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行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 小学校へ初出勤してきた。週に3回体育での水泳指導である。
 先週末に免許状と同様に嬉しかったことがある。先月結婚式を挙げた友人が岡山に奥さんと一緒に帰ってきていたのだ。あいにく僕は上京しており会うことができなかったのだが家に挨拶に来てくれたらしい。新婚旅行のお土産と一緒に「ネクタイ」をプレゼントしてくれていた。
 最初「???」って思ったが、中の手紙を読んで心が温かくなった。この前に電話した時になんとか僕の働く所が決まったという話をしていたのだ。それを知って、友人とその奥さんは激励の「ネクタイ」をプレゼントしてくれた。ものすごく嬉しかった。
 当然今日の初出勤にはそのネクタイを彼らの想いと共にしっかりと締めて家を出た。
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 東京から実家に戻ってくると、いろいろと郵便物が届いていた。その中の一つ。「教員免許状在中」と書かれた封筒を感慨深く眺めた。
「やっと歩き出せる」
 長かった。でもこれでやっとスタートラインに立つ資格を得た。身が引き締まる思いがしている。まだ見ぬこれからの教え子達の顔と先を歩む同志達の背中を想った。
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 前日の盛り上がりの代償として、体がボロボロだ(笑)カラオケでの熱唱により当然声は潰れ、ハスキーボイス。どれだけ腹から声を出したのだ?ってくらい下っ腹が筋肉痛。タンバリンの叩き過ぎにより左手の掌が打撲っぽい。右太腿の側部にはタンバリンによる痣が。そして全身打撲のような筋肉痛が体を支配している。沼の中でもがいているようだが、喜んでくれたという満足感が救ってくれる。
 
 友人の結婚式の為、上京。青年海外協力隊で同じニカラグアという国。そして同じ野球を指導するという職種。一見偶然に見せかけた必然により僕らは友達になった。同時期にニカラグアには僕を含めて4人野球隊員がいた。年齢も4人が一歳ずつ違っていた。バランスがよかった。
 今回結婚したのは、僕ら3人が兄貴のように慕っている一番上の友達。僕らは彼におんぶに抱っこ(笑)そんな彼の結婚式にはしゃぎまくった。
 彼の弱点は「お酒」決して弱く、すぐに意識が飛んでしまうというのではない。むしろべらぼうに強い。なのだが、いつ酔っぱらって意識が飛んだのか全く分からないのである(笑)最後まで皆をまとめてくれるのだが、突然地下鉄に乗るため地下通路を歩いていると「アベ・マリア」を綺麗な声で歌い出したりする(笑)引き出物は「ラーメンどんぶり」奥さんもお酒が好きで「なぁ~るほどっ!」って思える素敵なモノだった。
 そんな彼の結婚に「安定感がまた増したなぁ」という友人目線の思いと、身内のように嬉しい気持ちでいっぱいな一日だったのである。
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 なんでも食べちゃう怪獣がいた。とてもとても大きな口を持っていて、お腹もぷっくりとふくれている。世界中のあらゆるモノを食べてきたから、そんなお腹になっちゃった。

 特に大好物は人間が持っているやましい心。やましい心であれば種類は問わない。世界のどこにいたってその匂いを嗅ぎつけて丸飲みしちゃうのだ。
 
 そんなある日、世界のあらゆる場所でやましい心の匂いが漂ってきた。怪獣はうれしくなって、それはもう一心不乱に世界中を駆けめぐった。こっちのを食べた途端に世界の裏へ飛んでいく。そして怪獣のお腹はやましい心でお腹いっぱい。それでも世界にはまだまだ食べきれないほどのやましい心があふれている。怪獣は残すことなくすべてのやましい心を食べ終わると、大きなお腹に手をやってゆっくりと腰を下ろした。

 そしてゆっくりと目を閉じて、二度と動くことはなかった。怪獣の頬には涙の跡が残っていた。
 今朝の山陽新聞朝刊テレビ欄下の広告に面白いものを見つけた。「モテるちょいワルオヤジの作り方」・・・ではない(笑)その下。

 「TWILIGHT PAVEMENT SPECIAL ゲスト:いきものがかり」である。「いきものがかり」については以前書いたことがある。
http://filosofia.blog46.fc2.com/blog-date-20060501.html
 お昼にFMを聴いていて(オイオイ!笑)よく彼らの曲が流れるなぁと思っていたら、今度は岡山にやってくる。「なんだかすごいなぁ・・・」って思う反面、そこから何かエネルギーをもらって僕もがんばれる気がしてくる。人のつながりって実にパワフルだ。
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 この日記を始めたのは、すごいスピードで流れ、変化していく世界にあって、人生が消耗品にならないようにするためである。観たモノ、聴いたモノ、感じたことに意識を集中させて言葉にすることによって光をあてる作業は格好のものだった。それは今も変わらない。
 人と話をする時に「話すことが心にない」状態にだけはならないようにしたいと思っている。あの人にこんなことを話したい。この人にはあのこと、あっちの人にはドンナコト・・・。つまりその話の豊かさこそが「心の豊かさ」なのである。
 一日を振り返り「なんにもなかったなぁ」と言うことは、なんにも感じていない一日だったのだ。大学時代の友人が手帳に日記を付けていた。ある日、彼の承諾の元、仲間内でその日記を読むことになった。その中の一日に記されていた言葉。

○月×日(△曜日)
「前の日と同じ」

当時は「こんなの日記の意味ねぇじゃん!」と皆で大笑い、大爆笑したのだが、このことは深刻な問題を示唆していたのだ。
 人生生きてりゃ皆忙しい。忙しさを言い訳に心の眼を閉じることだけはしないようにしようと今日を振り返って感じたのである。 
 本屋に行くと古本市をやっていた。ふらっと見てみると「現代世界美術全集」が一冊800円で売っていた。「・・・むむむ。安い。そして、ちょうど好きな人のが残っている」衝動買いです。美術全集なんてモノは他にはなく、一冊だけこの部屋にやってきました。当分仲間を作ってあげる気はありません(笑)
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 ハッキリ言って、人の試験する姿を見て、「う~ん、緊張感がドウノコウノ云々・・・」言っている場合じゃない。一ヶ月後には自分が受験する立場なのだ。幾分楽観的に考えがちな僕の気持ちを察してか、お尻に火をつけてくれる人もいる。そう、僕じゃなきゃ!っていう使命感に燃えて残り一ヶ月を死にもの狂いでがんばってみよう。楽しい勉強はひとまず置いておいて、合格の為の、人生の使命の為の「訓練」に取り組む。浪人時代に修行僧のようなストイックさで勉強した経験がきっと生きてくる。そして、今回乗り切れば、この経験もきっと僕のこれからの糧になるんだろう。
 試験管理員のアルバイトをした。真剣に受験する受験生の背中を一室の後ろの方から眺めているとなんだか異空間にいるように感じた。
 会場に緊張感がある。しかもカラッと乾いたものではなく、ピーンと張りつめたモノでもない。幾分湿度が高いような。試験という性質がそうさせるモノなのか。
 そこで僕は、試験の問題を解こうと必死に考えているその「考え」が受験者の数だけ頭の上にモヤモヤッと広がっていることを想像した。正解へと導かれる論理的な考えをしている人もいるだろう。だんだんと正解とは違う迷路へ迷い込んでいる考えの人。正解じゃないんだけど、とっても面白い抜け道のような考えをしている人。背後から見ていて、それらがみんなの頭の上に広がっているのだ。「その混沌がこの湿度の原因かな?」って思ってちょっと納得したのだった。