ちょwww

放浪はしていませんが、前回記事の話に少し被りますね・・

私が一番気をつけているのは、他人に迷惑をかけないこと。
自分のルールは自分の為にあるものだから、
他人には押し付けませんよ。


側から見たら自由に見えるのかなぁ(苦笑

全く関係ありませんが、今日はネコの日です^ ^

 
▼私を構成する成分は・・・


\あなたはなにでできている!?/
 
このブログでは技術的特異点をテーマとして
過去から未来への話を行ったり来たりしています。
(最近は過去が多いですが・・)

未来の予測だけが未来の話ではありません。
過去があり現在立つ今がどうであるかによって未来が
ある程度決まるのです。そして知れば修正もできます。
知らなければ理解も難しくなります。

私の書くブログは経験した事と知っている事しかかけません。
その代わりどう未来に繋げていくかを少しづつ書いています。
未来なんてタイムマシンに乗らない限り、乗っても正しいかなんて
確認する事はできません。つまり誰にも分からないのです。

だからこそ不確実な未来や不安を煽る記事ばかりが注目を
浴びることになるのです。

未来まではまだ時間があります。但し、そうゆっくりはしていられません。
闇雲に動いたところで動くこと自体に満足してしまい自分の納得の
いく結果は得られないでしょう。かといって石橋を叩きまくって壊しても
前に進めない人もいると思います。


私にとっての今は過去から見れば「未来」だったもの。
現状に対して過去の選択がどうだったかは分かりますよね^^
今より先の未来に対しても同じ事だと思うのです。

だからあえて過去や今の記事を書くことで未来のことも少しづつ
見えてくるのです。


タイトルの事ですが、今年も学校へ授業をし終わりました。
私は毎回子供達に、沢山経験をして失敗を恐れないで欲しいこと
比べるのは周りの人とではなく自分と比べて欲しい。そして
選択の場面が来たら自分で決めること。という話をしています。


現在の学校も、企業も成績や評価は「分布」です。
ある一定の人数が働いていて企業で人件費として出せる金額には
限りがあります。その為、配分を決めるために評価をつけるのです。

この方法だと周りの足を引っ張って出る杭を引きずりおろしたり
良い仕事を奪って自分の手柄にしたり寸分たがわぬ真似をしたつもりで
評価を得ようと思う人が増えても仕方ありません。
但しこの方法が蔓延したとしてもあくまで評価は分布であり
全体の質が向上するわけではありません。

手っ取り早いし楽だけれど、それは自分の実力ではない為に
それをいつまでも続けられるはずもありませんし、仮に良い評価を
もらってしまった場合は実力から評価が遠ざかっていくことになり
翌年、その翌年ともっと他人の実力をアテにする事になるのです。
学校で言えばカンニングと同じですね。


私は子供の頃から人と比べられるのがとても苦手でした。
何故その必要があるのかの理解ができませんし、また「普通」という
全く意味のない枠にはめられるのも嫌で仕方なかったのです。
そして気がつくと私は「昨日の自分」と比べるようになりました。

昨日よりも今日、今日よりも明日自分がどう変わっていくか。
この事にしか興味がなくなった為、他人の顔色を伺う必要もなく
自分を大きく見せるような虚像を作る時間もいらない為、今でもとても
のびのびと仕事ができています。

他人に興味がない代わりに人を陥れようなども勿論思うこともない。
自分に正直に生きた結果が評価として客観的に反映されれば良いと思います。

少し先の未来は評価・裁量に関するツールの導入が早めに進んでいきます。
これまで「できる自分」を演じてきた人は正しい評価に驚くでしょう。
もしかしたら未来を不安視している人はその様な結末が見えている
からこそ怯えているのかもしれませんね。

自分の過去を棚卸しして今からどのように過ごそうと思うのか。
「しくじり先生」がウケているのは今の世相を反映していると思います。
書店にあふれている成功者のノウハウを真似してもその通りにならない事に
そろそろ皆が気付いてきたころかなと思います。

