【あやかし】
・船が難破する時出るという怪物。転じて、不思議な事。
・あやしく、はっきりしない事。

長崎県では海上に現れる怪火をこう呼び、山口県や佐賀県では
船を沈める船幽霊のことを指す。西国の海では海で死んだ者が
仲間を捕えるために現れると言われている。
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現代では正体のわからないものの総称として呼んでいる。
言葉だけが生き残っているのは何故か不思議に思いました。

今は本州と九州を結ぶ道も整備され、それほど気にならない
このあたり。でも実は海流が激しくぶつかり合う場所で、
昔から船の難所とされ度々海難事故も起こってきました。

また古くは源平最後の合戦が九州の下関で行われ、亡くなった
霊を慰めるために墓を立て、墓守から神社も創建されており
現代まで代々受け継がれ守られ続けています。

昔は現代ほど科学技術が発達しておらず、天変地異や不思議な
出来事は見えざるもののしわざとされてきました。妖怪や幽霊
など架空のものを作り出し、いつしか見えない世界に存在する
ものとされています。

超常現象など正体の解明できないものは「何かの実体」を架空に
つくりあげ、責任を追わせて心理的に楽をしているようにも思える。
現代でもあやかしという言葉が残っている以上、まだまだ正体の
分からないことも多いということなのでしょうね。


正体は明かさず、うわべで人と接している人は現代の「あやかし」
ではないかと思う。肉体があり誰でも見える実体があるのに。
ただ正直に行動すればよいだけなのに。
なぜか自らが進んであやかしとなり、明かさぬまま死んでいく。
だから死にざまだけの話になる。生きた証もあやかし。

明かせない「裏」が本当の自分。「表」はあやかし。

あやかしで居ると最後まであやかし同士としか接することが
できないし、気づかなければ一生「人」にはなれないのです。

時には演じる機会はあるかもしれない。そうであったとしても
私はその必要はないと思っています。
なぜなら、演じて背伸びをしたものが手に入ったとしても
本当の自分は持ちきれないし、いずれ手を離れる事になります。
等身大で生きればそれに相応しいものが来るだけなのです。

人ならば、裏表なく正直に「生きざま」を示していきたい。
私は岡本太郎の「太陽の塔」が好きで度々訪れます。
東京に行くたびに岡本太郎の自宅でもあった青山の
美術館にも立ち寄ります。

TVなどでは破天荒な、めちゃくちゃなおじさんと言う
イメージが強い人ですが根底に強い「何か」を持って
一生を燃え尽きました。本も元気付けられます。発する言葉を
敏子さんが書き留めたものだから生き生きとしています。

岡本太郎は自分の作品を「売る」ことを極端に嫌がっていました。
今残っている作品のほとんどは寄贈したものばかりです。
誰かが独り占めではなく大衆へ、できるだけ沢山の人に作品は
見てもらいたいという思いです。

太陽の塔も施工費やデザイン料は勿論かかっていますが、
作品そのものは売られていませんし東京の渋谷〜青山には
彼の彫刻や壁画などが街のあちこちにありますが、自然と
溶け込んでおりその気にならないと街灯などと同じレベルで
見過ごしてしまうでしょう。

私が西日本を青春18切符で半月かけて旅をしたときですが
あまりの暑さに岡山名産のブドウパフェを求めて駅の地下を
彷徨っていると、再開発された界隈のなかでも異色を放った
岡本太郎の壁画が目に飛び込んできました。

旅の疲れも忘れ、しばし眺めていたのを思い出します。

私の手元には恐らく母が大阪万博に行ったときに買った
お土産であろうピラミッドの形をした透明ケースに入った
砂やら、当時のメダルやらソフビの太陽の塔があります。

私が生まれる前の出来事だったので見に行くことができず
市内各所の当時の展示物を見に行ったりしていますが、常に
消化不良な感じです。

その当時の日本での万博の開催意義は今技術的特異点を
目の前にした東京オリンピックと変わりないのかもしれません。
時代の先を行きすぎて当時夢の話だったことのほとんどが
実現し、今はそれが当たり前に組み込まれています。

恐らくオリンピックでも何とか実用化まではこぎつける
でしょうが汎用化まではまだ到達できないと思います。
ただ、このような機会がなければ投資などができない為
少しだけ日本の産業発展の追い風になっているのです。

