のフランス。父親はピエロ。そんな皆の笑い者になる父親を息子は受け入れることができないでいた。父親の舞台を見ても笑うことができない。そんな息子を見て父の親友が息子にどうして父がピエロになったのかの理由を語っていく。
この映画を観終わった後、『ライフ・イズ・ビューティフル』を観た時と同じような感情が湧いてきた。舞台になっている社会状況はどちらも非常に緊迫していて暗い。しかし、映画には常にやさしい『笑い』が描かれていてその対比に切ない気持ちになる。それでもその『笑い』に心がほぐされていく。
舞台まで行く時、家族4人で乗っていっていた黄色い車がとても綺麗な黄色でとてもかわいかった。
とても好きな映画の一つになったので、この監督の他の作品も観てみようと思う。『クリクリのいた夏』という作品があるようだ。
映画を観ていて思うのだが、一つの作品として完成させる時、映画の中のどんな些細なシーンであっても監督の考え、こだわりが含まれているのだと思う。例えば自分が映画を撮るとなった時にどのシーンでもカメラはこのアングルで、台詞はこういう感じで、背景は?一つ一つチェックするはずである。作品はパッとマジックのように出来上がるのではない。作ろうと思った意志から始まり様々な人の手が加わってやっと存在することが許されるのである。
人が作り出したモノを観る時にそのモノの背景を考えることはとても大切なことだと思う。しかし現代ではそのつながりがとても観えにくくなっているのは、モノを観るやさしさが失われていくようで寂しことだと思う。
この映画を観終わった後、『ライフ・イズ・ビューティフル』を観た時と同じような感情が湧いてきた。舞台になっている社会状況はどちらも非常に緊迫していて暗い。しかし、映画には常にやさしい『笑い』が描かれていてその対比に切ない気持ちになる。それでもその『笑い』に心がほぐされていく。
舞台まで行く時、家族4人で乗っていっていた黄色い車がとても綺麗な黄色でとてもかわいかった。
とても好きな映画の一つになったので、この監督の他の作品も観てみようと思う。『クリクリのいた夏』という作品があるようだ。
映画を観ていて思うのだが、一つの作品として完成させる時、映画の中のどんな些細なシーンであっても監督の考え、こだわりが含まれているのだと思う。例えば自分が映画を撮るとなった時にどのシーンでもカメラはこのアングルで、台詞はこういう感じで、背景は?一つ一つチェックするはずである。作品はパッとマジックのように出来上がるのではない。作ろうと思った意志から始まり様々な人の手が加わってやっと存在することが許されるのである。
人が作り出したモノを観る時にそのモノの背景を考えることはとても大切なことだと思う。しかし現代ではそのつながりがとても観えにくくなっているのは、モノを観るやさしさが失われていくようで寂しことだと思う。
今日から記録をはじめるこの記録は、僕の考え方つまり世界の見方の変遷と言っていい。どのような記録になるかは続けていくうちにちょっとずつ性格が現れてくるであろう。ちょっとでも周りの景色を観て立ち止まり考える。そんな心の余裕を持って日々生活したいものである。
さて、9月13日は僕の誕生日であった。その日は彼女と瀬戸内海の島である『直島』に行ってきた。直島は人口4000人足らずの小さな島である。しかしこの小さな島はイギリスの旅行雑誌で「世界の行くべき場所」として推薦のあった島なのである。建築家安藤忠雄さんの設計のもとベネッセハウス、地中美術館、家プロジェクトなど現代美術を堪能できる島なのである。
やはり行ってよかった。安藤さんの建築物は光がとても心地いい。外の光をとてもやさしく屋内へとりこんでいる。地中美術館で「ウォルター・デ・マリア」を観た時しばらく入り口で鳥肌が立ったまま動けなかった。神々しい空間なのである。あまりにも静かであるのだが、この空間には何かでいっぱいに満たされているのである。そう「静」という「ないもの」がその空間にはいっぱいに「ある」という矛盾したものが破綻をきたすことなくそこには成立しているのである。あと印象に残ったのは『家プロジェクト』の『南寺』。実際に自分で光を探す体験をするという今までしたことのない体験をした。見ているようで観ていない。光の在る方へ吸い込まれていく。
日帰りで行った為、海岸にあるオブジェなどは観ることができなかった。しかしそれは次回への楽しみとしてとっておこうと思う。シーサイドパークには安藤忠雄さんの設計で今度は木造のホテルが建つという。出来上がるのが非常に楽しみである。
直島から帰ってきて数日、安藤さんに関する本を読みあさっている。この人の世界に対する、環境に対する考え方はとても共感できる部分があるような気がする。それらの本の所感なども今後書けていけたらと思っている。
さて、9月13日は僕の誕生日であった。その日は彼女と瀬戸内海の島である『直島』に行ってきた。直島は人口4000人足らずの小さな島である。しかしこの小さな島はイギリスの旅行雑誌で「世界の行くべき場所」として推薦のあった島なのである。建築家安藤忠雄さんの設計のもとベネッセハウス、地中美術館、家プロジェクトなど現代美術を堪能できる島なのである。
やはり行ってよかった。安藤さんの建築物は光がとても心地いい。外の光をとてもやさしく屋内へとりこんでいる。地中美術館で「ウォルター・デ・マリア」を観た時しばらく入り口で鳥肌が立ったまま動けなかった。神々しい空間なのである。あまりにも静かであるのだが、この空間には何かでいっぱいに満たされているのである。そう「静」という「ないもの」がその空間にはいっぱいに「ある」という矛盾したものが破綻をきたすことなくそこには成立しているのである。あと印象に残ったのは『家プロジェクト』の『南寺』。実際に自分で光を探す体験をするという今までしたことのない体験をした。見ているようで観ていない。光の在る方へ吸い込まれていく。
日帰りで行った為、海岸にあるオブジェなどは観ることができなかった。しかしそれは次回への楽しみとしてとっておこうと思う。シーサイドパークには安藤忠雄さんの設計で今度は木造のホテルが建つという。出来上がるのが非常に楽しみである。
直島から帰ってきて数日、安藤さんに関する本を読みあさっている。この人の世界に対する、環境に対する考え方はとても共感できる部分があるような気がする。それらの本の所感なども今後書けていけたらと思っている。
哲学の道 がオープンしました