それよりも失敗をどのように前向きに克服するか・・これは人によって
様々で真似のできないものですが、どんな気持ちでいたのかを知ることで
勇気が湧き自分もチャレンジしてみようと思うのかもしれませんね。

生きるヒントは、自分の過去にあるのです。

一度棚卸しをしてみることをオススメします。できれば人生グラフのような
気持ちの浮き沈みのときにどんな出来事があって、どう感じていたのか・・
これを書き出してみるだけでも自分の事が分かりますよ^^
昨日はバレンタインデー。今朝も事務所の男性が
もらえなかったとため息をついておられました^^;
さて、それはなぜなのでしょう。

ここ3年ほどで日本におけるバレンタインの市場は大きく
変化していました。

まず、慣習の廃止による義理チョコの衰退。
これは前も書いた通りですが義理やお付き合いで
男性にチョコを贈ることは年々なくなりつつあります。
お返しに頭を悩まさなくてよくなり助かる方もいそうですね。

そしてチョコレート物産展の定着化。恐らく10年以上
経っているこの催しは年々規模が拡大しています。
毎年足を運んでいる人たちにとっては定番を買うという
よりも目新しいものが欲しい。

その為、新しいブランドの開拓やカカオの発掘におまけ付。
食べるだけではなくカカオバターを使ったリップなど!?
様々な新しいチョコレートの提案が増えています。
来年はどうするんだろうと心配になる位の盛り上げかた。

その為、1商品あたりの価格も上昇しており義理で贈る
値段ではないようなものばかりが多くなってきています。
実際バイヤーさんは「自分の為に買うチョコ」を探す
人をターゲットに近年催しをされているそうです。

またイートインも昨年より2倍以上種類が増えており
こちらが目的の人が多く訪れていました。
日替わりで催しも変わるため期間中何度も訪れる人も
多くいました。

今現在はどうなっているかと言うと・・
・自分のために買う(価格が高くてもOK)
・女子同士で交換する為に買う(小型で単価の高いもの)
・彼や家族に買う(結局自分も食べれるから高めでOK)

こんな状況になっています。既に女子の為の催しですね^^

さて、男性の場合・・

今年は催し会場に男性が増えたな・・と感じていましたが
やはり昨年から毎年1割づつ来場者が増えているようです。
一昨年は98%女子だったと記憶していましたが、今年は
確かに全体の1割以上男性客がいる印象でした。
女性と同じく一人で買いに来る人が多いそうです。

・彼女や妻に買う(ホワイトデーを待たず当日交換)
・自分へのご褒美(お酒入りなど変り種多し)
・イートインが主目的(複数男子やカップルで来場)
ということだそうでした。

女性が男性に贈るという時代は終わっていて、早く気付いた
男性は自分で探しに来ているのです。さすがです^^

男性も焼酎入りのチョコやミニカー付などを自分へのご褒美や
妻から贈られる際に、サプライズで渡したいからと一人で
こっそり探しに来る人もおられました。

タブレットタイプなら賞味期限が1年以上あるものも。
中には1年分買いに来たというつわものもおられました・・。

チョコは贈られる時代から自分の欲しいものを買いに行く
という状況になってきているようです。
来年はもう少し男女比も変化するでしょうね。

学生さんはまだまだ本命チョコがありますから
是非頑張って欲しいものです^ ^

チョコレートに限らず世の中は大きく変化しています。
早いサイクルで状況が随分変わっているのが分かります。
私は、昔の職業のクセでこうして街中の様子を定点観察する
ことが好きなだけなのですが・・ww

変化のスピードを見届けていくことは乗遅れないようあがく
ことと違いますし、立ち止まり与えられるのを待つのでもありません。

その流れの中で心地よいものや便利だと感じるものを自分で
見つけていくことが、これからの生き方の主流になりそうです^^

気落ちした方も来年は是非会場に足を運んでみてください。
(但し、週末や日が近くなると恐ろしい人ごみですのでお早めにw)
約2年ほど前1つの研究が発表されている。
*成績は「知能」ではなく「性格」の影響が大きいということ。
性格の中で特に「経験への開放性」と「勤勉性」の影響が大きく
どちらも学ぶことに対し能動的に行う気持ちである。

