からぐみ
先週の日曜日に見せて貰った。あの唐さんが、花道に降りて、劇場入口の扉を叩くシーンで、ちょっとよろけた芝居をしたとき、瞬間に舞台監督の下地が出て、私はおもわず、届かないのに手を差し出してしまった。ひとり、ウルウルときてしまった。あの人が水槽に潜るのは 客を笑わせるためにあらず、地面にはいつくばってその存在の哀しみを表現している。客は泣くのを振り切るために笑うしかないのだ。かくして唐さんの俳優は「特権的」でありつづける。年齢も、経歴も関係ない。自分の範疇にあるもの総てを駆使して、必死に表現する。「特権的肉体論」は、詰まるところ、必死さ といっても当たってる気さえしてくる。土屋まいさんは、はじめての大きな役だったが、その必死さは、きちんと唐さんと張り合っていた。必死で虚構を生きようとするカラダのみが、なにかを生み出す。壁を越えようとする人間力に打たれた!


那須連峰

被災した那須の知り合いのペンションに行ってきた。山は、見た目に何も変わらぬ様子…そのあまりにも美しい夢のような風景で、ギスギスとした嫌なことなどふっとんで行く。大きな余震はもうないというひともいるが、東京に無いだけで、昨夜も震度5弱が福島に…那須は大丈夫かと気が許せない。テロリストが惨殺されたとか…この国だけでなく、アメリカもまた、言い知れぬ不安の中にある。信用が揺らいでいる世の中の流れと 一見変わらない山河。その中で揺らぎ続ける自分の姿…芝居をやっていない中で迎えたはじめてのゴールデンウィークは こうしてゆったりと流れていった。『ストーンペッパー』というペンションご自慢のパエリヤはホントにいつも美味いのだ。

国立ドトールにて
この四半世紀、わたしはこの日に東京には居なかった…学生のとき以来のことだ。唐組は大阪公演楽日だからだ。…国立ドトールでこれを書いている。先日、江の島へ行った。20メーターはあろうかという巌が見たかったのだ。

人知を超えた容量のものを見たくなることが、よくある。その崖のすぐ手前に『稚児が淵』という岩場がある…その昔、僧侶と、白菊という稚児が恋をして、禁断の恋ゆえに身投げをしたという…南北の「桜姫東文章」の序幕に出てくる白菊丸はここから採ったものだと知った。もちろん、鏡花も書き、唐さんも「蛇姫様」で使ったもの。 さらに先の逗子で、泉鏡花は療養しながら「春昼」を書いた。朦朧とした意識のなか、崖穴の中にいる人形と戯れる話だった。精神的には同じものを感じて、最近興味深い。『幻の絵馬』という鏡花の中編小説を台本に起こしている。梟 河童 彼岸花 そして霧の助人形、白菊様、…どの作家も、役にたたないようなハズレ者を愛する。上から目線を拒否した生き方。 江の島の崖で コンビニのコロッケを食べながら海を見ていたら、突然スッとじぶんの首筋に、鎌鼬のような空気の動きを感じた…ハッとして見上げると コロッケをわしづかんだ鳶が、五メートルくらいでホバリングして我がコロッケを頬張ってた。お昼ごはんはこうして無くなった。一瞬の自然力のまえに言葉は無かった、が、その容量は崖よりも大きくて、いいものを貰った気がして、私は江の島を後に…樹林の中に台湾リスも見つけた。私が気づかなかった世界は、こうして、いつでもあるようだ。

うちに帰ると、我が机を占領する…ねこ!

人知を超えた容量のものを見たくなることが、よくある。その崖のすぐ手前に『稚児が淵』という岩場がある…その昔、僧侶と、白菊という稚児が恋をして、禁断の恋ゆえに身投げをしたという…南北の「桜姫東文章」の序幕に出てくる白菊丸はここから採ったものだと知った。もちろん、鏡花も書き、唐さんも「蛇姫様」で使ったもの。 さらに先の逗子で、泉鏡花は療養しながら「春昼」を書いた。朦朧とした意識のなか、崖穴の中にいる人形と戯れる話だった。精神的には同じものを感じて、最近興味深い。『幻の絵馬』という鏡花の中編小説を台本に起こしている。梟 河童 彼岸花 そして霧の助人形、白菊様、…どの作家も、役にたたないようなハズレ者を愛する。上から目線を拒否した生き方。 江の島の崖で コンビニのコロッケを食べながら海を見ていたら、突然スッとじぶんの首筋に、鎌鼬のような空気の動きを感じた…ハッとして見上げると コロッケをわしづかんだ鳶が、五メートルくらいでホバリングして我がコロッケを頬張ってた。お昼ごはんはこうして無くなった。一瞬の自然力のまえに言葉は無かった、が、その容量は崖よりも大きくて、いいものを貰った気がして、私は江の島を後に…樹林の中に台湾リスも見つけた。私が気づかなかった世界は、こうして、いつでもあるようだ。

うちに帰ると、我が机を占領する…ねこ!