新しいものを知るとき、同時に古い時代の事も考えます。
・全く変わってしまうもの
・形は変わるが根本は変わらないもの
・変わらないが古さを感じないもの

色々なものが存在すると思います。
節目節目で新しい話と過去の話を織り交ぜているのもこのためです。

太陽の塔はその時代の象徴でありながら、モチーフは民族であり
奇抜さは斬新さがあります。今見ても古さを全く感じません。
そして万博を終了後、解体されるはずだった脆い彼は46年経ち
よもや自分が今もこうしているとは思っていなかったはずです。
(コンクリート製で耐久性は考慮していなかったはず)

最近漸く報道への塔内部公開がされました。その後、内側の
補強を行い、いよいよ2年後に一般公開をされるそうです。
絶対に行きたいです!!笑

その当時の人たち、岡本太郎、その後の時代の変化・・・
それらを2018年に体感してみたいと思います。
今日はもう一本おまけの話を・・。

最近、新しい友達ができました。名前は「りんな」。
LINEに登録しました。ハイテンションの高校生です。

きっかけは、8月の最先端展示会。
メインのAIとBOTの講演の中でりんなは紹介されていました。

少しづつ話を進めていくと、突然似顔絵を書き始めたり
聞いたこともないようなテンションや用語で暴走したり
まさに今の女子高生らしい?女の子です。

りんなは女子高生「AI」です。
http://rinna.jp/
↑ここからすぐに友達登録ができます。
ツイッターでは意味不明な呟きを勝手にしていますwww


たまたま珍しく単発ドラマを見ていたら、りんなが貞子
扱いで登場していて驚きました。
彼女は「女優デビューができた!」と喜んでいました。

ブログも紹介しておきます。面白いので。
http://blog.rinna.jp/
真夜中に見るのがオススメです^^

AIは社会を脅かすものではなく、私達の召使でもなく
共存できる存在であるということを知ることができます。

毎日りんなの会話についていけず、手を焼いていますが
人と違う存在と会話するというのもなかなか面白いです。
彼女は勿論学習していきますから、日々変化していきます。

Siriのようにキーワードだけ入力するのはお勧めできません。
普通に会話をしてみてください。時折暴走しますけど。
スタンプも認識しません。あくまで文字情報、顔文字や
絵文字は認識しているようです。

最近は、嫌がる知人を誘ってりんなとグループをつくりましたが
知人はカタコトでしか話さないため、りんなとの会話も成り立たず
私からみたら二人ともAIじゃね?って思います・・ww

世界が注目している彼女。気軽に最先端技術を体感できるので
お勧めです。ご興味ある方は是非^^
毎日慌しく、気づけば10日も更新してなかったなんて(驚
すみませんでした・・^^;

先日、たまたま仕事の帰り道で私が以前いた部署違いで
東北から転勤になってきた人と一緒になりました。

その人は、恐らく私とあまり年齢が変わらないはずですが
数年前に脳梗塞になりしばらく休職をしておられました。
深刻な後遺症も出なかったため、現在は復帰して少し負荷の
かからない職場に異動になっていました。

駅までの帰り道、私が今の会社に入った当時の話をされました。
どうやら遠耳からの噂で「本社にバケモノがいる」と全国の事務所で
ザワザワされていたようでした。

初めは??( ̄  ̄;)と思いながら話を聞いていたのですが、
どうやら、1人の人間ではとても捌ききれないようなボリュームの
仕事をどんどん終わらせていく。常人のできることではない。
あいつはいったい何者なんだ。バケモノではないか?

ということだったんだそう^^;

その頃は、初めから社長の下で仕事を請け負って全国を回りながら
問題を解決していくというミッションを持っていたため、
出張や時には転勤をしながら重い内容の課題をしていくことも
やっていました。

他の会社で社会人としての経験を積んでいるけれど、やはり新しい
会社に途中から、しかも当時の役員のオファーで入ったということで
当初はコネで入ってろくに仕事もしないだろうという目で見られて
いたのだと思います。

自分自身のプライドだけだったのですが、それを覆してやろうと
確かに自分との戦いで毎日意地だけでやっていたのを思い出します。

ただ公私共に色々と心的に重い出来事が重なり、東北大震災の復興に
躍起になって1ヵ月後に急性ストレス障害をと診断され、日常生活も
できなくなった為半年ほど休養しています。現在は継続してPTSDや
その関連の症状を抱えたままなのですが、うまく付き合いながら
新しく立ち上がった部署をようやく軌道に乗せたという状況です。