これまで、勉強した成績(結果)への影響は知能だと言われてきた。
実際に何度か学生の時にIQテストも受けたことがある。
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私が育っていた小学校の地区では学習塾に通える子はいなかった。
(車で1時間以上走らないと塾がある町までいけなかった)
小学校は児童数が少なかった為、成績順の変動は6年間を通じ
ほとんど変わらなかったと記憶している。

その理由として十分に学ぶことはできていた為、素質もあると思うが
残りは自主性や克服する気持ちなどの差が大きかったのだと思う。
私の場合、遊ぶ時間が人より長かったはずwww

1学年辺りの人数が少ない為、2学年1クラスの複式学級形式。
それでも1クラスは15人弱といったところ。(全校で50人に満たない)
2学年分の授業を行ったり来たりしながら、1年で半分のメンバーが入替り
一緒に学ぶ。必然的に上級生が下級生の面倒を見て教えることになる。

そして先生が全員に目が行き届く人数で、遅れている子にとことん
付合うことができる。できている子も復習になり更に理解度が高まる。
この頃、私の成績はほぼ真ん中辺りだったと記憶している。


どの教科も「課外授業」が多く取り入れられていたように思う。
人数が少ないので全校で何かする行事もやたらと多かった。
自然環境が豊かで学校の風土なのか地域性なのか・・。
実際に確認してみようとなると、すぐに先生に連れ立って皆で教室を出ていく。

例えば俳句の授業では季語の理解をする為に、まずは学校の裏山へ
分け入り、秋は紅葉の様子や栗を手に取り肌で感じる秋の景色や気温
冬は電線の上で体を膨らませ丸くなっている雀の姿などを予め目に
焼き付けてから、お題目に沿って考えるなど・・。

どちらかというと頭に「暗記」として叩込むのではなく、視覚的なものと
理由付けや背景なども一緒に取込んで体で覚えていったという記憶がある。
知らないことを新しく知ったり、分かったりすることが楽しくて勉強が嫌い
という思いは全く芽生えてこなかった。

こんな環境なので先生も通勤できず校門の道路向かいにある社宅に住んで
いたが、放課後は先生の家に皆で押しかけ一緒に勉強をする日も多くあった。
先生も娯楽もなく遊び場は全て自然という環境しかないので、子供達に
とことん時間を割いてくれていたのだと思う。
(今思えば、かなり迷惑だったかもしれないけれど・・^^;)


そして家の事情により全く違う地域への中学校へ進学。全部で5クラスあり
1クラスは45人近かった。(既に小学校の全校生徒数!ww)
その人数にもびっくりしたけれど、1年生最初の実力テストがクラスで1桁台の
順位という結果に自分でも、何故真ん中ではないの?と驚いた記憶がある。

そしてその後、大人数の学校での授業は教室の中で教科書をただ読み上げ、
情報をシャワーのように浴びせるだけで時間切れとなる日が続くだけ。
誰かが遅れようが全員が理解していなかろうが、どんどん進んでいく。

早くから東大等を目指したい子達は、学校以外の学習塾や通信教育などで
学び、授業では教えてくれないところの理解度を上げようとしていた。

私は家の事情が複雑だったので、塾に通いたい申し出などは勿論許され
なかったものの、友人宅で勉強を続けてお互いが分からないところを
理解・納得するまで補填しあいながら行っていた。

それでも十分な成績は取れていたし、両極端な教育を経験しているからか
中学校のシャワー授業では不足していると感じ、小学校でのスタイルを
私は崩さず暇があれば図書館にも通いマイペースで勉強を進めていった。

この両方を経験すると、個人よりも教育方法で成績にばらつきが出ることや
明らかに小学校で経験した教育のほうが全体の成績が上がるという事を
この頃、既に自分で気付いていたのかも・・^^;

