導入
如月のはじめから三月の末にかけて、まだしっとりと春雨にならぬ間を毎日のように風が続いた。北も南も吹き荒んで、戸障子を煽つ、柱を揺すぶる、屋根を鳴らす、物干竿を跳ね飛ばす。荒磯や、奥山家、都会離れた国々では、もっとも熊を射た、鯨を突いた、祟りの吹雪に戸を鎖して、冬篭る頃ながら、東京もまた砂埃りの戦いを避けて、家ごとに穴篭りする思い。羽目も天井も乾いて燥いで、煤の引火奴に礫が飛ぶと、そのままチリチリと火の粉になって燃えだしそうな物騒さ。下町山の手昼夜の火沙汰で、時の鐘ほどジャンジャンと打つける、そこもかしこも放火(つけび)だ、放火だと取り騒いで、夜回りの拍子木が、枕に響く町まちに、寝心のさて安からざりし年とかや。…泉鏡花「蒟蒻本」の導入部分である。引火奴 は、ほくち とルビがふってある… さすが鏡花

格好いいなあ



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