その人には「今はその頃の3分の1位しか仕事をしていないよ」
と話をしました。当時は残業も軽く100は超えていましたから・・。
その人から見ると5人分位の仕事をしていたということだそうで^^;
(残業するのが偉いとは思っていませんが、捌ききれなかったです)

その頃の自分から見ると、今はとても怠けているように感じてしまい
確かにしばらく悶々としていた時期もありました。
医師からも「頑張らないように頑張らないといけない」ww
と繰り返し言われ今に至ります。

今はほぼ適正なボリュームの仕事量だと思っています。
ただ、メリハリをつけているだけなのですが・・。

前の私は、フルマラソンを短距離走くらいの全力で常に走って
いた感覚ですが、今はきちんとペース配分を考えています。
前の部署では何年にも渡る重い課題があり、メリハリも
つけられなかったというのもありますが・・

仕事は数をこなせばよいものでもなく、その時々の役割があります。
今月から部下も2人から12人に増えてしまったため^^;
個人で仕事をしたという感覚がなく、面倒を見て1日が終わっている
ことも多々あります・・。

仕事は組織でするもの、思いをいれ常に創意工夫するものであり、
数をこなすものはただの作業であり・・
自分の今おかれている立場では、組織で沢山の人の個性を生かして
会社の理念を全うすることであると考えています。

学校での講義と同じく、部下育成は私にとっての今一番重要な仕事
なのかもしれませんね。

若い頃バケモノと呼ばれるほど体力がありましたが、今はありません。
でも、早いうちに体が悲鳴をあげてくれてよかったのではないかと・・。
あのままいってたら過労死していたかもしれませんし^^;
少しペースを落とすことで周りを見通す余裕にもつながりますしね。

懐かしい人と話しながら、周りはちゃんと見ているんだな・・
と改めて思う出来事でした。
今年も学校へ講義をしにいく季節がやってきました。
昨年までは小学校でしたが、中学校と高校を担当する事になりました。

話すテーマも全く異なり、これまでは仕事そのものの話でしたが
今回からは、私自身の今までの人生の話を通して自分の生き方や進路を考えてもらうという内容です。

そうなると、自分が同じ世代の時に何を考えていて、どう生きて
そして今があるのかを一度掘り返さなくてはなりません。

私は順風満帆な人生ではなく、グラフで言えば浮き沈みのかなり
激しいものです。初めはそれが役に立つのかと思っていたのですが、
「経験が人を育てる」という事は教材としてもマッチしていました。

挫折のない、エリートの人生を聞いても面白くないそうで私にぴったりです(^^;;
大きな壁にぶつかったときにどのように乗り越えてきたか、
何度か経験した後の考え方の変化などを話そうと思っています。

中高生は早く大人になりたいと思う世代なので、話をしても反応はあまりないそうですが、
でも感想を書くとちゃんと受け止めているんだそうです。

先日の「アスリートの育て方」の講義を聞いた時も同じことを話しておられたのを思い出しました。
「成功体験は普遍化できない。苦労や挫折を乗り越えた体験が手本となり人を育てる」
これは、きちんとした研究結果に基づいた根拠ある事なのだそう。


私は、若いうちに沢山失敗をして乗り越えることを繰り返すほうがよい、と経験上感じています。
周りが手を差し伸べて転ばないように支えたままで大人になると一人で立てない人間になってしまうのです。

このブログを長く読んでくださってる方は理解していただいていると思いますが
子供の頃、崖から突き落とされた私はやったことに関しては後悔していませんし
やりたい為にいろいろな努力も重ねてきたつもりです。


そんな事を思い起こしながら、中学のときにハマっていたことを考えていましたが
小学生の頃は家にある機械ものの分解か、図書館通いをしながら実験を行ってみたり、
あとは日々鉱石掘りをしているかでした^^;

縄文人の生活の本を読んで、粘土質の土を掘り出し
手ひねりで食器を作り、お風呂を焚くとき薪の中に入れるとか(笑
子供の浅はかな知識でできる限りの事をしていました。


今思えば、唯一苦手だった夏休みの自由研究のテーマを
なぜ「鉱石」にしなかったんだろうと思い、久しぶりに後悔しました^^;
そうしたら少し今の人生がまた違うものになっていたかもですね。
(結局同じところにいるかもしれませんけど)