実際、小学校の同級生は大学で研究者をしていたり
就職氷河期に難関だった企業に入って今も現役バリバリの女子など
必ずしも塾に行かなければ・・という印象はあまり感じていなかった。

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話は冒頭に戻りますが・・
・「経験への開放性」とは
知的好奇心や新しい情報を得ることにどれだけワクワクするか示すもの
のことで、クリエイティブな発想などに成果をもたらす性格。

・「勤勉性」とは
文字通りコツコツと勉強を続けるというもので、性格5つの特性である
「外向性、情緒不安定性、協調性、勤勉性、経験への開放性」の中で
唯一、必ず成功できる因子であるということ示すものだそう。

この結果を見ても情報を沢山浴びせるより、まず勉強そのものを
好きになり、続けられるような環境を小さなうちから整えることが
より良い事が分かる。その上で知識をためていくことの方が
結果としてより学力も上がる事となる。

実際に学歴だけで採用する時代も徐々に終わりつつある。
性格分類を重視していくほうが実際も入社後の成長が伸びる場合が多い。

言われたことをするのは当たり前。言われたことよりもより良い結果を
目指して仕事を進めるほうが本人にとってもやりがいがあるし、
会社にとってもより良い方向へ行くのだと思う。

今、教育のあり方を変えようとしているがまだ追いついていない。
学校に全て任せるのではなく「自主性」を身に着けるなら、十分家族が
教えられると思う。

今唯一悔やんでいるのは、もっと勉強したかったという思い。
学校に行かなくても沢山学べたけれど、もう少し学業をやってみたい。

自分の過去を振り返りながら、そんな事をぼんやり思い出していた。
小学生のレベルなので大したことをしていないけれど、
自分が子供ながらに本やTVで見たことを自分でも実証して
みたくて仕方なかったこの頃。

リアルダッシュ村のような暮らしをしていました。
日々の暮らしは祖母と何でも手作り、自然のもの。
今ある記憶のなかで暇さえあればこんな事をやっていました。

・雪の結晶の観察、イラスト化
・霜の採取と観察、踏み荒らし
・山の上から転がして自分より大きな雪だるまを作る
・ミョウバンの結晶でネックレスを作る
・拾ってきた種を庭に植えて育ててみる
・水を撒いて虹を作ってみる
・ミノムシの蓑の素材実験(毛糸、新聞紙裁断、藁など)
・紙飛行機を遠くに飛ばす為の折り方の検証
・黒い紙を太陽光と虫眼鏡で燃やす
・祖父の壊れたメガネのレンズを使って望遠鏡を作る

・ニワトリをおびき寄せて籠で作ったワナにかける
・猫の外の縄張りを観察(尾行)
・お菓子を作る(シュークリーム、スポンジケーキ、パフェなど)
・近所の朽ち果てた空き家の捜索、古銭や土器等を発見
・秘密基地を作る(竹製)
・三面鏡で巨大万華鏡

・磁石で土から砂鉄を大量に採取し、塩水につける(カイロの原理)
・目覚まし時計などの機械ものを分解する
 (組み直せず、お仕置きで蔵に閉じ込められるか夜外へ放り出され施錠)
 *万が一の為に、蔵と外に食料と懐中電灯を隠しておく→見つかって大目玉

・私道の舗装化の為、切り出された両脇の山肌の地層を掘る
・近所の新築工事現場で、盛り土の中から水晶の結晶を採掘
・河原の石を割り、鉱脈を確認
・山道でメノウや石英などの採取
・氷柱に水をかけて鍾乳洞の再現(地面からも氷の柱ができて繋がる)
・粘土層の土を練って器にし、風呂を沸かす薪火の中に数日入れて素焼き
・UFOを呼んでみる(色々な方法で^^;)
・大晦日の0:00に鏡の向こう側へいけるか試してみる


こうしてみると一人遊びで実験みたいな事が遊びだったのかも^^;
オカルト系は多分従兄弟が「ムー」を読んでいた影響でしょうね・・w